人間複製法。

最近制定されたその法。それは一言で言ってしまえば、『厳正な審査を受けた上で政府の認可の出た者のみのクローン作成を許可する』というものだった。
しかも数にも限りがあって・・・言ってしまえば『完全受注生産』みたいな感じ。もちろん誰でも受け付けてもらえるわけでもなく、受け取る側もまた厳正な審査を潜り抜けないといけないらしい。

純「どーせバカみたいにお金かかるんでしょーし、私ら庶民にゃ何の関係も縁もない話よねー」

梓「そーねー」

・・・そんなことを言い合っていた数日前のことは、もう忘れるべきだろう。
皮肉にも、関係も縁もあったようだ。

**

梓「――唯先輩の、クローンを?」

憂「うん・・・偉い人がこの前家に来てね――」

法案制定後の、クローン第一号。法案を通した側としては絶対に失敗してはいけない、最初の一歩。
その人選は至難を極め、容姿の優れた者、内面の優れた者、何らかの才のあった者、さまざまな者が不適合とされていったらしい。
そしてそこでどういう流れか、唯先輩に白羽の矢が立ったというのだ。

経緯は気になるところだけど、しかし納得はできる。
容姿も可愛く、内面も純粋にして無邪気、音楽に関しての才能は充分で、どこか放っておけない危うい子供らしさと、その真っ直ぐな心と瞳で大切なものを見誤らない大人さを併せ持つ。
誰からであろうとどこかで好かれることができる、という意味ではこれほどの人選はないと思う。・・・私がどう思ってるかは別として。

純「・・・それで、OKしたの?」

憂「・・・その時はお父さんとお母さんも一緒にいたけど、もうほとんど選択の余地はなかったみたい」

憂の話では唯先輩を推薦したらしき人の猛プッシュっぷりを暗に伝えられたとか唯先輩本人が乗り気だったとか細かいところもいろいろあったようだけど、何よりも大きな要因は言うまでもない。
相手が『国』であること、それだけだったはずだ。

梓「まあ、その法案の話を聞く限りでは『選ばれる時点で光栄なこと』みたいな感じあるしね」

純「あー、断ったら近所から奇人変人として見られるくらいのオイシイ話ってことね」

憂「実際、お金も出るらしいよ。「いずれは申請、届出のあった人を審査する形式にしますが、今回はこちらから協力を要請しているという形になりますので」とかなんとか・・・」

確かに、元々そういう法案だったはず。
それなのに芸能人などの著名人や学者などの知識人、運動神経の良い人、はたまた特権階級の人達までもが次々とふるい落としにかけられていき、結局は誰も残らなかった。
政府の『厳正な審査』とやらが信頼できるレベルであることの裏づけとも取れるけど、これでは本末転倒だ。
そこで手順を逆にしたのだろう。申し出てくれた人の中から探すのではなく、ふるい落とされない『適合者』をまず見つけ、この法案の有用性を先に世間に証明する形に。
そうでないと法案を制定した意味がないのだから。

梓「・・・でもそのお金、きっと口止め料も入ってるんじゃ?」

憂「うん。そうだろうね」

純「ええっ!? それ、私達に話してよかったの!?」

憂「ふっふっふ、純ちゃん、死ぬ時は一緒だよ・・・」

純「ひぃぃぃぃぃぃ」

梓「いやいや、私達が口外しなければいいだけの話でしょ」

憂は私達を信じて話してくれた、それだけのこと。
・・・だと思っていたんだけど。

憂「・・・ごめんね、梓ちゃん。そうじゃないんだ」

梓「えっ・・・?」

憂「・・・実は、二人だけに話したのにもちゃんと理由があるんだよ」

純「そ、それって・・・?」

嫌な予感、とも言えるような重苦しい空気に息を呑む。

憂「・・・二人も、無関係じゃないってこと」

純「ど、どうして・・・? 私達は何も・・・」

憂「・・・これは偉い人から本当にしっかり口止めされてるんだけどね」

さらっととんでもない前置きを口にしながら、憂は続ける。

憂「お姉ちゃんのクローンを作るとして、それを引き取る人がいないとなんの意味もないでしょ?」

梓「・・・そうだね。欲しがる人がいるから作られるんだし。そして国としても、法案の正当性を証明するためにはクローンを手にした人の行く末を見届けないと意味がない・・・」

