※リクエスト
ムギさん達は大学卒業後、ライブを何回もやったり、回りからもおだてられてもあり、本格的にバンドで食べていく事に決める。
しかし、ストリートライブを繰り返しても、ファンは増えず、事務所や色んなオーディションを受けても全て大失敗。自分達の音楽がだんだん認められなくなっていく。自分達は最高に楽しく音楽をやっているし、クオリティだってその辺のには負けてない自負もある。
なのに、世間は自分達を受け入れてくれない。
そんな中、バイトで食い繋ぐ事にも限界を感じてきた唯が辞めたいと言い出す。チームとしても、心もバラバラになるメンバー…。埋もれゆく、成功しないバンドの苦悩と葛藤、厳しい現実と戦うムギさんをお願いします。
―1―
最初にそれを口にしたのは梓ちゃんだったと思う。
現実は甘くないことぐらいみんなわかっていた。
現実主義の澪ちゃんや梓ちゃんはもちろん。
ちょっと夢見がちな唯ちゃんだって、きっとちゃんとわかってた。
だけど挑戦してみたいと思った。
自分たちが最高に楽しめる音楽が、どこまで届くのか。
それを知りたかったんだ。
だから力を振り絞り、まっすぐに進んできたはずだ。
でも知らないことだってあった。
最初に気づいたのが梓ちゃんだっただけのこと。
梓「少しつまらなくなりました」
別に梓ちゃんを責めるつもりはない。
私たちはただ目を逸らしていただけだったから。
バイトで食いつなぎ、夢を目指す日々。
そこには今までなかった楽しさだってあった。
オーディションに受からず、どうしようもなくつらい日々が続いたとしても。
それでも前向きにみんなと一緒に戦うのは、楽しかった。
オーディション会場で他のバンドメンバーと喋りながら待つ時間。
駄目かな、と思いつつも、どきどきしながら待つ時間。
そういう時間が私たちは好きだった。
いろんな友達もできた。
応援してくれるファンの人だってたくさんいた。
だから本当に大切なことから目をそむけていた。
演奏が、少しずつつまらなくなっていることに。
私たちはバンドだ。
誰かを喜ばせるためのバンドじゃない。
自分たちが楽しむためのバンドだ。
最近は演奏しているとき、ずっと考え続けてる。
どうすれば審査員の人たちにウケるのか。
どうすればオーディエンスを盛り上げることができるのか。
それだけを考えてキーボードに全力をぶつける。
きっとみんなも同じだ。
それだけを考えて自分のすべてを楽器にぶつける。
決してつまらなくはない。
自分の全部をぶつければ、楽器はそれに応えてくれる。
よりよい演奏をするために何が必要かを教えてくれる。
だけどそれは、私たちの領分ではなかったんだと思う。
だから梓ちゃんは言ったのだ。
―2―
オーディションの帰り道、唯ちゃんが呟いた。
唯「やめたい」
その言葉に誰も返事をすることができなかった。
一寸してから、かろうじでりっちゃんが言葉を絞り出した。
律「まだはじまったばかりだろ」
唯ちゃんはだまりこんだ。
このあと、誰も言葉を発さないまま帰路についた。
次の日。路上ライブの日。
澪ちゃんが来なかった。
バイトがあるから休むとメールがきた。
みんな嘘だと思ったけど、それを口にする人はいなかった。
私たちは楽器を取り出し、路上ライブの準備をはじめた。
演奏を始めると、すぐに何人かの通行客が足を止めた。
でも数秒後にはすぐに立ち去っていく。
たくさんの人が数秒立ち止まり、立ち去っていった。
一曲全部聞いてくれた人などほとんどいない。
紬「遠いね」
私は呟いた。
律「あぁ」
りっちゃんが同意してしまった。
梓「でもやるしかないです」
梓ちゃんが反論してくれた。
唯「……」
唯ちゃんは押し黙っていた。
そして澪ちゃんはここにはいない。
これが私たち。その現実です。
―3―
私と唯ちゃんのバイトはひよこの雄雌を判定することです。
このバイトを始めたとき、私も唯ちゃんも随分興奮したものだ。
ひよこ鑑定士の資格を苦労して取得したから、というのもあったけど、
それ以上にひよこのかわいさに魅了された。
はじめてバイトをした日などは、私も唯ちゃんもテンションが上がりすぎて仕事にならなかった。
それが理由で社員の人に怒られたっけ……。
けれども、今となってピヨピヨという鳴き声も喧しいだけ。
ひよこは仕分けする対象に過ぎない。
私と唯ちゃんはまるで果物を等級付けするように、ヒヨコを雄と雌の容れ物に仕分けしていく。
練習や演奏をしない日は、朝の9時から夜の8時まで、実労9時間、この仕事を続ける。
昼休みと午後休みがあり、午後休みにはティータイムをすることにしている。
午後休み。
私は唯ちゃんにうまい棒コーンポタージュ味を差し出した。
唯ちゃんはこんなお菓子でも美味しそうに食べてくれる。
本当は昔みたいに高級なお菓子を食べさせてあげたいんだけど、ここは東京。
実家から遠く離れたこの地では、お客さんから貰ったお菓子を持ってくることなどできない。
ただ、紅茶はあの頃と同じ良い茶葉を使わせてもらっている。
うまい棒と紅茶。実にミスマッチだけど、唯ちゃんは美味しそうに頬張ってくれる。
音楽にかかわっている時間よりこの時間のほうが楽しくなってしまったのはいつからだろう?
