【第十九話】


 ‐校庭‐


エリ「後夜祭……もう文化祭も終わりかー」

アカネ「あっという間だったね」

エリ「うんうん……」

アカネ「……」

エリ「……アカネ」

三花「そう言ってアカネの手をそっと握るエリ。
 ぴくりと身体を反応させるも、すぐにアカネはそっぽを向いてしまう」

とし美「エリはそんなアカネの顔を覗こうする。
 しかし、アカネは決してそれを許さない。素早く首を回す」

三花「幾度とそれを繰り返しているうちに、その行動の意味を飲み込めてきたエリ。
 自分から握った手に視線を落とし、身体が燃えるように熱くなっていく。
 咄嗟に手を離し、エリもまた、赤色に染まった顔を後ろに向けた」

とし美「夜の闇の中、校庭の中心でただ燃え続けるキャンプファイヤーの火だけが、
 静かな二人の顔をぼんやりと照らしていた……」

アカネ「……捏造するな」


  *  *  *


まき「文化祭終わっちゃったね」

三花「今年も楽しく終えることが出来てなによりだよ〜」

まき「そうだねー。それにしても、今年の軽音部は凄かったよね」

アカネ「さわ子先生、劇の衣装だけじゃなくて、
 ライブに着るティーシャツも作ってたんだもん」

とし美「しかもお客さんの分も全部って……ずば抜けた熱意だね」

三花「そりゃ、軽音部三年生にとっては、最後の舞台だもん。
 顧問の先生も力入れちゃうって〜」

まき「……そういえば今の軽音部って、後輩は梓ちゃんだけなんだよね」

エリ「前に唯ちゃんが五人でも十分って言ってたけど、
 そっか……。来年は違うんだ……」

とし美「……私たちが気にしても、仕方ないこと。
 それに今の軽音部って実質、今の三年生が復活させた部活でしょ」

とし美「きっとあの四人だって、梓ちゃんに部活を立ち上がらせるための
 アドバイスの一つや二つ、してると思うんだ」

アカネ「アドバイスね……」



唯「見つけたよ〜、あっずにゃ〜ん!」

梓「ちょ、抱きつかないでくださいー!」

紬「火より熱々ね〜」

梓「なに言ってるんですか、ムギ先輩もー!」



アカネ「……してると思う?」

とし美「……してると、思ってたんだ」

まき「過去形……」


  *  *  *


まき「バレー部はその点、後輩に任せっぱなしで大丈夫そうだよねー」

アカネ「まきがいなくなって、力が半減しそうな子がいると思うけど?」

まき「そろそろ自立してもらわなくちゃいけないんだよ!」

アカネ(……自立で合ってるのかな?)

三花「おっ、噂をすれば」

後輩A「あ、先輩たちじゃないですか」

後輩B「見つけましたよ、まき先輩!」

まき「ちょうど良かった、もう私も卒業しちゃうんだから、
 そろそろ私から自立しぎゃあああ!!」

後輩B「わーしゃわしゃわしゃっ!」

まき「あわわわわ!」

アカネ(言い終わる前に撫で回されたか……)

