【第五話】


 ‐三年二組教室‐


エリ「はぁー……」

エリ「……」

エリ「はぁー……」

アカネ「どうしたのエリ。まるで世界が終わったみたいな顔して」

エリ「……そうだよ、終わったよ」

アカネ「なにが?」

エリ「私の中で、ウィキペディアへの信頼は終わったよ!」

アカネ「ああ、昨日の部活の傷残ってるんだ……」

エリ「誰だよ! 携帯片手にバレーしようなんて提案したやつは!」

アカネ「えっ」

エリ「えっ」

アカネ「……」

エリ「……」

アカネ「……」

エリ「……ツッコミ待ちだよ?」


  *  *  *


とし美「おはよー」

エリ「ここで会ったが一日目だ、とし美!」

とし美「どうしたの?」

エリ「昨日のリベンジマッチを申し込もう」

とし美「ああ、あのどうしようもなかった……」

とし美「それで、その用件は今すぐ片付けてもいいの?」

エリ「勿論。さあ、どっからでもかかってきなさい!」

とし美「最初のお題はバレーボール。
 大変、次が思い付かない。はい、参りました」

エリ「えっ」

とし美「よし、良いリズムで終えられたね」

エリ「いやなにも良かないよ!?」

とし美「どっからでも良いって言ったじゃない」

エリ「こんな唐突な展開は想定してないよ!」

アカネ「まあ確かに、力ずくにも程があるとは思うけど……」

とし美「全く仕方ない……、じゃあ今からスタートね。
 あっ、電子辞書使っちゃった、これは反則よね私の負け」

とし美「どう?」

エリ「虚しさにおいてはなにも変わってないよ!?」

アカネ「エリもいい加減、相手の気持ちを察しなさいよ」

エリ「……でも、電子辞書は面白そう」

アカネ・とし美「えっ」


  *  *  *


三花「電子辞書を携えたマジカルバナナ?」

アカネ「しかもエリだけが電子辞書を使用」

三花「最早なにと戦ってるのかわからないね〜」

アカネ「勝てればいいんでしょ、勝てれば」

エリ「さあ正々堂々勝負するんだ、とし美!」

とし美「まずどこが正々堂々なの?」

エリ「おっと、びびってるのか〜い?」

とし美「ある意味、エリには驚かされてるけども……」

エリ「だけどね、私たちがバレー部の人間である限り」

エリ「勝負から逃げることは……、許されないんだよ!」

アカネ「初耳」

とし美「初耳」

三花「初耳〜」

エリ「あれー……?」

アカネ「一人で勝手に言ってるだけでしょ」

エリ「うっ」

とし美「エリって、実は高い所が好きでしょ?」

エリ「くっそー、回りくどい方法で馬鹿を強調するなんて……!」

エリ「このマジカルバナナで見返してやる!」

アカネ「電子辞書片手に、よくそんな大口叩けるわ……」

エリ「先攻は私で、お題は“バレー”ね!」

エリ「よし、バレーといえば」

エリ「魔女!」

アカネ(東洋の?)