……ひょっとしたら最初からかも。
唯「ムギちゃん?」
紬「どうしました?」
唯「なんか笑ってたみたいだから」
紬「えーっとねー唯ちゃんはかわいいなーって」
唯「あっ、今ごまかしたでしょ」
紬「……うん」
唯「本当は何を考えてたの?」
紬「ティータイムは楽しいな……って」
唯「うん。楽しいよね。りっちゃんと澪ちゃんとあずにゃんがいれば完璧なのにね……」
紬「そうねぇ……」
りっちゃんは服屋さんでバイト。澪ちゃんは本屋さんでバイト。梓ちゃんは家庭教師をやっている。
バンドを始めてからティータイムは私と唯ちゃんだけのものだった。
唯「いっそ辞めちゃおっか」
唯「そうすれば毎日ティータイムできるから」
紬「……それもいいかもしれないね」
唯「えっ?」
紬「どうして唯ちゃんが驚いてるの?」
唯「ムギちゃんなら絶対に反対してくれると思ったから」
紬「唯ちゃんは反対して欲しかったんだ」
それきり唯ちゃんは黙ってしまいました。
唯ちゃんもまた迷っているのでしょう。
私たちは音楽という道を選んだ。
それはOLや公務員として社会の歯車に組み込まれることからの逃避――つまり現実からの逃避だ。
でも、音楽という道を選んでも、現実という壁が立ち塞がってきた。
この現実から逃げれば、社会の歯車という現実が待っている。
どちらにしても無邪気にティータイムをやっていた頃には戻れない。
それでも、今の道を諦めれば、ここから逃げ出せば、少しはマシになる気がする。
そう唯ちゃんは感じているのだろう。
そしてそれは、私も同じだった。
―4―
唯ちゃんと別れた後、私は澪ちゃんの家へ向かった。
昨日のことを聞きたいと思ったからだ。
インターホンを押すと、ピンポーンと音が響く。
誰も出てこない……。
私はドアに耳をあてる。
わずかに、何かが動いているような音が聴こえた。
ピンポーンピンポーンピンポーン。
3連続でインターホンを鳴らす。
観念したのか、澪ちゃんが出てきた。
澪「ムギか」
紬「こんばんは澪ちゃん。あがってもいい?」
澪「あぁ、いいよ」
澪ちゃんの部屋は結構散らかっている。
高校時代も、大学時代も、澪ちゃんの部屋は綺麗だった。
こうなってしまったのは、本格的にバンドを初めてからのことだ。
紬「夜ご飯は食べた?」
澪「ううん」
紬「じゃあ、何か簡単なもの作るね」
澪「あぁ……ありがとう」
もう夜の9時。
澪ちゃんは御飯を食べないつもりだったのかもしれない。
……来てよかった。
私は冷凍室から冷凍うどんを発見し、冷やしうどんを作ってあげた。
澪ちゃんは美味しそうに食べてくれた。
澪「……聞かないんだな」
紬「だいたい想像はつくから」
澪「そうなのか?」
紬「ええ」
澪「じゃあ言ってみてくれるか」
紬「澪ちゃんも限界を感じたんじゃない?」
澪「違うよ」
紬「……そうなの?」
澪「私は限界なんて感じていない」
紬「じゃあどうして?」
澪「なぁ、ムギ。バンドが売れるかどうかを左右する一番重要なものってなんだと思う?」
紬「その言い方だと歌唱力や音じゃないのかしら……」
澪「あぁ」
紬「それなら、宣伝とか?」
澪「それも大切だと思うけど、私が思ってるのは違う」
紬「なら……曲かしら」
澪「あぁ、私は曲が一番大切だと思ってる」
紬「そう。それで……」
澪「勝手に休んで詩を書いてたんだ」
紬「そうだったの……」
澪「高校の頃はさ。あれで良かったんだ」
澪「キャピキャピした感じの、演ってる側の楽しさが伝わるストレートな詩」
澪「でも私達だって、いつまでも若いままじゃない」
澪「今の私達には、人の心を動かすような、力強い詩が必要だと思う」
澪「メジャーシーンと比べて私達が地力で劣ってるわけじゃない。曲が劣ってるだけだ」
澪「だから今は、詩に専念したい」
紬「それなら作曲も……」
澪「うん。ムギにももっと頑張って欲しい」
澪「こんな詩しか書けない私が言うのもなんだけどさ」
澪「良い曲が売れるとは限らない」
澪「でも、圧倒的に良い曲なら必ず売れる」
澪「私はそう思ってる」
紬「そうね……」
澪「今の私達に必要なのはライブじゃない」
