第六章《死の女王》
2022年10月21日午前11時36分。
東京の新名所である高層ビル“グラスタワー”は、平日であるにもかかわらず多くの人で
賑わいを見せていた。
天に向かってそびえ立つ138階建ての塔は、全面のガラスが太陽の光を輝かせ、まるで現代
美術を象徴するかのような美しさをまとっている。
そして、その一階。多くのテナント・ショップが軒を連ね、若者や家族連れが通路を行き交う中、
メモを片手に重い足取りで歩く
平沢憂の姿があった。
憂「ええっと、エレベーターはどっちかなぁ……」
年齢的にも、性格的にも、現在の心境的にも、流行の場所へ赴く事には向いていない。
そう自覚している。
しかし、絶えず自分の身を案じる人物が厚意で誘ってくれて、今後の援助さえも申し出て
くれているのだ。真面目で律儀な性格の憂でなくとも、自宅に引きこもっている訳には
いかないだろう。
たとえ、胸の悪くなるような人の多さでも。たとえ、頭上の案内表示が更にややこしさを
増すような複雑な建物の造りでも。
憂「もう、わかんないや…… お姉ちゃんや純ちゃんがいてくれたらなぁ…… 梓ちゃんとは
全然連絡が取れないし…… ぐすっ……」ポロッ
遂には立ち尽くし、涙をこぼし始めた憂。そんな彼女に後方から歩み寄る者がいた。
?「どうしたの? 迷っちゃった?」
憂が振り向くと、長身かつ精悍な顔つきの男が白い歯を見せて笑っていた。
憂「あ、はい…… エレベーターで110階の“カフェ・ムジョルニア”っていうところに
行きたいんです……」
?「ああ、簡単簡単。ここをずっとずぅーっとまっすぐ行ってさ、右に折れりゃエレベーター
乗り場があるから。あとは110階に着いたら目の前だよ」
憂「ありがとうございます! 助かりました! あの、本当にありがとうございます……!」
?「いやいや、そんな大した事してないから。じゃあ、気をつけてね」
ペコペコと何度も頭を下げる憂であったが、男は既に背中を向けてその場を離れつつあった。
見れば、連れと思わしき中年男性と談笑しながら、フロアの奥へと歩いていく。
憂にはそのどちらにも微かに見覚えがあった。
憂「あれ……? 今の人って、もしかして“LUV”の小椎尾学さんじゃ…… それに、一緒に
いた人は、確か澪さんのプロデューサーさん……? 芸能人さんや業界人さんが普通に
歩いてるなんて、やっぱりグラスタワーってすごいところなんだなぁ……」
110階のエレベーターが、チンとベルを鳴らして開かれた。
憂は教えられた通りの道筋をたどり、ようやく目的の場所へと到達していた。
だが、今度は店の絢爛豪華な造りと雰囲気に圧倒されている。
いつまでも店の前でグズグズしている憂を見かね、案内係のギャルソンが声を掛けた。
ギャルソン「カフェ・ムジョルニアへようこそ。お客様、本日のご予約はございますか?」
憂「え? あ、は、はい……! 平沢憂なんですけど…… 12時に……」
ギャルソン「少々お待ちくださいませ。……ああ、はい。確認致しました。こちらへどうぞ」
店内は北欧風の上品な雰囲気であり、客もまたそれに見合う上品さで喫食や会話を楽しんでいる。
憂はオドオドとギャルソンの後ろを歩いていたが、そのうち席に座ろうとしていた客の一人に
ぶつかってしまった。
憂「あっ! す、すみません!」ペコペコ
老齢と思しき男性客は言葉を発さず、憂をジロリと一瞥すると、そのまま何事も無かったかの
ように席に着いた。
テーブルには、彼と同年代の男性客が他に二人座っていた。
男1「――失敬。待たせたかな」
男2「いや、私達も今来たところだ」
