【第十八話】


 ‐三年二組教室‐


アカネ「ちょっとそっち押さえてくれる?」

エリ「はいよー」

アカネ「……よしっ、いいよ」

とし美「次に切るのはこの部分だね」

とし美「それにしてもいいの、エリ?」

エリ「なにが?」

とし美「エリだって劇に出るんだからさ、そっちの練習していいんだよ」

アカネ「ああ、いいのいいの」

とし美「どうして?」

アカネ「台詞が少ないんだって。そうでしょエリ?」

エリ「そそ。だから大道具作りを手伝ったところで、問題無し」

とし美「ふーん……」

エリ「まだ疑いの目を向けてくるとし美に、台本を貸してあげよう」

とし美「どれどれ」

とし美(“どこの不届き者だ! キャピュレットの屋敷に忍びこむとは!”)

とし美「……えっ、これだけ?」

エリ「うん」

アカネ「まるで社内ニートでしょ?」

エリ「台詞ないだけでニート!?」


  *  *  *


アカネ「私、こういう準備中の教室って好きだなあ」

とし美「どうしたの、いきなり?」

アカネ「いつもは教室を占領している机がさ、こうして端っこに追いやられて。
 本当の意味で、ここを私たちの教室にしてるみたいじゃない?」

とし美「成績優秀の佐藤アカネさんの台詞とは思えないね」

アカネ「成績優秀だからって、勉強を第一に考えてるわけじゃないよ」

アカネ「だってさ……」

とし美「専門学校行くから、美容師の夢が第一だって?」

アカネ「そういうこと」

アカネ「だから専門に行った時には、せめて後悔はしないようにしておきたい」

エリ「ならロミオやれば良かったのに」

アカネ「それとこれとは話が別!」


  *  *  *


三花「エリ〜、採寸の順番だよ〜」

エリ「わかったー!」

アカネ「そういえば衣装は全部さわ子先生が作るんだっけ」

エリ「みたいだね。やけに張り切ってたけど」

とし美「服を作るのが好きなのかな?」

アカネ「裁縫を趣味としてるってこと?」

エリ「先生、女子力高いなあ……!」

唯(女子力って、なんだっけ……?)

紬(わかりません)


  *  *  *


まき(準備も順調に進んで、始まりが見えてきた頃)

まき(ついに衣装が完成し、教室は大盛り上がりー)

曜子「秋山さんのロミオ、秋山さんのロミオ……!」

まき(……一部は大興奮?)

まき「そんなことはさておき」

エリ「さておき?」

まき「エリちゃん、カッコいいねー!」

エリ「えへへ、そう?」

まき「普段からカッコいい系の残念なエリちゃんだけど、
 この衣装だとカッコよさが目立ってくるよ!」

エリ「わー、ありがとー、残念ってどういう意味かな?」

まき「残念エリちゃんってことだよ?」

エリ「さも当然なふうに言われると、流石に傷つく!」


  *  *  *


まき「三花ちゃん、衣装は?」

三花「もう着替えちゃった。作業の邪魔になるだけだし」

アカネ「まきには本番までお楽しみ、ってことだね」

三花「そんな楽しみにするもんじゃないって〜」

まき「うーん、どうせなら私も劇に参加すればよかったかなー」

アカネ「今からでもいいから、立候補すれば?」

まき「今からじゃ間に合わないよー」

三花「そんなことないよ」

三花「まだ木(I)の枠が余ってるからねっ」

まき「この劇、とことんバランス感覚狂ってるよねー」


  *  *  *


ちか「きゃー!」

エリ「待て待て待てー!」

美冬「こらそこっ! 作業中なんだから走りまわらない!」

ちか「えー」

エリ「えー」

美冬「カッターやハサミを持ってる人もいるんだからね」

エリ・ちか「……ごめんなさいー」

まき(エリちゃんとアカネちゃん。ちかちゃんと美冬ちゃん)

まき(この二つの関係って、どこか似てるようなー……)

まき「んー……ペットと飼い主?」

アカネ「えっ?」


 ‐外‐


アカネ(……まきが私を見ながら“ペットと飼い主”と言っていたけれど)

アカネ(どういう意味なんだろう?)

