律「唯!大丈夫か!?」

しばらくして、律を先頭に、澪、紬、梓、純が入ってきた。

澪「和!ここにいたのか…昨日から連絡とれないから心配したよ」

梓「唯先輩…?憂…?どうかしたの…?」

純「…なんかこれ、まずい雰囲気?」

紬「唯ちゃん…」

3人の、特に唯の様子がおかしいことはすぐに分かったようだ。
しばらく沈黙が続いたが、見かねた和が口を開く。

和「…みんなは、というかこの基地の外の人達はどこまで知っているの?」

律「どこまでって、なんか非常事態だから緊急避難しろとかなんとかだけ言われて…」

紬「テロだとか、バイオハザードだとか、いろいろ噂されているけど政府からは何も発表がないの」

澪「ムギのお父さんがいろいろ調べてくれて、唯達が自衛隊基地にいるってやっとわかったんだ」

和「そうなんだ…ここに来るまでに何か変なのとは出会わなかった?」

梓「変なの…?いいえ、特に。何か変なのがいるんですか?」

和「そうね。…ねぇ、唯、憂。みんなにも、話していいかしら」

唯と憂はいまだ顔を上げず、返事もない。

和「きっと、隠し通すことなんてできないわ。事が事だもの。みんなにも聞いてもらえば、少しは楽になるんじゃないかしら」

憂「…いいよ。隠したいわけじゃないもん。和ちゃんこそ、いいの?」

和「ええ。このまま、私達だけで悩んでても解決しない気がするの。…唯?」

唯は顔を下げたまま、うなずいた。

律「いったい何だってんだよ…そんなに重い話なのか…?」

和「…そうね。信じられないかもしれないけど、聞いて」

和が経緯を説明していく。
唯に羽が生え光を放った先日の現象は本当だったこと。
天使や悪魔が現れ、自衛隊に保護されながらも唯と憂の能力で戦ったこと。
平沢、真鍋夫妻の過去の研究のこと。そして、遺伝子に埋め込まれた紋章のこと。

