きびだんごの効果は本物だった。力を上げるだけでなく、傷も治してしまうようだった。
律は立ち上がると、木棒を構え直した。

律「じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうぜっ!」

ジュン「(傷も治って……)」

スッ

ジュン「!!」

目の前に頭上に向かって木棒を振り降ろしている律がいた。ジュンはほぼ無意識の内に腕で頭を守った。

ガッ!

律「……!!」

ジュン「ぐっ……!!」ギリギリ

律は自身が想像以上に速く移動したのに驚いていた。その隙を突くようにジュンは素早く後退した。

ジュン「今の速さは……!」

ジュン「(アイツ並……!)」

ジュンは心の中で忌々しい人物を思い出した。そうするだけでも、ジュンの心は大きく動揺した。

シュッ

ジュン「!!」

唯と梓が木棒を振り回しながら急接近してきた。ジュンは何とか紙一重で避け、ジリジリと後退した。

ジュン「(……加えて)」

ジュンの背後には木棒を大きく振りかぶった紬が立っていた。ジュンは正面の唯と梓と交戦しているため、身動きがとれない。
既にその腕は動き始めている。

ジュン「(この人数……!)」

ズンッ!

鈍い音が響き、ジュンは吹き飛んだ。ジュンは空中で体勢を整え、何とか着地した。

ジュン「(私に分が悪すぎる……)」

ジュンは状況を見極めて決断した。

ジュン「……今回は退散させてもらうよ」

律「な、何っ!?」

紬「おとなしく降参しなさいっ!」

ジュン「嫌だよーん」

ジュンは腕を交差して、耳元に手を当てた。すると、ジュンの目の前に白い札で包まれた玉が出現した。
ジュンは玉を掴むと、不敵な笑みを浮かべた。それを見た澪は木棒を構えて、攻撃の体勢をとった。

澪「このっ……!」

ジュン「ドロン!」

プシュウウウウウウウ!!!!!!

