12月25日、天下のクリスマス。
この日だけはクリスチャンでもない日本人もキリストの生誕を祝う。
ま、本来の目的で祝ってる奴なんて極少数だろうけど。

それは私こと、田井中律も例外ではない訳で、
恋人である中野梓とちっちゃなクリスマスケーキを買って祝う予定だった。

……だった。


「遅いな……」


梓が来ない。


『溜まってる残業を終えたらすぐに行きますから』


このメールが届いたのは、20:00頃の話。
壁の時計に目をやると、時刻は既に22:30を回ろうとしていた。


「どんだけ残業してんだよ、ブラックだなおい!」


近所迷惑も考えずにお腹に力を込めて叫ぶ。

うちの可愛い子猫ちゃんをこんな時間まで拘束しやがって。
梓の上司に文句の一つでも言ってやろうか。


そんなことを考えてる内に嫌な予感が頭をよぎる。
……もしかしたら、梓の身に何かあったんじゃないか?

実はとっくに残業は終えていて、
私と愛を語らおうとウキウキしながら走ったその帰り道で事故かなんかに……


「た、大変だ!」


急いで玄関へ駆け出し、滑り止めのついたスニーカーを履く。

履いてる途中でマフラーを持ってくるのを忘れたことに気付いたが、
そんなの今は気にしてられない。

なんたって愛する恋人の一大事なのだ。多分。


「待ってろ梓、今行くぞー!」


私は高らかに宣言し、勢いよくドアノブを捻った。


ゴン!

……?

何かがぶつかった音がする。

少しだけ開いたドアの隙間から外の様子を窺ってみると、
ドアの近くに誰かがうずくまっているのが見えた。

音の主は彼(彼女?)だろうか? 暗くて顔がよく見えない。


「どちらさん? ……というか大丈夫?」


余程ぶつけた所が痛かったのか、
そいつは「おおお……」と苦悶の声を漏らし、両手足をじたばたさせていた。

なんか悪いことしたなぁ。


「もしもーし、大丈夫ですかー?」


もう一度声を掛けてみるが返事は無い。

暫くの間どうしたものかと頭を掻いていたが、
暗さに目が慣れ始めたことでふとあることに気付く。

この長い黒髪どっかで……あっ。


「……みおしゃん?」


その言葉に反応したのか、そいつはピタリと動きを止めて私に顔を向ける。


「……こんなに思い切りドアを開ける奴があるか」


そういうとそいつは、秋山澪はすくっと立ち上がって私を睨んだ。


「やっぱり澪か。悪い、急いでたもんで」

「どこかに行くのか?」

「ちょっとな。澪こそ何しに来たんだ?」


澪はさっと目を伏せる。
澪がこうする時は何かあった時。

それでなくったって、こんな時間に来るんだ。
きっと深い事情があるんだろう。


「少し上がってくか?」


梓も心配だが、こんな澪を放ってもおけない。
私は澪に家に入るように促す。


「良いの?」

「良くないけど良いよ」

「……どっちだよ」

「いいから上がれ」


無理矢理澪の手を取り、玄関に上げる。
……手、すげー冷たいな。


「コーヒー飲む? 缶だけど」


澪をコタツの中に座らせ、飲み物を勧める。
まずは暖かくしないとな。


「別に気を遣わなくても良いのに」

「うるせー強がんな。超寒いくせに」


澪の頬にちょっと温めの缶コーヒーを当てながら軽口を叩く。
人の好意は素直に受け取っておけっての。


「……ありがと」

「いいってことよ。……っと」


携帯が鳴ってる。私のだ。


「失礼」


梓からのメール。内容はもう少し時間が掛かりそうというもの。

こんな時間まで働かせる梓の会社の仕事がどういうものかとても気になったが、
事故にあった訳でもないということが分かって安堵する。


「なぁ」


澪がおずおずと尋ねる。


「んー?」

「梓は居ないのか? 今日はクリスマスだろ?」

「一緒に過ごさないのか?」


うるへー。本当ならそうしてる所だっつの。


「お仕事で遅くなるんだと。何の仕事なんだか」

「なんでそんなこと聞くのさ」

「……いや、二人の邪魔したら悪いかなって」


この女は……。

気になるくらいなら、最初から夜中に来るなっての。


「別に構いませんよっと」

「澪こそ何があったんだよ、確か唯とまだ付き合ってるんだろ?」

「唯と一緒にクリスマス過ごさなくて良かったのか?」


「……」


また目を伏せた。喧嘩でもしたのか?


「……良いんだあんな馬鹿!」

「馬鹿?」


思わず聞き返す。

確かに唯は馬鹿というか、少し天然入ってるけど悪い奴ではない。
いったい何が澪の逆鱗に触れたのか。


「聞いてくれよ! 折角のクリスマスなのに唯は私とは過ごせないというんだ!」


もの凄い剣幕でテーブルを叩く澪。
ちょっとコーヒーこぼれたぞ。


「そりゃまたどうして」

「……今年のクリスマスは『家族だけ』で過ごすんだって」


家族とねぇ……欧米とかだとそれが普通なんだっけ。
むしろクリスマスに恋人達だけで過ごそうとする日本人の方が変なんだとか。

って、何の話してるんだ私。


「酷くないか!?」


何が。


「つまり唯は私を家族として見てくれて無かったんだ!」


だからテーブルを叩くな。
高かったんだぞこれ。


「クリスマスプレゼントだって用意してたのに……」


「ちなみにどんなの?」

「……ペアのネックレス。ここに来る途中で川に投げ捨てたけどな」


……それはエコじゃないな澪さん。


「二度と口利いてやるもんか」

「はは、別に唯も悪気があって言った訳じゃないと思うぞ」

「だとしてもだ」


コタツのテーブルにコツンとおでこをぶつける澪。
よっぽどショックだったみたいだな。

鎖骨見えてんぞー。てか、ブラチラしてるし。

……。

……。

……。

……ちょっとラッキーって思ってしまった。自己嫌悪。


何考えてるんだ私は、あの時すっぱり諦めたはずだろ?

澪のことを。


「……」

「律、聞いてるのか?」


澪の声にハッとする。心ここにあらずだったか。


「勿論聞いてるさ。で、何の話だっけ」

「おい!」


「ジョークだ」


少し引きつった顔で笑ってみる。
澪は訝しげに私を見てくるがなんとか誤魔化す。


「んで、それを私に話してどうしたいの」

「愚痴らせろ。ひたすら」

「ええー……」


それから澪の愚痴が暫く続いた。


……そろそろ一時間も経っただろうか。さすがに飽きた。

梓から連絡は無いし、なんだか小腹も空いて面倒くさい。


「あの時も唯は……」

「なぁ、この話まだ続くの……?」

「まだまだ言いたいことは沢山ある」

「勘弁してくれ」

「やだ」

「……じゃあ、お腹空いたから何か食べながら聞いて良い?」

「私も」

「え?」

「……私もお腹空いた」




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最終更新:2012年10月24日 23:43