サワコ「さぁ、全員私にやられちゃったわね」

サワコ「一撃でやられるのは物足りないけどね……」

紬父「そんな……」

紬父は結界の中で膝をつけ、絶望に打ちひしがれた。その様子を見たサワコは鼻で笑い飛ばした。

サワコ「ふふ……人間は黙って支配されるといいわ」

サワコ「あなたはその結界の中から見ていなさい」

サワコはゆっくりと右腕を上げた。

ガッ!

サワコ「!!」

その時、サワコの後頭部に鈍い衝撃が走った。サワコが後ろを振り向くと、思いがけない人物が立っていた。

立っていたのは倒れていたはずの澪だった。

サワコ「な……あなたはやられたはずじゃ……!」

澪「……っ!」

澪はサワコに構わずに木棒を振り回し、動揺しているサワコに反撃の隙を与えなかった。

サワコ「このっ……!」

サワコが拳を握り締めて反撃を試みた瞬間、今度は足に衝撃が走った。
思わぬ方向からの攻撃にサワコは尻餅をついた。

サワコ「……!?」

サワコが視線を上げると、そこには梓が立っていた。

サワコ「なんであなたまでっ!?」

サワコはその場を飛び退き、二人から距離を空けた。

サワコ「(足が……)」

サワコは足の痛みを堪えながら顔を上げた。すると、驚愕の光景が存在した。

なんと、唯、律、紬までもが立ち上がっていた。

サワコ「……!!」

紬「みんな大丈夫?」

唯「大丈夫だよ!」

律「でも、やっぱり痛いな」

梓「そりゃ、ただの人間なんですから当然ですよ」

澪「でも何とか反撃できた!」

サワコはこの事態が信じられなかった。そして、かつてない危機感を抱いた。
足を痛めてしまった今、先程までのように満足に動けるとは思えない。サワコは考察した。

サワコ「(ありえない……武器を持った男たちでもこんな力は……)」

サワコ「(人間にはありえない……ただの女たちには尚更ありえない……)」

サワコ「(何か秘密があるはず……!)」

サワコは素早く五人を観察した。五人から何か秘密を探れると考えたのだ。

サワコ「!!」

サワコはある物に目が留まった。五人が腰につけている袋である。

サワコ「(ま、まさか……!)」

サワコ「(あの袋の中にある団子に秘密が……!)」

疑念は膨れ上がっていく。

サワコ「(この戦いの前にだんごを食べさせてくれなんて言ったのも……!)」

そして、ついに確信に変わった。

唯「勝負を続けるよ!」

唯はサワコに向けて木棒を指した。しかし、サワコは考えを張り巡らせていたのでまったく気にならなかった。

サワコは決断した。そして、微笑んだ。

サワコ「そうね……」

サワコ「ふっ!」

サワコは全力で駆け出した。今までの動きとは比べ物にならない程の素早さだった。
足に激痛を抱えながらも、サワコは足を止めなかった。

唯「!!」

律「は、速いぞっ!」

シュバババッ!

サワコが高速移動する中、五人は腰の辺りに違和感を覚えた。そして、その変化にいち早く気づいたのは澪だった。

澪「しまった!」

澪は腰を押さえながら声を上げた。そんな中、サワコはある物を掲げた。

サワコ「このだんごに秘密があるようね!」

唯律紬梓「あぁーーーーーっ!!!!」

サワコが手にしていたのはきびだんごの入った袋だった。
呆然としている澪を除いて、四人は絶叫した。澪は目眩がした。

このまま、きびだんごの効果が切れてしまえばどうなるのだろうか。

しかし、そんな澪の考えはすぐに消し飛んだ。なんと、サワコが袋に入っていた全てのきびだんごを丸飲みしたのだ。

サワコ「全部私がいただくわ!」

そして、サワコはきびだんごを飲み込んだ。その瞬間

サワコ「おおっ!?」

サワコ「おおおおおお……!」

サワコは気分が高揚し始めた。そして、足の痛みは一瞬で消え去った。

律「ヤバイかもな……」

紬「五つ同時に食べても大丈夫なの!?」

澪「わからない……!」

サワコ「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」

サワコは前屈みになって自身の頭を抱えた。まるで猛獣のような咆哮を上げ、その姿はまさに鬼そのものだった。

そして、サワコはゆらりと顔を上げた。

サワコ「ふふふふふふ……」

前屈みになっているせいで乱れた髪が顔を覆い隠していた。そして、その僅かな隙間から赤い眼が輝いていた。

サワコ「あああああああああああああっ!!!!!」

ズンッ!



