「海に行かない?」
って誘ってみたんだ。
断られるかと思っていたから、
あまり期待してないように、
なんでもないような感じで。
「他に誰かいるの?」
「ううん、いないよ」
無言。
部屋に
カチッカチッ
時計の針が進む音だけが聞こえてきて、
それを追い越すように自分の心臓の音が重なってた。
そこまで悩むならサッサと断ってくれればいいのに。
誘っておきながらちょっとイライラし始めてたら、
「いいよ」
「ホント?」
「いつ?」
「いつ......」
考えてなかった。
「い、いつがいい?」
「考えてなかったの?」
「......いや、別に」
「別にって、なに?」
「......いつがいい?」
「いつでもいいよ」
「じゃあ......」
部屋に飾ってあるカレンダーを見る。
ヤバイ。
カレンダー4月のままだ。
破ってなかった。
「てか、今日って何日だっけ?」
無言。
「あ、呆れないで教えて」
「......5月31日だよ」
慌ててベッドから飛び起きて、
耳にケータイを挟んで
カレンダーを右手でめくった。
赤で印刷された日付と曜日。
あぁ、なんだ、慌てなくてもそうじゃん。
今日が金曜日なんだから。
「じゃあ、明日」
「急だね」
「急げば回れかなって」
「急いでるの?」
「むしろ、回ってるのかもしれない......」
無言。
「呆れないで電話切ろうとしないで」
「じゃあ、駅に10時でいい?」
「うん、大丈夫」
「遅れないでね」
無言。
「遅れないでね」
「ぜ、善処します......」
「行かないの、海」
「行く、行きます」
「じゃあ、また明日」
ツーツー。
ピッ
と押して電話終了の画面のち待ち受け画面。
フゥ
と漏れるため息を抑えられなかった。
「急げば回れってなにさ、私」
独りごと言ったって仕方が無い。
ずっとグルグルと気持ちが回って仕方がなかったから。
海に行きたかったんだ。
2人で。
とにかく、約束をした。
やった、やった。
思わずベッドにダイビングして猫の人形を抱きしめた。
パタパタ。
パタパタ。
はやる気持ちを抑えられないけど、忘れちゃいけないから
ガバッと起きて。
テーブルの上に置いてあるプリントでいいや。
メモメモ。
明日、10時、駅待ち合わせ
10時ってことは、ここを何時に出ればいいんだっけ。
最寄り駅から待ち合わせの駅までは1時間ちょいだから......
電車の時刻を調べて
「うはぁ......」
と声が漏れた。
休日だからちょうどいい時間のがない。
8時5分発のやつに乗らないと待ち合わせには間に合いそうにない。
ガックシしていると、部屋のドアがガチャっと開いて、りっちゃんがヒョッコリ顔を出した。
「ゆいー!おやつ買いにいこーぜー」
すかさず飛びついた。
ガバッ。
「ぬはっ!?」
ってりっちゃんから声がしたけど知らない。
私の、他人に対する甘えた態度はまだまだ抜け切らないみたい。
「りっちゃん!明日朝起こして!!」
「はい?!」
電車から降りて、ホームを突っ走った。
りっちゃんに目覚まし役を頼んだ私がバカだった。
よっちゃんイカ10枚で引き受けるりっちゃんもりっちゃんだよ,
急いで改札口を通ろうとしたら、
急ぎすぎてスキャンミス。
ブー!
って、音が鳴って、
バタン!
って道が閉ざされた。
ああ、私なにやってるんだろう......
少ししてまた
バタン!