男1「しかし、こんな店に役員を三人も呼び出すとは、会長は何をお考えなのかな。我々も
暇ではないというのに」
男2「……」
男3「……」
男1「どうしたのかね」
男3「……まさかとは思うんだが、我々のやっている事が会長に知れてしまったのでは?」
男1「おい、場所を考えろ。軽々しく口に出来る話題じゃないぞ」
男3「し、しかし……」
男2「実は、私も一番初めにそれが思い浮かんだ。連絡を受けた時にね」
男1「やれやれ…… いいか。仮に、あの事を問い詰めるのが目的だとしたら、わざわざこんな
場所を選ぶと思うか? 普通は会長室に呼びつけるだろう。それにだ……」
男3「そ、それに?」
男1「我々は先代の下、琴吹グループをここまでの大企業にした功労者だぞ。いくら会長といえど、
簡単に我々をどうにか出来る訳が無い。アイドル上がりの小娘にこれ以上好き勝手されて
たまるものか」
男3「そ、そうだな。その通りだ」
男2「だといいのだが……」
男1「とにかく、この話はこれで終わりだ。あまり聞かれたくない連中も来ているしな」
男3「えっ?」
男1「君の三つ後ろのテーブルに警察関係者が二人いる。以前、便宜を図ってやった刑事だ――」
刑事2「――なあ、本当に来るのか?」
刑事1「大丈夫だって。今まで何度も使ってるチクリ屋なんだ。信頼度は俺が保証するよ」
刑事2「お前の保証なんか当てになるか。今はどれだけ用心しても足りないんだ。おとといの
襲撃の件もあるしな」
刑事1「ああ、ありゃひどかったな。あいつ、脳挫傷でまだ意識不明だぜ。おまけに両手の
指を全部折られて……」
刑事2「一体、どこのどいつだ。警察を舐めくさりやがって……!」
刑事1「それにしても、このお上品な雰囲気は何とかならんかな。俺達、浮きまくってるぞ」
刑事2「下らん事を気にするな。浮いてんのは俺達だけじゃない。見てみろよ、あっちの席」
刑事1「ん? ああ、あれ、いつものうっとうしいブン屋じゃないか」
刑事2「何を嗅ぎ回ってんだかな……――」
ルポライター「――んで、鈴木の奴が盗聴されてたってのは確かなんだろうな」
編集者「確かっていうか、電話の感じが盗聴されてるっぽかったんで…… あ、あの、やっぱ
鈴木さんが死んじゃったのと何か関係あるんですかね?」
ルポライター「大ありどころか、鈴木は殺されたと睨んでるぜ、俺は。第一、俺から見りゃ
鈴木に自殺する理由なんてねえんだ。遺書も取ってつけたような事しか書いて
なかったしな」
編集者「こ、殺された……? 俺、鈴木さんに、ヤバい事件に首突っ込んでんじゃないか、
って冗談言っちゃいましたけど、まさかマジで……」
ルポライター「当たらずしも遠からず、ってトコだな。ここ最近、くせえ事ばかりだからよ」
編集者「と言うと?」
ルポライター「10月7日の事だ。鈴木と電話で話したんだが、そん時にあいつが言ってたんだ。
『そういえば今日、
平沢唯さんに自伝出版の協力を頼まれちゃったんです~』
なんてな」
編集者「盗聴される前日ですね」
ルポライター「それからすぐに平沢唯は殺され、その犯人が今度は
琴吹紬を狙ったが、
あえなく逮捕。と思いきや、犯人は素性を隠されたまま、留置所で自殺。
鈴木も犯人逮捕と前後して自殺と来たもんだ」
編集者「うわあ……」
ルポライター「断言するぜ。こりゃ絶対に何か裏がある」
編集者「俺、怖くなってきましたよ…… もう帰ろうかな……」
ルポライター「まあ、待てよ。せっかく人がこんなお高い店でおごってやってんだ。もう少し
話聞かせろや」
編集者「そんな…… ん? そういえば、どうしてこんな小洒落たカフェにしたんですか?
