【第九話】
‐三年二組教室‐
エリ「アカネ、なに飲んでるの?」
アカネ「これ? コーヒーだけど」
エリ「ちょっと貰っていい?」
アカネ「はい、どうぞ」
エリ「どうもどうも」
エリ「……」
エリ「……」
アカネ「エリ?」
エリ「……わ、我が人生に、一片の悔いなし……!」
「ばたんっ」
アカネ「え、エリーーー!?」
* * *
まき「……それで、ブラックコーヒーを飲んだエリちゃんが、
こうして倒れてるわけなんだね?」
アカネ「そうなの」
まき「なるほどー」
まき「アカネちゃんが悪い!」
アカネ「えぇっ!?」
まき「折角だから言っておくとね……」
まき「ブラックコーヒーは劇薬と寸分の違いも無いんだよ!」
アカネ「私はそれを好んで飲んでるわけだけど」
まき「アカネちゃん……」
アカネ「何で窓の外を見ながら私の名前を呼ぶの」
まき「お空へ旅立った、アカネちゃん……」
アカネ「私ここにいるよ!?」
* * *
三花「私はブラックでも飲めるよ〜」
まき「そ、そんな……」
エリ「三花もブラックサイドに堕ちていたなんて……」
アカネ「あっ、エリが復活してる」
エリ「帰ってきて三花! その身がブラックサイドに染まりきった時、
無事で済まないことは周知の事実だ!」
アカネ「いや、初耳だけど」
アカネ「というかさ、二人とも微糖じゃないと飲めないってこと?
それとも加糖ぐらいじゃないと駄目なの?」
まき「私は加糖じゃないと飲めないかなー」
エリ「私は微糖!」
エリ・まき「えっ」
「…………」
アカネ「どうしたの二人とも?」
エリ・まき「お前は敵だ!」
アカネ「はぁっ!?」
* * *
三花「いつの間にか、三つの派閥に分かれちゃったね〜」←無糖派
アカネ「“どうでもいい派”ってないのかな……」←無糖派
三花「私もそれに入りたいところだけど、
あの二人の真剣さを見てると遠慮しちゃうんだよね」
エリ「シュガーサイドに溺れると、コーヒー本来の味が楽しめないぞ!」←微糖派
まき「ブラック飲めないエリちゃんには言われたくないよ!」←加糖派
三花「さあ、この場を沈めることが出来るのは、アカネだけだよ」
アカネ「えっ、なんで唐突に責任押し付けてるの?」
三花「さあ!」
アカネ「……こういう役回りだってことは、理解してるけどさー」
まき「砂糖を少しでも入れてる限り、私と変わりないね!」
エリ「なにを! 微糖と加糖の大きな差を認めないというのか!」
アカネ「いや、まきの言うことももっともだとは思うよ」
アカネ「仕方なく無糖派として意見すると、
正直、微糖派のエリも、加糖派のまきと変わらないね」
エリ「いやいや、微糖派はバランス重視なんだよ。
砂糖の甘さとコーヒーの味わい、そのコラボレーション!」
エリ「……それに、アカネもアカネだよ」
エリ「“佐藤”アカネっていう名前のくせに、“砂糖”を入れないなんて!」
アカネ「んなこと知るか!」
エリ「今からでも“無糖アカネ”に改名しないと、詐欺罪に値する。
カトウも、そう思うよね?」
まき「……えっ、私?」
エリ「そうだとも“加糖まき”!」
まき「私、和嶋だよ!?」
* * *
まき「……全く、好みの問題ほど、厄介で頻出する問題はないよ」
まき「そう思わない?」
アカネ「そう言われてみれば、その通りかもしれないね。
どうせ永遠に決着つかないし」
アカネ「でさ、話は変わるけれど」
まき「うん?」
アカネ「まきが加糖派っていうのは、イメージ通りだったね」
まき「そういうのは本人に言うことじゃないと思うけどなー」
アカネ「私も加糖が全然飲めないわけじゃないけどね。
でもやっぱり、ブラックが飲めそうな人って、なんとなくわからない?」
まき「それはあるかも」
まき「例えば和ちゃんとか、姫子ちゃんとか」
アカネ「その二人は大人っぽさが溢れてるね」
まき「私が加糖派に見えるのは百歩譲って許すとして、
逆に加糖派に見えるのは……」
まき「しずかちゃん?」
アカネ「いや、しずかちゃんは“コーヒー牛乳派”じゃない?」
まき「……あっ、なるほどー」
アカネ・まき「あはははっ」
しずか「……」
まき「あっ、しずかちゃん。
今ね、誰が加糖派の人間かってことをー……ふがっ!?」
しずか「……」
アカネ(む、無言でまきの口に何かを注いでいる!?)