唯律澪紬梓「!!!??」

サワコが両腕を大きく広げた瞬間、城全体が大きく震動した。唯はただならぬ殺気を全身で感じていた。
しかし、足が言うことを聞かず、その場に突っ立っているだけだった。

サワコ「まさか、ここまで素晴らしい効果があるなんて思いもよらなかったわ……」

サワコ「さぁ! 行くわよ!」スッ

唯「!!」

五人が身構えた瞬間、サワコは既に姿を消していた。消えたと認識した直後、唯は宙を舞っていた。

唯「ぐっ……!」

律「えっ」

律は宙にいる唯を見て呆然としている。サワコは腕を組んで律の四人の背後に立っていた。

サワコ「そして、身体能力上昇……文句無しね」スッ

律「(速っ……)」

次の瞬間、律は自身が宙にいることを認識した。そして、背中を強かに打ちつけた。
落下した瞬間、律は息が詰まり呻き声を上げた。

澪「律!」

澪は思わず律の名を叫んだ。すると、サワコは満面の笑みを浮かべながら澪の方を向いた。

スッ

澪「!!」

サワコが消えた瞬間、澪は両腕で正面からの攻撃に備えた。しかし、衝撃は背中に走った。

澪「なっ!」

澪は吹き飛んでうつ伏せに倒れた。澪を倒して、立ち止まっているサワコの背中に紬と梓が奇襲を仕掛けた。

梓「(お願いっ……!)」

木棒は背中に直撃するかと思われた。しかし、一瞬早くサワコの姿が消えた。
そして、二人は吹き飛んでいた。

倒れこむ五人を見てサワコはほくそ笑んだ。

サワコ「想像以上の効果ね!」

ジュンが爆弾を出現させる能力を持っている鬼なら、サワコは高速移動の能力を持つ鬼だった。

その能力を有しているため、サワコはジュンの爆弾を難なく避け、同じ鬼のジュンをも圧倒する事ができた。
人間なら尚更のことである。

唯「ううっ……」

律「だ、大丈夫か……?」

紬「全然見えなかった……」

再び立ち上がる五人を見たサワコは胸が高鳴った。体はまだまだ興奮冷めやらぬ状態が続いていた。

サワコ「ふふ……!」スッ

唯「……っ!?」

唯の眼前にサワコが立っていた。赤い眼が唯を見下ろしている。
唯は木棒に力を込めたようとした。しかし、その時にはもう宙を舞っているのであった。

梓「速過ぎる……!」

サワコ「」スッ

梓「!!」グッ

パアァン!

律「おぉっ!?」

梓は正面からの衝撃を木棒で防いだ。サワコの拳がじりじりと木棒を押しつける。
しかし、サワコのもう片方の腕が梓の懐に伸びると、やはり梓は突き飛ばされた。

梓「くっ……!」

梓は体の痛みを堪え、すぐさま立ち上がった。正面を見ると、律がサワコに投げ飛ばされ、壁に激突していた。

サワコ「!!」

思った以上に早く立ち上がった梓を見てサワコはにやりと笑った。

梓は木棒を構えると、それを我武者羅に振り回し始めた。

サワコ「……いよいよヤケになったようね」

梓「ふっ……ふっ……!」

梓「(これなら鬼の動きを追えなくても当たるかもしれない……!)」

サワコ「ふっ!」スッ

サワコが姿を消した。すると、右手から風を切るような音が僅かに聞こえた。
梓は木棒を振り回しながら音の出た方向へ向いた。すると、梓は足を滑らせてよろめいた。

梓「うっ……!」

梓「(しまった……!)」

梓が腕を振り回しながら、なんとかもう片方の足で踏ん張った瞬間、木棒に手応えを感じた。

ガッ!

サワコ「あ」

梓「!!」

なんと、梓の振り回した木棒がサワコの頭上にある角に直撃していた。梓がサワコとの距離を空けようとした瞬間

サワコ「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

突然、サワコが頭を押さえて絶叫した。

梓「!!」

サワコの角に痛みを遥かに上回る痛みが走った。絶叫しながら激痛にのたうち回るサワコを梓は遠巻きに見ていた。

紬「好機!」

紬はサワコに向かって駆け出した。サワコは紬の足音を聞き、すぐに立ち上がった。

サワコ「ぐううっ……!」

サワコは高速移動で避けることはせず、右腕で攻撃を防いだ。
紬は攻撃を止めずに木棒を振り回し続けた。それに対し、サワコは防戦一方だった。

梓「よ、避けないっ!」

今まで、ほとんどの攻撃を高速移動で避けていたサワコにとってこの行動は異例のことだった。

澪「あああああああっ!」

サワコ「!?」

対峙する紬とサワコの背後にいた澪はガラ空きのサワコの角に思い切り木棒を振り下ろした。

ガッ!

