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自分の他人に対する気持ちが
「おせっかい」
「大きなお世話」
「ありがた迷惑」
といった、たった一言で収まってしまうような時は
どう振る舞えばいいんだろう。 

私の場合、とても恥ずかしくってその場に呆然と突っ立っているしかなかった。 
こんな思いをするくらいなら他人のことなんて心配するんじゃなかった、
気にかけなければ良かったと心から思った。 

憂がいつも私にしてくれるように憂にしてあげたかっただけなのに、
どうして憂のようにうまく憂を思うことができないんだろう。

さっきは居てほしいと思った、
やかましいサラリーマン、
自分たちの時代を生きていると錯覚している大学生たちが
この場に居なくてよかったと真逆のことを思った。 

大衆の面前で私が思いやりのない人間だということを晒さないことになって本当によかった。 

こんな醜態を晒した相手が憂で本当によかった。



梓「そうなんだ。 ……ご、ごめん。 知らなかったや。 私おせっかいなことしちゃった。 
これ、返してくる」



憂の顔が見られない。 

私はその紐切れを急いで紙袋の中に突っ込んだ。 

唯先輩に貰ったものだなんて知らなかった。 
それはきっと憂の中でとても大切な位置を占めてしまっている。 

私はなんてことをしたんだろう。 
知らないってことはなんて罪なことなんだろう。

ぐっしゃっと音を立ててさらに紙袋はクシャクシャになってしまっている。 
こんなものの中に人に宛てたプレゼントもどきが入っているだなんて、
初見では思わないだろうな。


 その時、憂が私の右手首を勢いよく掴んだ。 



憂「ごめん、梓ちゃん。 
そういうつもりじゃなかったんだ。 そういうつもりで言ったんじゃない。 
嫌な気持ちにさせたのなら、ごめんね」

梓「でも、私、知らないからって憂と唯先輩の思い出に
……土足で踏み込んで……」

憂「ううん。 
梓ちゃんに言ってなかった私の方だもん。 ごめんね」

梓「憂……」

憂「梓ちゃん、私、今どんな気持ちなのかわかる?」

梓「……え」



言葉に詰まる。 
今の憂の気持ち? 
まったく……


梓「わ、わからない……」

憂「んもう……。 それくらいわかってほしいな、梓ちゃん。 
今、私ね、とっても嬉しいんだよ」



右手首にかかっていた圧力が消えたと思ったら、
今度は身体全体に重みが降り注いだ。
突然のことに私は驚く。 
でも、ここで倒れちゃいけないってことはなんとなく、
わかった。


梓「う、憂……。 唯先輩みたいにいきなり抱き付いてくるなんて」

鼻先で、憂の結んでいない髪がコソコソとしてこそばい。 
でも、それはとても懐かしい。

憂「えへへ。 嬉しい?」

梓「んなっ!? な、なにを聞いてくるのさ」

憂「いまさら恥ずかしがることないじゃん」


梓「……」

憂「……」

梓「……う、……うれしいよ」

憂「よかった」

梓「……」

憂「……私だって、いつも自分がすること、うまくいくだなんて思ってないんだからね」


湿気と温度と振動を携えて、憂の声が耳にかかる。 

私はその、本当に言いたいことを喉の奥にこらえたような声の出し方に

なんだか泣きそうになった。

それは、私の在り方に対しての憂の思いやり方なんだろう。 
そういうやり方を知っている憂はやっぱり、優しいって思う。

憂「私の大切な人。 お姉ちゃんと、梓ちゃん」


自分の名前をそこで呼ばれて思わずビクっとする。 
それでも憂は私のこと、離してくれない。

憂「その2人がね、示し合わせてるわけでもないのに私におんなじようなリボンをくれるの。 
それって、私に本当に似合っているって2人ともが私のことを思ってくれてるからだよね」

憂「幸せだな、そういうのって。 ほんとに幸せ」

憂「ありがとう、梓ちゃん。 リボン大切に使うね」



なにか言わなくちゃって思う。 
でも泣いてるって思われたくないから、声を出したくなかった。 
憂が私を抱きしめたままそれでも離してくれなくてよかった。 
離れたら、簡単にわかってしまうだろうから、私は代わりに憂のことを自分からもギュッと抱きしめ返した。