ウチの編集部が入ってるビルの喫茶店でいいじゃないですか。近いんだし」
ルポライター「ああ、もうひとつの仕事のついでだよ。今日、ここに来るって情報があってな」
編集者「仕事? 来る?」
ルポライター「おうよ。……お、噂をすれば何とやらだ。おいでなすった」
編集者「へ?」
ルポライター「今、入ってきた二人連れ。衆院議員の真鍋と、その奥方だよ」
編集者「ああ、なるほど」
ルポライター「反米親中派の若き旗手だ。いい取材が出来そうだぜ。ええ? おい――」
眼を光らせるルポライターからやや離れた、窓に近い眺めの良い席。背中を丸くして紅茶を
啜る憂に、大人の女性を感じさせる低音の声が掛けられた。
和「あら、憂じゃない」
憂「あ、和ちゃん……」
振り返った憂のそばには、微笑を湛えた和がいた。隣に立つ彼女の夫が軽く会釈をする。
憂は慌てて立ち上がった。
憂「こ、こんにちは」
和「こんなところで会うなんて奇遇ね。どうしたの?」
憂「紬さんと待ち合わせなの。これからの事について相談に乗るから、って。和ちゃんは?」
和「ムギがね、このグラスタワーのパーティホールで、主人の政治資金集めのパーティを
開いてくれるから、その下見に来たの。さっきまで他の先生方も一緒だったんだけど、
他のお店に行かれてね」
憂「旦那さん、国会議員さんだもんね。やっぱり大変なんだ……」
和「でも、ムギには本当に色々と助けてもらっているのよ。唯の言っていた通り、友達思いの
優しいところは変わらないのね」
憂「うん…… 紬さん、私の事もすごく心配してくれて……」
和「あ、そうだわ。もし迷惑じゃなかったら、私達も一緒にここで待たせてもらっていいかしら。
憂の事も含めて、改めてお礼が言いたいから」
憂「う、うん。私は全然大丈夫……」
上品で高級感漂うカフェ。同席の夫妻は国会議員と弁護士。
我が身を鑑み、何がしかをチラリとでも考えぬ訳ではなかったが、無下に断るのもはばかられる。
そして、ギャルソンに事情を説明して席を用意してもらった辺りで、不意に他の客達から
ざわめきが上がりだした。
和「何かしら……」
憂「どうしたんだろうね?」
時は僅かに進み――
2022年10月21日午後12時05分。
とある別荘地。海沿いの大きなリゾートハウスの前。
律と梓の乗る赤のミニクーパーが静かに停車した。
フロントガラスの向こうでひっそりと佇むリゾートハウスを、サングラス越しに睨みつける律。
その隣では、梓が緊張の面持ちを隠しきれずにいた。
最早、懐かしさや感傷が入り込む隙など微塵もありはしない。
律「道に迷ったせいで思ったより時間が掛かったな。さあ、行くか」
梓「……」
掛けられた声には答えず、梓はまるでクリスチャンのように、俯き加減に両手を合わせて、
眼を閉じている。
その様子を見た律は不快そうに眉をひそめた。
律「『あぁ、カミサマお願い』ってか。よせよ、そんな――」
梓「助けはいらないから、せめて邪魔だけはしないでください……」
律の声を遮り、梓が顔を上げた。
梓「そう神様にお願いしていたんです」
恐怖と緊張に強張る顔が律の方へ向けられる。
まさにその通りだった。糞垂れな神様の助けの下に調査は進展し、ご覧の有様だ。
律「だな……」
虚しい薄笑いを浮かべる律が車のドアを開け、梓がそれに続いて外へ出る。
律から投げ渡されたリモコンキーが、梓の掌に着地した、その時。
英国車特有のエンジン音が後方から響き渡った。
振り返った二人の方へ、一台の黒いジャガーXJが近づきつつある。
間も無く、ミニクーパーから少し離れた場所にジャガーが停車した。
二人が驚きに顔を見合わせる暇もあればこそ、漆黒のロングヘアを風になびかせながら、
やはりこの地に因縁のある人物が車中から降りてきた。
梓「澪先輩!」
澪「律、梓……? お前達もムギに呼ばれたのか?」
澪は眼を丸くしている。その表情は“予想だにしていなかった”という心中を雄弁に語っていた。
梓「いえ、それが――」タタッ
律「行くな梓! 澪、お前もそれ以上、こっちに近づくな……!」