って音がして道が開く。
一歩分近づいてまた閉まる扉。
今度は慌てないで
ピッ
てカードをかざした。
ハァ
ってため息をついて、また走り出そうとしたら
「こっちだよ」
って呼び止められる。
声のする方へ振り向く。
あきれた顔をした相手が、私を待っていた。
「う、うい......」
「1時間、遅刻」
お、怒ってらっしゃる。
「ご、ごめん。電車、ちょうどいいのがなくて」
「なら、それを前持って連絡してくれればいいじゃない。本当は?」
「すみません、寝坊しました......」
頭を思わず下げた。
憂の顔を見るのが怖くてあげられない。
「いいよ」
ってため息混じりで聞こえた。
「そういうの、もう慣れてるし」
ズシン、
って胸に響く。
そういうの、憂に慣れさせてるのは私。
「うい、ごめん」
「だから、いいよ。お姉ちゃんが朝苦手なのわかってるよ」
「あうぅ......」
もう、私のバカ。
なんで寝坊なんてしちゃったんだろう。
りっちゃんも起きてよう。
あー、ムギちゃんか澪ちゃんに頼めばよかった。
てか、ちゃんと自分で起きようよ、私。
「ほら、もうそういうのいいから」
憂が私の手を取って歩き出した。
ドキっ
とした。
「海に行くんでしょ?」
「う、うん」
「そっちから誘ってきたんだから、ちゃんとしてよ、唯」
ドキっ
なんてもんじゃない。
心臓が
ギュン
ってなった。
「あう、あへへ......」
「ほら、そうやってドギマギするから名前で呼ぶの嫌って言ったじゃん」
「ご、ごめんって、憂」
だって、憂に名前で呼んでもらうとか、ねぇ、キンチョーなんてもんじゃないよ。
「もう。さ、電車きちゃうよ。行こう」
改札口をスッと通り過ぎる憂に
「あ、待って」って言おうとしたら、
ブー!
ってなって
バタン!
って。
憂ってば、さっきの私みたいになってる。
なんだ、憂もキンチョーしてるんじゃん。
クスクス笑って
私も横の改札口を通ろうとしたら
ブー!
ってなって
バタン!
って扉が閉まって通せんぼ。
カード、かざし忘れてた。
「大学どう?」
ガタンゴトン
「まぁまぁかな」
ガタンゴトン
「授業ちゃんと出てる?」
ガタンゴトン
「まぁ、まぁか、な」
なんだろう、この二者面談
「ご飯ちゃんと食べてる?」
ガタンゴトン
「寮はご飯がでるからね」
ガタンゴトン
「ご飯美味しい?」
ガタンゴトン
「おかわりするくらいには」
ガタンゴトン
「そっか」
ガタンゴトン
「でも私は毎日憂のご飯が食べたいんだけどね」
ガタンゴトン
目があった。
カッ
て音が聞こえてきてそう。
ほっぺたが赤くなってた。
きいてるきいてる
「憂は、最近どう?」
ガタンゴトン
「普通だよ」
ガタンゴトン
「お父さんとお母さんには今日なんて言って来たの?」
ガタンゴトン
「3日前から出張でいないよ」
ガタンゴトン
「私、それ知らないんだけど」
ガタンゴトン
「『お姉ちゃんに伝えても仕方ないから言わなくていいよ』って私がお母さんに言ったからね」
ガタンゴトン
「し、仕方ない......」
ガタンゴトン
「だって、家にいないじゃない」
ガタンゴトン
「またお父さんはお母さんを連れてったの?」
ガタンゴトン
「またって言うか、あの人たちはもうそれが普通なんじゃないかな?」
ガタンゴトン
「なら、さみしかったんだね」
ガタンゴトン
無言
「じゃなかったら、いきなり海に誘って、きてくれるわけないもん」
ガタンゴトン
「なんで海なの?」
ガタンゴトン
「憂と海って似てるから」
ガタンゴトン
「わけわかんないよ、それ」
ガタンゴトン
「突然無性に会いたくなるんだよ」
ガタンゴトン
「わけわかんないよ......それ」
ガタンゴトン
「だから、憂と海に言ったら一度に二度美味しいのかなって。なんか得した気分じゃない?それって!」
ギュ
ほっぺたつねられました。
最終更新:2014年06月01日 23:41