純「じゃ、じゃあ、まさか・・・」

憂「・・・うん。たぶん今夜あたり、二人のところにも偉い人が来ると思う」

梓「・・・唯先輩のクローンの、受け取り手として・・・?」

憂「・・・うん」

告げられて、私も純もそれ以上の言葉を失っていた。
どう反応すればいいかわからなかった。勿論驚きはしたけど、その後に喜ぶべきなのか、それとも・・・
きっと件の日に告げられた直後の平沢家でもこんな空気が流れたんだろうな、とか的外れなことを思ったりもしたけど、口には出来なかった。
・・・少しの時間が経ってから、沈黙を破ってくれたのは純だった。

純「・・・それは、憂のお姉ちゃんと同じく、光栄なことなのかな?」

憂「・・・たぶん」

純「なんで、私達なの?」

憂「厳密には、軽音部の先輩だった皆さんとか和さんも候補には選ばれているらしいけど・・・」

純「・・・なるほど、縁の深い人達を選んだってことね」

でも、そこに国のどんな狙いがあるのだろう。
私達なら唯先輩のことをわかっているから安心できる、とか?
あるいは単に一から唯先輩と関係を構築する手間を省きたかった? 結果を求める国としてはあり得る話だ。
それとも・・・他ならぬ私達が誰よりも唯先輩を欲しがっている、と、国はそう見たのだろうか。
『クローンを受け取る側にも厳正な審査が適用される』はずなんだけど・・・なんか、ヤな感じ・・・断れないのかな、これ。

梓「というか、先輩達は候補なのに私達は確定なの?」

憂「うん。というか、先に梓ちゃん達に聞いてみて、断られたらそっちに、みたいな形みたい」

純「なんでだろ?」

憂「・・・大学には本物のお姉ちゃんがいるから、いろいろややこしいんじゃないかな。和さんは海外留学中だから連絡つきにくいだけだろうけど」

純「それもそうか」

梓「・・・唯先輩は乗り気だったんだって?」

憂「うん・・・「面白そう!」って言ってたらしいよ」

純「なんかあまりにも予想通りすぎて」

梓「・・・でも、もしかしたら私達が考えすぎなのかもしれないね。曲がりなりにも国家主導なんだから、不安なところとかは案外フォローしてくれるのかも」

純「甘いね、梓。こういうのは国ぐるみの陰謀ってことのほうが多いんだよ」

梓「純はマンガの読みすぎなだけでしょ」

純「梓が楽観的すぎるだけだよ。偉い人の言う事だから、って信じて流されて破滅したって話は枚挙に暇がないはずだよ」

梓「ぐっ・・・」

純のくせに妙に芝居がかった言い回しで社会の暗部を持ち出してくる。
もちろん、純がそんな状況に陥ったわけではないはずなので受け売りには違いないはずなんだけど。
それでもやはり、悪意は何重にも隠れ蓑を纏っているもので、それを見抜けない人を食い物にしているものなんだ。

言葉に詰まった私は、憂に「どう思う?」と尋ねるけど、憂は悲しそうに微笑みながらも黙って首を振るだけだった。

純「・・・憂の所はもうお姉さんのクローンに同意しちゃったんだから、どうこう言えないでしょ」

梓「あっ・・・」

憂「あっ、そうじゃなくてね。ちゃんと自分でじっくり考えて決めたほうがいいよ、ってこと。重大な決断には違いないんだから・・・」

「そうじゃない」と言ってくれたけど、結局はあまり変わらない気もする。自分の意見で私達の考えが傾くことを恐れたという意味では。
そもそも何故、口止めされてるはずのこの話を憂はしてくれたのか。そこから含めて全部、一本の線で簡単につなぐことが出来る。
突然押しかけられ、選択の余地も悩む時間も無かった自分達のようになってほしくないから、だ。
問題を前もって提起してあげて、悩む時間を与えて、その上でちゃんと考えて自分なりの結論を出してほしい。そんな友達思いな理由からの、国に対する裏切り。
・・・憂だって、悩まなかったなんてことはないはずだ、私達にリークすることに。
それでも私達のためにと打ち明ける道を選んだ。なら、私達はそれにちゃんと応えなくてはならない。純もそれはわかっているはず。

