【第二十二話】


 ‐三年二組教室‐


エリ「アカネ、青春とはなんだと思う?」

アカネ「どうしたの唐突に」

エリ「私はこう結論付けたよ。
 青春とは、どんなこと相手でも笑って楽しく過ごせる、そんな瞬間なんだとね!」

アカネ「あ、こんなところに英単語帳が」

エリ「あー聞こえないー」

アカネ「どんなこと相手でも楽しく過ごすんじゃなかったの?」

エリ「青春に英語なんていらないんだ!」

アカネ「学生にはいるでしょ」

エリ「……ワー、ニホンゴムズカシネー」

アカネ「ついに母国語も不自由になったか……」


  *  *  *


エリ「それはさておき」

エリ「アカネはこの景色を見て、なにも思わないの?」

アカネ「まあ確かに綺麗な雪景色ではあるけど……?」

エリ「ところでアカネ、私たちはいま青春を生きてるよね」

アカネ「……なんとなく言わんとすることはわかった」 

エリ「さっすがアカネ! じゃあさっさと外に出るよ!」

アカネ「やだ」

エリ「ええっ!?」

アカネ「なんで驚かれなくちゃいけないの」

エリ「だって、話はわかったって……」

アカネ「それとこれとは話が別。なんでわざわざこのクソ寒い外に出なくちゃいけないのよ」

エリ「で、でも……」

アカネ「でもじゃない。私にだって、選択する権利はあるんだから」

エリ「あの三人を外に待たせちゃってるし」

アカネ「鬼か」

エリ「相手役の五人も外だし」

アカネ「鬼か!」


 ‐校庭‐


まき「鬼! 悪魔! 雪!」

エリ「だからごめんって〜」

とし美「最後のは罵倒なの?」

アカネ「ところでエリが相手役を用意してるって聞いたけど」

三花「あ、それならほらっ!」



唯「ムギちゃんはあったかいね〜」

紬「唯ちゃんがくっついてくれるおかげで、私もあったか〜い」

律「それに比べ澪は、心も体も冷たいよなー?」

澪「なんで心もなんだ!」

梓「なんで私も……。寒っ」



三花「いやー、探せば相手を務めてくれる人もいるもんだねー」

アカネ「ほんと、どこにでも苦労する側の人はいるもんだね」

梓(どうしてだろう、あの先輩から深い同情の念を感じる)


  *  *  *


律「範囲はこの学校の敷地全体! 当てられたら退場の、単純なサバイバルだ!」

エリ「おっけー!」

?「なになに、面白そうなことやってんじゃん」

律「お、夏香も参加するか?」

夏香「だってさ。どうする風子?」

風子「うん、面白そうだし私も参加したい!
 でもどうせなら、和ちゃんとお母さんも呼ぼうよ」

律「じゃ、それで七対七だな」

まき「……すごい今更だけど、お母さんって英子ちゃんだよね?」

とし美「まあ、確認したくなっちゃうよね」


  *  *  *


エリ「じゃあバレー部五人と夏香、風子チーム対」

律「軽音部と英子、和チーム……」



エリ・律「始めっ!」



和「……えっ、なに雪合戦させるために私呼ばれたの?」

澪「なんて今更なんだ、和……」

唯「和ちゃん、英子ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

英子「ええ。まずは雪玉のストックを作っておきましょう」

律(……こ、これは!)

紬(まるで……)

梓(母親が子供に、おむすびを握っている図……!?)

