~~~~~

紬父「ここだ……」

紬父はさわ子が持っていた鍵を握り締め、鍵穴に差し込んだ。

ガチャッ

紬父が鍵を捻ると、城の側面にある隠し扉が開いた。中は何もないただの部屋だった。
部屋の向こうには大きめの宝箱が一つだけ存在した。既に蓋は開いている。

唯「あっ! 宝箱だよ!」

唯が中を覗き込むと、剣と鏡と勾玉が並べられていた。

唯「剣?」

梓「綺麗ですね」

唯「うん……」

三つの宝物は息を呑むような美しさだった。
剣は銀色の光沢を放っている。鏡は取っての部分が鮮やかな藍色で彩られている。勾玉は緑色に輝いている。

紬父「祝勝にもらってはどうかね」

律「記念に持って帰ろうぜ」

澪「村のどこかに飾ると良さそうだな」

唯「じゃあ、持って帰ろうか!」

唯は剣を腰に掛けた。鏡を澪に手渡し、勾玉は紬に付けてもらった。
さらに進むと、大きな黒い扉がそびえ立っていた。紬父がもう一つの鍵を取り出した。

ガチャッ

すると、中から大量の男たちが現れた。そして、中には顔馴染みのある人物もいた。

澪「お、お父さん!」

澪父「澪っ!」

梓「お父さん!」

梓父「梓っ!」

律「あ、お父さん……聡……」

律父「律……心配かけてすまなかった……」

聡「ふぅー……助かったぁ……」

律「へへ……二人とも生きててよかったよ……」

唯はこれらの光景を見て安心した。これでみんな無事に帰る事ができる。そう安堵していたその時

 「あーあ……やられちゃったかー……」

 「せっかく集めた奴隷たちだったのになー」

梓「この声は……!」

突然、周囲から聞き覚えのある声が響いた。男たちも辺りを見渡した。

律「ジュン! どこにいるんだ!?」

 「へへーここにいるよーだ」

ジュンの高笑いが木霊する。男たちの顔がどんどん険しくなってきた。唯の直感が危険信号を発していた。

唯「早くこの島から出よう!」

澪「そうだな、これ以上ジュンに何かされると怪我人が出てくる!」

律「急いでこの場を離れよう!」

一同はその場を離れ、鍾乳洞へと駆けた。

鍾乳洞

紬父は斉藤の肩を借りてゆっくりと進んだ。帰り道にも松明は点いていた。
中は狭いため、二列の細長い列を組んで進んで行った。全員の顔に焦りの色が浮かんでいる。
五人は背後を警戒しながら最後尾を歩いていた。

梓「あっ! そういえば、この島に着いた時にみなさんの船が見当たらなかったのですが、どこにあるんですか?」

一同は広い場所に出てきていたので梓の声が反響した。斉藤は優しく微笑んでから答えた。

斉藤「こんな事もあろうかと、岸の外れにある岩場に括りつけておきました」

梓「そうですか、よかったです!」

律「船が無いと帰れなくなるからな」

 「そうだよ、もう帰れなくなるよ」

ボボンッ!

二つの連続した爆発音が鳴った直後に、ジュンが姿を現した。

唯「みんな! 私たち五人を置いて先に行って!」

律「……!!」

律「そうだ! 先に行っておいてくれ!」

律は唯の意図をすぐさま読み取った。
今いるこの場所が洞内の中でも広い部類の場所とはいえ、ジュンの爆弾を混みあっている男たちに投げつけられれば、ひとたまりもないことは明らかだった。

男たちは困惑しながらも、状況を察したのかすぐさま先へと進んで行った。
念のために澪と梓は木棒を構えながら男たちの姿が見えなくなるまで見送った。しかし、ジュンはニヤニヤと笑っているだけだ。

斉藤「紬お嬢様……!」

紬父「紬……私はお前を信じている……!」

紬父「必ず戻って来てくれ……!」

紬「はいっ……!」

