暗闇に染まる街の中を、彼女は走っていた。
人っ子一人いない通りを、まるで「何か」を追うかのように駆け抜ける。

「止まりなさい!」

とあるビルの屋上にたどり着くと、ドアを蹴破り銃を構えた。

「行き止まりよ――もう逃がさないんだから!」

銃口を向け、威嚇する。
しかし、「何か」は慌てた様子もなく、至って平静なままだ。
その異様な雰囲気に、彼女は思わずたじろいだ。

「ふふ……あははははははっ……!」

突然「何か」は不気味に笑い、こちらを向く。
その姿に、彼女の心臓は飛び上がった。

「なっ――お前は!?」

「……知ってるくせに」

長い黒髪をストレートに下ろした、凛々しさと可愛らしさが入り交じった風の少女。
毎日鏡の前で顔を合わせている人間が、悪戯っぽく笑いかけてくる。

「あなたに私が撃てるかな?――ねえ、アズサ」

突然、少女の姿が赤い煙となって消える。
彼女は慌てて、少女がいた場所に駆け寄った。

「どこ?!出て来なさい!!」

「「ここだよ。アズサ(ちゃん)」」

びくん、と大きく身体が震える。
姿はないのに、友人の声だけが聞こえてきたのだ。
しかしその声は普段と違い氷のように冷たく、彼女の背筋を凍りつかせる。

「ビクビクしちゃって……弱いんだね、アズサちゃん」

「わざわざ地球防衛軍に入ったのにね。あはっ、そんなとこも可愛いよ」

「ほんっと――殺したいくらいに』

友人の声が不愉快な男の声に変わる。
同時に、赤い煙が竜巻のように舞い上がり、血のように真っ赤な異形の怪人が現れた。

『ウルトラ兄弟のみならず、愚鈍な人間ごときにまでコケにされるとはな。忌々しい』

「あなたの連れてきた怪獣はその人間が全部倒した。いい加減負けを認めたらどう?」

『負け?……フハハハハハッ!』

「このッ!」

レーザー光線が怪人の肩を直撃し、怪人がよろめいた。
しかし、それでもまったく動じる素振りがない。

『ぐっ……ハハッ!そうだ、確かに我々は負けた……だが』

次の瞬間。

『敗者の反対が……勝者だとは限らないぞ!』

地面が、ガラスのように割れた。

「な……っ!」

支えを失った身体は、怪人もろとも真っ逆さまに落ちていく。

『我らの怨念は不滅だ!!フハハハハハッ!!ハッハッハッハッ……!!』

怪人の高笑いと共に、真っ赤な裂け目に吸い込まれて―――
――

梓「にゃあぁぁぁーっ!!」ガタンッ!!

「!?」

「?!」

梓「う……あれ、夢……?」

教師「……中野」

梓「はひッ!?」

教師「丸くなるのは炬燵の中だけにしとけ」

梓「」

教室が、どっと揺れた。

梓「うぅ~……最悪」

爆笑に包まれた教室をそそくさと潜り抜け、部室に向かう。
いくら睡眠学習とはいえ、あんな目覚め方はあり得ない。

梓(もう、何なのよ!あの夢……)

趣味の悪い謎の怪人と対峙する、見慣れない制服を着た私。
眠れなくて深夜放送のB級な洋画を見たのが良くなかったんだろうか。

梓(でも、妙にリアルだったな――なんて)

そうこうしてるうちに部室に着いた。
もやもやした気分はとりあえず置いておこう。

梓「こんにちはー」

扉を開けると、いつもの軽音部――

梓「…………?」

と見せかけて、少し違った。
律先輩、唯先輩、ムギ先輩が楽しげにテーブルを囲んでいるのに、澪先輩だけ光のない虚ろな目で震えてるのだ。

梓「あの~、先輩?」

唯「あ、あずにゃん!待ってたよ~」

紬「今お茶入れるわね~」

梓「はあ」

梓(なんか変な感じ……)

