【第十三話】


 ‐アカネの部屋‐


エリ『あっ、もしもしアカネ?』

アカネ「うん、そうだけど。どうしたの?」

エリ『ちょっとさ、聞きたいことがあるんだ』

アカネ「……夏休み後半にかかってくる電話にロクなものはないって、
 私の経験が物語ってるんだけど」

アカネ「そういう類いのものじゃないよね?」

エリ『大丈夫』

アカネ「そう」

エリ『ご期待には背かないよ!』

アカネ「おい」


  *  *  *


エリ「というわけで元・バレー部の、合同勉強会を始めたいと思います!」

三花「いえ〜い!」

まき「どうなるのかなー」

とし美「大して楽しみになれないね」

アカネ「……あの、始める前に一つ質問していい?」

エリ「どうぞ」

アカネ「なに普通に全員集合してんの!?」

三花「勉強会だからね〜」

アカネ「理由になってない! 私はそもそも、エリ一人に頼まれたんだよ!」

アカネ「そのエリの口から、こうなることは聞かされてない!」

まき「ごめんね、アカネちゃん。これには深い事情があるんだよ」

アカネ「……聞かせて」

三花「私はあるテキストの三分の一を」

まき「私もあるテキストの三分の一を」

エリ「そして私もあるテキスト三分の一を分担して、宿題を片付ける計画だったんだ」

エリ「ところが事件は起きた」

三花「私はやるべき量の五分の三しか」

まき「私も五分の三しか」

エリ「私は五分の一しか出来なかったんだ」

アカネ「……」

エリ「これは由々しき事態だよ……。
 結局誰もノルマを達成できず、こうして夏休みは残り一週間となってしまった」

エリ「だからここでアカネに救いの手を求め、こうして集まってきたんだ」

アカネ「ふーん、なるほどね……」

エリ「わかってくれた?」

アカネ「こんの馬鹿三人衆がっ!!」

エリ「ひぃっ!」

まき「お、怒られたー……」

アカネ「夏休みの宿題は一人に与えられたノルマだよ?
 それを三人がかりで取り掛かろうとした挙句、それを達成できてない?」

アカネ「甘えんのもいい加減にしなさい!!」

三花「うう……」

アカネ「大体ね、自分の怠惰が原因のツケを私に回すのが気に入らない。
 まだ一週間あるんだから、自分の力でなんとかしなさいよ!」

アカネ「……で、なんの宿題を分担したの?」

まき「こ、古文のテキスト……」

アカネ「あー、あのうっすいテキストねー。
 夏休み中にこなすには、ちょうど良い薄さのテキストねー」

とし美(アカネは本気だ……本気で怒っている……)

アカネ「それで、なんだっけ? 三分の一ずつだっけ?」

アカネ「はーい、ここにその古文のテキストがあります。
 全部で十五パート、身につける内容ごとに分かれています」

アカネ「その三分の一、ということはそれぞれ五パートだけやればいい」

アカネ「……三花はその五分の三」

三花「う、うん」

アカネ「まきも同じく五分の三」

まき「うん……」

アカネ「それで、エリは……」

エリ「……五分の一です」

アカネ「うん、つまりエリは一パートしかやっていないということかー」

アカネ「舐めてんの?」

エリ「いえ、あの、その……」

アカネ「他二人も大概だよ。
 だけど私、特にエリを救うことはすっごい癪に障るんだけどさ」

アカネ「わかるよね?」

エリ「仰る通りでございます……」

アカネ「その上で三人を代表し、エリに問いたい」

アカネ「……私の家に、何しに来たのかな?」

エリ「……わ、私たちは……」

エリ「アカネ様より激励を賜りに参りましたーっ!」

とし美(折れたー!)

アカネ「ふうん。よし、それなら帰っていいよ」

とし美「あ、アカネ、その程度にしてあげようよ。ねっ?」

アカネ「とし美は甘すぎるんだよ。
 知らないかもしれないけど、これ毎年のことなんだからね」

とし美「えっ?」

アカネ「毎年エリは夏休み後半になると私の家に来て、
 こうして宿題を手伝ってとお願いしてくるの」

アカネ「いい加減三年生なんだから、これぐらい自分でさ……」

とし美「……あっ、そっか」

とし美「アカネはエリと一対一なら手伝ってあげても良かったんだ」

アカネ「はあ!?」

三花「つまり、エリと二人になれなかったから、烈火のごとく怒り狂ってたってこと?」

とし美「そうなんだよ、きっと」

アカネ「えっ、ちょっと、とし美?」

まき「わかったよ、アカネちゃん。謝る。ごめんなさい」

まき「エリちゃんと二人きりの時間を奪って」

アカネ「謝るポイントはそこじゃない」

三花「ごめんね、アカネ! もう絶対、二人の時間を奪わないから!」

アカネ「いや、だから……」

三花「エリも安心して。私たちは何も言わずに立ち去るよ」

アカネ「もうやめて! 手伝ってあげるから、もうやめて!」


  *  *  *


アカネ「……はあ」

まき「苦労症だねー」

アカネ「誰のせいだと思ってるの」

まき「私たちのせいだね!」

アカネ「自覚してるならしてるで質が悪い!」

アカネ「……そういえばとし美は宿題の分担の話、聞いてた?
 私、初耳だったんだけど」

とし美「うん。アカネはそういうの聞いてくれなさそうだからって、
 初めから相手にしないことにしてたみたい」

アカネ「ごもっとも。それで、とし美はどうしたの?」

とし美「自分でやった方がどうせ早いから断った」

アカネ「この結果すら予見してたのね……」

とし美「ま、そんな過ぎた事はいいから早く手伝ってあげよ」

アカネ「そうね」

とし美「三花とまきは私が教えるから、エリはアカネがお願い」

アカネ「一見とし美の方が大変に見えて、一番厄介なエリを私に押し付けてるね?」


  *  *  *


まき「この“る”は上がエ段だから、完了の“り”でいいんだよね?」

とし美「そうそう」

三花「とし美、この動詞は誰が動作主なの?」

とし美「それは尊敬語でしょ。そこから判断できない?」

三花「おお、なるほど!」

アカネ(あの二人はてんで出来ないってわけじゃなくて、
 ちょっと教えれば大丈夫みたいね)

アカネ(……それに比べて、こっちときたら……)

エリ「る、らる、す、さす……あとなんだっけ?」

アカネ「助動詞の接続ぐらい夏休み前に覚えておきなさいよ……」

エリ「お、覚えてないもんは覚えてないんだもん」

エリ「えっと、“る”は受身、可能、自発……あとは……」

アカネ「……頭が痛い」


  *  *  *


三花・まき「できたー!」

とし美「お疲れさま」

まき「これだけ早くに片付いたのも、とし美ちゃんのおかげだよー」

とし美「ううん、私はちょっと手助けしただけだよ」

三花「エリ〜、そっちはもうどれぐらいで終わる感じ〜?」

エリ「えっ?」

三花「えっ?」

エリ「あ、いやあ、あはは……」

まき「ま、まさか……」

アカネ「……ねえ、みんな。提案があるの」



アカネ「エリに勉強教える係を分担しましょ!?」

とし美「本日の勉強会、解散!」

アカネ「ちょっとおおお!!」



第十三話「桜高バレー部の適役」‐完‐


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最終更新:2014年04月06日 15:33