紬父と斉藤はゆっくりとその場を立ち去って行った。そして、この空間には五人とジュンだけになった。
五人と対峙したジュンはいきなりため息をついた。

ジュン「……やっぱ人間って使えないなー」

律「…………」

ジュン「これで私の計画が台無しになったよ」

紬「計画……?」

ジュン「そ、計画」

ジュンは呆れたように目を瞑って肩をすくめた。

ジュン「私の計画っていうのは人間を支配するものだったんだ」

澪「男だけじゃなく、人間……!?」

ジュン「うん、人間全体だよ」

ジュン「まず、失恋して村から抜け出したさわ子に私が呪いをかけて鬼のサワコにした」

ジュン「サワコを利用して人間を集めて洗脳し、鬼の楽園を作ろうとしたわけ」

ジュン「ま、サワコが私よりも強くて勝手に、『人間のかっこいい男だけを集めて楽園を作る』なんて言い出して、ほとんど言うことを聞かなかったけど」

五人は困惑した表情で話を聞いている。そんな様子を尻目にジュンは話を続ける。

ジュン「とある村に対して、部下の鬼に小さな悪い事をさせる」

ジュン「そうすると、村の人間は怒ってこの島にやってくる」

ジュン「それを私が捕まえて奴隷にする……」

ジュン「そうして人数を増やして、島を大きくしていくつもりだったけど……」

ジュン「あんたたちはサワコを倒してしまった……!」

徐々にジュンの顔が歪み始めた。しかし、激昂しているのはジュンだけではない。

律「鬼の楽園? ふざけるな!」

紬「そんなあなたの私利私欲のために人間に乱暴をしないで!」

二人の訴えを聞いたジュンの表情は見る見るうちに険しいものに変化した。

ジュン「ふざけないでよっ!」

ジュン「あんたたち人間に鬼の何がわかるっていうの!?」

ジュンの反撃に律と紬は黙り込んだ。そして、ジュンの熱はどんどん高まっていく。

ジュン「鬼だからって私たちを差別し、疎んじた……!」

ジュン「それをちょっとやり返されたからって……! 自分勝手もいいとこだよ……!」

ジュン「私たちは人間を許さない……! 絶対に……!」

ジュンはありったけの憎悪を込めて五人を睨みつけた。初めて会った当初の事を思い返すと、想像もできないような憤怒の表情だった。

ジュン「あんたたちにはここで消えてもらう……」

ジュン「そして、私はこれからも目的達成のために人間を支配していく……!」スッ

唯律澪梓「!!!」

ジュンが素早く耳元に手を当てた。すると、前回よりも増加してなんと、左右五つずつの爆弾が出現した。

紬「!!」ピクッ

紬「澪ちゃん! さっきの鏡を取り出して!」

紬は突然、澪に指示を出した。唐突な指示に困惑しながらも、澪は鏡を取り出した。

梓「に、逃げないと……!」

唯「死んじゃうよっ!」

紬「駄目! ここにいて!」

律「で、でも……!」

紬「私を信じて!」

四人は紬に従うことにした。しかし、何を考えているのかがさっぱりわからない。

ジュン「くらえええええっ!」ブンッ

紬「!!」ピクッ

計十個の爆弾が五人目掛けて放たれた。その瞬間、紬は閃いた。

紬「澪ちゃん! 鏡を突き出して!」

澪「えっ……!?」

律「わっ……!」

律は恐怖のあまり声を漏らした。唯と梓は頭を抱えてしゃがんでいる。

澪「……っ!!」 バッ

ヴォン

突如、澪の突き出した鏡が拡大し、鏡面がきらりと輝いた。その鏡面に爆弾が直撃した瞬間、なんと爆弾を跳ね返した。

跳ね返された十個の爆弾は一斉にジュンの元へと戻って来た。

ジュン「なっ……!」

梓「やった!」

驚愕するジュンを見て梓は歓喜した。すると、ジュンは右手を高く上げて指を鳴らした。

パチンッ!