梓「ところで、澪先輩はどうしたんですか?」

唯「りっちゃんが悪いんだよ、あんな煽りかたするからぁ」

律「なにをー!あたしのせいかっ」

梓「?」

紬「今日ね、授業でゴジラを見たの」

梓「ゴジラって……野球の?」

唯「ベタだけど違うよ、怪獣のほうだよ~」

律「ほら、昔ハム太郎の映画と一緒にやってたじゃん」

紬「わたしたちが見たのは最初のやつよね」

梓「ああ、いろいろ懐かしい響きが――って、なんで授業で?」

唯「日本史の先生がお休みでね。どうせ自習なんてやらないだろうし、それならこれ見とけって」

紬「白黒なのも驚いたけど、すごい迫力だったから余計に驚いたわぁ」

律「澪なんか前見たまま気絶してたもんな。おーい、目覚めよ澪~」

澪「――――はっ!みんな、揃ってたのか」

梓「澪先輩がここまでなるなんて、そんなに凄かったんですね」

唯「すごいんだよ、とにかく強くてね、東京があっという間に焼け野原になっちゃって」

紬「人間じゃ全然太刀打ちできなかったの」

律「銀座とか国会議事堂とか、ド派手にぶっ壊してな!すごかったよな、澪?」

澪「ぎくっ」

律「なはは!いやぁ、ほんとすごかったなあ。本当にああいうのがいたらいいのにな」

唯「確かに、退屈はしないよねえ」

梓「でも、そんなのいたらめちゃくちゃじゃないですか」

唯「そんな時こそ、正義のヒーローだよ!」

律「何をー!そう簡単にやられはせんぞ!」

澪「生き残りたい――生き残りたい――」

梓(ああ、いつもの感じ――)

『――バカめ。呪われているとも知らずに』

梓「!?」ビクッ

唯「あずにゃん、どしたの?」

梓「いや……今、変な声しませんでした?」

紬「ううん、聞こえなかったけど」

律「気のせいじゃないのか?」

梓「で、ですよねー……?」

『この世界には怨敵も不在……容易く堕とせる』

『自らの欲望によって自滅するがいい――人間め』

『ハハ……ハハハハハハッ!』

梓「……!」ゾクッ

紬「――梓ちゃん?」

澪「大丈夫か?調子が悪そうだけど……」

梓「……すみません。なんか寒気が」

律「おいおい、無理すんなよ?今日はもう休んでいいって」

梓「ごめんなさい……それじゃ、失礼します」

唯「あっ、あずにゃん」

律「………」

……………………

梓(変な夢に空耳……どうなってるのよ)

純「あれっ、梓?」

梓「純。それに憂も」

憂「部活、もう終わったの?」

梓「ううん、私一人早引け」

純「ちょっと、早引けって大丈夫?」

梓「いや、体調は悪くないんだけど」

憂「それじゃあ、皆さんと何かあったの?」

梓「そういうわけでもないんだけど……その、幻聴がひどくて」

純「ほほう、幻聴とな」

梓「うん。なんか、呪われてるとか変な高笑いとか。気味悪くなって」

憂「なんか胡散臭いね」

梓「でしょ?やけに耳に残る声してたのに、私にしか聞こえてないの」

純「もしかして梓……目覚めちゃったとか?」

梓「目覚めたって?」

純「ほら、エスパーとか」

梓「いや、ないでしょ」

純「でもさ、今日なんかずっとぽーっとしてて、6限終わりのあれだもん」

憂「そうそう、どんな夢見てたの?」

梓「それがさ――」

梓「(説明中)――って感じの」

純「何それ、ウルトラマン?」

梓「なんでウルトラマンなのよ」

純「だって、こないだ見たウルトラマンにそんな展開があった気がする」

憂「梓ちゃんも見たことあるの?」

梓「見た事ないし……」

梓「っていうか、純の今度のマイブーム、ウルトラマンなんだ」

純「そ!こないだ部屋の掃除してたらさ、古いビデオがあって。面白かったから――ほらこれ」

梓「うわ、ウルトラマンの人形……懐かしい感じだね」

純「お兄ちゃんからもらったんだ。良くない?」

憂「あっこれ、ウルトラセブンだね」

純「当たり!それからこれがタロウで、これがティガ、これがガイア」

梓「純、詳しいね」

純「でしょー、もっとほめてー」

憂「あはは」なでなで

ゴゴ……

梓「――あれ?」

ゴゴゴ……

憂「どうしたの?」

梓「なんか、空が変」

『――ふふ――ははは』

憂「え?――ほんとだ。雷?」

『時は――満ちた――』

『この世界を――怨念で包んでくれる』

純「でも、今日は雨降らないって――」

『我等の不滅の怨念を見るがいい』

『行けッ!剛力怪獣――キングシルバゴン!!』

――ガシャン!!

梓「!?」

純「えっ!?」

憂「空が、割れた――」

『ガアアアアアアッ!』

ズズゥゥゥン!!

梓「かっ――怪獣!?」

純「はわぁ……すごいわね。今の特撮って」

憂「いやいやいやいや!!どう見てもあれ――」

『ガァァアアァァ!』

ガシャァァァンッ!