最初のほうでは驚きの声も上がっていたが、次第に重い空気がその場を支配していった。
最後のほうで澪が失神しそうになったが、律が支えてなんとかすべて聞ききった。

和「…信じられないわよね?」

誰も返事をしない。
信じられないような話とはいえ、唯たち3人の雰囲気がそれが本当だということを物語っている。

憂「…見てください」

憂は立ち上がると、病室にあった食器を手に取り、能力を使う。
憂の周りに現れた紋章に、一同が驚く。

梓「こ、これが紋章…?」

純「すご…ほんとに魔法陣みたい」

憂はその食器を持つ手を離す。
澪や紬があっと声を上げたが、食器は床に落下しても割れず、さらに何度もバウンドした後、落ち着いた。
傷は一切ついていない。

律「憂ちゃん…本当なんだな」

紬「ありがとう、憂ちゃん。つらいのに…」

憂「いえ…」

澪「どうしたらいいんだ…戦えっていったって…」

梓「いくら神様が攻めてくるからって、それを唯先輩達だけに押し付けるなんてひどいです!」

律「でもこのまま人類滅亡しなきゃいけないってか?うーん、だからって唯を…」

紬「唯ちゃん、和ちゃん、憂ちゃんの気持ちを無視しちゃいけないわ…ただでさえつらい現実を突きつけられたばかりなのに」

純「でもやらなきゃ滅ぼされる…って堂々巡りですね」

和「…私はだいぶ気持ちが落ち着いてきたのだけど、私の能力では戦えないわ」

澪「唯…唯は…どうーーひっ!?」

澪が窓の外を見て絶句する。
そこには天使…代弁者がいた。

澪が窓の外を見て絶句する。
そこには天使…代弁者がいた。

律「なっ!?あ、あれが…」

紬「天使…」

梓「あ、あ…どうしたら…」

純「ちょっと、自衛隊はどうなったの!?」

和「まずいわ、数が多すぎて自衛隊で対処できないのよ!」

律「ゆ、唯っ!!…いや、すまん」

律が唯のほうを向くが、まだ唯はうつむいたまま。
それを見て、律は何か決心したような顔になった。

律「……ええい、こうなったら私たちでなんとかしようぜ!」

梓「なんとか…って、どうするんですか!?自衛隊でも勝てないのに…!」

律「しょうがないだろ、このままここにいても逃げても同じだ!」

紬「わ、私も…戦うわ!」

純「やば…来ますよ!!」

代弁者が手を挙げ、光が集まってくる。

憂「…!!」

とっさに憂が紋章を発動し、窓付近の壁全体の性質を変える。
凄まじい閃光とともに代弁者からビームが発射されるが、そのビームは吸収され、逸らされた。

律「うわぁ!?」

紬「壁が…びくともしない」

純「…!それだ!ねぇ憂、私達の服を強化してくれな…あ、ごめん、勝手なこと言ったね」

憂「え…でも、それじゃ」

梓「そうか…武器と防具があれば戦えるんだ…憂、もし嫌じゃなければでいいから、私達を…」

憂「だ、ダメ!それじゃ、みなさんが危ない…きゃあっ!?」

突然、憂が強化していなかったほうの壁が崩れ去った。
開けた視界に、多数の代弁者の姿。既に囲まれている。

澪「あ、あぁ…」

律「やべっ!憂ちゃん、お願いだ!やってくれ!」

憂「…」

紬「私達も一緒に戦うわ!あなたたちだけに押し付けたくない!」

憂「…わかりました!みなさん、集まってください!」

座り込んでいる唯のもとへ憂が駆け寄り、そこへ皆が集まる。
憂が能力を発動すると、その場の全員の服や靴など全てのものが、この世のものでない性質へと変化した。

憂「みなさんの体は怖くていじれません…帽子かヘルメットをかぶってください!」

梓「ま、まずい、来るよ!」

代弁者のうちの一人が浮かび上がり、光を放ち始める。

和「服で頭を隠して!!」

次の瞬間、代弁者から衝撃波のようなものが拡散される。
とっさに、強化された服に頭を潜らせた一同は少しよろける程度で済んだが、病室の窓や壁はバラバラに破壊された。
避難用のヘルメットなどは全て吹き飛ばされてしまった。

梓「ヘルメットが…」

純「その辺に転がってるガレキを盾にするしかないっしょ!」

律「長い棒みたいなのを武器にできないか、憂ちゃん!?」

憂「はいっ、できます!」

憂がすぐに、辺りに転がっている尖った破片を攻撃的性質に、平べったい破片を盾となる性質に変える。
唯と憂を除く全員が武器防具を装備し、反撃が始まった。

律「行くぞっ!!」

紬梓純「「おおーっ!!!」」

律の号令で、四人が一斉に代弁者達に向かって駆け出して行く。
澪は恐怖からまだ動けず、和は後方で待機。

律「おりゃーっ!」

律が尖った廃材で思い切り代弁者の胸のあたりを殴りつけると、当たった部分が乱れたテレビの画像のようになった後、あっさりと切断された。
胴体が真っ二つになった代弁者がゴロッと落下し、消滅する。

律「うっ…すげぇ」

その光景に律は一瞬ひるむが、手応えを感じ次の代弁者へと向かっていく。

梓「すごい…これならいける…たあーっ!」

梓が尖った破片を代弁者に突き刺すと、あっさりと貫通し、その部分から爆散して消滅した。

その梓の背後から別の代弁者が近づき、エネルギーを込めた腕を振り下ろす。

梓「きゃあっ!?」

梓は弾き飛ばされるも、服がダメージを吸収したため無傷だった。
しかし代弁者はなおも梓を追撃しようとする。

紬「梓ちゃん危ない!…えいっ!」

紬は両手を袖に隠すと、代弁者を背後から掴み、いとも簡単に投げ飛ばす。
まるで重さを感じないようだ。

純「これ結構楽勝じゃん!」

純も軽い身のこなしで代弁者を棒で殴りつけたり、蹴りを入れていく。

和「澪…しっかり。戦える?」

澪「う…うん」

和「ここらへんに落ちてるものを投げて応戦しましょう」

澪「わ、わかった!」

2人は辺りに散らばっている瓦礫を憂に処理してもらい、代弁者へと投げつける。
命中するとその部分がやはり乱れた画像のようになり、大ダメージを与えていた。

代弁者からのビームや衝撃波などの反撃も、強化された服や盾で防ぎさえすればダメージはほとんどない。
完全にこちらが優勢なのだが、敵の数は一向に減る気配がない。それどころか、段々増えてきている。

