3階建ての広い家のダイニングで、二人ぼっちで食事をとっている女の子達。
平沢唯と、
平沢憂。
彼女達の両親は家を空けがち。理由は、旅行好きだからとか、仕事だからとか、そういうことになっている。
唯「憂~」
憂「なあに?」
唯「次お父さんお母さん帰ってくるのいつかなぁ」
憂「うーんと…明日着くって言ってたよ?」
唯「そっか!」
翌日は金曜日。週末は家族で過ごせそう。それを知った唯の顔がほころぶ。
………
翌日。
唯と憂が一緒に登校している。
その通学路の脇では、最近工事が始まっていた。
大きめの建物を作る工事で、骨組みが作られ、今日もクレーンが資材を運んでいる最中。
その脇を唯と憂が通りかかる。
唯「何作ってるんだろうね~」
憂「え?ごめん、音がうるさくて聞こえないよ」
唯「何を作ってーー」
その時、ガコン、と一際大きな音がした。
そのせいでまた唯の言葉を聞きとれなかった憂は、唯のほうへ視線を向け、唯のほうへ意識を集中する。
だから、気づかなかった。自分の真上に、金属の塊が落下してきていることに。
唯「あ、えっ、あぁ…ダメ、ダメーーー!」
唯は気づいた。
でも、叫ぶことしかできなかった。
私も、思わず目をつぶってしまった。
…目を開けると、まばゆい光。
叫んだ唯の額に何か紋章のようなものが浮かびあがり、唯の周りには魔法陣のような模様が現れ、あたりはスローモーションのようになって金属の塊はまだ憂の頭上にあった。
そして、意思を失い人形のような表情の唯の背中から、巨大な白い翼が出現する。
憂は、頭上の金属塊など気づかず、ぽかんと唯を見つめている。
唯が何か叫び声を上げると、光が集まってきて金属塊を包み…
一際激しい発光とともに、消滅した。
憂「……え……」
何が起こったかわからない憂。
しかし、翼が消え意識を失った唯が目の前に落下すると、我に返る。
憂「お、お姉ちゃん!?大丈夫、お姉ちゃん!!」
唯は応えない。
憂「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!大変、どうしよう…救急車、救急車!」
憂はなんとか冷静になり、救急車を呼んだ。
工事現場の人や、光を見た通行人が集まってくる。
唯は単に意識を失っているだけで、落下時に少し擦りむいた程度で無事だった。
しばらくして救急車が到着し、唯は病院へと連れて行かれた。
………
夕方。
病室のベッドに横たわる唯のもとには、憂。そして、連絡を聞きつけてきた澪、律、紬、梓、純、そしてさわ子。
和はいない。
皆が集結してすぐ、唯は目覚める。
唯「う…?」
憂「お姉ちゃん!!」律「唯!?」澪「唯!!」紬「唯ちゃん!!」梓「唯先輩!」純「ほっ…よかった」さわ子「はぁ…一安心ね」
各人が声を上げる。
唯「あれ?なんで私寝てるの?」
憂「お姉ちゃん!お姉ちゃん!よかった…」
状況を把握できていない唯にお構いなしに、憂は唯に抱きつく。
ほとんど異常なさそうな唯の様子に、皆が胸を撫で下ろす。
律「はぁ、大丈夫そうだな、よかったよかった…」
澪「唯、なんともないのか?」
唯「え、うん別に大丈夫だよ?あれ?何してたんだっけ…」
梓「本当に大丈夫ですか?まさか記憶が…」
唯「あ!思い出した!工事の…憂、大丈夫!?」
憂「ひぐっ…えぐ…」
紬「憂ちゃんならなんともないわ、唯ちゃん。あなたが憂ちゃんを守ってくれたんだから」
唯「え、私が?」
純「なんか降ってきた鉄の塊が光って消えた…んでしたっけ?ね、憂」
憂「う、うん…」
さわ子「信じられないけど、目撃情報が多数あるのよね。唯ちゃん、覚えてないの?」
唯「…なんか光ったような記憶が…でもあまり覚えてないや」
不可解な現象が起こったとはいえ、一行にはあまり興味のないことであり、唯が無事なら何でもいい様子。
むしろ、唯はもっと気になったことがあるようだ。
唯「…あれ、和ちゃんは?」
さわ子「和ちゃんは…今日急に家の事情とか言って昼で早退しちゃったのよね。連絡は入れといたんだけど…」