憂「本物だよぉ!」

純「――ウソぉっ!?」

ズン……ズン……

「うわぁぁぁっ!」

ズガァァァァン!!

「こっち来んなぁぁぁっ!!」

『フハハハハッ!いいぞ、マイナスエネルギーがどんどん貯まっていく!』

『怯えろ!絶望しろ!我等の糧となれェェッ!』



『もっと暴れろシルバゴン!すべてを――破壊しろ!!』

タッタッタッ――

純「どうなってんの!?本物の怪獣が出てくるなんて……!」

憂「わかんないけど、とにかく逃げなきゃ!」

純「もーっ、なんなのよ!夢ならさっさと覚めてよぉぉっ!」

梓「はっ、はあっ!ちょっと、二人とも待ってってば――」

『ガアアアァァァッ!』

――バシュン!!

「危ないっ!!」ガシィッ!

梓「え――にゃぁっ!?」ゴロゴロ

ズガァァァァァンッ!!

梓「――うぅ……ゲホ、ゲホッ!」

?「ふぅ、危なかった……」

梓「――!?」

梓(何これ、押し倒されてるみたい……!)

?「大丈夫かい?」

梓「あ……あのっ、わ、私はぜんじぇっ!?」

梓(か、噛んだ……!)

?「よかった……平気みたいだな。立てるか?」

梓「は、はい。大丈夫ですっ」

梓(うぅ……男の人にダイビングキャッチされるなんて……)

タッタッタッ……

憂「梓ちゃん!! 大丈夫!?」

純「うちの梓をありがとうございますっ」

梓「うちのって何よ!」

?「はは、大丈夫さ……それより、あの怪獣だ」

『ガアアアァァァッ!!』

ズガァァン!ドォォン!

?「……よぉぉし」

憂「お兄さん?」

?「君達はどこかに隠れてるんだ。僕があの怪獣を引き付ける」

憂「へっ!?無茶ですよ、丸腰じゃないですか!」

?「武器は――ある!!」

梓「あっ!――行っちゃった」

……

?「このぉっ!これでどうだ!」

『ガアアアアァ!』

?(ちくしょう!あの怪獣、なんて固さなんだ!)

?(さっきから石をぶつけてるのに、まるでこっちに気づきやしない……!)

『ガアアアァァァッ!』

?(くそ――このままじゃ街が!)


「タロォォォォォォウ!!」


パァァァァァッ……!!


純「うわっ!今度は何!?」

憂「さぁ……」

赤と銀の影が空を切り裂くように怪獣を貫き、怪獣が倒れ込む。
影はゆっくり立ち上がり、その姿を現した。

梓「あ……」

銀色のラインが走る深紅の身体。
光る黄金の目に、燦然と輝く二本の角。
胸には青く光る宝石。

梓「あれは――」

地響きと共にそびえ立つその姿は、さっき純が持っていた人形と同じ――

憂「ウルトラマン――」

純「――タロウ!?」

『トァァッ!!』


ファイティングポーズを取るや否や、ウルトラマンタロウは体勢の整っていない怪獣に躍りかかった。
怪獣はその動きを丸太のような腕で振り払おうとするが、タロウはそれを冷静に捌き、懐へ飛び込んでいく。

『フンッ!!デッッ!!』

パンチの連打を浴びせ、怯んだところに強力なストレートパンチ。
突き放したところで、思いっきり飛び上がり――

『グァァァッ!?』

二回三回空中でひねりを入れ、怪獣に向かって急降下の飛び蹴りを繰り出した。

『フンッ……デァッ!』

タロウはすかさず倒れこんだ怪獣に駆け寄るとその尻尾を掴み、ハンマーのように回し始める。
そのまま鋭いスイングで投げ飛ばし、地面にたたきつけた。

憂「すごい……すごいよ」

純「同じだ……テレビで見たのと!」

「頑張れぇぇっ!!」

「頑張って、ウルトラマン!!」


梓(―――あれ?)

純や憂、街の人々と一緒に応援している途中で、ふと何かが引っ掛かった。

梓(なんでだろう……この感じ、見たことある気がする)

今まで私の人生の中で、ウルトラマンを見た経験はない。
なのに、なぜか初めて見た驚きのようなものはなかった。
ウルトラマンも怪獣も現実にはいるはずがないのに、今のこの光景に既視感を覚えているのだ。

梓(なんで……)


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最終更新:2014年03月28日 07:46