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私はいっつも憂にもらってばっかりで、
やっぱり憂のためには何もできない。 
唯先輩の代わりにもなれない。
プレゼントすらうまく渡せない。  それでも私にできることってなにかないかな。 

やっぱりこんな私でも憂のためにできること……なにか。



憂が居た場所に置いてあったギターに目が行った。 

そうだ。 
これがあるじゃん。 
てか、今の私にはこれしかない。 
これしかないけどでもだからこそ、憂に私が誇れるもの。


梓「憂、そのさ。 憂に聞いてもらったことなかったから……」

憂「え?」

梓「ちょうど、憂が取りに行っていくれてアコギもあることだし」

憂に背負ってもらったハードケースを受け取って、
入っていたアコギを取り出した。

ギターを肩にかけるとなんだかいつもより心臓の音が聴こえた。

毎晩この駅前で弾いているから慣れているはずなのに、初めてストリートをした時みたいに、
ううん、それ以上に緊張する。 
他人を無視して弾き流す時と誰かのために弾こうとする時ってこんなに違うんだったって、
ちょっと前までの自分なら知っていたはずのこと、
唯先輩たちが教えてくれたはずのことを忘れてしまっている自分に驚いた。 

先輩たちが卒業してけいおん部が廃部してから私は何もしてきていないわけではない。 
夜に駅前でこうしてアコースティックギターを掻き鳴らしていた。 
ギターケースを開いておけばお金だって入れてもらえることも多かった。

憂「私が梓ちゃんのストリート聴きに行くの、嫌がってたのに」

梓「今日は聴いてほしいんだよ」

メンテに出したからチューニングをしてもさほど狂いはなかった。

憂「梓ちゃんは、ほんと気分屋さんだね」

悪い気分じゃない。 

憂がクスっと笑って、私はそれに応えずピックを振りかざそうとした。

憂「あ、ちょっと待って」

梓「ん?」

憂がクシャクシャになった袋からリボンを取り出して、慣れた手つきで髪を結んだ。

憂「はい! おまたせ! では、どうぞ」

 満面の笑みでそういう憂に私はちょっとニヤッとして、願う。

梓「じゃあ、まずは一曲目* U&I」

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憂「いつもあんな感じで、梓ちゃんは頑張ってたんだねぇ」

梓「頑張ってたとか……そんなんじゃないよ……」

憂「ううん、ちゃんと頑張ってるんだよ、梓ちゃんは」

梓「……そっかな」

憂「そうだよ」


帰りの道で、憂の髪はそんなに揺れない。 

左手には片手でもつには少し多すぎる買い物の収穫。

憂「すっかり遅くなっちゃったけど、夜ご飯なににしよっか。なにがいい?」

右肩には歩くたんびに食い込んでくるハードケースのショルダーベルトを掛けて。

梓「うーん……シチューとか、かな? あったまるし」

私は唯先輩にはなれないし、憂も唯先輩にはなれない。

手を繋いでいるのに、私と憂はそれぞれにひとりぼっちだった。 
1人の人間が必ずはもちえているはずのひとりぼっちさだった。 
それはどうやっても変わるものではなく、だからと言って
埋められない溝のように私と憂の間に横たわっているようなものでもなかった。

だから、繋いでいるのに、お互いの手の甲は冷たいまま。 
だけど、繋いでいるから、次第に手の平は暖かくなっていく。

憂「くふふ」

梓「なに笑ってんの」

憂「梓ちゃんって、寒い日はぜったいシチュー食べたいっていうよね」 

憂を元気づけたり、憂を嬉しくさせたりする役割が
私である必要はこれっぽっちもなくていいはずなのに、
この目の前にたしかにいる、
憂を幸せな気持ちにさせる役割はどうか私のものであってほしいと、
その時私は心から願った。

終わり



長くなったけど、
憂ちゃん誕生日おめでとう!



最終更新:2014年02月22日 23:11