歩み寄ろうとした梓を制止した律は、警戒と猜疑の眼差しを澪へ向ける。それはかつての
親友を見る眼ではなかった。氷のような、青白い炎のような、人間の負をすべて凝縮させたか
のような眼だ。
澪「なっ……! 何だよ! その言い方は!」
律「ムギに呼ばれた? 奴と大事なご相談か? 唯や鈴木を殺した時みたいに」
澪「はあ!? 何、ワケわかんない事を言ってるんだ! 本当に頭がおかしくなったのか!?」
澪の表情が、驚きから怒りへとシフトしていく。
それと同時に、梓の中で僅かに芽生えた喜びも、警戒心に駆逐されていった。
しかし、それでも尚、梓は澪を信じたかった。“敵”が増えてほしくなかった。
梓「黒幕は、ムギ先輩です……! 唯先輩や純が殺されたのも、ムギ先輩が襲われたのも、
その犯人が死んだのも、全部ムギ先輩の差し金だったんです!」
澪「梓、お前までそんな事…… どうしちゃったんだよ……」
律はここまでの澪の表情、口調、動作を細微に観察していた。
狂気の精神のみが、燃え盛る憎悪と氷の如き冷静さの同居を可能とするのだ。
そして、その観察、分析の結果がひとつの行動を実行させた。
律「ムギのパソコンに入っていたものだ。読んでみろ」
澪の足元にクリップで留められた書類の束が投げつけられた。
不愉快極まるという顔でそれを拾い上げる澪。
しかし、一枚二枚と書類を読み進めるにつれ、その顔は徐々に驚愕へと歪んでいった。
澪「そ、そんな…… ムギが…… どうして……」
もう充分だった。
澪の反応を見届けると、律はリゾートハウスへ向きを変え、歩みを進める。
律「行くぞ、梓」
梓「は、はい!」
二人が屋敷へと向かう背後で、澪が書類の束に見入っている。
表情は既に驚愕から失意に変わっており、少しの悲しみを含んだ視線が一枚の盗撮画像に
落とされていた。
そこには唯の姿があった。こちらに背を向けるように座っている憂にしがみつき、泣き喚く
唯の姿が。
澪「唯……」
まるでうめくように一言呟くと、澪は書類を丸め、律と梓の後を追った。
リゾートハウスの中は沈黙と静寂が支配していた。
どこを見渡しても、どこを覗き込んでも、人っ子一人見当たらない。ムギ本人の姿も、雇われて
いるであろう使用人の姿も。
三人は頭蓋の片隅に残る記憶を頼りに、リゾートハウスの内部を探索する。
律「ん……?」
ふと、律の耳が聴きつけたのは、カチャカチャと食器の鳴る音。
その音を頼りに三人は廊下を進み、やがて広い食堂へとたどり着いた。
途端に三人の総毛は逆立ち、心拍数が急上昇を始める。
いた。
紬だ。
そこには紬の姿があった。
大きな長方形のダイニングテーブルの上座に座り、ベーグルを口に運び、コーヒーをすすっている。
大企業の代表が食べるにしてはひどく庶民的な食事内容だが、それ以上に奇異を感じさせたのは
紬が身にまとっていた服だった。
緑の布地に赤の帯。高校二年の学園祭ライブ。そのステージ衣装だった防寒仕様のミニ浴衣だ。
紬は三人の来訪に気づくと、食べる手を休め、にこやかに笑った。
紬「いらっしゃい、澪ちゃん」
紬の視線が、澪から律と梓へ移る。その際、彼女の口角が僅かに歪んだ。意識したものか、
そうでないのか。
紬「やっぱり来たわね、りっちゃん、梓ちゃん。澪ちゃんを呼んでおいて良かったわ」
手がコーヒーカップに伸び、再びコーヒーが啜られる。
紬「そうだわ。三人共、一緒に昼食はどう? クリームチーズ・ベーグルと甘さ控えめの
レモン入りカフェラテ。美味しいわよ」
中年と呼んでも差し支えない三十路過ぎの女性。それが高校時代に使用した、可愛らしい
ステージ衣装を着ている。
本来ならば嘲笑を浴びせられるレベルの滑稽さではあるのだが、何故か梓には正体不明の
恐怖しか感じられない。
梓「ムギ先輩…… ど、どうしたんですか、その恰好……」
紬「懐かしいでしょ? まだまだ着られるかと思ったんだけど、やっぱりお直しが必要だったわ。
特にウェスト周り――」
律「ムギ……!」
紬の言葉が終わるのを待たず、律が一歩を踏み出す。