とし美「……魔女といえば」



とし美「ゲルトルート」

アカネ「!?」

三花「!?」

エリ「!?」



とし美「……ほら、エリの番だよ」

エリ「げ、ゲルトルート? といったら……」←電子辞書で検索中

エリ「……」

とし美「と、いったら?」

エリ「げ、げるとるうとといったら〜……」

三花「……」

アカネ「……」

エリ「……古代ゲルトルート民族」

アカネ「歴史を捏造しない!」


  *  *  *


エリ「負けたー……」

アカネ「はっや……」

エリ「一体、なにが悪かったんだろう?」

三花「電子辞書を手にした時点で間違ってるとは思うよ〜」

エリ「そ、それは盲点だった……」

アカネ「それが一番目立ってたけど!?」

とし美「昨日の戦いと合わせれば、五分五分の条件には見えるけどね」

エリ「……そ、そうだよねー。いやあ、私の計算通り!」

とし美「私が二回とも勝ってるけど」

エリ「あくまでそれを言うか!!」


  *  *  *


まき「ま、間に合ったー……」

とし美「おはよう、まき。ギリギリだね」

まき「実は昨日懐かしいゲームを見つけちゃって……。
 夜遅くまでやっちゃってたんだよー……」

とし美「そういうことあるよね。
 私たちも懐かしいゲームをやっていたけれど」

まき「マジカルバナナのこと?」

とし美「そうそう。さっき、もう一度エリの挑戦を受けていたんだよ」

まき「へえ……、結果は?」

とし美「私の勝ち」

まき「やっぱりねー」

とし美「ちなみにエリは電子辞書を使用」

まき「……ついにそこまで手を出しちゃったんだね」

まき「負けたみたいだけど」

とし美「もう一撃必殺だったね」

まき「どんな言葉でトドメを刺したの?」

とし美「魔女からの、ゲルトルート」

まき「なるほど、固有名詞かー……。
 それじゃ電子辞書も太刀打ちできないよ」

まき「むしろ、この類いのゲームでは、
 固有名詞の方が卑怯と言っても良いレベルかもしれないよ」

とし美「そんなレベルなの?」

まき「うん」

とし美「じゃあ、次はどの魔女を言えば……」

まき「まずは魔女から離れればいいんじゃないかなー」


  *  *  *


とし美「まあでも、昨日の方が酷かったね」

まき「あるよね、無理にルールを増やそうとして、
 結局それがおざなりになっちゃうことって」

とし美「発案者のエリが開始早々、携帯を投げ捨てたからね」

まき「そしていきなりの“こんなん出来るかー!”発言だもんね」

とし美「どうしようもないよ、あれは……」

まき「凄い暴力的だったよー」

とし美「私は一応一回だけ、ルールに則って返したんだけど」

まき「結果、エリちゃんのボロ負けだったね」

とし美「その後は極めていつも通り、
 練習に集中したエリが見れたから安心したけどさ……」

とし美「……頼む、誰かあの子に三年生らしい行動をさせてくれー……」

まき「副部長は悩みが一杯だねー」

とし美「まき、今からでも副部長やらない!?」

まき「とし美ちゃんの三年生らしい行動はどこへ行ったのかな?」


 ‐体育館‐


三花「……」

後輩A「部長ー」

三花「ん、どうしたの? 一年生のこと?」

後輩A「いえ、自分のことなんですけど」

後輩A「ちょっと小耳に挟んだ程度のことなんですが」

後輩A「次期部長の候補が私って、本当ですか?」

三花「あ〜、そうだね〜」

後輩A「うわあ、マジですか……」

三花「本来なら私たちが引退する時、伝えることなんだけどね。
 どっかで私たちの会話聞こえちゃったの?」

後輩A「はい、聞こえちゃいました」

三花「そっか、それなら仕方ないね。
 ま、発表時のドキドキは半減しちゃったかもだけど、次はよろしくね〜」

後輩A「今からドキドキし始めたんですけど……」

三花「それなら余計、練習に気合入っちゃうね?」

後輩A「私には単なる重荷にしかなりませんよー……」

三花「こらこら。もう後輩も入ってきてるんだよ?」

後輩A「弱音吐くなってことですか?」

三花「それだけにするな、ってことかな〜」

後輩A「はあ……」

三花「……うん。期待はいつだって、悩みの種になる。
 それは私だって体験したことだし、わかるよ」

三花「でもね、私たちは後輩を引っ張っていく立場。
 もう、引っ張られるだけの立場ではないでしょ?」

後輩A「……」

三花「その立場の人が、弱音吐いているだけ……。
 つまりね、気持ちを発散させているだけじゃ、駄目なんだ」

三花「私たちは、与えられた問題を解決することが必要なの」

三花「それはとても難しいかもしれない。
 けれど、もうそれは私たちにとって、可能なことのはずだよ」

三花「だって、その多様な問題に対する解決法を教えてきてくれたのが、
 学校という場所でしょ?」

後輩A「部長……」

三花「……な〜んちゃって。今のは、昔、私の先輩から貰った言葉だよ。
 ちょうど、今みたいな状況の時にね」

後輩A「えっ、じゃあ、部長も……?」

三花「頑張れ、次期部長!
 大丈夫だ、私にもなんとか、ここまでやってこれたんだから!」

後輩A「……はい!」



まき「……」


  *  *  *


まき(今の三花ちゃん……凄く“三年生”って感じがした)

まき(三花ちゃんだけじゃない、とし美ちゃんも……。
 ああは言っていたけど、その真剣さは本物だよ……)

まき(私は、どうなんだろう……。
 三年生として、皆を引っ張ることが出来てるのかな?)



