【第十六話】
‐外‐
和「宣誓。私たち選手一同は、スポーツマンシップに則り、
正々堂々と最後まで走りきることを誓います」
和「生徒代表、三年二組、真鍋和」
エリ「まき、空を見上げてごらん」
まき「真っ青だね」
エリ「まるで私たちの感情のごとく」
まき「ブルーだね」
エリ・まき「はあ……」
アカネ「同じ色でどうしてこうまで差が出てしまうんだろう……」
* * *
エリ「誰なんだ、桜高にマラソン大会を提案したやつは」
エリ「呪うぞ!」
アカネ「怖いこと言わないで」
エリ「毎日部屋にある仏像模型に拝み倒すぞ!」
アカネ「本気で怖い。女子高生の部屋に仏像模型があるのが、本気で怖い」
三花「それに、この行事って随分前からあるんでしょ〜?
だとしたら私たちの大先輩が提案したんじゃない?」
とし美「今頃その大先輩はエリのような生徒から多くの恨みを買って……」
まき「……無事であることを祈るばかりだね……」
アカネ「やめなさい」
アカネ「第一マラソンといっても、たかが五キロぐらいでしょ?」
アカネ「文化部の人はともかく、私たちはバレー部で鍛えられてるんだから、
その程度の距離なんともないと思うけど」
エリ「わかってない、わかってないよアカネは」
エリ「部活の走り込みは、バレーをより一層楽しむため……。
いわば目的が他にあったでしょ」
エリ「でもマラソンは走るだけ」
エリ「それでどうやってモチベーションを上げろというんだ!」
アカネ(エリのくせに納得させられる意見を言われた)
三花「それに走るコースも魅力あふれる場所ではないしね〜」
とし美「せめて走ってて気持ちのいい、普段とは違う自然溢れるコースだったらね」
まき「自然かー……この辺は山ばっかだし海岸とかは?」
とし美「それは走りにくいかなあ」
三花「海岸で走ると言えば、あれだよ〜」
三花「カップルで追いかけっこ!」
とし美「五キロも逃げ回る気なの?」
* * *
先生「それではみなさん。位置について。よ〜い……」
「バァンッ」
まき「よーし、頑張るぞー」
アカネ「さっそく遅めのペースを保っているまきに一つ忠告ね」
まき「なにー?」
アカネ「三年生はどの学年より先に走りだしたよね?」
まき「うん」
アカネ「ということは、そんなペースで走ってると後輩に追いつかれるわけだ」
まき「うんうん」
まき「……えっ?」
アカネ「だからあの子が追いつくのも時間の問題だよ?」
まき「走ろう、アカネちゃん!」
アカネ(まきは単純だなあ)
三花(こんなことに利用されるあの子が可哀想と思うのは、私だけなのかな〜?)
アカネ(さて、あとは……)
アカネ「エリ」
エリ「なにー……?」
とし美(早速やる気の感じられない返事ね……)
アカネ「私より先にゴールしたら、500mLコーラを五本プレゼントしてあげる」
エリ「私、走るよ!」
とし美(やる気に満ち溢れてる!?)
アカネ(そしてエリはまき以上に単純、と……)
* * *
とし美「アカネは凄いね」
アカネ「何が?」
とし美「あの二人を、ああも簡単に本気にさせるなんて」
アカネ「そんなの当然だよ」
とし美「そこまで言い切る?」
アカネ「だって今まで誰かさんたちが、
そういった役割を全部私に押し付けてきたからねー?」
とし美「え、笑顔が怖いよアカネ……?」
アカネ「ねー、誰かさんたちがねー?」
とし美「誠に申し訳ございませんでしたっ!」
* * *
まき「はっ」
まき「……」
三花「どうしたの、まき?」
まき「甘い香りが……」
三花「繁華街だし、色んな店があるよね〜」
三花「でも財布もないし今はマラソン大会中だよ?」
まき「そうなんだけどー……」
まき「エリちゃんが」
エリ「えっ、私が?」
まき「一芸してくれれば、なにかくれるんじゃないかなーって……」
エリ「私は大道芸人じゃないよ!?」
三花「まあ確かにエリは喋ってるだけでギャグになることもあるよね〜」
エリ「少しは私をいたわってよ!!」
三花「うん、それならコーラを一本あげるよ〜」
エリ「……そ、それぐらいで私が慰められるわけ……!」
アカネ「だったらその満面の笑みをやめなさい」
アカネ(……あれ。財布は無いけど、ポケットの中にお金が入ってる。
いつ入れたものなんだろう……?)