唯「そっか…お父さんお母さんは?憂、今日帰ってくるんだよね」
憂「そのはずだけど…お父さんもお母さんも、連絡つかないの」
さわ子「私からも連絡入れたわ、でも返事なし」
唯「忙しいのかなぁ…」
唯の一大事に、幼馴染や両親が不在なのはやはり心細いようだ。
一同はしばらく話した後、憂を残して解散した。
………
翌日。
念のため入院していた唯と、付き添っていた憂は病院で朝を迎える。
唯はもはや何ともないぐらいに回復していた。
朝食を終えのんびりしていると、コンコン、とノックの音。
憂「はーい?」
唯「…もしかして」
唯は両親か和が来たことを予想していたようだ。しかし、現れたのは完全に予想外の人達。
自衛隊員がぞろぞろと入ってきた。
隊員「失礼します。突然申し訳ありません。平沢さんご姉妹ですね」
唯「えっ…あ、はい」
憂「な…何ですか?」
隊員「事態は切迫しています。単刀直入にお願い申し上げます。私どもと一緒に来てください。貴方がたは国が保護します」
唯「へ? どういうことですか…?」
突拍子もない話に二人がきょとんとしていると、自衛隊員の背後から見知った顔が現れた。それも、5人も。
和。そして、平沢家の父、母。
さらに、和の父、母。
唯「和ちゃん!お父さん!お母さん!?」
憂「和ちゃんのお父さんお母さんまで…一体、どうしたんですか」
和「…」
和は俯いていて、答えない。
彼女にしては珍しく、心ここに在らずといった感じだった。
和の母はそんな和を支えるように、和の手を握っている。父は気まずそうな表情のまま、下を向いている。
平沢父「唯、憂…ごめんよ…とりあえず今は、自衛隊の方々の言うことに従ってくれ…」
平沢母「お願い…後で、全部話すから…」
両親の様子からただならぬ雰囲気を感じとった唯と憂は、顔を見合わせると、両親の言葉に従うことに決める。
唯「…うん、お父さんお母さんがそう言うなら…」
隊員「すみません。御協力感謝します。ご説明は後ほど。では、自衛隊基地へと案内しま……なっ!?」
隊員が窓の外に何かを発見する。
全員がそちらを見ると、窓の外には何者かが浮かんでいた。
白いローブを来て、背中からは羽が生え、頭には輪っかが浮かんでいる。
唯「…天使?」
隊員「総員、戦闘態勢!」
隊員たちが一斉に銃を構える。
唯と憂は状況を把握できず、唖然としているのみ。
平沢父「2人とも、危ない、伏せるんだ!」
父の言葉で、唯と憂は隊員の銃口と外の天使の間に突っ立っていることに気づき、慌ててその場に伏せる。
銃撃が始まるのかと思われたが、なんとその天使が喋り始めた。
代弁者「我は執行者の代弁者…。宣告する。お前たち人間の技術は発達しすぎた。そしてついに、無視できないレベルに達した」
そう言いながら、代弁者は唯を指差した。
代弁者「じきに執行者が現れ、汚染区域を浄化する。我は、汚染対象を排除する」
汚染対象とは、唯たちのことを指しているようだ。
代弁者の周りに、昨日唯が出したような魔法陣が出現する。そして、高く掲げた腕に光が集まっていき…
ビームのようなものが発射されようとしていることは、その場にいた誰もが直感的に理解できた。
平沢父「唯っ!お願いだ、やってくれ!!」
唯「えっ…」
父の「やれ」が意味するところは、唯に昨日のアレをやれということだが、唯は何のことだかわかっていない。
代弁者の視線の先には、唯。
憂「お姉ちゃん、危ない!!う、う、うあぁぁっ…!!」
急に発作を起こした憂の周りに、同じような魔法陣が現れる。
それは一瞬で移動し、部屋の窓を包み、そのまま窓と同化した。
同時に、代弁者の腕から凄まじい音と共に光線が発射される。
私はまた目をつぶりそうになったが、なんとか堪えた。
光線は窓に吸収され、激しい光を放った後、消えた。窓は無傷。
唯「憂、大丈夫!?」
憂「う、うぅ…」
憂は息切れしているが、意識はある。