エリ「アカネ? どうしたよ?」

アカネ「なんでもないよ。それにしても、学園祭まであと少しだね」

エリ「うん! 想像以上に時間が早く過ぎてったね!」

アカネ「エリは早くもテンション上がってるね」

エリ「当日が待ち切れないよ!」

アカネ(本当に楽しみなんだね……身体がぷるぷる震えてる)

アカネ(楽しみなのはわかるけど、ここまで素直だと可愛いかも。
 まるで犬かなにかみたい)

エリ「アカネもさ、楽しみだよね?」

アカネ「当然じゃない。私だって、頑張ってセットを作ったんだから」

アカネ「あっ」

エリ「えっ?」

アカネ「……まきめ、そういうことか……」

エリ「……どゆこと?」


 ‐三年二組教室‐


エリ「文化祭当日!」

エリ「彩られるは校舎! 輝くはそこにいる人たちの笑顔!
 花咲くは、青春を謳歌する生徒たち!」

アカネ「……」

とし美「……元気ないね」

アカネ「朝からこのテンションにやられました」

とし美「……劇に出てなくてよかったね」

アカネ「全くその通りで……」


 ‐講堂‐


美冬「みんな。今日のためにみんな頑張ってきたんだから、
 悔いのないように、精一杯やりましょう!」


 「うん!」


美冬「準備はいい?」


 「うん!」


澪「……」

律「んっ!」

澪「痛っ!」

澪「……うん」

美冬「それじゃ、頑張ってこー!」


 「おー!!」


三花(さ〜て、劇の始まりだっ)

エリ(出番は少しでも、真剣に! 全力で演じる!)

アカネ(……)

アカネ(……一生懸命な人は、例外なくカッコいいものなんだね)

アカネ(私たちは舞台袖で見守ることしかできないけど……頑張って、二人とも!)


  *  *  *


澪「人の傷を見て笑うのは、傷ついたことのない連中だ。
 笑いたければ笑え」

澪「僕は痛みを知っている」

澪「恋する痛み……この胸の甘い疼きを!」



まき「……すごい迫真の演技してる中、悪いんだけどさ」

まき「顔が見えるのは野菜だけで十分だよねー」

アカネ「言わないであげて……」

とし美「誰もが突っ込みたかったはずだからね……」



唯(木G)「ふんすっ」



まき(……やっぱり顔出す必要性ゼロだよ!!)


  *  *  *


つかさ「今、なにか物音がしなかったか!?」

エリ「どこの不届き者だ! キャピュレットの屋敷に忍びこむとは!」



とし美「エリの出番終わったね」

まき「早かったねー」

アカネ「……」

まき「……カッコよかったね、エリちゃん」

アカネ「……あ、うん」

まき(どうしてぼんやりとしてるんだろう、アカネちゃん)


  *  *  *


律「あー、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」

澪「あの天使のような声は!」

律「何故ここに……。屋敷の石垣は高くて、簡単には昇れないのに!」

澪「高い石垣など、恋の軽い翼で飛び越えてみせましょう!」

律「ああ、ロミオ!」

澪「ジュリエット!」



まき「おお、抱き締め合った!」

とし美「反響も凄いね」

アカネ「……」

とし美「今頃、この大観衆の前で抱き締め合っていたのは、
 アカネとエリだったのかもしれないね」

アカネ「それが避けられてホント良かったわ……恥ずかしすぎる……」


  *  *  *


三花「婚礼を速めれば、お嬢様の悲しみも癒されるのでは」



アカネ「三花の役は結構重要な位置にいるんだね」

とし美「それでも安心して見てられるよ」

まき「さすがジュリエットになれなかった元・部長、頼りになるよねー」

とし美「その言葉、あとで三花にそっくりそのまま伝えるね」

まき「やめて!」


  *  *  *


澪「ああ、今朝見た夢が正夢だとすれば」

澪「やがて嬉しい知らせが届くはず!」



まき「澪ちゃんの迫真の演技はいいんだよー」

アカネ「うん」

まき「だけどねー」

とし美「うん」



唯(木H)「ふんすっ」



まき「……コメディなの? まさかロミジュリでコメディをしたいの!?」

アカネ「お、落ち着いてまき!」

まき「これバランス感覚狂ってるどころの騒ぎじゃないよ!?」

とし美(……あっちで、なにか慌ててる?)