何と白い玉は煙玉だった。鍾乳洞内に大量の白煙が噴き出した。

澪「しまった!」

ジュンは白煙の中に姿を消し、笑い声だけが響いた。


~~~~~

数分も走っただろうか。五人の呼吸が乱れ始めた。急な勾配の上り坂が負担を増加させる。

しかし、それでも進める足を止めない。

すると、前方に一点の光が見えた。

澪「あれは……!」

紬「たぶんここの出口よ!」

律「あと少しだ!」

唯は四人の後ろになんとか付いて行った。

今までの唯ならば、立ち止まって休みをとっていただろう。
しかし、使命感に懸られている唯は走り続けた。

五人は鍾乳洞を抜け出した。曇り空とはいえ、久しぶりに外の世界に出た五人は目を細めた。

梓「何とか抜けることができましたね……」

唯「そう……だね……」

唯は地面にへたり込み、仰向けに寝転がった。
すると、巨大な何かが目に留まった。唯がそれを見上げると、思わず息を呑んだ。

唯「み、みんな……」

唯は半ば放心状態で梓の服の袖を引いた。

梓「どうしたんですか?」

唯「あ、あれ……!」

梓「??」

梓「あっ……!」

何かに慄いている唯が指し示した方を見上げると、梓は言葉にならない声を発した。

二人の異変に気付いた三人も視線を移した。すると、驚愕の光景が三人の目にも映った

五人の前方には巨大な城が聳え立っていた。
円状の島を取り囲むように山が連なり、その中央に城が堂々と存在した。

唯「…………」

律「こんな城に鬼がいるのか……!」

あまりに巨大な勢力を前にして律は言葉を失った。そんな中で唯はゆっくりと立ち上がった。

唯「……行かなくちゃ」

唯「みんなが待ってる!」

唯の頭の中で村のみんなの顔を思い浮かべた。そして、最後に両親、和、憂の顔が浮かんだ。

唯「(怖くても行く……)」

唯「(絶対にみんなと村に帰るんだ……!)」

五人が城の門の前に立った。鮮やかな朱色の両門にかけて『鬼ヶ城』と筆で書かれている。
一体どんな鬼が待ち受けているかは想像もつかない。五人は両手で門に触れた。

唯「みんなで押すよ!」

律「あぁ!」

紬「任せてっ!」

梓「はい!」

澪「唯、掛け声頼むぞ」

唯「……わかった」

唯は目を瞑って深呼吸した。今なら心臓の音がはっきりと聞こえてくる。

唯「(……みんながいる)」

唯は目を見開いて両腕に力を込めた。

唯「いっせーのーでっ!!」グッ

五人は一斉に巨大な門を押し始めた。門が僅かに動いた。

唯「動いてるよっ!!」

律「おおおおおおおおおおっ!!!!」

澪「ああああああっ!!!!」

紬「動いてっ……!!!!」

梓「うーーーーーんっ……!!!!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

唯「むむむむむむむむううううっ……!!!!」グググッ

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!    バアァン!!

唯「……っ!!」

律「よしっ!」

澪「ひ、開いた……!」

紬「やったー!」

梓「やりましたね!」

門が開き、五人は歓喜した。
門が開いた瞬間、唯は勝ったと思った。この五人なら負けるはずはないと確信した。

唯「みんな、行こう!」

律澪紬梓「おーーーーっ!!!!」

鬼ヶ城

城の内部は驚くほど閑散として静まり返っていた。一切、無駄なものが存在せず、本当に鬼がいるのかも疑わしいほどだった。
中に入ってからは誰も口を開かなかった。しばらく、進むと巨大な階段が見えた。

唯「ここを上がろう」

紬梓「……?」

上を見上げると風鳴りのような音が聞こえてきた。しかし、風は吹いていない。

澪「何か嫌な予感がするな……」

不気味な気配を感じたのは澪だけではなかった。まるで黒い靄がゆらゆらと揺れているようだった。
唯たちは階段を上がり続けた。

唯「着いた……」

五人は最上階まで辿り着いた。階段の近くの明かりから察するに中は巨大な広間だった。
しかし、広間に明かりは無い。

紬「ここに……いるのかな……?」

梓「ここが最上階のはずですが……」

ゴオオオオオオオオオッ

唯律澪紬梓「!!!!!」

鍾乳洞の時のように一瞬で広間に明かりが点いた。突然の不意打ちに梓は小さく跳び跳ねた。

  「よく来たわね」

唯律澪紬梓「!!!!!」

奥から声が聞こえてきた。声から判断すると女性のようだ。

律「お前は鬼か!?」

  「もちろんそうよ」

サワコ「私は鬼のサワコよ!」

サワコはジュンと同じ特徴的な服を来ている。鬼と見て間違いない。
余裕を見せながら腕を組んで唯たちの様子を観察している。

律「私たちは村の人たちを返してもらいにきたっ!」

サワコ「村……?」

サワコ「あぁ……奴隷たちのことね」

梓「ぐっ……!」

サワコ「一人呼んであげるわ」

サワコは人差し指を伸ばしながら右腕を上げた。すると、人差し指に電撃が走った。

バチバチバチッ!

サワコ「はっ!」

バチチチチチチッ!!!!

律「わっ!」

澪「ひっ……!」

紬「……っ!」

サワコが右腕を素早く降ろすと、指し示した地点に雷が落ちた。

シュウウウウウウウウウウ……

黒煙が晴れると、そこに半透明の紫色の箱に入った紬の父が現れた。それを見た紬は目を丸くした。

紬「お父様!」

紬父「紬!」

紬は我を忘れたかのように父の元へと駆け出した。すると、澪と梓が紬を引き止めた。

紬「ど、どうして止めるの! 放してっ!」

梓「落ち着いてください、ムギさん!」

澪「鬼の罠かもしれない!」

紬父「そうだ、紬! 今は近づいては駄目だ!」

紬は澪と梓に抗っていたが、紬父の凄まじい剣幕に圧され、抵抗を止めた。

紬父「この結界に触れると強力な雷が発生するんだ!」

それを聞いた紬はがっくりと項垂れた。そんな落ち込んでいる紬を澪と梓が支えた。

唯「一体ここで何があったんですか!?」

紬父「私たちは村を出て二日目にこの島に辿り着いた。しかし、鍾乳洞の中でジュンとかいう鬼に全員やられてしまった……!」

紬父「そして、気がつけばこの城のこの広間に連れてこられた!」