澪「一度聞いたら耳から離れない、思わず口ずさみたくなるるフレーズとリズム」
澪「それを備えた曲こそ必要なんだ」
澪「だから今は……」
紬「えぇ、澪ちゃんの考えは分かったわ」
澪「そうか」
紬「でも自分の考えを言わず、路上ライブをお休みしちゃう澪ちゃんにはお仕置きが必要ね」
澪「えっ」
私は澪ちゃんにデコピンした。
澪ちゃんは頭を抱えて痛がった。
只のオーバーリアクションかと思ったけど、澪ちゃんは涙を流していた。
本当に痛かったのかもしれない。
ひとしきり痛がった後、澪ちゃんは「デコピンってキャッチーかな」と言った。
私は「キャッチーって言葉自体がキャッチーじゃない」と言った。
澪ちゃんと私は腹を抱えて笑いあった。
―5―
律「ふぅん。澪とそんなことがあったのか」
紬「ええ」
律「なぁ、ムギ」
紬「なぁに、りっちゃん」
律「その……新曲っていつ出来るか分かるか?」
紬「わからないけど……」
律「じゃあさ、その曲が出来るまでは待つ。待つけど……」
律「もしその曲でも駄目だったら、本当に解散しないか」
紬「……どうして?」
律「私さ、このバンドのリーダーじゃん」
紬「うん」
律「言ってみれば、責任があると思う」
紬「……」
律「このバンドを続けて、先があるのかないのか」
律「ないとしたら、続ければ続けるほど不利になるだろ」
律「別の道を選ぶにしても……な」
紬「えぇ……」
律「今まではさ、楽しければ先のことなんていいと思ってた」
律「だって、社会の中で【楽しい】を探すって結構たいへんだろ」
律「そりゃあ、さわちゃんみたいな人もいるけどさ……」
律「バイトやってても【つまらない】のほうが圧倒的に多い」
律「だから【楽しい】がある限り、夢に乗っかかり続けるのもいいと思ってた」
律「でも、唯が、そして梓が、楽しくないと感じ始めてるなら」
律「そろそろ潮時なのかなって」
紬「そう」
律「ムギはどう思う?」
紬「私は……」
律「うん」
紬「……分からない」
律「そっか」
紬「ごめんなさい」
律「ムギが謝ることないよ」
律「ただ、考えておいて欲しい」
律「こんなこと考えてるって、みんなにはまだ言わないけど」
紬「どうして私には話したの?」
律「そう言われると、なんでだろ……」
律「そうだな。ムギは要って感じがするからかな」
紬「要?」
律「高校時代、軽音部はティータイムでもってたようなものだろ」
紬「でも、大学に入ってからは……」
律「大学に入っても、やっぱりムギがいてこそだと思う」
律「すぐ巫山戯る唯アンド私と良識派の澪の間にムギがいたからこそ、ここまでやってこれたと思うし」
紬「私は……」
律「うん?」
紬「私は誰一人欠けても、このバンドは成り立たないと思う」
律「あぁ……そうだな。私もそう思うよ」
―6―
梓「夢はいつか必ず終わるものです」
梓「なら、今は夢が終わる瞬間なんでしょうか」
梓「もっと衝撃的な、何かによって目が醒めるんじゃなくて」
梓「ゆっくりと現実に侵食されて夢が終わる」
梓「そういうものなんでしょうか?」
紬「もう梓ちゃんの中で答えは出ているんじゃない?」
梓「出ていません」
紬「そうなの?」
梓「はい。私はまだ諦めたくないと思ってる」
紬「出てるじゃない」
梓「……でも、未来に不安しか感じられないんです」
紬「……」
梓「ムギ先輩は想像できますか」
梓「私たちのバンドが売れて、みんなで幸せにやっていく未来」
梓「もしくは売れなかったとして、それでも幸せにやっていく未来」
梓「私は全然想像できないんです」
梓「今にしか楽しさを感じられない」
梓「その今の楽しさも無くなりつつあります」
梓「私たちはどこに行くのか」
梓「どうすればいいのか」
梓「ぜんっぜんわかんないんです」
紬「そう……そうだったんだ……」
梓「ムギ先輩?」
紬「大丈夫。大丈夫だから」
梓「なにが大丈夫だって言うんです?」
紬「私が何とかするから」
梓「ムギ先輩が?」
紬「ええ、私が――」
紬「私が何とかしてみせるから」
最終更新:2014年04月02日 08:13