梓「倒しても倒しても新しい天使が出てきます!これじゃキリがありません!」

もはや破壊し尽くされ更地となってしまった診療所の中心にいる唯を守るように、律達がその周りを囲む。
しかし、次第に押され、その円が段々縮まってきた。

紬「唯ちゃんを守らなきゃ…!みんな頑張って!」

皆が格闘する中、中心にいる唯がついに口を開き始めた。

唯「憂…」

憂「お姉ちゃん…?大丈夫?」

唯「ねぇ…最近、お父さんお母さんとどこに遊びにいったっけ」

憂「え…っとね、先週、一緒に買い物に行ったよ?」

唯「そう…だよね」

憂「…その前の休みは、うちでみんなでのんびりしてたし…旅行だって行ったよね」

唯「そう、だよね。小さい頃も、たくさん、色んなところに連れて行ってくれたし…あまり家には居てくれないけど、帰ってきたときはいつも遊んでくれたし」

憂「うん…。本当に、楽しかったなぁ。お姉ちゃんと、お父さんお母さんと、みんなでたくさん思い出を作ったよね」

唯「うん。だから…いいんだよね、私の勘違いだよね。私が勝手に…」

憂「お姉ちゃん…」

梓「あ、あれはなんですか!?」

梓の声に皆が上空を見上げる。
黒い悪魔ーー執行者は急降下し、律の目の前に降り立った。

律「え…な、なんだこいつ!」

律が武器で殴りかかる。
命中した部分には確かにダメージを与えられたが、倒すには至らない。
執行者は腕を振り上げ、律をなぎ払った。

律「うあっ!?」

パキン、という音がし、律が弾き飛ばされる。

律「いって…何で…」

痛みを感じることに律は疑問を抱く。
憂のかけた能力の効果が先程の一撃で壊れたようだ。

憂「あ、紋章が…律さん、危ない!」

執行者が拳を突き上げ、火球のようなものが現れる。
次の一撃を食らえば、律は消滅してしまう。一同に緊張が走った。
憂が律のもとへと駆け出す。
紬が律をかばおうと飛び出す。
純が執行者へと武器を投げつける。
そのどれをも追い越し、高速で何かが駆け抜けた。

唯「たぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

光を纏った唯が執行者へと高速で体当たりする。
そのまま、その体を貫通した。

律「ゆ…唯…っ?」

苦しみ呻く執行者の手にある火球はまだ消えていない。すぐさま振り向き、唯に向けて巨大な熱線が発射された。
唯はすぐに飛ぶ方向を変え、すんでのところで熱線を回避する。熱線は、代弁者達を巻き添えにして、その進行方向の全てを消し去った。