澪「……ママ」

律「ん?」

澪「な、なんでもない! なんでもないから!」


  *  *  *


夏香「向こうはおむすびのプロがいるからね……。
 雪玉の供給には困らないはずだよ」

エリ「そうだね……」

アカネ「……そうなの?」

三花「それなら供給元から倒せばいいんじゃないかな〜」

風子「そんな単純にはいかないと思うよ」

風子「向こうには和ちゃんという、とんでもない参謀がいるからね……」

まき「警戒するに越したことはないねー」

とし美「そもそも、供給元と接触できるかが問題なんじゃない。
 恐らく七人が固まって行動してはいないと思うし」

アカネ「分け方で考えられるのは三人と四人か、二人二人三人かだけど……」

とし美「で、相手が分かれているというなら、
 私たちもそのどちらかを選択した方が良いと思うけど、どうする?」

アカネ「二人二人三人にしよう。先手必勝、索敵重視の作戦で」

エリ「それじゃ私とアカネ、夏香と風子ちゃん、
 まきと三花ととし美で分かれよう」

夏香「うん。……いやしかし、なるほどー」

エリ「なに?」

夏香「さり気なくアカネちゃんと二人きりになるなんて、
 やっぱりエリちゃんはアカネちゃん大好きなんだなーって」

エリ「い、いやいや! そういうことじゃないから!」

三花「鋭い指摘、良いね!」

まき「この二人はバレー部公認なんだよー」

アカネ「バレー部である私は公認してないんだけど……」

まき「もー、照れちゃってー」

アカネ「照れてないし」

風子「え、まさか二人はできてるの?」

アカネ「ちょ、え……はっ!?」

とし美「あー、それなら早く二人きりにしてあげないとね」

アカネ「ちょっととし美も、何言ってんの!?」

三花「んじゃ、さっき言ったチームで散開!」

アカネ「ねえ違うからね、みんなー!?」

アカネ「……」

アカネ(……行っちゃった)

エリ「……」

アカネ(ちょっと気まずい……)

エリ「……ま、まあ気にすることはないよね」

アカネ「う、うん……まあ、そうね」

エリ「……」

エリ「……でも、アカネと二人でいたい気持ちがあったのは、間違いじゃないんだ」

アカネ「えっ?」

エリ「言われてた通りなんだよねー、あはは。狙ってやったチーム分けというか」

アカネ「エリ……」

エリ「あのさ、別に最後の冗談をマジにしたいとかそういうんじゃなくてさ。
 えーと、なんていうんだろ……」

アカネ「……」

アカネ「……青春?」

エリ「そう青春!」

エリ「一番、最後までずっと青春したい相手が多分というか絶対、アカネなんだよ」

アカネ「……普通は恋人じゃない、そういうのって」

エリ「嫌味か!!」

アカネ「ま、私も人のこと言えないけど。いいよ、エリ」

アカネ「多分私もエリと一緒で、ずっとずっと楽しんでいられるだろうし」

エリ「じゃあ私たち、両想いか」

アカネ「両想いだね。本当に付き合っちゃう?」

エリ「またまたー」

アカネ「ふふっ」

エリ「へへっ。なんかアカネとなら、ちゅーぐらいなら出来ちゃいそう」

アカネ「えー、なにそれ」

エリ「もう私、いい男の人が見つからなかったら、アカネに嫁入りするよ」

アカネ「私が婿なの?」

エリ「ううん、アカネも嫁!」

アカネ「そう来たか。でもね、私もいつ運命の人と出会うかわからないよ?」

エリ「その時はその時。私だって、アカネより早く見つけるかもしれないよ?」

アカネ「それはないかなー」

エリ「ひど!」

アカネ「ま、お互い幸せになれるよう、せいぜい努力しないとね」

エリ「……うんうん。ともかく今は、雪合戦に努力だ!」


  *  *  *


夏香「さっきは思い切ったね」

風子「面白いことになるかなと思ったけど、なったから良かった」

唯「面白いことってなに〜?」

風子「エリちゃんとアカネちゃんがね……」

夏香「風子、それは敵だ」

風子「えっ?」

唯「えっ?」

夏香「……唯ちゃん、私たちはバレー部チームだよ?」

唯「はっ! しまった!」

風子「本当だ、唯ちゃんは敵だよ!」

夏香(この子ら本当に大丈夫なのかな……)

風子「えいっ」

唯「ぎゃあ!」

夏香(そして唯ちゃん、言っちゃ悪いけど……の、ノロマすぎる!)

風子「ふう。危ないところだったね」

夏香「本当ヒヤヒヤさせられたよ」

風子「……あれ。でも唯ちゃん、単独行動なの?」

夏香「んっ? そういえば、どうして……」

夏香「って、まさか!?」

唯「うう……後は任せたよ……!」

風子「きゃっ!」

夏香「風子!」

夏香(後ろから雪玉!? くっ、唯ちゃんは囮だったってことなの?)

夏香「でも相手のいる方向さえわかってしまえば……」

?「甘いわね」

夏香「なっ!?」

夏香(また後ろから雪玉……!?)

夏香「ぎゃふん!」

和「……実際にぎゃふんと言った人は初めて見たわ」

夏香「そ、そんな……三人だったなんて……。不覚っ」

夏香(でもそれなら、他のチームに割いている人数は……)

和「……」

夏香(少な)

和「他に割いている人数が、少ないと思った?」

夏香「えっ?」


 「ぷるるるる……」


和「ちょうど来たみたいね……なるほど。了解、と」

夏香(メール……?)