そして、次の一歩は紬へ突進する為の、踏み込みの一歩となった。
対する紬はテーブル・ナプキンで口元を拭うと、優雅に椅子から腰を上げる。
律「ムギぃいいいいいいいいいい!!」ダダダダダッ
雄叫びと共に紬に突進し、殴り掛かる律。
だが、唸りを上げる拳は、宙空でいとも容易く紬の掌に掴み取られた。
それだけではない。律の拳がメキメキと音を立てて、紬の掌に握り潰されようとしている。
律「くっ……!」
紬「りっちゃん、忘れちゃったの? 私、力持ちなんだよ?」クスクス
そう言って微笑むと、紬は律の胸倉を掴み、高々と彼女の身体を持ち上げた。
律「クソッ、離せっ!」
紬「うん、わかった」
次の瞬間、紬は梓ら二人の方へ、律を投げつけた。
放物線を描いて数mの距離を飛ばされる律。最早、人間業ではない。
律「うぐうっ!」ドサッ
二人の足元に頭部から着地した律は、くぐもった悲鳴を上げた。
澪「律!」
梓「律先輩!」
梓は慌てて律を抱き上げた。かろうじて意識はあるようだが、眼は虚ろで口はだらしなく
開かれている。明らかな脳震盪だ。
澪もまたしゃがみ込んで律を気遣う。そこにはもう、以前の確執は感じられなかった。むしろ、
敵意は紬に向けられた。彼女の醸し出す異質な恐怖に当てられ、肩を震わせてはいたが。
澪「ムギ、お前には失望したぞ……!」
梓「もう私達はすべてを知ってます。証拠だって揃ってるんです」
梓は澪の手から書類の束をひったくると、紬へと突きつけた。
梓「どうして、こんな事をしたんですか!? 何がムギ先輩を変えてしまったんですか!?」
紬「……私は何も変わっていないわ。変わっていってしまったのは、あなた達みんなの方よ。
それもずっと前に予想出来ていた事だけど」
そう言いながら、溜息交じりに椅子に腰を下ろし、脚を組む。
チラリと眼を遣ったコーヒーは既に冷えていた。
紬「誰かが…… いいえ、他でもない私が放課後ティータイムを守らなければいけない。
そう思ったの。デビューして、すぐに」
梓「守る……?」
紬「そうよ。たとえバンドが成功したとしても、いずれマスコミの餌食にされる。彼らは
自分以外のすべてを食い物にし、大衆を惑わせ、巨万の富を得る。そんな化物の手から、
放課後ティータイムを守らなければならない。だから、私は決心したわ。バンドを脱退し、
琴吹グループの会長となる事を。そして、放課後ティータイムを守る為に、その権力を以て
世界を見張る監視者になろうと」
澪「結果、成功した私達の影の部分を嗅ぎつけ、スキャンダラスに書き立てようとする
マスコミはいなくなった……」
澪に眼を向け、無言で頷く紬。
梓「待って下さい! あの時は……? 2014年の大晦日、唯先輩と私の路上ライブの時は
どうなんですか!? 唯先輩はひどいバッシングを受けたじゃないですか!」
紬「あの時はまだ私の力が足りなかった。マスコミ、司法、政財界。すべてを抑える為には、
もう少しだけ時間が必要だったの。だけど、程無くマスコミは掌握出来た。更に警察と
暴力団。最後には、財界と一部の政界も。それからは完璧に放課後ティータイムを守れる
ようになったわ」
梓「……!」ピクッ
紬の言葉が引き金になったかのように、梓の感情に火がついた。
梓は律を床に寝かせると、握る拳を震わせながら立ち上がった。眼は涙で潤んでいる。
梓「何が放課後ティータイムを守るですか! ムギ先輩はいなくなって、唯先輩はボロボロに
なって、私達三人も……」
紬「……プロデビューしてすぐに気づいたわ。唯ちゃんと澪ちゃん、二人の性格、二人の才能、
二人の音楽性。お互いが同じバンド内では相容れない存在になる。少なくとも、唯ちゃんに
その気が無くてもね」
澪「……」
紬「だから、あえて元の形を保たせようとは思わなかった。私の使命は放課後ティータイムを
守る事であって、メンバーの五人を守る事じゃない。私のバンドでの役割は初期に在籍
していた元メンバー程度でかまわない……」
澪「役割……?」
最終更新:2014年04月26日 20:21