【第二十六話】


 ‐アカネの部屋‐


三花「それじゃまず、みんな卒業おめでと〜!」

まき「おめでとー!」

三花「皆、ちゃんと注いである? まだ誰も飲んでないね?」

エリ「オッケー」

三花「じゃ、かんぱーい!」

とし美「乾杯」

アカネ「……」

とし美「どうしたのアカネ?」

三花「飲めないなら、無理しないでいいんだよ?」

アカネ「そもそも飲もうとしてる時点でアレだと思うんだけど……」

アカネ「……いや、やっぱ私も飲むよ。ん、乾杯」


  *  *  *


まき「あー、赤甲羅! 今の誰!?」

とし美「誰だろうねえ。お先に失礼」

まき「絶対とし美ちゃんでしょ!」

とし美「悔しいなら反撃すればいいじゃない」

まき「うー……このアイテムボックス取って反撃に出るよー!」

まき「……よし、赤甲羅きたよー」

三花「その赤甲羅もらうね〜」

まき「このタイミングでテレサ!?」

三花「ついでに赤甲羅使うね〜」

まき「三花ちゃん、私のすぐ後ろの順位だったよねー!?」

とし美「ちなみにこのレースでビリになった人は買い出しだから」

三花「飲むものの補充と、つまめるものをお願いね〜」

エリ「あれ。だとしたら、まきに買い出しに行かせて大丈夫なの?」

とし美「あー……絶対二十歳未満に見られちゃうね、こりゃ」

まき「安心していいのかよくないのかわからないよ」

アカネ「怒っていいとは思うよ?」

まき「じゃあ私がビリになったら、アカネちゃんが付き添いね」

アカネ「えっ」

三花「それなら大丈夫だね〜」

アカネ「ちょっと、なんで私なの!?」

とし美「そうこう言ってるうちにエリがゴールしちゃってるよ?」

エリ「へへーん、一位だ!」

アカネ「あ、うん……」

三花「……あれれ、アカネが二位じゃん。いつの間にっ!」

アカネ「まあ私の家のゲームだし」

まき「……」

とし美「……私もゴールね」

三花「私もゴール!」

まき「って、いつの間にやら私ビリになってるよー……」

まき「じゃあアカネちゃん」

アカネ「なんで私が……」

まき「いいからいいから。ねっ?」

アカネ「はあ……」


 ‐外‐


まき「ふー……まだ寒いねー。三月だけど、夜は冷えるよー」

アカネ「それでなに。私を連れ出したのには理由があるんでしょ?」

まき「……その理由はアカネちゃんが一番知ってるんじゃないかなー」

アカネ「はあ……どうせエリのことでしょ」

まき「なにがあったの? なんか二人ともお互いを少し避けてるみたいで、いつもの二人じゃないよ?」

アカネ「別に。ちょっと人には言いにくい、複雑な事情がね。だからあんまり聞いてほしくないかな」

まき「無理に聞き出そうとなんかしないよー。嫌がることは絶対にしないから」

アカネ「そう。それなら、早く買い出し済ませちゃおっか」

まき「……とか言って、そう簡単に終わらせると思ってる?」

アカネ「えっ?」

まき「ここを通りたくば、私を倒すんだアカネちゃん!」

アカネ「まき、結局三年生になっても身長伸びなかったね」

まき「ぐぼぁ!」

アカネ「はい倒した」

まき「て、敵ながらあっぱれだよアカネちゃん……。
 でも私は負けない! アカネちゃんがエリちゃんと仲直りするまでは!」

アカネ「喧嘩してるわけじゃないんだけどな……」

まき「えっ、そうなの?」

アカネ「ん、まあ……これ以上は話さないけど」

まき「ふーん……じゃあ絶対二人で解決できるんだね?
 話さないってことは、その覚悟があるってことだよね?」

アカネ「……うん」

まき「それならいいよ。じゃあ買い物行こうかー」

アカネ「ああ、まきはどっちにしろ店に入らなくていいよ。まきは小さいから」

まき「……アカネちゃんのいじわる」


 ‐アカネの部屋‐


とし美「なんでもないことは無いでしょ」

エリ「本当になんでもないし」

とし美「だって二人ともおかしいよ? 話してる時もぎこちない、というか全然二人で話そうとしないし」

三花「卒業式前に、なにかとんでもないことやらかしたの〜?」

エリ「……まあやらかしたといえば、やらかした……かも」

とし美「じゃあなんでも無かった訳じゃなかったんだ」

エリ「いやだから何でも無かったわけじゃなくないんだって!」

三花「えっ、それってどっち?」

エリ「……どっちだろう」

とし美「言った本人でしょ!」

エリ(……あの日。私が不意に思いついたことを、考え無しに口走って……)