* * *
まき「なんだかんだで結構いいペースだよね?」
とし美「三年生の中でも上位だと思うよ」
三花「これなら“絶対”下級生には追いつかれないね!」
エリ「そうだね、“絶対”!」
アカネ「“絶対”ね」
とし美「そうそう“絶対”」
まき「なんでいらぬフラグを立てようとするのかなー」
エリ「おっ、田んぼが見えてきたよ」
エリ「てことは、あと少しで例の坂が待ってるってことか……」
三花「例の坂?」
エリ「さわ子先生が言ってたんだけどね、
田園地帯を抜けたら心臓破りの坂があるんだって」
三花「心臓破り……」
エリ「別名ハートブレイクの坂とも言ってたよ」
とし美「意味変わってないよね、それ」
アカネ「坂では無理にペースを上げようとしなくてもいいんだよ」
三花「じゃあここから坂の頂上まで競争ね〜」
アカネ「そこはここから坂の麓までというべきだと思うの」
三花「だって……このままじゃ面白くないよ?
それともアカネは走ることになにか面白さを見出したの?」
アカネ「私は何事もなく平穏に走り切りたいだけよ」
まき「アカネちゃんがそう言うなら仕方ないね」
まき「ビリの人には罰ゲームにしよー」
アカネ「全然私を気遣ってくれていない!?」
まき「昨日の友は今日の敵って言うよね」
アカネ「普通逆だと思うけど」
まき「でもそれが実際に起きてしまったんだよー」
アカネ「世知辛い世の中ね」
* * *
三花「スタート!」
アカネ「ってなに突然スタートしてんの!?」
三花「勝てば官軍だよ〜!」
アカネ「きったない官軍だなあ!」
まき「ほらほら急いでアカネちゃん!」
とし美「ま、こうなったらしょうがないよ」
アカネ「唯一の仲間だと思っていたとし美は既に悟っていらっしゃる……」
アカネ(マズイ……持久力はまだしも、瞬発力に自信はない……。
坂までの距離は長いから、逆転の機会がないこともないけれど……)
アカネ「……あっ」
アカネ(自動販売機……そして、ポケットの中に何故か入ってた百五十円……)
アカネ「……」
* * *
エリ(先は……まだ長い……!)
アカネ「エリ!」
エリ(えっ、アカネ? いつの間にこんな差が縮まって……。
いや、それよりどうしたんだろう?)
アカネ「これを受け取って!」
エリ「えっ!?」
エリ(アカネが放り投げてきたもの……それは)
エリ(冷えたコカコーラの500mLペットボトル!)
エリ(アカネ……こんな状況下で敵に塩を送るなんて!)
エリ「ありがたく頂戴します!」
* * *
エリ「腹が! 腹があああ!」
三花「エリの負け〜!」
まき(流石に飲む前に気づこうよエリちゃん……)
エリ「ま、まさかアカネはこれを狙って……!」
アカネ「勝てば官軍よ」
三花「私が言うのもアレだけど汚い官軍だね」
まき「昨日の友は今日の敵ってやつだねー」
アカネ「本日二度目のね」
エリ「ゆ、ゆるすまじアカネ……!」
三花「なお、罰ゲームは学校に帰ってから発表したいと思います!」
とし美「なにをやらせる気?」
三花「それは秘密〜」
* * *
まき「ねえアカネちゃん」
アカネ「どうしたのまき」
まき「いまエリちゃんはトイレに行ってるよねー」
アカネ「うん」
まき「それで置いて行くのは可哀想ということで、
私たちはチェックポイントの公園で待機してるよねー」
アカネ「そうだね」
まき「どんどん色んな人に追い抜かれていくよねー」
アカネ「下級生の姿も少しずつ見え始めてきたね」
まき「……フラグって、怖いね」
アカネ「えっ?」
後輩B「呼ばれた気がしました!」
まき「言わんこっちゃないよ!!」
* * *
エリ「待たせてごめんね、みんな」
エリ「……あれ、まきは?」
アカネ「フラグを消化したところ」
エリ「えっ」
三花「まきも苦労が絶えないよね〜」
とし美「それじゃ、走るの再開しようか。
まきも、随分先まで行っちゃったみたいだし」
三花「まきの屍を越えて行こう!」
アカネ「勝手に殺さないであげて」
* * *
三花「見て! 学校が見えてきたよ!」
アカネ「案外早かったね」
とし美「まあ夏の合宿に比べたら、数千倍楽だったね」
エリ「ああ……去年の悪夢が蘇る……!」
三花「じゃあさ、最後まで一気に走りきろうよ〜」
アカネ「もうゴールは間近だし、いいかもね」
三花「じゃあいくよ〜……。よーい、ドンッ!」
* * *
アカネ「はあはあ……」
三花「最後……全力出し過ぎたね〜……」
とし美「……」
後輩A「あ、やっぱり先輩たちでしたか」
エリ「あれ、先にゴールしてたの?」
後輩A「そのようです。いつ追い抜いたのか、覚えがないんですけど」
エリ(私がトイレに行っている間かな?)