唯「みんな、ありがとう!私…戦うよ!」

唯は上空で止まると、両腕を突き出し、光を集めていく。

唯「ごめんね、執行者さん!」

極太の光り輝くレーザーが、執行者を一瞬で消し去った。
さらに唯はあたりを旋回し、代弁者達を輝く翼で切り裂いて行く。

あっという間に、全ての敵が消滅した。

律「…すげぇ」

澪「天使みたいだ…」

唯がゆっくりと降り立ち、皆が駆け寄る。

憂「お姉ちゃん!大丈夫?」

梓「唯先輩!…もう、大丈夫なんですか」

唯「うん…みんな、ごめんね。私はもう大丈夫だよ」

紬「よかった…でも、いいの?」

唯「うん。みんなを助けたいから…がんばるよ。私、わかったんだ。ううん、わかってたんだ。お父さんとお母さんは…」

ちょうどその時、自衛隊員とともに平沢、真鍋夫妻も駆けつけた。

平沢父「唯っ!!」

平沢母「唯…」

唯「お父さん、お母さん。ごめんね、私、お父さんお母さんのこと疑っちゃった」

平沢父「仕方ない…疑われて当然だよ。私達は、お前たちを…」

唯「でも、思い出してみたんだ。お父さんお母さんと過ごした思い出。そしたらね、楽しい思い出しかなかったよ!」

憂「そうだよ。お父さんお母さんは、ちゃんと私達のこと好きだったんだよね」

平沢父「そ、そうだ!当然だよ!しかし、とんでもないことを…」

唯「いいんだよ?だって、私達もお父さんお母さんが大好きだもん!」

平沢母「唯…ありがとう!憂も…本当に…大好きよ」

憂「うん!」

平沢父「すまない…すまない…ありがとう…!」

和「ふふ…」

和も、言葉には出さずとも両親に向けて微笑みかける。
和の父、母も、涙ぐみながらそれに笑顔で応えた。

唯「お父さん…私、やります」

平沢父「…FD空間に行くのかい」

憂「うん…みんな死んじゃうのは嫌だから…」

梓「…あの!私もそのFD空間に一緒に行ってもいいですか?」

平沢父「ええっ!?」

梓の突然の申し出に、大人たちは目を見張る。

律「私も行く!唯だけ戦わせるわけにはいかないしな!」

純「私も行きます!」

紬「わ、私も私も!」

澪「わ…私も行く!」

隊員「しかし…FD空間は文字通りの異次元の世界です、何が起きるか…。我々から少数の部隊を出して平沢さんを護衛し、敵の親玉を目指します。皆さんは危険です」

唯「…みんなで、行きたいな。みんながいてくれた方が心強いよ」

憂「私の紋章の力を使えば大丈夫です。お願いします!」

隊員「…」

隊員が迷っていると、再び周囲に代弁者が現れ始めた。もはや、考えている時間がない。

隊員「…我々はこちらを抑えるしかないようですね。この非常事態です、危険な判断ですが、仲の良いお仲間同士のチームワークに賭けることに致します。申し訳ありません、どうかお気をつけ下さい!」

唯「はいっ!」

隊員「しかし、平沢ご夫妻と真鍋ご夫妻はどうかこちらの対応をお願いします。通常兵器での対応には夫妻のご助言が欠かせません」

平沢父「わかりました…娘達に全てを任せます。…みんな、桜が丘の公園に行こう!そこにFD空間へのゲートがあるんだ」

自衛隊員が戦闘を開始する。
唯達は平沢父の誘導で、公園へと向かった。

……

日も暮れてきた頃。
公園のモニュメントの前に一同が集結していた。

梓「これがゲートだったんですか…ただの遊具だと思ってました」

純「変な形だなとは思ってたけどね」

律「てか、何でこんな所にそんな重要なものが…なんつーかさ、もっとこう外国の広大な大地に立ってるとかさ」

澪「そうだな。古代遺跡とか、海の底とかにありそうな気がするけど」

平沢母「それは私達も思ってたわ。ゲートも日本語で喋ってくるし…なんかいろいろと都合良すぎじゃないかって」

紬「神様だから、こっちに合わせて日本語にしてくれたのかしら」

平沢父「わからないけど…よし、急ごう。まずゲートを開ける。和ちゃん…いいかい?多分、手をかざすだけでいいはずだよ」

和「…わかりました」

和が手をかざすと、ゲートが鈍い音を発し、起動した。
和の周りにも紋章が出現する。

和「これが…。変な感覚ね」

平沢父「憂が紋章を発動しながら突入すれば、向こうの次元でもみんなは存在できる。でも、このゲートの先はどうなっているのかわからない。神様の世界なんて、想像できないよ。だから…唯達に任せるしかないんだ」

平沢母「必ずしも神様を倒さなきゃいけないってことはないのよ?人類のために戦えなんて強制できない…。唯達の未来は、自分たちで決めて。私達は、それを受け入れるから」

唯「お父さん、お母さん…ありがとう。行ってきます!」

憂「行ってきます!」

律「まっかせてください!私達がしっかり護衛しますから」

平沢父「うん、お願いするよ。頼もしい友達を持てて、本当によかった」

和「…繋がる…ゲートが開くわ!」

単なる四角い枠のようなモニュメントが、画面のように変化し、向こう側の世界が透けて見える。
あそこは…ここから近い!!

唯「みんな、行こう!!!」

……

私は急いで車を出した。
確かに見えた。あのゲートから見えた光景は、見覚えがある。うちのすぐ近くだ。
これなら、先回りできる。

駅前の繁華街。
電機店の外の壁に取り付けられた宣伝用のディスプレイに、ちょうどそのゲームの画面が表示されていた。
間違いない、ここだ!

