─玄関─
かぱっ
澪「おお、あるじゃないか」
ムギの下駄箱には
時価2億円の宝石がちりばめられた気色悪いブーツが入っていた。
ならば校内にいる事は間違いないだろう。
いや……私へのフェイントで内履きで外に出た可能性もなくはないが。
あの女はそういう女だ。
私はなんとなく
幼なじみである律の下駄箱の取っ手に花くそをつけておいた。
玄関は寒いので長居は無用。
いったん、保健室に戻るが、ムギが戻ってきた気配は無い。
澪「どうするかな……
校内にいるなら、そのうち、この保健室に戻ってくると思うけれど」
本当に学校にいるという確証なんか実は無い。
こんな状況だ。
ひょっとしたら、今の私には想像もつかない理由で
外履きも履かずに学校から出ていった事も考えられる。
となれば、いつまでも保健室で待っていたところで……
それよりも、今すぐ学校を出て、ムギを探すべきなのか?
ムギが寝ていた布団はまだ暖かったのだから
そう遠くへは行ってないハズだ。
いや、落ち着け落ち着け。
もし仮に、ムギが自宅に向かっているのなら
追いかけても、あまり意味はない。
ムギに会って話を聞けば状況は整理出来るけど
そのあと私だけ学校に引き返すのか?
物音一つしない暗闇は、少しずつ私の余裕を奪っていく。
どうする……?
窓の外は真っ暗だが、雪は降っていないし、風も無さそうだ。
いっそ、私も家に帰ろうか?
熱も下がったようだし帰れない事もあるまい。
でも私みたいな華奢な美少女が暗い夜道を一人で歩いていたら
男なら誰だってレイプするに違いない。
えっちなのは、よくないと思うって誰だったかも言っていたしな…
澪「……部室に行ってみるか」
特にいい案が浮かんだワケでもないが
私は家に帰る考えをいったん保留して、部室に向かう事にした。
ルーティングとか言ったっけ。
いつも、やっている事を繰り返すことで
気持ちを落ち着かせる効果があるそうだ。
私はなんだか無性にベースを弾きたくなった。
かつん かつん
階段を登りきり、軽音部の部室前にやってきた。
ドアを開ければ、案外フツーに律たちがいたりして……
…などと淡い期待をして扉を開く。
が、中にはやっぱり誰もいない。
静かで暗い、いつもとちょっぴり違う、オトナの雰囲気の部室。
おっ、今のはなんだかカッコいい歌詞になりそうだぞ!!
私は興奮して机の上に登ってみたり降りたりしてみた。
机の上で、ちょっとだけジャンプもしてみた。
はははははっ。
澪「はっ」
そんなオチャメな私を見つめる視線を感じて
振り返ればヤツがいた。
㌧「コポポポ」
そういえば亀がいたんだったな……
今日は誰かエサをあげたのだろうか?
亀ってなんか気持ち悪いから苦手だが
メシ抜きの罰を受けるほど罪深い生き物でもないので
缶のフタを開けてエサをくれてやった。
うまそうに薄緑の変な玉を貪る亀を見ているうちに
自分も昨日から食べてない事に気付く。
喉も渇いてきたな……
私はメシ抜きの罰を受けるほど罪深い生き物だったようだ。
澪「ムーン・プリズム・パワー!!メイクアーップ!!」
私は水槽をバンバンッ!と平手で叩いてやった。
すると先程まで旨そうにメシを口にしていた亀が慌てふためいている。
いい気味だな~。
私は大好きなママに抱かれているような安らかな気分になった。
澪「ん?」
㌧「……」プカプカ
なんか亀がひっくり返って水面をぷかぷか浮いて微動だにしない。
澪「お、おいっ!しっかりしろっ!」
しかし亀はピクリとも動かない。
次の瞬間、私はダッシュで部室をあとにした。
澪「亀め……」
水槽を叩かれただけでショック死するとは、なんたる軟弱者か。
ペットとはいえ殺害したとなれば内申書に響くだろうからな。
死せる孔明、生ける仲達を走らすというが
あなどれぬ亀よ。
澪「くそっ…私はなんのために部室に行ったんだ」
でも、まあ、いいや。今は食べ物を入手する事が先決であろう。