後輩A「……あ、劇見ましたよ」

三花「おっ、どうだった〜?」

後輩A「衣装も凝ってましたし、演技も良かったです。ですが……」

後輩A「木の顔を出す必要はあるんですか?」

とし美「そこは突っ込まない方向で」


  *  *  *


後輩C「ロミオとジュリエットの出来事は、たった五日の間に起きたものなんですよ」

エリ「そうだったの!?」

アカネ「あんたも劇出てたでしょうが!」

後輩C「……それにしても衣装は本当に完成度高かったですね」

とし美「エリの衣装なんて、普段のイメージを覆すほどだったでしょ?」

後輩C「はい」

エリ「それはどういう意味かな?」

後輩A「三花先輩の衣装も可愛かったです」

三花「ありがとっ」

後輩A「あとロミオ役の人、軽音部の方ですか。あの人カッコいいですね」

三花「秋山澪ちゃんだよ。ロミオ役を決める投票でも圧倒的だったんだ〜」

とし美「アカネも三票を集める健闘ぶりだったんだけど……」

アカネ「その健闘ぶりはとし美たちが作ったものでしょ……」

後輩A「でも私、アカネ先輩のロミオも良いと思います」

アカネ「えっ」

後輩A「カッコいいですし、先輩」

とし美「うんうん、物分かりの良い後輩で助かるよ」

三花「因みに、私はジュリエット役で五票を集めたんだ〜!」

後輩A「誰が投票したのか手に取るようにわかりますね」

三花「ほほお、言うじゃん?」

後輩A「いえ、先輩のジュリエットも素敵だと思いますよ」

三花「……もっと言って!」

アカネ「落ち着きなさい」

とし美「……あれ、まきたちは?」


  *  *  *


まき「はーなーれーてー」

後輩B「いーやーでーすー」

まき「先輩命令だよ!」

後輩B「私の中で先輩は年下です!」

まき「超失礼だ!」

後輩B「それにいいじゃないですか。先輩もまんざらでもないんですし?」

まき「どっからその解釈を持ち込んだのかな」

後輩B「大丈夫です、誰にも言ってませんから」

まき「それ以前のお話なんだけどなー」


  *  *  *


後輩B「……ところで先輩」

まき「なに?」

後輩B「私は先輩のことが大好きです」

まき「知ってるよ」

後輩B「ですから、言葉にしてそれを伝えてきました」

まき「うん、何度も聞いた」

後輩B「しかし先輩からの言葉を聞いてません!」

まき「言うことがないだけなんだけどなー」

後輩B「今なら二人きりです……。
 先輩の素直な気持ちを、聞かせてください」

まき「だからー……」

後輩B「例え、先輩が私を嫌っていたとしても」

まき「……えっ?」

後輩B「私は先輩の言葉で、先輩の気持ちを聞きたいんです。
 ……お願いします」


  *  *  *


後輩B「……」

まき「……」

まき(……予想外の展開)

後輩B「ちょっと、私の話をさせてもらっていいですか?」

まき「いいよ」

後輩B「ありがとうございます」

後輩B「……私が初めてまき先輩を見たのは、仮入部期間のときでした。
 その時の先輩は体育館で、レシーブの練習をしていたと記憶しています」

まき「……」

後輩B「初めて先輩を見たとき、私の中に衝撃が走りました。
 だって私と同じように……」

後輩B「いえ、私以上に小柄な先輩が、
 華麗なまでの動きを見せていたんですから!」

後輩B「その時私は、なんて可愛くて、
 なのになんてカッコいい先輩がいるんだろうと思いました」

後輩B「……一目惚れ、しちゃったんですよ」

まき(……顔が真っ赤だ)

後輩B「それで私は、小柄な自分でもひたむきにボールを追えて、
 試合で要になることもできるバレーを部活に選びました」

後輩B「先輩は私がバレーを始めるきっかけだったんです」

まき(初めて聞いたよ、そんなこと……)

後輩B「ですから、そんな憧れの先輩が引退した時、
 私は先輩の務めるリベロになると心に決めていたんです」

まき(……ああ、そっか)

後輩B「これは決定事項です」

後輩B「先輩に一目惚れした、私の決定事項だったんです」

まき(この子を自立させようとする必要なんて、元々無かったんだ。
 私たちが引退した後のことを、ずっと前から考えていたんだからね)

まき(……むしろ気づかされたのは、私の方だよ)

後輩B「現に私は、先輩の引退したバレー部で、
 リベロとして活躍しています。
 その活躍ぶりも同学年の仲間と、後輩に認められるほどと自負しています」

後輩B「ですが、本当に認められたいのは……まき先輩、あなたなんです。
 ただ、これは私からの片思いであることも自覚しています」

後輩B「自覚しているからこそ、どこかで決着をつけるまでは、
 逃げ続けていようって。……そう思っていました」

後輩B「でももう、決着のときなんです」

まき(自覚……逃避……決着……。
 全部、私より先にしちゃってるんだからさー……)