次の瞬間、あの子達が…
本当に、画面の中から飛び出してきた。
わかっていることとはいえ、目を疑った。同時に感動を覚えた。
私が描いたあの子たちが、現実に…

通行人の悲鳴を聞いて我に帰る。
そうだ、今目の前で超常現象が起きたんだ。そして、あの子達は今、物騒な鈍器や盾を持った不審者である。

唯「…あれ?ここどこ?普通の街だよ!?」

律「ちょ、失敗か!?どっかにワープしただけじゃんか!!」

憂「あれ…でも、おかしいな。確かに感じるよ、ここはなんか次元が違うというか…そんな感覚が」

騒ぎを聞いて交番の警官が近づいてきた。
これはまずい、とにかく助けなけれれば!

「…平沢唯さん!」

唯「え!?誰?」

「みなさん、FD空間へようこそ」

その単語を聞いて皆の目の色が変わる。いきなり話しかけてしまったけど、これなら信用してもらえるかな。

「いろいろ説明したいことがあります。今警察に捕まるとまずい。私の家に来てください!」

半ば無理やり、一同を車に押し込むように誘導する。8人はさすがに入りきらないので、武器をうちの車に詰め込み、数名はタクシーでついてきてもらうことにした。
警察の方には、身内が迷惑かけたと適当に説明して、出発した。
まだ、関係者には気づかれていない、大丈夫。

……

一同を家に案内する。
さて、まず何から説明したものか…

唯「あの…ここは本当にFD空間なんですか?」

「…そうですよ。みなさんは、神の世界を想像していたと思いますが、ここは普通の地球、みなさんの世界と同じ日本です」

純「ギリシャ神話みたいなの想像してたから拍子抜けなんだけど…」

梓「というか、FD人は私たちを滅ぼそうとしてたんじゃ…?なんか、普通の人達にしか見えませんが」

「ええと、順を追って説明しますね。まず…」
?
紬「あ、あの!あなたは、一体…?なぜ、私たちに味方してくれるのですか?」

「それもじきにお話しします。私の名前は…まぁ名乗るほどのものでもありません、揚げ物とでも呼んでください」

澪「あ、揚げ物さん…?」

「きっとショックを受けられると思いますが、どうか聞いてください。…あなた方の世界は、私達の世界で作られた…ゲームなんです」

律「ゲームだって!?」

和「通りで…FD空間が普通なわけね」

「発端は、私が描いた…ある漫画です。これを見てくれますか」

この時のために用意していた、彼女達とさわ子先生を含めた9人の集合イラストを唯に渡す。
似顔絵を渡すような感覚で、緊張した。

唯「わぁ~、私達の似顔絵だ!すごい似てる!」

梓「これって…えっ、じゃぁ…私達の漫画…?」

「そうです。これはあなた達が主人公の漫画です。それが思わぬヒットになって、アニメ化もしてかなり人気が出ました」

みんな、唖然としている。
それはそうだよね、自分たちが漫画の登場人物な上に、主人公ときたら驚かないはずがない。

「そして、重要なのはここからです。この人気にあやかり、あるゲーム会社がこの漫画の世界を完全にシミュレーションしたオンラインゲームを開発しました」

憂「そのゲームが…私達の世界なんですね」

「そうです。このゲームは、非常に高度な技術を使っています。宇宙全体をシミュレーションしているようなもの…つまり、なんら現実世界と変わりません。このゲーム内の地球は我々の世界の地球を忠実に再現してあります。唯一違うのは、桜が丘という架空の地域と、あなた達登場人物の存在だけ」

和「ゲームっていっても、それじゃ普通の生命とほとんど変わらないんじゃないかしら」

「その通りです。あなた達を含め、そちらの世界に住んでいる人たちや生き物全ては、データであるとはいえ我々と何ら変わりはありません」

律「…ってか、そのゲームは何をするんだ?私達操作されてジャンプとかしてるの?」

「…気分を害されたらすみませんが、このゲームは単にあなた達を観察して楽しむものです」

澪「え…」

「漫画アニメでは飽き足らず、軽音部のメンバーの日常生活を3Dで見たい。そんな願いから作られたゲーム…プレイヤーは、何もしなければあなた達が自然に生活して部活動を楽しんでいる様を観察することになります」

梓「なんですかそれ…私達の家の中も覗かれてるんですか?」

「それは一部必要なイベントを除き、禁止されました」

純「今まではOKだったってこと!?信じらんない…」

「…あなた達には謝らなければいけません。私にも責任があります。単にゲーム化するとだけ聞かされていたから、あっさりと承諾したのがいけなかった…まさかこんなとんでもないゲーム、いや宇宙を作り出されるとは」

このゲームの罪について、1から説明していく。
プレイヤーは、何もしないこともできるが、自由に彼女達の人生を少しずつではあるが変更できる。
例えば、唯の担当楽器がベースだったら?
梓が軽音部に入部しなかったら?
もっと細かく、身長や髪の色、性格などもある程度変更できる。
それらは全てパラレルワールドとして、プレイヤーの数だけ存在している。

そんな生易しいものだけではなく、発売当初はもっと過激な設定も可能だった。
例えば、唯が交通事故で亡くなっていたら?
紬が貧しい家庭の出身だったら?
誰かが誰かを虐めたり、危害を加えたら?