しずか「……」
まき「ふがっ、ふがっ」
アカネ(怒ってる、怒ってるよ……)
しずか「……」
アカネ(あっ、終わった……)
しずか「……ふう」
まき「し、しずかちゃん、これ……」
しずか「うん」
まき「……ミルクティーだね?」
しずか「そう。私は紅茶派だよ」
しずか「だからコーヒーなんて絶対飲まないからっ!」
アカネ「えっ、そこに怒ってるの!?」
‐体育館‐
後輩A「私はブラックでもいけますね。
たまに微糖にしてみたり、その日の気分次第ですが」
三花「そっか、私やアカネと同じタイプか〜」
三花「聞いてなかったけど、とし美は何派?」
とし美「私も、なんでも飲めるよ」
とし美「でもどっちかといえば、無糖の方が良いかな。
砂糖を入れる手間が省けるし」
三花「そこかいっ」
とし美「でも、ファーストフード店でコーヒーを頼むとき、ちょっと面倒なんだよね。
なにも言わないでいると、確実に砂糖もミルクも付いてくるから」
三花「いちいち“砂糖とミルクはいりません”って
言わないといけないのがね〜」
後輩A「そこはただ“ブラックで”と一言だけ言えば、
全部済むんじゃないですか?」
とし美「えっ?」
三花「えっ?」
後輩A「えっ、まさか知らない感じですか!?」
* * *
三花「……とし美、今日は凄い発見をしちゃったね」
とし美「うん。これで今週末の予選は突破出来る気がする」
後輩A「コーヒーの頼み方一つで突破される、
相手チームに同情したいところです」
三花「こら、他人事じゃないんだよ?」
後輩A「……そうですね。私も頑張らなくては」
後輩A「しかし、三年生が五人だけっていうのも少ないですよね。
どう頑張っても試合のメンバー全員三年生というのが、不可能なわけですし」
とし美「そうだね、団体競技としては少ないかもしれない」
とし美「でも、ね?」
三花「そうだよねえ」
後輩A「……はい? どういうことです?」
三花「あとを任せられる、頼りになる後輩には困ってないってことだよ〜」
後輩A「……や、やめてください、恥ずかしい!」
* * *
後輩B「加糖しか飲めない先輩、超可愛い!」
まき「思ってた通りの反応だよ!」
後輩B「こちらとしても、思ってた通りの嗜好でなによりです」
まき「そういうそっちはどうなの?」
後輩B「安心してください、先輩。
先輩を愛でる上で、加糖だけしか飲めないなんてあり得ません……」
後輩B「私はどんな味でもウェルカムです」
まき「つまりそれは私より大人だよって言いたいのかなー!?」
* * *
エリ「アカネ、私は決心したよ」
アカネ「なにを?」
エリ「例えば、コーラは甘くなければいけないよね」
アカネ「まあそうかな」
エリ「それと同じで、コーヒーは微糖でなくてはいけない。
世界中の人がそう認める日まで、私は戦うと決心したんだ……!」
アカネ「一生かかっても無理だと思うけど」
エリ「……でも、私とて馬鹿ではない」
アカネ「馬鹿だよ」
エリ「小さなことが出来なければ、大きなことはもってのほか。
だから私は、目の前のことから手をつけることにしたよ」
アカネ「それってつまり……」
エリ「……まずはアカネ、覚悟しとき!」
アカネ「うわ、やっぱり! てか、なんでいきなり方言なん!?」
まき「アカネちゃんも口調変わってるよー」
エリ「そこで私が使うのは、このコイン。そして紐」
アカネ「えっ」
エリ「この二つをひっ付けて、アカネの顔の前で揺らす」
まき「……」
エリ「……アカネは微糖派にな〜る、微糖派にな〜る……」
アカネ(……な、なんて古典的な催眠術……)
まき(懐かしさを覚えるよ……)
エリ「微糖派にな〜……」
エリ「……」
アカネ「……エリ?」
エリ「……私、超微糖派です」
まき「これ、催眠には成功してるのかな?」
アカネ「さあ……」
第九話「桜高バレー部の白黒」‐完‐
最終更新:2014年04月06日 15:31