唯と憂、和以外のメンバーは、不可解な現象の連続にも驚くことなく、冷静だった。
隊員「総員、一時退避!窓は撃つな!屋外の隊員に告ぐ、攻撃開始せよ!」
その言葉と同時に、病院の外から代弁者へ向けて銃撃が始まる。
その銃弾のうち一部が窓に命中するが、窓はびくともせず、弾は勢いを失いパラパラと落下していった。
代弁者はダメージを受けているようだったが、死にはせず、振り返り反撃を開始していた。
平沢父「唯、自衛隊の人について逃げなさい!」
父が憂を抱きかかえ、全員が病室を後にした。
病院内を駆け足で移動する最中、母が唯に話しかける。
平沢母「唯…思い出せない?昨日、何かあったんでしょう?」
唯「う、うん…でも…あんまり覚えてない…」
平沢母「お願い、今、唯の力が必要なの。その時の感覚、思い出して…」
唯「で、でも…」
憂「…お姉ちゃん…羽根が…」
父に抱えられたままの憂が振り絞るように声を発する。
唯「羽根…?」
憂「そう…羽根が出てたよ…」
そこまで話したところで、病院の出口に到達する。
その瞬間、代弁者が放った光線が病院の出口付近を破壊し、爆発が起こった。
唯「きゃぁぁ!?」
自衛隊員たちが盾を構えたおかげで、唯達に怪我はなかった。
破壊された出口の外に、代弁者の姿。
代弁者「汚染対象を排除する。覚悟せよ」
隊員「攻撃開始!!平沢さん、頼みます…!」
自衛隊員が発砲を開始する。
代弁者の攻撃発動を妨害することはできているが、よろける程度で、倒すには至らない。
平沢父「唯…今はとにかく集中して」
平沢母「思い出して…!」
憂「お姉ちゃん…私も手伝うから…」
憂は唯の手を握る。憂の周りにまた魔法陣が出現した。
唯「これ…が…」
唯は感覚的に理解してきたようだ。
唯「羽根…羽根…う…う、うぁぁぁぁ!!」
再び、唯の額に紋章が現れる。
昨日よりも激しい光と共に、翼が生え天使のような姿になった唯が宙に舞う。
代弁者と唯、二人の天使が対峙する。
代弁者「汚染対象を確認…消え去れ!」
唯「やめてよ…やめてよぉぉ!!」
二人の天使から同時に光線が発射される。
勝負は一瞬でついた。
代弁者は跡形もなく消え去った。
唯「あ…」
自分がやったことに衝撃を受ける唯。
勝ち残った一人の天使を、物憂げな表情で見つめる一行。
和「唯…憂…」
今日初めて口を開いた和は、その場に泣き崩れた。
隊員「……助かりました。ありがとうございます。では急ぎましょう」
………
自衛隊の基地にて、説明が始まる。
隊員「お疲れのところ申し訳ありませんが、事態は一刻を争うため、すぐに説明させてください」
唯、憂、和は返事をする元気もなく、下を向いていた。
隊員「…昨日午前、日本国及びそちらの平沢さん、真鍋さん夫妻宛に、謎の勢力から通信がありました。その通信の身元は不明です。内容は、先程代弁者と名乗った者が言った通りです」
隊員「人間の技術は発展しすぎ、創造主に牙を剥くまでに達した。汚染対象を排除し、汚染区域…つまり地球を破壊する、という宣告です」
そこまで言われても唯たちにはピンと来ない。
隊員「同時に、昨日午前の平沢唯さんの事故の情報が飛び込んできました。さらに、平沢夫妻、真鍋夫妻からも連絡がありました」
隊員「ご夫妻の話と、唯さんの事故の情報から、我々はこの事態についてある程度信憑性があると判断していました。そして先程、それは確信に変わりました」
隊員「詳細は、平沢さん…お願いします」
平沢父「はい…」
唯と憂が顔を上げる。
平沢父「唯、憂、今まで隠していてすまない。そして、いつも家にいれなくてすまない。お父さんとお母さんは、科学者なんだ」
唯「科学者…」
憂「そうだったんだ…」
平沢父「真鍋さん夫妻も同じく科学者で、一緒にある研究をしていた。『紋章学』というものを」
憂「紋章…」
憂は唯の額に現れた紋章を思い出す。
平沢父「普通はこんなこと話しても信じてもらえないと思うし、実際、カルト宗教扱いされていたから、2人には言っていなかった。当然お金も出ないから、別の仕事をして…2人には苦労をさせないように…」