梓「・・・よし。じゃあこの話はここまで!」

純「そだね。じっくり悩んで今夜を迎えて、明日になったら結果報告としますか!」

梓「うん」

憂「・・・・・・」

憂も、さっきと変わらず悲しそうに微笑みながらも頷いた。
まるで、気持ち自体はさっきと変わっていないにも関わらず――否、むしろそのせいで何と言葉をかければいいかわからないような、そんな感じ。
そんな憂を見たから・・・というわけではない。
でも、私の結論は今この場でもう決まっていた。今夜を待つ必要なんてない。

・・・重ねて言うけど、憂が何も言ってくれなかったから、というわけではなく。

**

数日後。

菫「・・・なんか、不思議な光景ですね」

直「ホントに・・・」

事前に話だけはしていたとはいえ、そりゃ驚くだろう。
私だってそっちの立場だったら驚くだろうし。

唯α「えっへへ~純ちゃんの髪モフモフ~~」

純「やめてくださいってばあああああ」

唯β「あっずにゃーんぎゅーー」

梓「やめてくださいってばあああああ」

やっぱりというかなんというか、結局こうなった。

純にこっそり理由を聞いてみたところ、全く私と同じだった。
要するに、元々唯先輩のことは嫌いじゃないし、考えうる限りではデメリットもなさそうだし。
そして何よりも、憂が話してくれたから、だ。
憂は私達のためを思って話してくれた。なら私達に出来ることは何か。
そう考えた結果、遠くにいる先輩達よりは近くにいる私達がこの申し出を受けることでいくらか憂を安心させられるのではないか、ということになった。
あと、憂一人に問題を背負わせたくない、という面もある。
勿論そんな結論の出し方は憂が喜ぶものじゃないことはわかってる。だから憂には明かせない。隠し通さないといけない。
でも間違った答えだとも思わない。情に流されて出した面はあるけど、これが皆が得をする最善の手のはずだ。だから私達は、胸を張って隠し事をする。

憂「私もこうすれば三人に!」

菫「わ、話には聞いてましたけど本当にお姉さんそっくりになるんですね、憂先輩」

憂「えへへー」

直「うちの弟と並べてみたいですね」


純「ああああああ」

梓「ああああああ」


・・・後ろめたい気持ちのない私達の隠し事は、さすがの憂にも見抜けないようだ。
単に唯先輩ズに場を掻き乱されててそんな状況じゃないだけのような気もするけど。

直「・・・そういえば、その平沢先輩――あ、えっと、平沢大先輩のほうです」

菫「大先輩!?」

直「平沢大先輩のクローンを、平沢先輩が受け取るということは出来なかったんですか?」

憂「うーん、いずれはそれも可能になるかもしれないけど、今回は家族以外でお願いします、って言われちゃったんだ。元々家族以外の広い層に向けての法案らしくて」

直「そうなんですか・・・」

純「・・・・・・」

梓「・・・・・・」

もしかして、それが可能なら憂がクローンを誰よりも欲しがったんじゃないか。お姉ちゃん大好きな憂だから。
きっと純と同時に、私はそんな不安を抱いた。でもそれは続く憂の言葉でかき消された。

憂「もし可能でも断るつもりだったけどね。私はお姉ちゃんがお姉ちゃんっていうだけで充分恵まれてるんだから」

憂は私達を見ずにそう言った。
そのことが何よりも私を安心させてくれた。きっと純も。

直「それにしても、結構注文が多いですね、国も」

憂「そうだねー。だからなのか、次にクローンを作って欲しい人とかがいるなら優先的に聞き入れてくれるって言ってたよ」

菫「へぇ。一応、いろいろ押し付けて申し訳ない、みたいな気持ちはあるみたいですね」

憂「まあ私達の口添えがあっても審査の基準が甘くなるってわけじゃない、とも言ってたけどね。順番を優先してくれるってだけ。・・・二人は、誰かクローン作って欲しい人とか、いる?」

直「私は特に思い浮かびませんね」

菫「私もですね・・・どちらかといえばお掃除ロボットとかのほうが欲しいです」

憂「ざーんねん」

急に聞かれて答えられるはずがないのもあるし、そもそも仮に思いついても審査に受かるのはかなり難しい。
結局のところ、菫も直も数日前までの私達みたいに別世界の話と思っているのだろう。クローンを目の当たりにしたとはいえ、その人は特に縁のある人でもないわけだし。

ただ、そんな中で菫が言った「ロボット」という言葉、それに私はひっかかりを感じていた。
同じようなひっかかりを、唯先輩のクローンを受け取ると国の偉い人に告げた日にも感じていたからだ。