サワコ「っ~~~~~!!!!」

サワコは声にならない呻き声を上げ、上を向いて硬直した。天井を見つめるサワコの視界に何かが映った。

頭上に木棒を構えている唯だった。

唯「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

バキィッ!

サワコ「!!」

唯の木棒は真っ二つにへし折れた。サワコは白目を剥いて泡を吹いた。そして、ゆっくりと崩れ落ちた。

律「や、やった……」

紬「唯ちゃん……」

澪「唯……」

梓「唯さん……!」

唯は折れた木棒を見つめてから、四人の顔を見た。そして、両腕を思い切り上げた。

唯「やったー!」

唯「私たち、鬼を倒しちゃったよ!」

紬「やったね! 私たち!」

律「うおおおおおおおおっ!」

澪「本当に……本当に……!」

梓「すごいですよっ!」

ズズズズズズ……

五人が肩を組んで喜び合っていると、背後で横たわっているサワコの体から黒い靄が出現した。

唯「な、何あれ?」

しかし、黒い靄はすぐに消え去ってしまった。そして、サワコの角も黒い靄と共に消えた。

ヴォン

紬父「うっ!」

紬「お父様!」

サワコが力尽きたことにより、紬父を閉じ込めていた結界が解けた。

紬父「ありがとう……紬……」

紬父「おかげで村の男たちは救われたよ……」

紬父は涙を浮かべている娘の頭を優しく撫でた。

唯「鬼を倒したよ!」

唯が拳を握り締めて力強く言うと、紬父がよろよろと立ち上がった。

紬父「その鬼についてなんだが……」

紬父は今にも倒れそうになりながら、横たわるサワコの元に近づいた。
そして、角の無くなったサワコを見てハッとした表情に変わった。

紬父「間違いない……」

紬「え?」

紬父「この者は鬼ではない……」

紬父「人間の女性だ……!」

唯律澪紬梓「えええええぇ~~~~~っ!!!??」

五人は素っ頓狂な声を出して驚いた。

紬父「この者はさわ子という名前の桜が丘の村の女性だ」

律「む、村の!?」

紬「お父様、この人と知り合いなの!?」

紬父「お前たちが幼い頃だったから覚えていないだろうが、このさわ子は十年程前に村から抜け出したんだ」

澪「一体どうして……」

紬父「いい男と出会って幸せな人生を送るとか言っていたそうだ……」

澪「…………」

梓「…………」

唯「でも、なんで人間になってたのかな……」

紬父「誰かに操られていたのかもしれない……」

紬父「さわ子はこんな事をする子ではなかったはず……」

紬父は考え込むようにして首を傾げた。五人も思わぬ事実に混乱していた。

紬父「うっ……」

紬父はかなり疲弊しているようだった。紬が肩を貸して父を支えた。

紬父「ありがとう……紬……」

紬「ううん!」

梓「それじゃあ、この城から出ましょう!」

紬父「誰かさわ子を起こして上げてくれないか……」

紬「唯ちゃん、お願いできる?」

唯「任せて!」

唯は横になっているさわ子の体を揺さぶった。

唯「さわ子さん! 起きてっ!」

さわ子「う~ん……」

さわ子「あれ……? ここどこ?」

さわ子は寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった。

さわ子「あなたは……?」

唯「私は唯だよ!」

さわ子「??」

紬父「君は桜が丘の村のさわ子だね?」

さわ子「えぇ……」

さわ子「あっ! 琴吹さん!」

さわ子は紬父の顔を見て目を丸くした。紬父はさわ子に質問を続けた。

紬父「君は今までに何をしていたんだ?」

さわ子「フラれてから村を抜け出して、数年間は理想の男を探していたわ……」


紬父「その後は?」

さわ子「……あれ」

さわ子「思い出せない……」

そう言ってさわ子は顔をしかめて頭を押さえた。

さわ子「あー……頭が痛い……」

紬父「やはり、操られていた可能性が高いな」

紬「早く帰って手当てを受けましょう!」

紬父「そうだな……」

律「村の男たちはどこに……」

紬父「あぁ、この城の地下にいる……。鍵はさわ子が持っているはずだ」

紬父「鬼のサワコに洗脳されていたが、今は大丈夫かもしれない!」

唯「それじゃあ、行こっか!」

唯が合図して歩き始めた。さわ子は澪の肩を借りてゆっくりと歩いた。そして、一同は城を出た。



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最終更新:2012年10月21日 21:17