すると、ジュンへ向けて飛んでいた爆弾が消え去った。

律「くそっ……!」

ジュン「(あの鏡……! 私の爆弾を跳ね返した……!)」

ジュン「そんなことが……」

唯「今、その鏡が爆弾を跳ね返したよ!」

澪「ムギ! どうして、そんなこと知ってたんだ?」

紬「たぶん、この勾玉のおかげだと思うわ……!」

紬は首にかけている緑色の勾玉を四人に見せた。勾玉は紬の手の平で明るく輝いている。



ジュン「私の攻撃が効かないなんて……!」

ジュン「嘘だああああぁっ!」ブンッ

ジュンは怒りに身を任せて、またもや爆弾を放った。しかし、爆弾が鏡面に接するとと全て自分の元へと戻って来るのであった。

ジュン「ぐっ……」パチン

ジュンは澪が跳ね返した直後に指を鳴らして爆弾を消した。

ジュン「(絶対に跳ね返す……か……)」

ジュンは澪の持つ鏡を見つめた。そして、背後で隠れている四人を見てある考えが脳裏をよぎった。

ジュン「これなら……」スッ

紬「!!」ピクッ

紬「澪ちゃん以外みんな逃げてっ!」

唯律梓「!!!」

ジュン「どうだあああああああぁっ!!!!」バッ

ジュンは爆弾を放った。しかし、先程までのようにただ真っ直ぐ投げるのではない。壁に向かって投げた。
壁に直撃した爆弾は跳弾し、予測不可能な軌道を描いた

唯「うわっ……!」

律「やばい!」

梓「ひっ……!」

紬「……!」

四人は跳ね飛ぶ爆弾から逃れようと駆け出した。すると、紬の勾玉が一層明るく輝いた。

紬「!!」ピクッ

紬の脳裏には自身の避難する最適な場所が思い浮かんだ。紬は即座に思考を変え、唯と律と梓を念じた。

紬「!!」ピクッ

紬「三人ともどこかの岩場の陰にに飛び込んで!」

唯律梓「!!!」

三人は各々に別れ、岩場の陰に飛び込んだ。それを確認した紬が顔を伏せた瞬間

ドドドドドドドドドオオオオオオオオッ!!!!!!

猛烈な爆風が洞内を駆け巡った。

澪「(みんな……!)」

澪は鏡を突き出しながらみんなのことを案じた。鏡は爆風をも跳ね返していた。
爆風が止むと、ジュンが岩場から姿を現した。

ジュン「あれ? 生き残ったのはやっぱりあんただけなの?」

澪「みんな……」

澪は不安げに辺りを見渡した。すると、少し離れた場所で紬が立ち上がった。

紬「はぁ……はぁ……」

澪「ムギ!」

紬「(この勾玉が無ければ絶対に死んでいた……)」

紬は緑色に輝く勾玉を手にとって眺めた。

律「いてて……」

唯「危なかったー……」

梓「ムギさんのおかげで何とか……」

残った三人もよろよろと立ち上がった。その様子を見たジュンは不満げな表情を浮かべる。

ジュン「生きてたんだ……」

唯「あなたを倒すまで私たちは死なないっ!」

ジュン「次はそんな簡単な事が言えないよ」

いつの間にかジュンは冷静になっていた。辺りを見渡すともう隠れる場所など無くなった。
ジュンは予め目印を用意していた地点に移動した。振り返ると五人は散り散りに互いに距離がある。準備は整った。

ジュン「あんたたち……天井見てみなよ」

梓「て、天井……?」

律「一体……」

唯「……っ!?」

天井には村の男たちが所有していた物と思われる武器が刺さっていた。鎌、木槌、鍬、刀など、種類は様々である。

紬「どうして天井に武器が……」

ジュン「私が男たちから回収した武器だよ」

ジュン「ま、天井に突き刺したのはついさっきなんだけどね」スッ

ジュンは片手を耳に当てた。すると、小さな爆弾が一つ出現した。

ジュン「さて、今から私は何をするでしょうか」

ジュンは意地悪く笑みを浮かべながら、爆弾を持つ手を澪に向けた。
その悪意ある笑みを見た瞬間に澪は最悪の事態を確信した。

澪「ま、まさか……!?」

紬「!!」

一瞬遅れて紬も理解した。勾玉など無くともジュンの顔を見ればすぐにわかった。

ジュン「その通りだよ!」バッ

唯律梓「!!?」

紬「!!」ピクッ

ジュンは天井に向かって爆弾を投げた。爆弾は天井にめり込んで見えなくなった。
その瞬間に紬の勾玉が一層輝いた。しかし、何も思い浮かばない。漆黒の世界が脳裏に映し出された。

紬「澪ちゃん! 鏡を上に向けて!」

澪「で、でも……」

澪「みんなが!!」

紬「いいから早く!」

次の瞬間、天井の中で爆弾が炸裂した。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!!

天井に亀裂が走り、突き刺さっている武器がゆらゆらと揺れ始めた。洞内も振動して五人は身動きがとれなかった。
そして、いよいよ天井は崩壊を始めた。凄まじい地鳴りが響き渡る。

ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!

