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「……まだ待つのか?」

「待ぁつ!」……勢いよくそう言ったはいいものの、私にはなんのアテもなかった。

澪は早々に帰りたがっている。

自信のなさを悟られてはならない。隙を見せれば逃げられる。
逃げられるわけにはいかない。けいおん部を作るために!

「早く帰りたいんだけど」

「あと5分…あと5分だけ!」

「……それ、さっきも言ってたぞ」

私の5分は通常の10倍なんだ。

とにかくマズいぞ。なんとしないと…。

高校に入ったらけいおん部でバンドをやる。そう決めていた。

そのはずが、入部するつもりのけいおん部は廃部状態。

けいおん部なんてクラブ活動の花形のはず。なんで廃部になってるんだ…

「ジャズ研に入る人が多いらしいな」

そうなんだ。
近年同じ音楽系クラブでは圧倒的規模を誇るジャズ研究部。
音楽やバンドに興味を持つ子達はみんなそっちに流れていく。

「律もジャズ研に入ればいいだろ」

私はけいおん部がいいの!…なぜかって?そりゃ、今なら私が部長になれるからなっ!


しかし、思った以上に人が集まらない。

部成立の条件は部員を4人集めること。あと2人足らない。
文芸部に入ろうとした澪を無理矢理確保したけれど、なんだか今ひとつやる気がないんだ、こいつ。まあ逃がすわけないけど。

とにかく2人!あと2人!

「実はな、律。
 …昨日、文芸部の見学に行ってきたんだ」

「なんだソレ。聞いてないぞ」

「言ってないからな」

「裏切るのかぁ!…約束…約束、したじゃないかっ!」

「…いや、約束なんてしてないし。
 で。見学したら雰囲気もよくてだな…熱心に勧誘されたんだ。私も随分心が動いたよ。
 …なぁ律。バンドは別にクラブじゃなくてもできるじゃないか」

「……そりゃあ、そうだけど、さ・・・」

「律がバンドをやりたい気持ちも、部員勧誘をすっごく頑張ってるのもわかる。
 正直、人数が集まるなら、私も律といっしょにけいおん部やりたい」

澪…さすが私の幼馴染。泣かせるなぁ…。

「でも、だーれも来ないだろ。毎日ビラを配っても、毎日音楽室でこうして待っていても。
 人っ子一人来やしない」

      • その通りでごさいます。ぐぅの音もでねぇ・・・。

「今日を入れて4月もあと残り2日だぞ。さすがにもう…無理だよ。
 文芸部の入部期限も迫っているんだ。悪いけど、今日誰も来なかったら、私は文芸部に入る」

これ以上澪を付き合わせるわけにはいかない。
澪は精一杯頑張ってくれたんだ。私のワガママを聞いてくれたんだ。

「わかった。今日まで。今日誰も来なかったら、あきらめるよ」

…あきらめられる…のか?

「お、残すところあと1分だな」

「うえあっ!ちゃんとはかってたのか!?」

「まあな」

くそっ!きっちりしてる澪の性格が憎い。

…もう、無理か?無理なのか??

……あきらめる…あきらめる…あきらめ…る…あきら…め……られ………ねー!
無理!あきらめられねえ!

だって夢だったんだぞ!高校生になって、けいおん部に入って、澪と一緒にバンドやるって!

やっぱりけいおん部じゃなきゃだめだっ!私はけいおん部でバンドやりたいんだっ!

「あと30秒」

「あああああああ…」

無情にも時間は過ぎてゆく。

せめて1人でいい。今日は1人で!このまま誰も現れなければ、澪は文芸部に入ってしまう。
誰か1人だけでも現れて、けいおん部に興味を持ってくれさえすれば…

お願いだ!誰か来てくれ!この部屋の扉を叩いてくれ!

私は祈った。

神様!お願いします!どうか!どうか!

けいおん部に部員を!!お願いします!!!

そのとき、奇跡は起こった。神様っているんだよ、本当に。
いや、これは大げさな物言いじゃない。本物の奇跡だ。だって現れたのは……





本物の女神様だったのだから。


空高く、雲の上にもさわやかな風が吹いています。
花美しく咲き乱れ、小鳥の囀りも聞こえてきます。

穏やかな春の日。

誰か、私を呼ぶ声が聞こえました。

強い強い想い、願い。天まで届く祈りの力。

私は行かなくてはなりません。

「それじゃあ、いってきます♪」

「忘れ物はありませんか?」

「うん、大丈夫よ。何回も確認したから」

「気をつけてね、お姉ちゃん」

「うん、ありがとう菫」

菫が心配そうな顔で私を見つめています。

「お嬢様、何事も気を引き締めて…」

「斎藤、わかってるわ」

「ならばよいのですが。どうしても心配なものでして」

子供の頃から私の面倒を見続けてくれている斎藤。
彼にとって、私はもう一人の娘のような存在なのかもしれません。

「そんなに心配することでもないでしょ。
 下界に行くのだって初めてじゃないもの」

「いやいやお姉ちゃん…遊びに行くのと仕事は違うよ…」

「大丈夫大丈夫!下界のことはいっぱい勉強して詳しくなったもの!」

「お姉ちゃんの知識は偏ってるからなぁ…」

菫は私の下界に対して抱いているイメージを偏っていると言うけれど、私が読んだ下界について描かれた漫画や小説や映画やドラマは、みんな菫が教えてくれたものばかりじゃないの。

