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憂の言葉に私達は素直に頷き、当日、なんとなく二人並んで歩いて憂の家へと向かっていた。
もちろん唯先輩は家に残して。憂は「三人で」と言ったのだから。
純「・・・なんか、こうして2人で歩くのも話すのも久しぶりだね」
梓「そだね・・・」
私は悩んでいた。悩んでいたところに憂から誘われた。純と一緒に。
つまり、純も悩んでいたんだ。おそらく私と同じようなことに。
憂は気づいてたんだろう、私と純の様子がおかしいことに。
それら全てが、たったこれだけの会話からでも伝わってくる。
梓「・・・あのさ、純。私ね・・・」
純「・・・言わないでおこうよ。多分、同じようなこと、私も白状したくなるから」
梓「・・・そっか」
純「うん」
私達は、この関係を壊そうとした。壊しかねなかった。
憂はそれを止めてくれた。それだけのこと。
梓「憂は、見かねたんだろうね」
純「きっとね。気づいてたんだろうね」
いい友達を持ったな、と思った。
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憂「いらっしゃい。ごめんね、もうちょっとかかるから私の部屋で待ってて」
純「あ、うん」
梓「手伝おうか?」
憂「ううん、大丈夫だから」
純「猫の手を借りるほどでもないってさ」
梓「もう・・・」
純のニヤニヤ顔は不愉快だけど、実際、憂の腕なら一人の方が早いとも思うし余計なお世話だったのだろう。
そんなことを思いながら、私達は幾度か足を運んだ憂の自室へと向かった。
唯先輩の部屋もチラッと視界に入るけど、当然ながら扉は固く閉ざされているし、今の私はそれを開けたいとなんて微塵も思わなかった。
純も同じようで、一切の迷い無く憂の部屋の扉を開く。
純「相変わらず整理整頓されたキレイな部屋だこと」
梓「純の部屋とは大違いだね」
純「来たことないでしょ」
梓「純が拒否するからでしょ」
純「そうだったっけ?」
梓「そうだよ。多分だけど、去年まではお兄さんが居たからだと思う」
純「あー・・・」
梓「私より付き合い長い憂でも行ったことあるか怪しそうな言い分だったし、相当だよ」
純「・・・今度来る?」
梓「そだね。楽しみにしとくよ」
純「楽しみにするほどのものはないけどね・・・」
などと他愛も無い話をしながら恩人の憂を待つ。
こうして他愛も無い話を出来るのも本当に憂のおかげ。本当に恩人だと思う。
憂がいなければどうなっていたのか、考えたくもない。
まだ唯先輩は私の家に居るわけだから問題が全部解決したわけじゃないけど、進むべき道は見えた気がするから。
今ある全てを大切にしながら進む、そんな道が・・・
純「あのさ、梓・・・」
純が、穏やかな顔で私に何かを告げようとする。
否、告げようとした、その瞬間。
ゴトリ
と、どこかで何かが倒れたような音がした。
梓「・・・?」
純「・・・なんだろ? 結構重そうな音だったね。憂かな?」
梓「・・・ううん、この階からだよ。というかすぐ近くからしたような・・・」
純「・・・唯先輩の部屋?」
梓「かもしれないけど・・・むしろこのあたりだったような・・・?」
純「ちょ、ちょっと梓・・・」
立ち上がり、憂の部屋に備え付けられている木製のクローゼットの扉に手をかける。
純の引き止めるような声も聞こえていたけど、止まる気はなかった。
仮に不審者とかだったとしても、恩人である憂の家にそんなのがいるなら憂に代わって退治してやろう、とさえ思っていた。
だから、何の躊躇も無くクローゼットを開け放ち・・・
梓「ひっ・・・」
そこにあるものを見て、腰を抜かした。
純「あ・・・あっ・・・」
しかし、腰を抜かしたのも一瞬だけ。
すぐに振り返り、今にも涙目で叫ばんとする純の口を塞ぎに手を伸ばし、飛びかかった。
我ながら奇跡的な判断と動きだったと思う。
純「~~!? ~~!!!」
実際、口を塞いだ直後から純は取り乱し、暴れ、叫び続けている。
- これほどの声を手だけで完全に防ぐことなんて到底出来てないし、これ以上純が取り乱し続ければ下階の憂に察されるのは時間の問題だろう。
梓「お、ッ、落ち着いてっ! 純!!」
「落ち着いてなんていられる!?」という声が聞こえてきそうな目で睨まれる。でも、