サワコ「ところで、どうやってあなたたちはジュンを倒したの?」

唯「じ、実力だよ!」

サワコ「へー……」

サワコ「まっ、あの子弱いからね~……」

唯「…………」

ジュンを弱いと一蹴するこのサワコはどれほどの力を秘めているのだろうか。言葉だけでなく外見からも覗える事は何も無かった。

紬父「そして、長の私がこの結界に閉じ込められた……」

紬父「村のみんなは私の命を救うために洗脳されて鬼の奴隷になる事を選んだ……」

律「どうして村の人を奴隷なんかにしたんだよ!」

サワコ「決まってるじゃない……」

サワコ「男にモテるためよ!」

律「はぁ!?」

サワコ「男たちに囲まれてこの城で幸せに暮らす……素敵じゃない!」

サワコ「あ、でも私の好みじゃない人にはこの城の増築作業をさせてるわ」

サワコ「そして、最終目標はこの国の男全員を私の支配下に収めることよ!」

サワコはまるで悪魔のような笑みを浮かべながら明るく話した。どうやら本気で実行するつもりのようだ。

紬父「……君は本当にあのさわ子じゃないのか?」

サワコ「そうよ、私は鬼のサワコよ!」バッ

サワコは大げさな姿勢で紬父を指差した。紬父は何かを諦めたように項垂れた。

サワコ「そろそろいいかしら! 戦いに来たんでしょう!」

律「ちょっと待った!」バッ

律は手の平をサワコに向けて今にも走りだしそうなサワコを制止させた。サワコは首を傾げる。

サワコ「どうしたの?」

律「……戦う前に少しお腹が空いてさ」

律「一つ食べさせてもらおうかと……」

律はきびだんごを取り出した。他の四人もそれを見て律に続いた。

サワコ「早くしなさい、私はうずうずしてるんだから!」

律「へへ……」

梓「(律さん……)」

梓は律の額に汗が浮かび上がっていることに気づいた。

梓「(そうだ……最初から全力で行かないと……!)」

梓は手の平の上にあるだんごを見つめた。この小さなだんごに全てが懸っている。
梓はきびだんごを口の中に入れ、飲み込んだ。


梓「ん!」

唯「おっ!」

紬「よーし!」

澪「ばっちりだ!」

律「いくぞおおおおおおぉぉぉっ!!!!!」

五人の全身に爽快な程の力が湧き上がり、律は大声を上げて気合を入れた。自然と木棒を握る力も強くなる。

サワコ「お待ちしたわ!」

サワコ「女の奴隷はどんなものなのかしらっ!」バッ

サワコが凄まじい速さで中央から突っ込んできた。全ての運動機能が上昇している五人は冷静に構えた。

サワコ「フッ!」

唯紬「!!」

ガッ!

サワコは両方の拳で唯と紬に殴りかかった。二人は攻撃を木棒で防御した。棒を通して衝撃が二人に走る。

サワコ「人間のくせによく防いだわ!」

唯「ぐぐぐ……!」

唯は木棒越しにサワコと目が合った。目が合ったサワコはにやりと口の端を吊り上げた。

律「おおおおおおおおおっ!!!!」

律が大声を上げながらサワコの後頭部目掛けて木棒を振り下ろした。

サワコ「!」

サッ

律「何っ!?」

サワコは正面を向いたまま木棒を避けた。

サワコ「そんな大声を出していたら避けてくださいって言ってるようなものよ!」

律「ぐっ……!」

サワコ「ふふふ……」

サワコは息一つ乱さずに不敵な笑みを浮かべた。

サワコ「まだまだこれからよっ!」スッ

澪「!?」ビクッ

サワコが姿勢を屈めたかと思うと、一瞬で澪に向かって駆け出していた。澪は突然の出来事に困惑している。



サワコ「一瞬気を抜いたわね!」

澪「くっ……!」

サワコ「残念」

ドゴォッ!

澪「……っ!!」

澪は木棒を握り締め、サワコに振り下ろした。しかし、サワコは紙一重で避けて澪を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた澪は壁に激突して倒れた。

何者かが走っている音が聞こえ、サワコが振り向くと梓が高速でこちらに向かって走っていた。

梓「ふっ!」

梓はそのままの勢いでサワコの顔目掛けて突きを繰り出した。
しかし、サワコは際どい所で回避した。そして、突き出された棒を力強く握り締めた。

サワコ「今のは良い攻撃だったわ」

梓「ググッ……!」

サワコの手を木棒から振り解こうとしたが、サワコの強靭な握力はそれを物ともしなかった。

サワコ「あなたは小さくて素早いのかもしれないけど、力が足りないわね」スッ

ドゴォッ!

梓「がはっ……!」

サワコは澪と同様、梓を蹴り飛ばした。梓は小柄のせいもあってか、澪よりも遠くに吹き飛んだ。

律「梓っ!」

サワコ「やっぱり人間は弱いわね……」

律「くそっ!」

律は木棒を握り締め、サワコに向かって走り出した。それに対し、サワコも律の元へ走り出した。
サワコの予想外の行動に驚きながらも、律は速度を緩めなかった。

律「はっ!」

律は衝突直前に立ち止まり、左腰に構えていた木棒を斜めに振り上げた。
木棒はサワコの右肩に直撃し、サワコは大きくよろめいた。

サワコ「うっ……!」

ダンッ!

サワコ「今のはまあまあねっ!」

律「なっ……!」

しかし、右足を大きく踏み込んで体制を整えた。踏み止まったサワコを見て、律の心に隙が生まれた。

サワコは大きく体を捻り、左手刀で律を吹き飛ばした。律はまるで放られた人形のように吹き飛ばされていった。

唯紬「……!!」

あっという間に、この場に立っているのは唯と紬だけになった。
サワコは余裕の笑みを忘れない。

サワコ「あとは二人ね」

不気味な笑みを浮かべるサワコに対して、二人は木棒を構え直した。

サワコ「ふっ!」

サワコは再び正面から二人の元へ駆け出した。一番初めの攻撃と同じ動きだった。
二人は木棒を構え、サワコの攻撃を持ち構えた。

スッ

唯紬「!?」

突然、サワコが二人の目の前から姿を消した。二人は困惑し、構えていた棒を下ろした。

その時、二人の背筋が凍りついたように冷たくなった。
その直後に、二人は吹き飛ばされていた。

宙に舞った後、二人は床に崩れ落ちた。それを確認したサワコは短く息を吐いてから紬父の方へと歩み寄った。



5
最終更新:2012年10月21日 21:15