澪「そういえばブヨンが『救助の人が食べ物を持ってきたー』とか言ってたっけ」
まだ残っているかは分からないが
私は食糧を探すべく校舎の中を歩き回ることにした。
~~~~~~~~~~~~
澪「あっ!あった!」
校内をぶらぶら歩いていると
二階にある集会用の大部屋に
救助隊の荷物がまとめられていた。
リュックサックを漁るとウィダーinゼリーが出てきたので
私はそれをチュウチュウと吸う。
レモン風味のゼリーの甘さが胃から全身に浸透していくようだ。
澪「はぁ~…五臓六腑に染み渡るなぁ」
さらにリュックを漁ってみると
ライターに固形燃料、レトルトカレーまで出てきちゃったではないか。
澪「よーし!」
私は集会室の窓を開け、ウンコとか叫ぼうと思ったら
雪の積もっている校庭でウンコをしている律が目に入った。
私は、そっと窓を閉めた。
律「……?」
澪「あっ」
窓を閉めたが律と目が合ってしまった。
律「澪…?」
律「おーいっ!澪ぉ~っ!!」
サイヤ人の尻尾のようなウンチを肛門からブラ下げて
立ち上がって手を降る律。
私は狂人と関わりあいたくないので
見えなかったし聞こえなかったフリをして窓から離れた。
律「おい澪ぁおおぉっ!?何ムシしてんだコルァァァッ!?」
凄まじい形相でサイヤ人尻尾ウンチョスをぶら下げたまま
下半身丸出しの律が校舎に向かって走り出す。
澪「きがくるっとる」
スナイパーライフルと殺人許可証さえあれば迷わず射殺したいところだが
どちらも無いので私はその場から、すぐに離れることにした。
私は二階、集会室を出て、いったん三階への階段に駆け上がる。
さあどうするどうする。
敵は飛び道具を持っている。
私の姿を確認するやいなや、律は迷わずウンコを投げつけてくるはずだ。
急所もクソも無い……
体の何処かに…、いや、衣服にカスった時点でアウトだ!!
どこへ隠れる?
トイレの個室はどうだ?
いや、あんな狭い場所で見つけられたら
もう逃げようがない!!
律「ミィオオオオォオォオオ」
澪「ひっ」
遠くの方から律のうなり声が聞こえてくる。
どうする!?もう、その辺の教室に飛び込むか!?
ガララッ
澪「だ、だめっ…」
戸の開く音が意外と大きく響いてしまった。
律「ミィィィィィ」
だ、駄目だ。
律との距離が縮まってきた。
律の姿は見えないが、音は聞かれただろう。
今、この教室に入っても、戸を開けた音のせいで
目星がつけられてしまう。
ここらの教室を手当たり次第に探されたら
そこで試合終了ですよ!
私は安西先生に感謝しながら再び走り始めた。
ガララッ
ガララッ
ガララッ
走りながら、そこら中の部屋の戸を開けまくる。
多少、時間をロスするが
こうしておけば、私がどの部屋に入ったか、目星はつけにくいハズ。
短距離走では律に叶わないが
スタミナのいる長距離走なら私が上なのだ。
時間をかければかけるほど、律の勢いは削がれ
ヤツもウンコをぶつけようなどという気も失せるだろう。
回り道をしながら二階に戻ってきた私は
校長室になるべく音を立てずに侵入し
応接ソファーを傾け、底をチェックする。
ソファーの底の部分は布貼りだ。
そこをカッターで手際よく切り裂くと、ソファーの中の空洞部分が露わになった。
私は切り裂いた布を回収し、ソファーの中の空洞部分に
まんまと身を潜めた。
ガララッ
律「ハァ…ハァ…」
私がソファーの中に身を潜めて10分くらい経過した頃
ようやく律が校長室に姿を現した。
狙い通り、あちこち探し回っていたらしく
相当、息があがっているようだった。
ソファーには小さな切り込みが入っていて
中から律のさらに詳しい様子を伺う事ができた。
ガチャガチャ……
ガラッ
ガララッ…
下半身丸出しで
校長室の中の戸棚やロッカーを調べまくる律。
だが、まさか私が目の前にある応接ソファーの中にいるとは思うまい。
律にとってソファーはソファーであり
そういう道具、家具以外の何ものでもないのだ……!