エリ「良いね、その調子だよ!」

アカネ「あれ、なんか変な癖ついてない?
 それは直した方が良いと思うよ」



まき(あの二人も、部長や副部長でなくても、
 後輩にしっかりと指導してて、“三年生”って感じがする)

まき(……私、二年生になった時もこんな風に悩んでたような気がするよ。
 それで、どんな結論を私は出したんだっけー……)

まき(……んー、思い出せない。
 こんなんじゃ駄目だよー、私。三年生、最高学年なのにー)

まき(……段々、自分が情けなくなってきた)

まき(しかも重症かもしれないね……。
 まるで、自分の頭が撫でられているような感触までしてきた……。
 空想で自分を慰めようとするなんて……)

まき(……あれ。これ、本当に空想かな?)

まき「……」

後輩B「……」

まき「なんでキミは私の頭を撫でてるのかな?」

後輩B「それはキミが悲しそうな顔をしていたからさ!」

まき「そっかー」

後輩B「はい!」

まき「……」


  *  *  *


後輩B「痛たたた……」

後輩B「な、なにも、いきなり暴れることはないじゃないですかあ」

まき「なんか反射的につい……」

後輩B「反射的ってなんだかショックです!」

まき「確かにね、私を慰めようとしてくれたのは嬉しかったよ。
 ただ、そうとはいえ、私は先輩だよね?」

後輩B「えっ?」

まき「そこで疑問持たないでよ!」

まき「うう……タイミングがタイミングだけに、ショックだよー……」

後輩B「先輩、一体なにを悩んでたんですか?」

まき「……ねえ。私って、後輩から見て……、三年生っぽくないかな?」

後輩B「……ああ、なるほど。その類いの悩みでしたか。
 そんなこと、心配する必要ありませんよ」

まき「そ、そんなこと程度の問題じゃないよ!」

後輩B「いえ、そんなこと程度です。だって聞いてくださいよ、先輩」

後輩B「私から見て、先輩は立派な三年生なんですから!」

まき「えっ……本当?」

後輩B「はい、これから高校受験に臨む三年生です!」

まき「それって中学三年生!?」

後輩B「ちなみに中学受験でも可です」

まき「さらに遠のいたよね!?」

後輩B「でも小学三年生は小さすぎますね……。
 六年生にしておきましょう」

後輩B「やりましたね先輩、三年生どころか六年生ですよ!」

まき「もー! そういうことじゃないでしょー!」

後輩B「えぇっ!?」

まき「なんでそっちが驚くの! むしろこっちが驚きだよ!」

まき「……ああ、なんかもう、悩むことも馬鹿らしくなってきたよ!
 今日はとことん練習して、帰り道もとことん寄り道するからね!」

後輩B「よっし、どこまでも付いていきますよ、先輩!」


  *  *  *


アカネ「……今年もまきは悩んでたね」

エリ「去年も同じことなかったっけ?」

アカネ「で、同じようなこと言われて解決してたよ」

エリ「“先輩は中学二年生です!”」

アカネ「そうそう……ふふっ。
 入ったばかりのあの子に言われて、まきも怒ってたね」

エリ「あの子には逆に可愛いって言われまくってたけどね」

アカネ「そうだった、そうだった」

アカネ「……結局、まだ私たちは成長途中なんだよね。
 個人差もある。だからこそ、部を引っ張る部長選びは真剣に」

アカネ「あの日の、三花の言葉。思い出しちゃった」

エリ「高校生って、凄い幸せな時間を生きてるよね。
 こういうの見たり聞いたりすると、本当にそう思うよ」

アカネ「……なんか、エリっぽくない発言だね」

エリ「な、なんだとー!」

アカネ「あっ、それはエリっぽい」

エリ「……私って一体」

アカネ「簡単だよ」

アカネ「エリは、私の“一番の仲良しさん”なんでしょ?」

エリ「こ、こら! 古傷を抉るな!」

アカネ「ふふっ」

アカネ「……ねえ、エリ。大会まであと一週間だね」

エリ「ん、そうだね」



アカネ「……よしっ、私たちの手で有終の美を飾りにいくよ!」

エリ「そりゃ勿論!」



第五話「桜高バレー部の三年」‐完‐


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最終更新:2014年04月06日 15:24