 ‐数日前・外‐


エリ「それじゃアカネ、一つだけ提案……というかお願いなんだけど」

エリ「私とキスしてくれない?」

アカネ「えっ」

アカネ「……はあっ!?」

エリ「……」

アカネ「……あ、あのさ。それ本気で言ってるの?」

エリ「わかんない」

アカネ「えっ?」

エリ「……私は、私の気持ちが整理つかなくて、なにを考えてるのかもさっぱり。
 でもあの日、ハワイで一緒のベッドに寝てた時ね、確かに私は幸せだった」

エリ「それだけはきちんと理解できてる……」

アカネ「……」

エリ「だからこの気持ちが一体どこへ向いているのか、私……確かめたいの……」

アカネ「エリは、あの時どういう気持ちで一緒に寝ていたの?」

エリ「えっ?」

アカネ「答えて」

エリ「えっと……ただ幸せだった。満たされていたと思う」

アカネ「……そうなんだ」

エリ「ごめん。気持ち悪かったよね」

アカネ「別にそんなことはないけど……。それじゃ、なに。
 私とキスすることで、その気持ちの正体が掴めるってわけ?」

エリ「うん……」

アカネ「つまり私とのキスは……単なる試金石なの?」

エリ「えっ?」

アカネ「私はエリの気持ちを知るために、キスしなくちゃいけないの?」

エリ「そ、そんな違う……!」

アカネ「わかってるよ。エリは考えなしに、色んなことしちゃう子だもんね。
 だから今回の“これ”も、結局は冗談で済ませば終わること」

エリ「冗談のつもりで言ったんじゃ……!」

アカネ「じゃあ私のキスは、エリにとってその程度のものなの!?」

エリ「ち、ちがうっ!」

アカネ「……じゃあなんなの」

エリ「……」

アカネ「ねえ。教えてよ」

エリ「……」

エリ「……さっきの発言は全面的に私が悪かった。ごめん」

エリ「だからいつもの冗談の一つってことで、受け取っておいて」

アカネ「……わかった」

エリ「……そ、それじゃ私はここで」

アカネ「うん」

エリ「また卒業式で、ね」

アカネ「うん……」


 ‐現在・お店‐


アカネ(自分で冗談にすればいいって……逃げ道を作っておいて)

アカネ(そこに誘導させたら、今度は自分が落ち込むんだもん。
 とことん救えないよね、私って)

アカネ(……謝らなくちゃ、いけないよね。でもなんて謝ればいいの?)

アカネ(キス……なんて、そんな……もう、どうすればいいのよ、ばか……。
 痛くて、痛くて、まともに顔見て話せる気がしないよ……!)

アカネ「……はあ……とりあえず早く買って帰ろう」


 ‐アカネの部屋‐


エリ(考え無しにあんなこと言っておいて……。
 アカネの気持ちもロクに考えずに……)

エリ(それで最後は冗談ってことにして逃げるとか、最低だよ私)

エリ(謝らなくちゃ、絶対に。それも早めに)

エリ(どうやって謝ろうか? 堂々とした方がいいよね)

エリ(でも内容が内容だからなあ……他の皆の前じゃ、ちょっと謝れないし……)

エリ「うーん……」

三花「エリ、なに悩んでるの?」

とし美「どうせアカネのことでしょ」

エリ(……多少力ずくにでも、皆には黙ってもらうしかないのかな)

