‐外‐


エリ(私たちバレー部三年生の、最後の試合が終わってから数週間)

エリ(初めは部活のない生活に戸惑っていた)

エリ(けれど、徐々に受験生の生活へはシフトできてきている)

エリ(そんなわけで、特に大きな事故もなく、
 今まで平穏な毎日を過ごしてきたわけだったけど……)



エリ「なぜ自転車壊れたああああ!!」


 【第十一話】


エリ(なになになに!? この遅刻するかしないかの瀬戸際で、
 壊れてることが発覚する絶妙なタイミング!!)

エリ(これじゃ遅刻確定じゃん!)

エリ(……いや待て、諦めるな。まだ万策つきたわけではない。
 私には、二年半のバレーで鍛え抜かれた足があるじゃないか!)

エリ(ほら、目の前に続く道だって水浸し……)



エリ「雨でぬれてて、まともに走れねえええ!!」


エリ(うわああ、よりによって今日は雨だよ!
 見事例年並みの梅雨だよ、くそう!)

エリ(いやよく考えたら、まだ自転車ならギリギリの時間を、
 走って間に合う道理なんて元々ないじゃないか! 私にどうしろっていうんだ!)

エリ(こうなれば、答えは一つ……)

エリ(家族の自転車を借りる!)

エリ(……って)



エリ「家族全員自転車通勤だよ!!」


エリ(なんでなんだ! なんで一家揃って自転車通勤なんだ!)

エリ(……まあ、家族全員が健康でなにより)

エリ(じゃなくて! そうだけど、そうじゃなくて!)

エリ(こうなったら壊れた自転車を自力で直すか?
 多少の遅刻は覚悟の上、でも最悪の事態を免れるなら……)

エリ(よし、それなら壊れた原因を探ろう!
 その原因から辿れば、きっと私にも直すことはできるはずだよ!)

エリ(えーと、多分壊れたきっかけになったのは……)

エリ(……確か昨日、差してた傘が手から落ちて、タイヤにからまって……)



エリ「原因私じゃんかよ!!」


エリ(なんてこったー! こりゃ完全に原因私だわー!)

エリ(あれ? ってことはだよ?)



エリ「私、傘も壊しちゃってるよおおお!!」

エリ(アホか! 昨日の私はド級のアホなのか!)

エリ(しかしまあ、原因が私にあるってことは、直すべきは私自身ってことか。
 むう、考えさせるねえ……)

エリ(って、そんな哲学者気分に浸っている場合じゃない)

エリ(私が浸るのは、水溜りだけで十分ってね。おっ、これは良い感じだ)

エリ(って、そうじゃないそうじゃない)

エリ(あー、駄目だ考えがまとまらない。時間も迫ってて、焦ってるんだなあ私)

エリ(一先ず深呼吸、っと……)



エリ「……」


エリ(雨が降っていて、自転車も傘も壊れている。
 電車通学というのも家からじゃ選択しづらい)

エリ(ということはバスか?
 傘はさすがに一本ぐらい余ってるだろうし、バス停まで走って、それで……)

エリ(あー、結局遅刻かー。そうだよね、初めからわかってたよ)

エリ(まあ、今日の一時間目は大したことない教科のはずだし、
 きっと遅刻したところで、さしてダメージは大きく……)

エリ(……あっ)


エリ「……」

エリ「…………」


 「…………」


エリ「今日期末テストじゃんかよおおおォォォォーーー!!」


 ‐三年二組教室‐


まき「ねえアカネちゃん、エリちゃんは?」

アカネ「さあ……寝坊でもしたんじゃない?」

まき「あー、それはありえるねー」

アカネ「あっ、メールだ。……しかもエリから」

まき「狙ったようなタイミングだね」


 エリ『運命に 暗雲かげり 遅刻かな』


アカネ「……」

まき「……五・七・五?」

アカネ「そうだね。うん、そうだけど」


 ‐外‐


 アカネ『三点』


エリ「容赦なさすぎだよ!」

エリ(って、なんでアカネに私の句を採点させてんだ!
 違うよ、今の私の気持ちをアカネに伝えたかっただけなんだよ!)

エリ(……いや、ていうか……)



エリ「元よりそんなことしてる暇ないよ!!」


エリ(ああ、私はなにをしているんだー……。
 こんなことしている間にも時間は刻一刻と過ぎているというのにー……)

エリ(……もうわかったよ。バスで行きますよ。
 遅刻前提だけど、バスで行けばいいんですよ!)

エリ(さて、そうと決まれば出発!
 鞄も持った、筆記用具も持った、残っていた傘も持った)

エリ(……あれ?)



エリ「財布は!?」


エリ(うそうそ!? どうして財布ないの!?)

エリ(はっ! まさか昨日、傘を自転車に絡ませた際に……)

エリ(派手に転んじゃって……)

エリ(そのはずみで、ポケットに入れてた財布がシュート……)



エリ「これは有り得る……」


エリ(詰んだ。これは詰んだといっても、間違いない)

エリ(ははは……この時期のテストをばっくれるとは。
 あの桜高にも、とんだ不良少女がいたもんだね)


 「prrrr...」


エリ(んっ? 電話?)

エリ(……アカネ?)

エリ「はい」

アカネ『いいから、早く来なさい』


 「ぶつっ」


エリ「……はい?」

エリ(えっ? それだけで、本当に電話切っちゃった?)

エリ(……いや)

エリ(なんというか、怖いぐらい、
 アカネには見透かされてたってことか……)

エリ(こりゃ参ったね)

エリ(……仕方ない。二時間目からでも参加しますか!)


 ‐三年二組教室‐


まき「大分短い電話だったねー」

アカネ「えっ? ああ……」

アカネ「エリのことだから、雨を前にして馬鹿なこと考えてるんだろうと思って。
 だったら短い言葉でけしかけた方がいいでしょ?」

まき「さっすがアカネちゃん!」

アカネ「それに、二時間目のテストは古文。
 エリの得意教科をみすみす見逃すのは、惜しいしね」

まき「一時間目には間に合わない前提なんだね」

アカネ「多分だけど、エリはまだ家にいるからね。
 どう頑張っても間に合わないよ」

まき「その根拠は?」

アカネ「馬鹿は進歩をしない」

まき「辛辣だねー」

三花「なになに〜、二人ともなんの話〜?」

まき「馬鹿とは一体なんなのかを、議論しているんだよ」

三花「んーと、それってつまりさ」



三花「エリについて議論してるってこと?」

アカネ「……流石に同情せざるを得ないよ、エリ……」

まき「残念エリちゃん……」



第十一話「桜高バレー部の梅雨」‐完‐


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最終更新:2014年04月06日 15:32