唯「!!」

律「っ……!」

梓「!!」

紬「絶対に……!」

澪を除く四人は思わず手で顔を覆った。澪は絶叫したが爆弾の轟音で掻き消された。
刀、鎌、鍬、木槌、鍾乳石、ありとあらゆる物が五人に降り注いだ。唯、律、紬、梓の体に衝撃が走り抜ける。

澪は鏡によって天井から降り注ぐ物体を全て跳ね返した。

落下の衝撃で辺りに埃が立ち込める。そして、轟音は止み、静寂が訪れた。
ただでさえ、広い空間だったが爆破の影響で天井に大穴があいた。

澪は力無くその場に膝を突いた。

澪「み、みんな……」

ジュン「はい、残ったのはあんただけだよ」

澪はゆっくりと立ち上がり、よろよろと律の方へと歩いて行った。
律は額から血を流していた。少し離れた場所で唯と紬と梓がうつ伏せになって倒れている。
澪は四人の上に覆い被さっている武器や岩を取り除いた。唯の背中には刀傷が見えた。

澪「どうして私だけが……」

澪「っ!!」バッ

澪は律の胸部に耳を当て、心音を確かめた。気を失っているものの、弱々しく心臓が鼓動している。

澪「まだ生きてる……!」

澪は律の頬を数回叩いてみた。しかし、目は固く閉ざされている。
ジュンは呆れた顔をして肩をすくめた。

ジュン「五分も持たないよ、すぐに死ぬ」

澪「くそっ……!」

澪は唯、紬、梓と順番に頬を叩いてみたが、誰一人として反応を示さない。
見る見るうちに澪の顔は蒼白になっていく。

ジュン「最後はあんただよ」

ジュンが澪に迫る。澪はそれに構わず四人の傍から離れない。

ジュン「だんごが無いのなら爆弾なんて無くても簡単だよ」

澪「みんな! 死んじゃ駄目だ……!」

澪は縋る思いで再び律の胸部に耳を当てた。しかし、だんだんと心音はか細くなっていく。
澪は目を見開いた。

そして、心音は聞こえなくなった。

澪「あ……」

澪は一瞬声を上げると、唯の元へ駆けた。
しかし、唯の心臓も機能が停止していた。紬も、梓も

梓の心音が聞こえないことを認識すると、澪は両手を地面につけた。

澪「そんな……嘘だ……」

今更になって体が震え始めた。視界が歪み、激しい悪寒が澪を襲う。

恐ろしい、心の底からそう思った。

“死”が四人を駆け抜け、次は澪に迫って来ている。

澪の瞳からボロボロと涙が溢れだした。そして、澪は悲しみの咆哮を上げた。

澪「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!」

ジュンはいつでも攻撃できる場所まで来ていた。泣き崩れる澪を無表情で見下ろした。

ジュン「ずっと悲しみの続かないよう楽にしてあげるよ……」

ジュンが右手に力を込めると鋭い爪が出現した。
そして、最後に澪を一瞥した。

ジュン「終わりだよっ!」バッ

ジュンが右手を振り下ろそうとしたその時

カッ!

澪「!!」

ジュン「!?」

突然、唯、律、紬、梓の体から眩い黄金の光が放たれた。正確には四人の黄金の桃の首飾りから光が発生している。
光は強さを増し、四人の体を包む込み、光の球となって宙に浮いた。

ジュン「なっ……」

澪「何が……」

澪は無意識のうちに自身の首飾りを握り締めていた。ジュンは口を開けて光球を眺めていた。

そして、光球は一際眩く輝き、澪は目が眩んだ。薄暗い洞内の隅々まで光が駆け抜けた。

  「あれ?」

  「えっ」

  「何で私たち……」

 「生きてる……!」

澪「え……」

光の世界の中から澪がずっと聞きたかった声が聞こえてきた。
澪が何とか目を開くと、四つの影が見えた。それらはずいぶんと見覚えのある影だった。

澪「みんな……!」

唯「澪ちゃん!」

ジュン「なっ……」

ジュンは信じられないあまりにも光景に絶句した。

復活した四人は全身に溢れんばかりの黄金の気を纏っている。澪はその眩しさにも構わずに四人に駆け寄った。

澪「一体どうやって生き返ったんだ?」

唯「うーん……」

紬「どうしてかな……」

梓「たぶんこの首飾りのおかげだと思います」

梓は首飾りの桃を摘み上げた。たしかに首飾りの黄金の桃からも強烈な光が発せられている。

律「そんな効果があったのか……」

澪「グスッ……」

澪は鼻をすすって泣きだした。

紬「泣いてる暇なんてないわよ、澪ちゃん!」

唯「そうだよ! 私たち鬼を倒すんだよ!」



7
最終更新:2012年10月21日 21:19