隊員「すみません、平沢さん、心中お察ししますが、できれば手短に…」
平沢父「…すみません。唯、憂、今なら信じてもらえると思うけど、紋章学というのは本当にあるんだ。まさに、さっき唯と憂が出した魔法陣のようなものがそれ」
平沢父「それの研究をしていた私達は、ある日、桜が丘にある公園のモニュメントが、この世のものではないことに気づいた。そしてそれの研究を続けていた結果、それは『FD空間』とこの世界をつなぐゲートであることがわかった」
平沢父「四次元とでも言うのかな、とにかくこの世界より高い次元の世界。そして、そのFD空間には、この世界の創造主とも言える、FD人という人類がいることもわかった」
憂「創造主…神様なの?」
平沢父「そうだよ、多分ね。それで…そこまで判明したとき、そのモニュメントが突然喋りだした」
平沢父「その内容は、さっきの内容とほとんど同じ。創造主の技術であり、禁忌である紋章学に手を出した人類を滅ぼす。これはもう決定したことで、覆ることはない。これは宣告だ、と」
平沢父「このまま滅びを受け入れるのか、神に反抗するのか…私達は、反抗することを選んだ」
平沢父「その方法は…」
父が言葉に詰まる。
母も、真鍋夫妻も、和も、固唾を飲んで平沢父を見守る。
その時、隊員の無線機に連絡が入った。
隊員「…何…!了解。すみません、代弁者と思われる天使のような姿の者が多数、付近に出現したようです。平沢さん、ご姉妹の能力の説明を手短に!」
平沢父「…わかりました。唯、憂。もうわかっているとは思うけど、2人は不思議な力を持っている」
平沢父「唯は、破壊の力。代弁者や執行者を消滅させられる力」
平沢父「憂は、改変の力。物質の性質を変えることができる。例えば、さっきは窓の性質を変えて、どんな衝撃にも耐える物質へ変えたんだ」
平沢父「お願いだ、勝手な事を言っているのはわかってる。2人の能力で、代弁者を倒してほしい!」
父は頭を下げた。
母も、真鍋夫妻も、同じく。
唯「私が…戦うの」
昨日はあっけらかんとしていた唯も、さすがに表情が重くなってきた。
のほほんとした日常が、突然、映画のような戦いの日々へと変わった瞬間。
憂「お姉ちゃん…行こう」
唯「…うん」
隊員「本当にありがとうございます。ではーー」
一同が出発しようとした瞬間。
爆音とともに、基地の天井が、壁が、吹き飛んだ。
唯「きゃぁぁぁ!!!」
一瞬で更地となった基地の中に、無傷で立っている一行。
憂の周りには、魔法陣…紋章が現れている。
憂は咄嗟に、降り注ぐ瓦礫の性質を軽く柔らかいものに変え、ダメージを防いだようだ。
隊員「重ね重ね感謝します、平沢さん。どうかご健闘を!」
隊員達は、周囲にいつの間にか現れていた代弁者達と戦闘を開始する。
唯達一同が空を見上げると、真っ黒な悪魔のような生命体が一体、飛び回っていた。
あの悪魔が、基地を破壊させた張本人のようだ。
平沢父「執行者だ…もう、来てしまったか」
平沢母「唯、あの悪魔を…」
唯「…うん」
唯はまだ慣れないが、「破壊の力」を目覚めさせる。
翼を生やし、神経を集中させ、上空の執行者に向かって極太のレーザーを発射する。
その直撃を受けた執行者は…
まだ生きていた。
平沢父「まずい!」
刹那、執行者からの反撃が来る。
平沢母「憂、そこの平べったい板を軽く、硬く!傘にして!」
憂「あ、う、うん!」
憂はそばに落ちていた大きな天井板の破片の性質を変える。
すぐさま父がそれをひょいと持ち上げ、その場にいた全員を覆い隠した。
執行者が放った光線のような何かは、その板と、その下にいた一行を残し、すべてを消し去った。
出来たクレーターの底から這い上がってきた憂は、唯がいないことに気づく。
憂「お姉ちゃん!どこ!?」
唯は上空にいた。
執行者に向かって、真っ直ぐに飛んでいく。
唯「お願いだから…もうやめてぇぇ!!」