  *  *  *


アカネ「えっ、なにこのお墓……? 私たちが作ったのと違うもの?」

美冬「話は後よ。セットの設置を手伝って」

アカネ「う、うん!」

とし美(慌ててたのはこれか……)

ちずる「だ、大丈夫かなー……?」

しずか「落ち着いて、ちずる。やれるだけのことはやったから」

とし美(……これ、オカ研のものだ。借りてきたの?)

とし美(ということは……)


  *  *  *


アカネ「お墓が無くなった……?」

とし美「あれがお墓の代わりに使われてる以上、そうとしか考えられないよ」

アカネ「運んでる最中に落としちゃったってことね……」

まき「私たちから見たら凄い違和感あるんだけど……。
 お客さんからすれば、わからない……よね?」

アカネ(全ては終わってみないと判断できない、か……)


  *  *  *


澪「キミを、一人で死神のところに行かせはしない」

澪「この身が朽ち果てるとも……二度とキミを、離しはしない!」



アカネ「……」

まき「……」

とし美「クライマックス……!」


  *  *  *


律「ああ、ロミオ! なぜ私のぶんの毒を残しておいてくれなかったの?」

律「待っていて」

律「この剣が……私をあなたのもとへ連れて行ってくれる……!」



アカネ「……終わった!」

とし美「お客さんの反応は……!」



 「ぱちぱちぱちぱちっ!」



まき「……拍手、凄い勢いだね……」

まき「これって私たちの劇に向けて、なのかな?」

とし美「……それ以外に、なにがあるの?」

まき「や、やったんだね……やったんだよね、二人とも!」

とし美「そうだね……。ちょっと感動しちゃった」

まき「今すぐ二人も呼んでくるね!」

アカネ(ああ、やりきったんだ)

アカネ(私たちは高校最後の学園祭を……)

アカネ(大成功のうちに、幕を下ろすことが出来たんだ……!)