2人の心配をよそに、私はわくわくしていました。
だって、下界ってとっても楽しそうなんだもの!
ずっとずっと、この日が来るのを楽しみにしてたの!

「じゃあ、もう行くわね。初仕事から遅刻するわけにはいかないから」

「では、最後にもう一度だけ確認です」

斉藤はしつこい。心配してくれるのはわかるけど、私だってもう、大人よ。

「むやみに力を多用してはなりません」

耳にたこ。
何度同じ話を聞いたかしら…。普段の私は温厚な性格をしていると思うけれど、小うるさい斉藤の前でだけ、ちょっと無愛想な態度になってしまいます。

「聞いてますか?お嬢様。女神の力はとても強力なものです」

はいはい。聞いてます。

「時に、その力の強大さは世界のバランスを崩してしまいかねません。
 危険だと判断された場合、当局によって女神の力が制限される場合があります」

そんな話をいくら聞かされたって、新しい世界へ踏み出す胸のワクワクに比べれば大した意味をもちません。

「最悪の場合、力を剥奪されることもありえます。
 女神として、相応しい力の使い方を心がけてください」

そう、私は女神。私を必要とする人を助ける、救いの神。
心の底から助けを求め、私を呼ぶ人のもとにかけつけ、願いを叶える女神。

そしてこれが私の女神としての初仕事。
いったい、どんな人が私を呼んだのかしら?
その人のために何ができるかしら?

私は、女神としての初仕事に心を踊らせながら、背中の翼を大きく羽ばたかせ、下界に向かいました。


律には悪いけど、いつまでも未練たらしくしがみついているのはよくない。
けじめが肝心だ。

いいじゃないか。音楽は個人的に2人でやれれば。

あと10秒。
律は合わせた両手高く上げ、頭を下げて祈りだした。

神頼みか。困った時のナントヤラ、だな。

5、4、3、2…

「…残念だっt」

コンコン



私が律に声をかけようとした刹那、扉を叩く音がした。

「…」

「…」

「…今、誰かノックした?」

「…たぶん」

私たちは顔を合わせた。

ガチャ。

ゆっくりと扉が開かれる。

「こんにちわ♪」

現れたのは金髪碧眼、まるで人形のように美しい外国の少女だった。


「…あ、あの〜」

挨拶を返すことなく呆然として立ち尽くす私と澪。
そんな2人に対してどうしたらいいかわからず、来訪者は困ったような顔をした。

ハッとして我に返った。
現れたのは外国人?だ。しかし喋った言葉は日本語。
まさか本当に誰か来るなんて思っていなかった。

神様に私の祈りが届いたのか…?

この際、日本人か外国人かなんてどうだっていい。
とにかく入部させる!どんな手段を使っても!

「も、もしかしてけいおん部に興味があって来てくれたのっ!?」

「え?けいおん部…?」

ぐ!ち、ちがうのか…いや、あきらめるな。あきらめたらおしまいだ。

「けいおん部に入りませんかっ!」

私は金髪少女ににじり寄り、両方の二の腕を掴んで言った。

「オイ律!初対面の人にそんなことしたら失礼だろっ!」

澪が私をひっぺがす。

「…ごめんなさい。悪いヤツじゃないんだけど、ちょっと興奮してて…」

私に代わって謝る澪。

「い、いえ…大丈夫です」

「ごめん、いきなり…でもけいおん部どう?興味ない?」

「…けいおん部……ですか?」

「そう、けいおん部!」

「実は…私たちけいおん部に興味のある人を探してて…」

私に代わり、私たちが今ここで何をしていたか説明する澪。
うーん、説明うまいな。さすが澪。私じゃこうはいかない。

「なるほど〜」

うんうんと頷く金髪少女。

わかってくれたのかな?

少女はちょっと考えるようなポーズをとった後、私の方に向き直り、瞳をジッと見つめた。

たじろぐ私。

「あなた?」

「え?」

「私を呼んだのは、あなた?」

私は神様に祈った。
誰でもいいから入部してくれ、この部屋の扉をノックしてくれ、と。

でも特定の誰かを呼んだわけじゃない。

「…ちがうの?」

「いや…わたしだ!」

「おい!呼んでなんかいないだろ!いい加減なことを言うな!」

澪はそう言って怒るが、この際手段は選んでいられない。
私は断言した。

「私が呼んだんだ!お願い!けいおん部に入ってくださいッ!」

「…わかりました」

…え?