すぐにこのゲームは世間の批判にさらされることになった。データとはいえ、彼女達は普通の人間だ。
その人生を弄び、プライバシーを侵害し、不幸な結末を強いることすらできる、人権侵害ゲーム。
ゲーム会社はすぐに対策を講じ、ネガティブな設定変更や、浴室、寝室などの閲覧を禁止。

しかし心無いユーザーはすでに改造コードを作り上げており、それはネット上に拡散されもはや手をつけられない状態になる。
今でも、世界各地で彼女達の人権が踏みにじられている。詳しくは、本人達の前では語れなかった。
今やこのゲームは世界中の人権団体から批判の対象になっているばかりか、宇宙シミュレーションという超高度な技術が各国から狙われており、日本政府もゲーム会社に改善命令を下したばかりだ。

ある程度改善され、プレイヤーのできる範囲はかなり限られるようになったとはいえ、そもそも彼女達のプライバシーを侵害していることに変わりはない。

…ここまで話して、怒りに震えている子もいれば、呆れ果てている子、羞恥心に顔を真っ赤に、あるいは真っ青にしている子もいた。澪は気絶している。

「…つらい話ですよね。すみません。続けてもいいですか?」

律「…ひっでぇ」

紬「許せないわ…」

梓「いろいろ言いたい事はありますが…それで、私達は一体どのパラレルワールドの人なんですか?」

「平沢さん、真鍋さんの両親が科学者で、さらに、この世界が作られたものであることに気づいてしまったパラレルワールドです」

唯「…お父さんお母さん、本当は科学者じゃないんだ?」

「…あなたにとっては、科学者である両親が本物ですよ。それであなた方は、こちらの世界から見ればバグとして判断されます。なのでゲーム会社はそれを消去しようとした。その消去プログラムが、そちらの世界では代弁者や執行者として見えていたはずです」

律「そういうことか。確かにあの天使殴ったとき、なんか壊れたテレビ画面みたいになったしな」

純「じゃバグが実体化してテレビ画面から出てきたってこと…?SFみたい」

憂「信じられないような話だけど…でも現実なんだね」

和「それにしても…困ったわね。私達は神様を倒す意気込みで来たのだけど」

「ここは普通の日本ですからね…ゲーム会社の社長に危害を加えたりしたら捕まります。更にあなた方はこの世界には存在しないから戸籍もありません」

紬「ゲームキャラが出てきたってバレたら、大騒ぎになっちゃうわ…」

梓「会社の人は私達が出てきたことを知ってるんですか?」

「トップ層なら知ってると思います。私も原作者としてある程度のアクセス権限を与えられているので、今回の事態に気づくことができました。向こうも秘密裏にこちらを探しているはずです」

澪「えっ…ちょっと待って、私達は戸籍がないんだろ?じゃぁ、見つかって密室に押し込まれて…ひぃぃ!」

「…確かに、もし秘密裏に殺されてしまったら、戸籍もないので完全犯罪になってしまいますが…多分そこまではしないはずです、多分…」

律「大丈夫かよ…そんな極悪ゲーム作るような連中だろ?」

「私が常に同行します、それなら簡単に手出しはできないはず。あと、変なことをしたらマスコミにばら撒くと脅すこともできます」

幸運にも、私は非道ゲームを生み出した元凶としてではなく、ゲーム会社に騙された被害者として世に認識されていて、マスコミを味方につけることができていた。
私は、被害者面をするつもりはないけれど…。

唯「じゃぁ…私たちを消さないでくださいって頼みにいけばいいのかな?」

「結局それしかないと思います。ほとんど無策で申し訳ない…私が会社まで案内するので、交渉しに行きましょう。」


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最終更新:2014年01月13日 15:23