梓「落ち着かないと憂にバレる!!」
純「っ・・・!」
純だってバカじゃない。そう言えば、いくら混乱してようと私の言わんとするところは察してくれる。
すなわち、眼前の『惨劇』は憂の仕業であり、
それを私達が知ったとなると、同じ目に合わされる、ということを。
憂の仕業である証拠なんてない。ただ、状況からしてそうとしか思えない、というだけだ。
この『二人の死体』が憂の部屋のクローゼットにあったこと。
その死体は『私と純の顔をしていた』ということ。
それらの条件が揃っていて、到底憂が無関係とは思えなかった。
もちろん、友人を疑いたくはないけど・・・
梓「・・・純、大丈夫?」
頷いたのを確認し、手を離す。
純「・・・ありがと、梓。・・・でもどうするの? これ・・・」
梓「見なかったことにしようよ」
純「はぁ!?」
冗談やジョークで言ってるわけじゃない。目を背けてる、と言われればそうかもしれないけど。
梓「考えたくないよ・・・あれが何なのか、なんでああなってるのか、誰がやったのか・・・」
純「誰って、それはあんたがさっき言った通り・・・」
梓「・・・憂だとして、それで、何であんなことをしたのか」
純「・・・・・・」
梓「・・・私達のせいかもしれないんだよ?」
もちろん、『かもしれない』に過ぎないんだけど、唯先輩のことで頭が一杯だった私達にはそれを否定できる材料はないはずだ。
梓「そもそも、こうしてクローゼットに押し込めてあったってことは、見られたくないものだったのかもしれないし」
純「う、うん・・・」
梓「・・・見なかったことにすれば、今までと何も変わらない私達でいられないかな・・・?」
純「梓・・・」
人を殺すなんて悪いことだ。だから、友人として憂を正してあげないといけない。でも、原因がもし私達にあるなら、一方的に責めるなんて出来やしない。
という風に言い訳をしてるけど、自分の命が惜しいだけかもしれない。既に一線を越えたであろう憂を問い詰めれば、私も同じように殺されるかもしれないし。
いや、でも待って、そもそもあれは『人』と呼べるの? 良く似た人形かもしれない・・・とまで目を背けはしないけど、あれは私や純じゃないんだよね。
唯先輩と同じようなクローン。クローンを殺したところで、それは『人殺し』になるの?
あ、でもクローンに人権がない、なんて言うつもりはないよ。それは唯先輩(クローン)と共に過ごしてきた私だから言い切れるもん。
っていうかそもそも仮に問い詰めたとして万が一憂の仕業じゃなかったらどうするの? 人殺しと疑うなんてもう友達として取り返しがつかないよ?
・・・そんな全部を、見なかったことに出来るなら。
純「そうだね・・・それがいいのかもね・・・」
梓「だよ、ね・・・?」
純「っていうか、何が最善かなんて、全然わかんないしね・・・」
梓「うん・・・」
純「この場は見なかったことに出来れば、少なくとも最善を探す時間くらいは稼げるよね・・・?」
梓「そう思いたい・・・よね」
そんな思いから、私達は憂の凶行から目を逸らす選択をした。
もっとも、憂の仕業であるという証拠はない。私達に警察のような現場検証なんて出来ないし、憂本人の言質を取ったわけでもないから。
だから、いくら可能性が高くとも、状況が憂の仕業であることを示していても、憂の仕業だと決まったわけじゃない。
・・・そんな気休めにすらならない理論も、私達の逃避を僅かでも正当化してくれると思いたい・・・
梓「あっ・・・!」
私と純の中と間で結論が出たのを見計らったかのように響く、階段を登る足音。憂が私達を呼びにきたのだろう。
純と目を合わせ、急いでクローゼットの扉を閉め、視線で語り合う。
「いつも通りにしていよう」と、互いに。
もうすぐ部屋の扉を開くであろう憂に、いつも通りの私達を見せる為に。
梓「・・・ははっ、あは・・・」
そうだ、いつも通りに笑うんだ。
それだけで、私達は何も変わらずにいられるんだ。
純「あはは・・・」
梓「・・・あはっ、純、何よその顔・・・」
純「梓こそ・・・ははっ、その顔・・・」
梓「・・・・・・」
純「・・・泣き笑い、やめなよ・・・!」
扉の開く音がする。憂が顔を覗かせる。
・・・ああ、私達は、これからどうなるのだろう。
終
最終更新:2014年01月14日 06:27