「それがあなたの願いですね?」

「あ、ああ…」

「私がけいおん部に入部すれば、あなたの願いは叶うのですか?」

「え、あ、いや…」

しどろもどろになりながら私は答えた。

「私の願いは…」

「あなたの願いは?」

「けいおん部をつくること…4人部員を集めてけいおん部を作って…
 バンドをやりたいッ!それが私の願いだッ!」

「……わかりました」

彼女はそう言ってにっこり微笑んだ。

「じゃあ、入部…してくれるってこと?」

「はい♪」

「…よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

私は感極まって大声で叫んだ。
こんな風に大声を出せば、いつもの澪なら怒りそうなものだけど、そのときばかりはそうじゃなかった。

澪は優しい表情で私の肩をぽんと叩いただけだった。


「あと1人。必要なのですね?」

「ああそうだ。しかも今月中に」

そう、猶予は1日。

「わかりました」

ニッコリと微笑むムギ。
…いや、笑顔は素敵だけど、事態の大変さを理解しているのだろうか?
1日、あと1日しかないんだぞ?

ここはMAXバーガー。桜高生御用達のファーストフード店だ。

ムギはやたらと楽しそうにしている。
聞けばファーストフードの店に来るのは初めてらしいけど…今時そんな女子高生がいるなんてな…

そんなことはいい。
残る1日の間に最後の1人を獲得しなければ、けいおん部は作れない。
そのためにどうしたいいのか、私たちは相談をしているのだ。

琴吹紬
先ほど音楽室を訪れ、入部してくれた子の名前。
ムギ、と言う呼び名は早々に律が名付けた。
リボンの色からすると私たちと同じ一年生みたいだけど…見覚えがない。

「…えっと、ところで琴吹さんは何組…なんですか?」

「『ムギ』でいいですよ、澪さん」

「あ、じゃ、えっと・・・ムギ…は、何組なの?」

勇気を振り絞ってあだ名で問いかけてみる。

「う〜んと、じゃあ律さんと澪さんと同じクラスってことにしますね」

「『じゃあ』ってなんだよ…クラス違うだろ。さすがにクラスメイトを忘れやしないよ」

そりゃそうだ。
お世辞にも律は頭がいいとは言えないが、クラスメイト、しかもムギのような金髪碧眼の目立つタイプのことを忘れるほどバカじゃない。

「はい、こちらをご覧ください」

訝る私と律に対し、ムギが一枚のプリントを渡した。クラス名簿だ。

「え?」
「…あ」

名前が…ある。『出席番号○○番 琴吹紬』。
私たちと…同じクラス。そんなバカな!?

「…なあ澪」

「なんだ?」

「…私がうっかり忘れてただけなのか…?」

「いや…」

さっきまで部員獲得に浮かれていた律が、額に冷や汗を流し、顔面を真っ白にして私に問いかけてくる。
目の前にいる人物、3人目のけいおん部員、琴吹紬という存在を理解しきれず、頭がパンクしそうになっているのだろう。

それは私も同じだった。

琴吹紬なんてクラスメイトは存在しない。
存在しなかった。
少なくとも今日の放課後までは。

でも彼女は目の前にいる。
存在している。
クラス名簿にもその名は記載されている。


私は夢を見ているのだろうか。

「あ、あのぅ…落ち着いてくださいお二人とも」

動揺を隠せない私たちに対し、ムギが口を開き、説明を始めた。

「お二人の記憶に間違いはありません。私は今日の放課後までこの学校にはいませんでした」

ん?てことは転校生?ああそうか。それなら納得だ。

「私は律さんに呼ばれて音楽室に来たんです。
 とても強い願い…祈りの心を感じて」

雲行きが怪しくなってきた。

「私がここに来たのは、私を呼んでくれた律さんの願いを叶えるためです。
 律さんの願いがけいおん部を作ることなのでしたら…そのために私はなんでもします」

なんでもって…なにする気だ。

「あの…」

律が使い慣れない丁寧語でムギに尋ねる。

「あなたは一体…何者なんです…か?」

「あれ?言ってませんでしたっけ?」

「うん、名前は聞いた…けど…」

名前とかそう言う問題じゃない。存在自体が怪しい…というか理解を超えているように思えてならないんだ。

「ごめんなさい。では改めて自己紹介しますね。
 私の名前は琴吹紬。天界からやってきました。女神です」



・・・・え?



「これが初仕事ですから、正確に言うと『女神見習い』ですけど…私を呼んでくれた律さんの願いを叶えるために天界から地上にやってきました♪」

一体何がどうなっているんだ。


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最終更新:2014年04月07日 22:58