  ‐三年二組教室‐


美冬「みんな、本当にお疲れ様!
 劇はみんなのおかげで大成功だったよ!」



 「いえーい!」
 「ロミオもジュリエットも素敵だった〜」
 「ちょ、恥ずかしいこと言うなって!」



美冬「私たち三年二組の学園祭の出し物は、これで終わり。
 ちょっと寂しくなっちゃうけど、これは仕方ないこと」

美冬「でも私たちのクラスには、
 まだ学園祭に残したことがある人たちがいるんだよ!」

美冬「……そうでしょ、ロミオとジュリエット?」

律「えっ、私たち?」

ちか「明日の軽音部の演奏、楽しみにしてるよー!」

律「お、そういうことか」

曜子「今日も明日も、秋山さんが講堂のスターになるんだね……!
 応援してる、いつまでも!」

澪「え、えーと……ありがとう……?」

美冬「ムギちゃんも脚本お疲れ様。一緒に劇を作れて、本当に良かった。
 今度はその努力を、演奏に注いでいって!」

紬「ええ!」

しずか「唯も、代役ありがとう。演奏頑張ってね」

唯「うん、期待して待っててよ〜!」

律「おいおい、そんな自信どっから出てくるんだよ」

しずか「明日なのに自信ないの!?」



 「あははははっ!」



美冬「……それじゃ、残った仕事を片付けたら、
 あとの時間は各自学園祭を全力で楽しんじゃって」

美冬「解散!」


  *  *  *


エリ「いやー疲れたよー」

アカネ「はあ?」

エリ「……そこまで風当たり強くしなくても」

まき「実はアカネちゃんはね、
 あの衣装を着たエリちゃんに惚れ惚れしてたんだよー」

アカネ「ま、まき!」

エリ「ほう。それで、どうして風当たり強くなるのさ?」

まき「実際のエリちゃんを見て、
 その残念なまでの落差に落胆を隠しきれないだけだよ」

エリ「おい」

アカネ「まき、今のは聞き捨てならないよ」

まき「えっ、落胆したってところ?」

アカネ「そこは否定しないけど」

エリ「してくれよっ!」

アカネ「でも、惚れ惚れしてたわけじゃないし……」

まき「えー」

エリ「……そっかそっか。ねえアカネ、こっち向いて」

アカネ「なに。……って」

アカネ「なにやってんの?」

エリ「アカネをじっと見つめてるの」

エリ「……人の傷を見て笑うのは、傷ついたことのない連中だ。
 笑いたければ笑え。僕は痛みを知っている」

エリ「恋する痛み……この胸の甘い疼きを!」

まき(ろ、ロミオ!?)

アカネ「恋って、なにまた適当な……」

エリ「あの天使のような声は!」

アカネ「聞きなさいよ」

エリ「……恋の軽い翼で飛び越えてみせましょう!」

アカネ「色々省いた!?」

まき(忘れたんだね……)

エリ「キミを、一人で死神のところに行かせはしない」

まき(って、流石に忘れすぎだよ!?
 省きすぎて訳のわからないことになってるよ!?)

エリ「この身が朽ち果てるとも……二度とキミを、離しはしない!」

アカネ「勝手に私を殺すな」

まき(仮死状態なんだけどね、厳密には……)

エリ「……」

まき(エリちゃん……?)



 「ぎゅっ」



アカネ「えっ」

まき(だ、抱き締めたー!?)

エリ「……二度とキミを、離しはしない」

アカネ「えっ、えっ……!?」

まき(見てるだけで恥ずかしい)

アカネ「ちょ、え、エリー……?」

エリ「……どう?」

アカネ「えっ?」

エリ「私に、惚れ惚れしてくれた?」

アカネ「……」

まき(エリちゃん……)

エリ「アカネ、聞いてるの?」

アカネ「まずは離して」

エリ「えっ?」

アカネ「……離して!」

エリ「あ、はい……」

まき「……」

アカネ「……別に惚れ惚れしたわけじゃない。
 だって、いつものエリはそんなこと口にしないから」

アカネ「だから正直寒かった。うん、寒かった」

エリ「……」

アカネ「……寒気が治まらないから、私、保健室行ってくる」

エリ「あ、じゃあ私も付き添う……」

アカネ「いい。ついてこないで」

エリ「えっ……」

アカネ「……それじゃ」

エリ「……」

まき(……行っちゃった)

まき(うん、口の中が甘ったるいよ。糖分過多もいいとこだよ。
 わかりやすいったらありゃしないねー)

エリ「……ど、どうしようまき……」

まき「なにが?」

エリ「……アカネに嫌われちゃったよ……!」

まき「……こっちもお決まりだよっ!」


  *  *  *


アカネ「……」

三花「ア〜カネっ!」

アカネ「三花!?」

とし美「見てたよ、一部始終」

アカネ「……最悪だよ」

とし美「そんなに嬉しそうなのに?」

アカネ「これは私がどっかおかしいだけ。
 頭を冷やせば、すぐに普通の判断に戻るんだから……」

三花「さっきは寒気がするって言ってたくせにー?」

とし美「実はあっつあつだったんだねー?」

アカネ「な、なんなの、その含みのある言い方は!?
 熱出したときだって、寒気あるでしょ! それと同じ!」

三花「ほうほう」

とし美「ふむふむ」

アカネ「もう行くから! じゃあね!」

三花「ん〜、いってらっしゃ〜い」

とし美「お大事にー」

三花「……いやあ、とし美さんとし美さん」

とし美「どうしたんだい三花さん」



三花「秋も、意外と近くで見れるもんですね〜」

とし美「うんうん、実にきれいな紅葉の見れたことだよ」



第十八話「桜高バレー部の秋色」‐完‐


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最終更新:2014年04月06日 15:36