和「……夏香。初めに言っておくわね」



和「“私はチームを七つに分けたわ”」



夏香「なっ!?」

和「だから他に割いている人数は、ここと同じ。ただ一人よ」

夏香「で、でもここには三人……!」

和「……本当にそうかしら?」

風子「夏香ちゃん。ここで倒れたままの唯ちゃんはともかく、
 私に雪玉を当てたはずの三人目の姿が見えないよ」

夏香(どうして唯ちゃんは倒れたままなんだろう……)

夏香(でも待てよ。三人目の姿が見えない、ということは移動したってこと。
 だとすれば、一体どこに?)

夏香「はっ! そうか!」

和「気付いたみたいね。
 そう、既に三人目は次なる標的に向かっているわ」

夏香「七人それぞれが連絡を取り合って、
 見つけた敵に向かうってスタイルを取っているんだね!?」

唯「せいかーい!」

風子「あっ、復活した」

唯「でもね、和ちゃんの考えた作戦はそれだけじゃないんだよ〜」

和「あんたは当たったんだから、余計なこと言わなくていいの」

唯「和ちゃんが雪よりも冷たい!」

夏香「和がルールを破るような作戦を考えるとは思わない……。
 だとすればルールに則ったもののはず……」

風子「……」

夏香(“範囲はこの学校の敷地全体! 当てられたら退場の、単純なサバイバルだ!”)

夏香(……これが唯一、りっちゃんの言ってたルール)

風子「わかったよ、夏香ちゃん。和ちゃんの第二の作戦が」

夏香「本当? 私も、察しはついたよ」

和「聞かせてもらおうかしら」

風子「こんなのズルイと思われるかもしれない。
 でも敷地内が範囲だとすれば、決してルール違反じゃない」

夏香「恐らく殆どの指示を出している人物は一人だ。
 そして、その一人の居場所は……」



風子・夏香「校舎の中だ!!」



唯「ななななななんのことかなー?」

和「……」

風子(唯ちゃんがいて助かった)

和「……でも、それがわかったところで、なにになるのかしら。
 私たちの情報伝達力、索敵能力はあなたたちを凌駕する」

和「あなたたち二人が気付いたとしても、
 それを仲間に伝えることが、果たして出来るかしら?」

唯(和ちゃんがすごく悪者だよ。そして何故か似合ってるよ)

風子「和ちゃん。その連絡手段が自分たちだけの特権だと、勘違いしていない?」

和「あなたの携帯ね。当然、どちらか一人は携帯を持っていても、
 おかしくないと予想は出来たわ」

和「でも、どちらにしても、もう手遅れよ。
 こうしている間にも、最低で一人はあなたのチームから脱落しているわ」

風子「……もしさっきのメールから間髪を入れず、だったらね」

和「まさか……風子!?」

風子「そのまさかだよ、和ちゃん。
 和ちゃんが携帯を取り出し、メールを確認した段階で……」

風子「私はバレー部五人全員にメールを送っていた!」

夏香「ええっ!?」

夏香(長い間喋らないと思っていたら……!)

風子「もちろん今の作戦を全部伝えられたわけじゃないよ。
 でも、断片的な情報は全部詰め込んだし、“逃げろ”というメッセージも加えた」

和「……」

風子「あとはバレー部次第。
 だけど、もしこのトリックを誰かが推理したとすれば……」


 「ぷるるるる……」


和「ま、まさか……!」

風子「……後は任せたよ、バレー部!」

夏香「えっと……」

夏香(……私たち、所詮ただの雪合戦やってるだけのはずなんだけどねー……?)


