『デァァッ!?』
ウルトラマンタロウの驚いたような声で、私は現実に引き戻された。
見ると、タロウは怪獣の角から連続で打ち出された火の玉に怯み、苦しんでいる。
怪獣はチャンスと言わんばかりに近づき、巨大な尻尾でタロウを弾き飛ばした。
受け身を取って起き上がろうとするタロウ。
しかし、怪獣はそれより早くタロウを地面に押さえつけ、マウントポジションで攻撃を続ける。
『ふん……タロウめ、紛れこんでいたのか』
『だがその程度なら問題ない!シルバゴン、そのまま片付けてしまえ!!』
『ガアアアァァァッ!』
『ンンッ!デッ!』
鈍い音が鳴り響き、タロウが苦しげにうめく。
憂「うわぁぁ……このままじゃやられちゃう」
純「大丈夫だよ!ウルトラマンならこれくらい、きっと……!」
『フンッッ!!』
純の言う通りだった。
タロウの二本の角が青く光って、レーザー光線が怪獣に襲いかかったのだ。
『ギィィィィィッ!!』
頭に直撃した反動で怪獣が思い切りのけぞり、拘束が緩む。
タロウはすかさず怪獣の腹を蹴って起き上がると、続けざまに鮮やかな後ろ回し蹴りで怪獣を吹っ飛ばした。
ふらつきながらも怪獣は立ち上がろうとするが、タロウはその隙を見逃さない。
『ストリウム――』
右腕を高々と掲げポーズをとると、その身体が七色に輝き――
『――光線ッ!』
次の瞬間、『T』の形に組まれた両腕から放たれた七色の光線が、怪獣に直撃した。
『ガ……ァァァ……』
怪獣もこれには耐えきれないのか、苦しげな呻き声を上げ倒れ込む。
次の瞬間、怪獣の体は大爆発を起こし、轟音と共に粉々に吹き飛んだ。
梓「やったぁぁ!」
憂「すごい!すごいね梓ちゃん、純ちゃん!!」
純「当たり前でしょ!だってウルトラマンだよ?!」
憂「ありがとう、ウルトラマーン!」
『トァァッ!』
歓喜に酔いしれる私たちを見て頷くと、ウルトラマンタロウは空高く飛んでいった……
夜。
『その姿はかつて放送されていたテレビ番組のキャラクター、『ウルトラマンタロウ』に酷似しており――』
テレビには、コメンテーターの会話を挟んで、地元局に撮影されたウルトラマンと怪獣の戦いが延々と流れている。
梓「ううん……」
チャンネルを回しても同じような映像ばかりで、これ以上の情報は得られそうにない。
『ではここで現場から中継です。吉井さん?』
『はい、こちらは被害の大きい――』
梓「……いいや」
テレビの電源を消す。
梓(お腹空いたなあ……)
そろそろ夕飯と行きたいけれど、あいにく両親は旅行中で明後日まで帰ってこない。
梓(外で食べよっかな)
一通り支度を済ませ、私は家を出た。
怪獣もこの辺りまでは来なかったため、いつもと変わらない風景をよそに歩いていく。
梓「そういえば……あのウルトラマン、タロウだっけ?」
信号を待ってる間にふと思い出し、携帯に打ち込んでみた。
本当に何気なく検索ボタンを押し、出てきたサイトを適当に開き――
梓「――――ウソでしょ」
思わず携帯を落としかけた。
昼間私を助けてくれた男の人が――ウルトラマンタロウに変身する主人公=東光太郎として、映っていたのだ。
梓「えっ……だってこれ、40年前の番組で、」
頭が混乱してぐちゃぐちゃになる。
常識的に考えて彼が俳優さんだったとしても、今はもう60歳過ぎのはず。あんなに若いはずがない。
だとしたら彼は他人の空似か、はたまた幽霊か。
いや、でも。
『武器は――ある!!』
怪獣に向かって行ったあの熱さは、どちらにも真似できそうにないと思う。
だとしたら――
梓「まさか……本物の」
『――ウルトラマンタロウですよね!?』
梓「へっ?!」
一瞬自分が呼びかけられたのかと思ったが、そうではなく。
声のした方を見ると、何やらサラリーマンの方々によって人だかりができていた。
『私も息子もファンなんですよ~』
『さっき戦ってましたよね?!変身してください!』
『ストリウム光線ってやってもらえませんか?!』
?『いやその、僕は……』
梓「」
思わずずっこけた。
輪の中心では昼間の彼――東光太郎さん(?)が、困り果てたように質問攻めに遭っていた。
梓(もう、なんて日なの……!)
怪獣が出るわウルトラマンが出るわ、おまけにその当人に会うなんて――
梓「ちょっとお兄ちゃんっ!」
気づけば私はそんなことを言いながら、人だかりに突っ込んでいった。
梓「もーっ!いくらウルトラマンが好きだからって、そんな格好でこんな時間にうろついて!」
光太郎「へ?」
梓(合わせて!!)