渾身の力を込めて、唯が腕を振り下ろす。
巨大な紋章が現れ、執行者を包み、圧縮していく。
執行者はそれに抵抗し、束縛を解こうともがき続ける。
しかし、ついには唯が競り勝ち、執行者は完全に押し潰され、虚空に消えた。
唯「はぁ、はぁ…ぁ」
消耗した唯が力なくクレーターの中心に落ちていく。
憂「お姉ちゃん、危ない!」
間一髪、憂が唯の落下地点をスポンジのように変化させ、唯はボスッと包まれるように着地した。
平沢母「唯!!大丈夫…?」
平沢父「すまない…こんな重い役目を負わせてしまって…」
唯「……」
今まで以上に唯の表情は曇っていた。
唯「私…なんなのかな」
そう言い残して唯は意識を失った。
………
再び病院。
今回は自衛隊基地の中の診療所だ。
もう夕方になっていた。
唯が目覚めると、そこには憂がいた。
憂「お姉ちゃん…」
憂の声はか弱い。
唯も「うい…」とだけ言って特に他に言うことも出てこないようだ。
そこへ、自衛隊員が入ってきた。
両親はいない。
隊員「お目覚めですか…お疲れ様です。体調は大丈夫でしょうか?」
唯「……」
唯は隊員をじとっと見つめる。
このあと隊員が何を言おうとしているか、唯はなんとなく理解しているようだ。
唯「また戦うんですか…?」
隊員「…代弁者がまた多数出現しています。また、じきに次の執行者も現れると見られています。平沢さんばかりに負担をかけて、大変申し訳ありません。しかし、現時点で彼らに対抗できるのは平沢さんご姉妹だけなのです。我々の物理的攻撃では、代弁者を何とか倒せる程度で、執行者となると人類の力では対処できません」
唯「いや…」
隊員「…心中お察しーー」
唯「いや!!いやぁぁ!!どうして私なの!?私が戦わなきゃいけないの!?」
隊員「……少々お待ちください。今ご両親をお呼びします」
手に負えない状態と判断した隊員はすぐさま無線で連絡をとり、代弁者の対処中だった平沢夫妻を呼ぶ。
隊員「…ダメか…なるべく早く切り上げ、こちらに来るようにしていただきたい」
しかし、戦闘は激化しており、夫妻は対応に追われていた。
敵はいわば宇宙人であり、その生態の情報を唯一知っている平沢、真鍋夫妻は、作戦の要。
唯、憂がまだ不安定なため、夫妻からの情報をもとに通常の武器で戦闘せざるを得ない状況だった。
隊員「平沢さん。こちらから強制はできませんが、自体は深刻です。どうか、お考えください…失礼します」
唯「……」
隊員が去る。
その数十秒後、見計らったかのようなタイミングで、和が部屋に入ってきた。
唯「和ちゃん!」
憂「和ちゃん!」
和「…」
唯「和ちゃん…大丈夫?ずっと元気なかったけど」
和「ええ…正直、元気なかったわ。唯も憂も辛いでしょうに、全然サポートできなくてごめんなさい」
唯「ううん、全然そんなことないよ。和ちゃんがいてくれるだけで安心だもん」
憂「和ちゃん…何かあったの?」
和「ええ…まぁ、ね。まだ、気持ちの整理はついていないけど…でもやっと落ち着いてきたから、話すわね」
唯「…なにを?」
和「さっきの、あなたのお父さんの話の続きよ。途中で切れちゃったでしょう」
憂「和ちゃんは知ってたんだ…」
和「…そう。昨日、聞かされたのよ。きっと、つらい話だと思うけど…お父さん達が今忙しそうだから…よく聞いて」
唯、憂の2人は固唾を飲んで和を見つめる。
和「創造主であるFD人から、執行者を送り込むことを宣告された私達の両親は…それに抵抗することにした」
和「でも、相手は神とも言える存在。普通に考えたら勝ち目はないわ。だから…こちらからFD空間に乗り込んで、FD人の親玉を倒すことに賭けることにしたの」
唯「神様の世界に行くの?天国みたいなところなのかな」
和「そうみたいね。それで、それには3つの能力が必要なの。まず、FD空間とこの世界を繋ぐ力。次に、FD空間でも私達が存在できるようにする力。最後に、FD人にも攻撃が通用するようにする力」