ベッドの下なら「エロ本を隠す」という発想から
「人間が隠れている」という考えも浮かぶかも知れないが
ソファーの底をくりぬいて隠れているなどと
頭の悪い律に思い浮かぶワケがない。
澪「あははっ」
私は可笑しかったので笑っちゃった☆
律「なにしてんだお前」
そしたら見つかっちゃった★
律「澪……なんで逃げ出したりしたんだよ」
律「心配してたんだぞっ」
澪「り、律…」
てっきり排泄物を投げつけて来るかと恐れていたが
目にうっすら涙を滲ませている幼なじみの顔を見て
疑って悪いことをした、と素直に反省した。
反省すると同時に安心し、安心すると同時に冷静になり
冷静になると同時に色々と聞きたい事が頭の中から溢れでる。
いったん帰った律が何故ここにいるのか?
唯や梓、和は?
ムギが何処へ行ったか分からないか?
学校に何故誰もいないのか?
今が一体どういう状況なのか?
澪「ふぉぉ…」
律「ん…、どうした?」
浮かんだ言葉は沢山あったが、これだけは一番最初に言っておきたい……
そんな言葉が自然と私の唇から紡ぎ出された。
澪「律……」
澪「まずパンツを上げろ」
律「えっ…?」
澪「えっ、じゃないよ」
澪「お前はいつまで威風堂々と下半身を露出している気なんだ?」
澪「キミは神話に出てくる悩ましげな神サマなのかい?」
律「み、澪。お前は何をおかしな事を言っているんだ……」
澪「律の頭ほど、おかしな事をほざいたつもりは無いよ」
律「けど、まだお尻を拭いてないのにパンツを履けるワケないだろ!?」
澪「なら今すぐ拭け、この場で、無言で、滞りなく、だ」
律「し、しかし…」
澪「一体、何が不満なんだよ!?」
律「友達の眼の前で乙女が肛門をえぐれるかよ」
澪「『肛門えぐる』とかいう露出狂が乙女なもんかッ!?」
律「じゃあオーケー分かった、こうしよう」
律「澪が拭いてくれ」
澪「いいか、もう一度は言わないぞ」
澪「今すぐケツの穴を
キレイ好きの豚が遠方からワザワザ舐めにくるくらい
ピカピカに磨け」
澪「この場で、無言で、滞りなく、自らの手で、だ」
澪「終えたら速やかに健やかに窓からサッサと飛び降りろ」
律「え~っ」
何故かパンツを履くことに強い抵抗を示していた律の背中を2回、パンチして
無理やり言うことを聞かせたあと
私達は先程の集会室に戻った。
途中、用務員室で見つけた石油ストーブも持ち込み
体を暖めつつ、救助隊員が持ってきたレトルトカレーを温める。
澪「なあ律よ」
律「ん~?」
澪「色々聞きたい事があるんだけど……」
澪「まず今、何がどうなっているんだ?」
律「えぇ?そりゃあ……うーん、何から話せばいいんだ?」
澪「私はお前たちが出てって30分と経たずに眠ってしまったんだ」
澪「で、さっき目を覚ましたら
もう学校には誰もいないし、ムギもいなくなってるしで
ワケが分かんなくて…」
律「ん…?」
澪「どうしたんだ?」
律「お、お前、アタシたちが出てったあとに寝て
今、目を覚ましたばっかなワケ?」
澪「そうだよ」
澪「まあ、でも起きてから、もう二時間は経ったかな」
律「マジか…」
澪「なにが?」
律「いやいや…途中で目を覚ましたりしたんだろ?」
澪「してないって」
澪「ムギからもらった風邪薬を飲んでバタンキューさ」
律「て事は、お前……」
律「50時間くらい寝てたって事になるな」
澪「は……?」
律「だからさ、ムギが、お前に薬を渡したのって一昨日なんだよ」
澪「え、おと、え、なんで?なに?えっ?」
律「ていうか、あの後、アタシらは一度、学校に戻ってきたんだ」
律「保健室でグースカ寝てる澪もちゃんと見てたんだぞ」
澪「え、待て待て」
澪「私、2日間も寝てたの!?」
律「だから、そう言ってんだろ?」
8時間でも寝過ぎだと思っていたのに50時間って……
……安眠過ぎるだろ、私。
最終更新:2014年04月19日 21:56