光太郎「ああ、ごめんごめん」
梓「うわっ、傷だらけじゃない……!さっさと帰るよ!」
光太郎「いててっ、そんな急に引っ張らないでって――」
私たちは何かを言われる前に、その場をダッシュで抜け出した。
…………………
梓「……っ、はぁっ、はぁ……」
光太郎「なんとか撒いたみたいだ……」
梓「大丈夫でしたか……?」
光太郎「いやあ、ありがとう。おかげで助かったよ」
梓「いえ、こちらこそ」
ぐーっ……
光太郎「……あっ」
梓「……………」
………………
光太郎「うまい!いやあ、本当にうまいなあ!!」
梓「あは、良かったです」
あの後。
近場のファミレスでは目立ちすぎると判断した私は進路を自宅に変更。
とりあえずお風呂で汚れを落としてもらっている間に夕飯を手早く用意し、こうして振る舞っているというわけだ。
光太郎「ごちそうさまでした!こんなうまいの、久しぶりに食べたよ」
梓「お粗末様でした。お茶、飲みますか?」
光太郎「じゃあ、お願いするよ」
梓「はーい」
コップに麦茶を入れながら、この後の事を考える。
梓「――さて」
突っ込みどころは山ほどあるが、果たしてどこから……
梓「どうぞ。麦茶で申し訳ないですけど」
光太郎「ありがとう」
梓「…………」
光太郎「……………」
梓「……あの、いろいろ聞いていいですか?」
光太郎「ああ、いいよ」
梓「えっと……じゃあまず名前から」
光太郎「東光太郎だ。よろしく」
光太郎「梓ちゃん、か。いい名前だね」
梓「にゃ……どうも」
梓(……本物には間違いないらしい、けど……)
光太郎「どうした?」
梓「あ!いえ……その、ものすごく変な質問になるんですが」
光太郎「……僕の、正体のことか?」
梓「!? どうして」
光太郎「ハハ、目を見ればわかるさ。この世界では隠せないらしい」
梓「……光太郎さんは、ウルトラマンなんですか?」
光太郎「ああ。僕は、ウルトラマンタロウだ」
梓「」
光太郎「もっとも、光太郎とはいろいろあって別れたんだ。だから、今は東光太郎の姿を借りている」
梓「――そうなんですか」
梓(どうしよう。まさかこんな食卓で未知との遭遇やるなんて)
梓「えっと……じゃあ二つ目です。なんでここにいるんですか?」
光太郎「え?」
梓「この世界には、怪獣もウルトラマンもいないはずなのに」
光太郎「確かに、ここは僕のいた世界じゃない。道端で会ったサラリーマンが、みんな僕をタロウだと知っていた」
梓「それはそうですよ!だってウルトラマンは、この世界ではテレビのヒーローなんですから」
光太郎「まさか、そんな世界にたどり着くとは……なんてことだ」
梓「たどり着く?」
光太郎「ああ。宇宙で異常な量のダークマターが検出されて、太陽系で調査をしていたんだけど……」
――
『――聞こえる?ウルトラマン』
タロウ『――何だ?』
『悪魔が目覚めて、ある世界を堕とそうとしている』
タロウ『悪魔、だと?』
『その世界は抗う力を持っていない――あなたの力が必要なの』
――ズズゥン!!
タロウ「ぬおぉっ!次元振動か!?」
『もう奴らが――時間がないわ!』
タロウ『くそっ……引き込まれる……!!』
『お願い!この世界の『わたし』と共に――世界を救って――』
タロウ『うわぁぁぁぁぁっ!!』
――
光太郎「それで、気がついたらこの街の公園に倒れていた」
梓「それって、パラレルワールドってやつですか?」
光太郎「よく知ってるね」
梓「前に小説で読んだことがあって……本当にあるとは思いませんでしたが」
光太郎「信じられないかな?」
梓「いえ!確かにおかしい事ですけど、現に怪獣もウルトラマンもこの目で見たわけですし」
梓「それに、あなたがウソをついてるようには見えませんから」
光太郎「……ありがとう」
梓「とりあえず明日は休みですし、今日はこのままゆっくりしていってくださいね」
光太郎「えっ!?」
梓「だって、この世界では行く当てがないでしょう?」
光太郎「いや、僕は野宿でいいよ」
梓「それはダメです!今出歩いたら、またさっきの二の舞じゃないですか」
光太郎「でも、君に迷惑をかけるわけにはいかないしなぁ」
梓「そのくらいは構いません!それに明後日まで両親が家を空けてるので、誰かにいてほしいんです」
光太郎「うーん……」
梓「お願いします!」
光太郎「……わかった。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
梓「あ、ありがとうございます!」
梓(……うう、ん……)
さて。
湯船に浸かりながら、改めて思う。
梓(どうしてこうなった……!!)
あまりに変な出来事が続いたせいかあっさり受け入れたけれど。
冷静に考えて男の人と家に二人きりだなんて、フラれた直後の先生に射殺されるレベルの一大事だ。
幸い、普通の人間ではないのが救い……
梓(いや救いでもなんでもないよね?!)
何せ相手はあのウルトラマンだ。
そんな人と一緒に過ごすってどうなのよ!