憂「それが…お姉ちゃんと私の」
和「そうよ。憂の持ってる改変の力は、次元の違うFD空間でも私達が存在できるようにする…と言ってたわ。それをこの世界で使うと、物の性質を何でも変えられるようになるみたい」
和「唯の持ってる破壊の力は、本質としてはFD空間でもこちらの世界の物理法則を通用させるものらしいわ。それをここで使うと、羽根が生えて、破壊の力として現れる…とか」
唯「うーん…」
和「正直、難しくて私もよく分かってないわね。でも、概要はそんな感じ」
憂「…ひとつめの、FD空間とこの世界を繋ぐ力は?」
和「それが…私の能力らしいのよ」
唯「えっ!?」
憂「和ちゃんも…!」
和「…続けるわね。その3つの能力が必要だということがわかったお父さん達は、私達に…」
唯「魔法をかけたのかな?」
和「……唯……その通りなんだけど、そんな生易しいものじゃないわ」
和「お父さん達が研究していた紋章学の中でも1番の禁忌、紋章遺伝学。遺伝子に紋章を組み込むものらしいの」
憂「……」
憂の顔が青ざめていく。
遅れて、唯もその意味することに気づいたのか、無表情になる。
和「もう、わかったでしょう。FD人に対抗するために遺伝子を改造されて産まれてきた実験体…それが私達3人」
唯「……」
憂「実験体…そんな…」
和「…ごめんなさい、言い方が悪かったわ。お父さん達も、そんなつもりではないのはわかってる。でも…事実そうだと考えると、どうしても悲観的になってしまって」
憂「私も…お父さんお母さんが私達を実験に使ったんじゃないって…信じて…るよ…」
しかし、そう言いながら憂の目には涙が溢れてきた。
ショックであることには間違いない。そして、自分の破壊の能力に悩んでいた唯には追い打ちになったようだ。
唯「……」
唯はもはや言葉を失っていた。先程までの曇った表情を超え、無表情になっている。
そこへ、最悪のタイミングで、両親が到着した。
平沢父「唯!遅れてしまってごめん…大丈夫かい?」
唯「……」
唯は全く反応せず、目を合わせない。
憂はビクッとして父のほうを見たが、すぐに目を逸らしてしまう。
平沢母「唯…?憂?…和ちゃん、もしかして」
和「…はい。すみません、私から話しました…」
平沢父「!!そうか、すまない…私達から話すべきことなのに、和ちゃんにやらせてしまって…」
平沢母「唯、憂。私達のことを許してなんて言わないわ。恨まれたっていい。本当に、ごめんなさい…」
平沢父「こうするしかなかったとはいえ、人間として道を踏み外してしまったし、唯に憂、そして和ちゃんに重い十字架を背負わせてしまった。本当にすまない…」
唯「……」
唯は完全に心を閉ざしてしまったようだ。
憂も、いつものように姉を気遣う余裕もなく、視線が泳いでいて、言葉がない。
そして、緊迫した状況は続いており、姉妹にこの事実を受け入れる時間を与えてくれない。
父が何か言おうとした瞬間に、自衛隊員が入ってきた。
隊員「代弁者が多数出現しました。こちらでは対処しきれない可能性があります。…平沢さん、まだ無理なようですね」
平沢父「…すみません」
隊員「いえ、仕方ありません。ご協力いただけるならすぐに…ん?」
隊員の無線に連絡が入る。
隊員「…ご友人が面会希望?無理に決まっているだろう…いや、待て、それに賭けよう。護衛をつけて、代弁者を避けてここまで来てくれ」
隊員「…ご友人の方々がいらっしゃるそうです。危険な状況のため面会時間は限られますがご了承下さい。では」
隊員が去る。
遠くからは、銃撃の音のようなものが聞こえてくる。
代弁者の数が増えてきているようだ。隊員はしぶしぶ去ったが、今すぐにでも唯の加勢が必要なぐらいなのだろう。
平沢父「私達も行こうか…」
平沢母「そうね…唯、憂、またね」
友人が来ると聞いて、平沢夫妻もその場を後にする。
残された唯、憂、和の間に会話はない。
静かに、その時を待っていた。
最終更新:2014年01月13日 15:22