後輩C「まき先輩は先にゴールしてたみたいですね。
かなり疲れきってましたけど」
後輩C「……その原因も明らかでしたけど」
アカネ「あはははー……」
後輩A「あいつのことは駄犬と呼んでくださって結構です。
まき先輩に突っ込むことしか脳のない駄犬……」
後輩B「あっ、先輩たちじゃないですか!」
後輩A「それがこいつです」
後輩B「なにが私なの?」
* * *
まき「みんなー、会いたかったよー!」
エリ「感動の再会!」
まき「エリちゃんのことは一生恨むからね」
エリ「まさかの宣告!」
アカネ「……色々とお疲れ様、まき」
アカネ「エリを恨むってことは、私のこともある程度恨んでいるんだろうけど、
そこは許してね?」
まき「うん、アカネちゃんはいいよ」
まき「ほら……アカネちゃんは既に……色々苦労してるしさ……」
アカネ「許されたのに釈然としない」
‐音楽準備室‐
律「おっす」
三花「お〜っす!」
アカネ「エリへの罰ゲームが行われるからって、ついて来たはいいものの……」
アカネ「なんで軽音部の部室?」
三花「この前りっちゃんから聞いたんだけどね」
三花「……アレがこの部屋にはあるんだよ」
アカネ「アレ?」
まき「アレかー、なんだかとっても面白そうだねー」
アカネ「アレってなに!?」
三花「というわけでりっちゃん、ムギちゃん。
エリに例のアレを、お願いね〜」
紬「了解よ〜」
エリ「えっ? えっ?」
紬「さあエリちゃん、行きましょ?」
エリ「いやあのなにが行われるのかだけでも教えて欲しいんだけど、
っていうかムギちゃん力強い、痛い痛いひっぱらないで!!」
まき「エリちゃん、生きて帰ってきて……」
アカネ「そんな大袈裟な」
唯「でも澪ちゃんはそれが死ぬほど嫌なんだよ〜」
アカネ「えっ」
澪「……」
アカネ(ますます何をされるのかわからない)
* * *
紬「お待たせ〜」
律「出来上がったぜ!」
アカネ「出来上がった?」
エリ「……」
アカネ「えっ!?」
三花「おお〜!」
まき「エリちゃん……」
まき「ナイスメイド服!」
エリ「なんでこんなものが軽音部にあるの!?」
唯「それは私たちにもわからないんだよね〜」
とし美「ライブの衣装とかじゃないんだ?」
律「……とし美は、ライブの衣装にメイド服を着れるか?」
とし美「えっ」
律「スク水や、チャイナドレス、ナース服を着れると思うのか?」
とし美「ごめん私が間違ってたよ」
まき「さらりと恐ろしい情報がずらずら出ていたようなー……」
澪「それ以上は、聞かないでくれ……」
まき(なんて悲痛な声で……)
紬「さあエリちゃん。あとはあの台詞を言うだけよ!」
とし美「メイド服で、あの台詞ってまさか……」
エリ「……」
エリ「……お、おかえりなさいませ、ご主人様ー……」
アカネ「……」
まき「……」
とし美「……」
三花「……ぶふっ!」
エリ「わ、笑うなあああ!!」
三花「笑ってないよ〜……くくっ!」
エリ「今笑った! 超笑った! 絶対笑った!」
まき「落ち着いてエリちゃん。今日のご主人様は私たちだよ……、ぷぷっ」
エリ「これが落ち着いていられるかー!!」
とし美「お、面白すぎ……!」
エリ「とし美にいたっては隠す気ゼロか!!」
アカネ「で、でもやっぱりエリはさ、メイド服よりコーラの方が似合ってるよ」
エリ「どういう意味で受け取ればいいんだそれは」
エリ「……大体私も好きでこれを着てるわけじゃないからね」
アカネ「じゃあなにが良かったの?」
エリ「仏像コス」
アカネ「そっちの方が絶対嫌だわ」
第十六話「桜高バレー部の祈願」‐完‐
最終更新:2014年04月06日 15:35