後輩B「本来なら先輩が引退した当日に、聞くべきだったんでしょうけど。
 ちょっとそこは、私が臆病だったものでして……」

まき(ホントもう、この子は……)

後輩B「でも、もう逃げたりしません。ですから先輩。
 先輩から見て私は……。私は、どのような姿に映っているのでしょうか!」

まき「……」

後輩B「……」

まき(……私は先輩だ)

まき(ここまで先を行かれて、まだそれに甘んじるほど……愚かじゃないよ)

後輩B「まき先輩……?」

まき「どんな姿、かー……まずは可愛いって思うかなー」

まき「うん。とっても可愛くって、とっても頑張り屋で、私の……」

まき「……大切な後輩」

後輩B「……」

まき「しつこくつきまとわれて、ちょっと嫌な気もしたけど……。
 やっぱり私は、それもそれなりに楽しんでて……」

まき「……うん、認める。でも一度しか言わない。私は楽しかったよ」

まき「だからってわけじゃなくて、日々の姿とかも見た上なんだけどー……。
 今ならもう、この可愛い後輩に私の後を任せることが出来るって」

まき「……そう思ってるんだよ?」

後輩B「……」

まき「だから、そんな確信が持てるほどの後輩のことを私は……」

まき「……私は、大好きなんだよ」

後輩B「……」

まき「うん、大好き。それが私から見たー……」

後輩B「私ってことですか……?」

まき「……うん」

後輩B「嘘、ついてませんよね? 気を遣ったり、してないですよね?」

まき「うん」

後輩B「……」

まき「……」

後輩B「……う……!」

まき「う?」

後輩B「うおあああああ!!」

まき「なに!?」

後輩B「先輩!」

まき「は、はい!?」

後輩B「……私も、先輩のことが大好きですから!
 ずっとずっと、大好きですから!」

後輩B「だから先輩も、私のことずっと大好きでいてくださいねっ!!」

まき「……それはいいけど、声大きすぎ……ふふっ……」


  *  *  *


とし美「おっ、まきだ」

三花「どこ行ってたの?」

まき「……ちょっと散歩にねー。あれ、エリちゃんとアカネちゃんは?」

三花「ダンスに参加してるよ」

まき「ダンス? ダンスなんてやってたっけ?」

とし美「澪ちゃんのファンの子が、“ロミオとジュリエットでダンスをさせてください!”って、
 ファンクラブ会長で生徒会長の和ちゃんに嘆願してね」

まき「へー」

とし美「そう言われた和ちゃんも、文化祭だし良いかと思って、
 その案を採用しちゃったんだって」

とし美「でも二人だけを躍らせるのじゃなんだから、
 自由参加の舞踏会にしたみたい」

まき「あっ、ホントだ。火の回りでみんな踊ってるね」

三花「二人組で勝手に参加して、勝手に終えていいんだってさ〜」

とし美「というわけで私たちは、エリとアカネを送り出したってわけ」

三花「無理矢理だったけどね!」

まき「ふーん……」

とし美「にしても澪ちゃんとりっちゃんの周り、すごい人だかりだね」

三花「二人とも、素のままでも綺麗でお似合いだもん」

とし美「あ、美冬ちゃんとちかちゃんもいる」

三花「監督の美冬ちゃんも、ここでは出演する側ってわけだっ」

まき「……」

とし美「エリとアカネも最初は嫌そうだったのに、
 いざ踊り出したら楽しそうにしちゃって」

三花「やっぱあの二人もお似合いっしょ!」

まき「……あのさ」

三花「んっ?」

まき「ちょっと私、行くところがあるんだけどー」

とし美「誰か、踊りたい人がいるの?」

まき「うん」



まき「……こんな私にも、エスコートは出来るってわかったから!」



第十九話「桜高バレー部の手引」‐完‐


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最終更新:2014年04月06日 15:36