あの日、国の人は言った。

『クローンは本人と何ら変わらない容姿、性格ですが、自らがクローンであるという自覚を持つ点で違います。同時に、その自覚を持たせるために3つの約束事を覚えさせてあります』

『1つ。クローンは人間ではないが故に、人間に危害を加えてはならない』
『2つ。クローンは作られしものであるが故に、所有者によって不要と判断された場合、速やかに身を引かなくてはならない』
『3つ。クローンは命あるものであるが故に、前項2つに反しない限り、人として生きなければならない』

「3つの約束事」と聞いて、その時、名前しか知らない『ロボット三原則』を私は思い出していた。
あとで調べた結果、どことなくそれに似たようなものであることにも気づき・・・ひっかかりを感じたんだ。

クローンとロボットの『人に求められ、人に作られた』という共通点。たぶんそこにひっかかりを感じたんだろうと今ならわかる。
あんなにも活き活きした存在である唯先輩が、そういう目線で語られることに。

菫は唯先輩と面識はないし、そもそもあれはムギ先輩の家で手伝いをしている自分の立場とかけた発言だから別にいいんだけど。
解せないのは、唯先輩の人となりを知っていてクローンを作らせてくれと頭を下げたはずの国の人のほうだ。
唯先輩と会って、話して、そのクローンも見届けたはずなのに、それでもそういう風な目線で見ている。なにかと唯先輩に影響を受けてしまった私から見れば到底理解できない。
・・・案外、純の言ってたことが正しいのかもしれない。

純「・・・心しておかないといけないね、梓」

梓「えっ・・・?」

心を読まれたかのようなタイミングで、純が囁く。

純「私達はモニターなんだよ。見られてるんだ、きっと」

梓「・・・わかってるよ。向こうにも何らかの目的があるってことくらいは」

私達は新製品の消費者モニターであり、国からモニターされている。
わかってる。私にだってわかってる。でも純が危惧するのはそこではないんだろう。
見る側に、国に『悪意がある』のか『何もない』のか。純はきっと最初からずっとそこを気にしている。
悪意があるとは思いたくない。けれど、あの唯先輩を見ておいてなにも思わないようなのも、それはそれで悲しいと思う。
でも、結局のところモニターからは向こうの内面までは窺い知ることは出来ない。だから、私に出来ることは、最悪の場合を想定して動くことだけ。
つまり、悪意のある相手が喜ぶようなことをしてはいけない、ということだ。






・・・あの時そう決意したからこそ、数週間後の今、私は私を保てている。


唯先輩が常に隣にいる毎日は、少しずつ確実に私の思考を変えていっていた。
私と唯先輩の距離感こそ変わらなかったものの、いや、むしろ変わらずあったからこそ、私は私の中の変化に歯止めをかけられなかった。

私の隣で笑う唯先輩は、クローンだ。
なら本物の唯先輩は、今は何をしているのだろう?
そして、純の隣にいるであろう唯先輩も。あと考えたくはないけど、もしも極秘裏にもっとクローンが作られていたとしたら?
それら全ての唯先輩が気がかりで、でもだからといって隣の唯先輩をないがしろになんて出来るはずもない。結果、一日のほぼ全ては唯先輩のことを考えて過ごしている。

去年までの私が何かと放っておけなかったこの人は、それでもちゃんと一人立ちして立派な大学に行き、私にその背中を追わせてくれた、素晴らしい先輩だったはずだ。
なのにクローンとして隣に戻ってきてしまったせいで、私自身がそのことを忘れてしまいそう。

クローンさえいなければ。
クローンなんていなければ。

そう思うこともあるけれど、唯先輩の笑顔を見るたびにその気持ちは消えていき、最後の一線を越えることはない。
唯先輩によって変えられながらも、唯先輩によって支えられている。まるで去年までの私を見ているようだ。
そんな自分とは、唯先輩の卒業を契機に折り合いをつけられたはずなのに。

なのに、戻ってしまった。いや、戻りかけている。
唯先輩が気がかりで、目が届く範囲に居てくれないと不安な、あの頃の私に。

だったら、いっそのこと、逆に・・・

憂「ねぇ、二人とも」

梓「・・・うん?」

純「・・・ん?」

憂「明日休みだし、久しぶりに三人で遊ばない? お昼から。ご飯準備しとくから・・・ね?」


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