三花「ま、話したくないことなんて私にもたくさんあるわけだ。
 ここは一つ、気分転換にアカネの部屋を漁ろうじゃないかっ」

とし美「後が怖いという意味では、最悪な気分転換ね」

三花「大丈夫大丈夫、床に転がってるものをちらっと見るだけだから〜」

とし美「まあその程度なら……いやいやダメだって」

三花「まあまあ〜……って、おや」

とし美「どうしたの?」

三花「京都のガイドブック見つけたんだけど……」

とし美「修学旅行に行ったからね」

三花「これ、修学旅行終わった後に出版されたやつだよ?」

エリ「あっ」

とし美「……なるほど。そういえばアカネ、修学旅行でひそひそと二人の京都旅行の話してたね。
 これは今後行くかもしれない旅行のためのものってわけだ」

エリ「……」

三花「二人っきりとは、なかなかアツアツな二人だねっ!」

エリ「やめて」

三花「照れんなって〜」

エリ「本当にやめて!!」

三花「えっ……」

エリ「……」

三花「ねえエリ、アカネとなにが……」

とし美「三花。話したくないことは誰にでもあるんでしょ」

三花「……そうだね」

エリ「ごめん。なんか空気悪くしちゃったね」

三花「いや、いいんだよ。そんな遠慮する仲でもないでしょ?」

エリ「……ありがと」

まき「ただいまー」

アカネ「ただいま」

とし美「二人ともおかえり。ずいぶん買ってきたね」

アカネ「つまめるものが中心かな」

三花「……よーし、じゃあ朝まで語り明かすよ〜!」

とし美「その前に。晩御飯はどうする?」

アカネ「それなら私が用意してる。もう食べちゃう?」

まき「食べたい!」

アカネ「ふふ、じゃあ行こうか」

エリ「……」

アカネ「……エリも、行こ?」

エリ「あ、うん」


 ‐リビング‐


アカネ「はい、お待たせ」

まき「鍋だー!」

まき「冷えた身体には最高のごちそうだよー」

アカネ「私にもちょうどよかったよ。それじゃ、いただきます」


 「いただきます!」


三花「よ〜し、まずはこのお肉から……」

エリ「あ、それ私が取る予定だったやつ!」

まき「鍋のある場所、サバイバルありと言われてるよねー」

とし美「他にも具材は一杯あるっていうのに……」

アカネ「そう、ゆっくり食べてていいんだよ。まだまだ具材はたくさんあるんだから」

エリ「ご飯のおかわりは?」

アカネ「……それもたくさんあるから安心して」

エリ「そんじゃ、早速ご飯を大盛りに——」

エリ「あ……やっぱりいいや。なんでもない」

アカネ「……そ、そう」

三花(こりゃ重症だな、二人とも……)

まき「……そういえばアカネちゃんって一人っ子なんだよねー」

アカネ「そうだけど、どうしたのいきなり」

まき「私がアカネちゃんに会った時の第一印象って、姉妹の中のしっかり長女って感じだったんだよー」

アカネ「えー、そう見える?」

とし美「しっかりしてるからね」

三花「とし美にお兄ちゃん、っていうのもわりと意外だったけどね〜」

とし美「あの兄貴のことは忘れてくれても構わない」

まき「サンタコスを彼女に着せようとしたお兄ちゃんのことだもん、今すぐ忘れたいよね」

とし美「その割にはしっかりと覚えててくれてありがとう、早く忘れてちょうだい」

三花「まきはもう間違いなく妹だよね」

まき「背丈だけで言ってない?」

三花「ううん、中身も含めてだよ〜」

まき「余計ショックだ!」

アカネ「まあほら、まきはバレー部のマスコットポジションだったから」

まき「今日のアカネちゃんは容赦ないねー」

アカネ「元々こんな感じだったでしょ、私たちって」

三花「いつもノーガードの殴り合いをしてる、それが私たちだねっ」

とし美「下手な運動部より過酷に聞こえるんだけど」

とし美「……でもまあ実際、下手な運動部よりは大変だったね」

三花「うんうん。だからずいぶんと上手くなったって、自分でもわかるし」

アカネ「それでもあの大会では賞状も貰えなかったんだから、上には上がいるもんだよねえ……」

とし美「でも二年生の時には貰ったよね」

まき「あっ、卒アルに載ってたやつだね!」

とし美「そうそう。今持ってる?」

まき「うん。これでしょ?」

エリ「……懐かしいなあ」

三花「一個上の先輩が引退した後の大会だったよね。
 初めて私たちが主役だった大会だから、皆して気持ち悪いぐらい楽しそうに笑っててさ」

とし美「でも先生の“卒アルに載せるかも”っていう言葉で、ちょっと顔をひきしめちゃったんだよね」

エリ「あの時は“変なぐらい笑ってる姿が載るのは嫌だ”って。今思うと勿体なかったよ」

三花「ねっ」

とし美「これはこれでいい写真だと思うよ」

三花「しかしエキゾチックさが足りない!」

とし美「異国情緒を求めてどうする」

まき「グローバル女子高生に……」

アカネ「それ軽音部じゃなかったっけ」

三花「……あっ、そういえばお風呂どうするの?」

アカネ「うちのに入ってもいいけど、近くに銭湯があるから、
 そこでもいいかなって思ってるけど」

まき「折角だから広いお風呂に入りたいなー」

アカネ「それじゃ食べ終わってから行ってみよっか」


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最終更新:2014年04月06日 15:46