梓(そうじゃないよぉぉ!)バシャーン
光太郎(――駄目だ、テレパシーが繋がらない)
光太郎(やはりあの怪獣の影響か、この世界では少なかったマイナスエネルギーが一気に増殖している)
光太郎(どうやらこの世界に怪獣は存在しないようだが、やはり例の悪魔が呼んだのか?また怪獣は現れるのか?)
光太郎(何にせよ良くない兆候だ。光の国に報告しなければいけないのだが……)
梓「――光太郎さん?」
光太郎「おっと、梓ちゃ――ん?」
梓「?」
光太郎(――ん?)
梓「……あの、どうしました?」
光太郎「ん、ああ、何でもないよ。髪下ろしも似合ってるね」
梓「ふにゃっ!?そ、それはどうも」
光太郎(何だ?今の違和感は)
梓(ドストレート過ぎですよぉ……!)
光太郎「ところで、梓ちゃんは音楽が好きなのかい?」
梓「えっ!?どうしてそれを」
光太郎「いや、リビングに結構レコードとかが置いてあったからさ」
梓「なるほど、そういうことですか……見ていきます?」
光太郎「いいの?」
梓「はい。――ここです」
光太郎「うわぁ、すごいな!ギターもいっぱいある」
梓「……ウルトラマンの世界にも、音楽ってあるんですか?」
光太郎「もちろんあるさ。ジャック兄さんがよくギターを弾いてるよ」
梓「へえっ、お兄さんがいるんですか」
光太郎「本当の兄さんじゃないけどね」
梓「どういうことです?」
光太郎「地球を守る活躍をしたウルトラマン達の事をウルトラ兄弟といって、僕はその六番目なんだ」
光太郎「みんな、本物の兄弟のように強い絆で結ばれているのさ」
梓「それって、部活の先輩みたいですね」
光太郎「ハハハ……面白い発想だね」
光太郎「そういえば、セブン兄さんが宇宙警備隊に軽音部を作ろうとか言ってたっけ」
梓「ぶっ!! セブン兄さんって、あのウルトラセブンですか!?」
光太郎「そうさ。なんでも地球で流行ってたテレビに影響されたみたいで、僕も見せられてね」
梓「あはははっ!何ですかそれ、ウルトラマンが……ぶふっ!あっ、お腹痛い……!」
光太郎「おいおい、大丈夫か?そんなにおかしいかな」
梓「だっ、大丈夫です……けどっ、正義のヒーローが、そんな所帯染みた……あはははっ!」
光太郎「いやあ、地球を守るウルトラマンにだって地球での生活があるからなあ」
梓「……もう、悩んでた私がバカみたいじゃないですか」
光太郎「?」
梓「何でもないです!それより、光太郎さんもギター弾いてみませんか?」
光太郎「えっ?梓ちゃん、ギター弾けるの?」
梓「はい!これでも軽音部でバンド組んでますから!」
光太郎「すごいじゃないか!僕、やったことないけど大丈夫かな」
梓「大丈夫ですよ!私がちゃんと教えます」
光太郎「よぉし!よろしくお願いします!」
梓「それじゃあ、まずはストラップを肩にかけて――」
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――
――――
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たいなかけ!
律「――でさー、出てきたウルトラマンにあっさり負けちゃったじゃんか」
律「え、講習?中止になって……ないの!?」
律「――うん、うん。わかってるよ、じゃあ明日なー」ピッ
律「ふー……せっかく怪獣が出たってのに、なーんかパッとしないなあ」ドンッ
聡「うるせーぞ姉ちゃん」ガチャ
律「おお、すまん弟よ……お前も見た?」
聡「シルバゴンのこと?まあニュースでだけど」
律「へー、あれシルバゴンっていうのか」
聡「ウルトラマンティガに出てた怪獣だよ」
律「ティガ?出てきたのタロウじゃん」
聡「だから結構レアな戦いだったんだよ。タロウとティガじゃ世界観が違うからな」
律「詳しいな、さすが特オタ」
聡「お、おう。つか姉ちゃん、生で見たのな」
律「生ったって、部室の窓から超遠巻きにだぜ?さっさとケリついたし、あんま実感湧かないよ」
聡「そんなもんだろ。そもそも、ウルトラマンがマジでいたってだけでメシウマもんだし」
聡「まだこの街の近くにいるらしいぞ」
律「せやかて工藤!せっかくなんやし、もっと強敵とのドキドキするようなバトルが見たいやん!」
聡「ってもなあ。また怪獣が出るかだってわかんないし。むしろ出たら困るだろ」
律「夢のない弟だなあ」
聡「はいはい、じゃけん受験生はさっさと勉強しましょうねー」バタン
律「まったく……わかってるよ。ほんとは怪獣なんか出るわけないって」
律「でも、一度は出たんだから、少しくらい夢見たって――」
『その夢、叶えてやろうか』
律「!?」
『お前のマイナスエネルギー……利用しがいがありそうだからな』
律「お、おうふ……ついに幻聴ががが」
『いい機会だ、協力してやろう!お前の闇――使わせてもらうぞ!』
律「へ―――うわぁぁぁぁぁっ!?」
―――――
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最終更新:2014年03月28日 07:47