 ‐三年二組教室‐


澪「うぅ……冷たい……」

アカネ「風子ちゃんからのメールを見て、まさかと思ったけど」

エリ「校舎の三階に潜伏して、私たちを監視していたとはね」

アカネ「発見後は連絡して、そこに誰か複数人を向かわせる、と」

エリ「三花たち、大丈夫かな」

アカネ「さっきのメールを見て、逃げる判断をしていてくれればいいんだけど……」

澪「……」

アカネ「三人のところには四人を向かわせてるはずね。
 それがこの作戦の良いところだから」

エリ「というと?」

アカネ「相手の人数より確実に多く、人数を割けるということ」

エリ「ああ、そっか。それで相手を圧倒するんだ」

アカネ「でも、見て。四人と戦っているのは、まきととし美の二人だ」

エリ「三花は逃げることができたんだ!」

アカネ「そして反対側の窓から見えるのは……」

エリ「……単独行動している和ちゃん!」

澪「っ!?」

アカネ「いくよ、エリ。遅れないでね」

エリ「当然!」

エリ「……あっ、澪ちゃんは当たった人たちが集まる場所があるから、校舎から出てね」

澪「せ、せっかく寒さを逃れられたと思ったのにー……」

アカネ「ご愁傷さま。でもね、私たちも本気なんだよ」


 ‐校庭‐


律「澪がやられた!?」

梓「作戦が破られたってことですか!?」

律「そうらしいな……。こうなれば、ここでこの二人を逃がすわけにはいかない!」

とし美「ふふ、バレー部の鍛えられたこの脚に……」

まき「ティータイム部が追いつけると思うー?」

律「ぐっ、悔しいが言い返せない!」

梓「本当返す言葉もありません……」

紬「ダメよ二人とも、相手の思惑通りになったら!」

英子「でも確かにあの二人、なかなか雪玉が当たらないわね……」

律「バレーで鍛えられたってのは確からしいな!
 だけど、私たちだって真剣なんだ!」

梓「……待ってください。作戦が破られたということは……」

梓「一番危ないのは和先輩ということじゃないでしょうか!」

律「なっ!?」

英子「これであの二人が牽制程度の攻撃しかせず、
 逃げることに専念していた理由がわかったわ」

英子「あの二人はなんらかの連絡を受けて、時間稼ぎが最善だと判断したのね」

紬「バレー部チームの残り人数は五人。
 ここにいるのは二人だから、三人が和ちゃんを狙っていることになるわ」

律「さすがに三対一じゃ、分が悪すぎる……!」

まき「いくら逃げることに徹しているといっても、
 今の私たちは四対二だから逃げ切れているだけ」

まき「それが三対一だったら、もう諦めるしかないと思うよー」

とし美(もし見つけられたのがエリとアカネの二人だったら、
 四人も人が送られてくることはなかった……)

とし美(風は、私たちに吹いている!)

律「作戦変更だ! どちらか片方を狙うぞ!」

まき「とし美ちゃん。行って」

とし美「自分が犠牲になるってこと?」

まき「ううん。だって私、瞬発力には自信あるからねー」

とし美「……そっか。じゃ、任せたよ私たちの絶対リベロ、まき!」

紬「あ、とし美ちゃんが!」

英子「でも今は一人に狙いを絞るのが得策……」

律「……覚悟はいいか?」

まき「ふふん。どっからでもかかってきなよー」

まき(……これで五分五分になれる、ね)


  *  *  *


和「くっ」

エリ「よっし、当てたー!」

三花「ま、三人対一人ならこんなもんだよね〜」

とし美「あれ、もうこっちは終わった?」

三花「とし美! 無事だったんだ!」

アカネ「まきは?」

とし美「……」

アカネ「……そう」

和「なるほど。これでお互い、四人ずつ残ったということね」

三花「五分五分ってことじゃん!」

?「そういうわけだ」

エリ「……りっちゃん」

律「よう」

紬「……」

梓「……」

英子「……」

エリ「へえ。全員集合してるんだ」

アカネ「かつての作戦はどこへやらって感じね」

律「今更、策の講じ合いなんて無意味なことはしないな」

律「残ってるのは己の拳と、そこに掴まれた雪玉だけだろ?」

三花「ふふっ、上等じゃん。仲間たちの無念、晴らさせてもらうよ!」

律「それはこっちのセリフだ。なあ、みんな!」

紬・梓・英子「おおー!」

三花「気合十分。こっちも行くよ!」

エリ・アカネ・とし美「おおー!!」

律「いざ、尋常に……」

エリ「……始めっ!」


 「私たちの戦いはこれからだ!!」


  ・

  ・

  ・


 ‐音楽準備室‐


唯「うーん、澪ちゃんが淹れてくれたお茶も美味しいね!」

澪「そ、そうか?」

まき「うん! この寒さもふっとんじゃうよー」

風子「でもいいの? 私たちまでご馳走になっちゃって」

唯「昨日の敵は今日の友だからね〜」

風子「そっか、それならお言葉に甘えて」

夏香「いやー、昨日の雪合戦は白熱したねー」

澪「私も、校舎から見張ってただけだったけど、楽しかったよ」

澪「……楽しかった、んだけど」

まき「うん……」



澪「……まさか早く退場した人以外のみんなが風邪をひくなんて」

まき「うちのノリノリ馬鹿たちが、ご迷惑をおかけしました……」

澪「いえいえ、こちらこそ……」



第二十二話「桜高バレー部の宿敵」‐完‐


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最終更新:2014年04月06日 15:38