お昼休み!

「モグモグ憂の作ってくれたハンバーグおいしいよぉー」モグモグ

「おいおい。おいしいのはわかるけど、慌てて食べると喉につまるぞ」

「でも確かに憂ちゃんのお弁当おいしそうだよな。唯の気持ちもちょっとわかるよ」

「あ、澪ちゃんの卵焼きもおいしそー!」

「そう?実はこれ、自分で作ってみたんだ」エヘヘ

「へぇ〜すごいね、おかず交換しようよっ」ヒョイパク

「あっちょっt…」

ガリ…

(殻が入ってたな…)

(殻が入ってたよ…)

「ど、どうだった…?あんまり慣れてないから自信なくてさ…」オドオド

「うん……………これはこれでおいしいよ?歯ごたえあって…!(殻もだけどちょっと甘すぎるよ、うええ)」ハハ…

「そ、そうか…誉めてもらえて嬉しいよ//」パァァ

(気づけよ…)

(はっきり言った方がよかったかな?)

「せっかくだし、全部食べるか?卵焼き?」ニコニコ

「(ヤバい。乗り気になっちゃった)えーっとそうだね。せっかくだしりっちゃん貰ったら??」

「なにっ(あたしに振るなっ)…いや〜お腹いっぱいになっちゃってさ…悪いんだけど。ムギはどう?」

「…」ポケー

「ムギ?」

「…」ポケー

「ムギちゃん?」

「……ハッ!え?なに?ごめんなさい、ボーッとしてて…」

「…どうかした?」

「ううん!なんでもない!あ、そうだ、わたし、ちょっとお手洗い行ってくるね」ガタッ

「おーいっといれ〜(うまく逃げたなムギ)」

「りっちゃんさむーい」

「うるせーやい」

「…ごめんねー」スタスタ


「……あのさ」

「どうした澪?」

「最近、ムギのお昼ごはん、量が少なくないか?」

「それ、あたしも気になってた。サンドイッチとかおにぎりとかちょろっとだけだもんな」

「前はうな重とか食べてたのにねー」

「うな重は食べ過ぎだとしても…ちょっと気になってて。長いことトイレから戻ってこないことも多いだろ?」

「具合が悪いのかな?」

「うーん、どうかな?むしろここの最近のムギは妙に肌つやがいいって言うか…」

「……ヘンに色っぽいな//」ボソッ

「……うん//」

「?」

「ま、まぁ、特に具合が悪いようには見えないけど、ちょっと心配だよな!」アセアセ

「何か悩みでもあるのかもしれないし……よし、チャンスがあったらさり気なく聞いてみるか」

「そうしよう!」フンス!

「うん、それがいいな。それと戻ってきたらこの卵焼きを食べさせて上げよう。食べたらきっと元気が出るぞ」ドヤァ

(それはない…)

(それはないよ…)



(……ん、あ…。はぁ……あン)

こんなことをしていてはいけない。
こんなところでしていてはいけない。

わずかに残っている理性が、罪悪感を刺激して、そのせいで余計に快感が加速する。

(ここまできたら、最後までいっても途中でやめても、おなじことよ)

そう自分に言い訳して、指の動きを早める。

(あ、あ、…ん、……やぁ…………ん…」

極力声は殺しているが、行為にのめり込んで行くと、だんだんそれを気にする余裕も薄れてくる。訪れつつある、絶頂を手に入れること以外、考えられなくなっていく。

「次の授業なんだったっけー」
「古典」
「げー、掘込かぁー」
「先生を呼び捨てに、するなよ」

ビクッ。

りっちゃんと澪ちゃんの声だ。

思わず指の動きが止まる。
突然現実に引き戻されて、もう少しで手に入れるはずだった頂点は霧散してしまう。

「課題とか出てなかった、よな」
「…見せないからな」
「そんなこと言わないでよお願いたすけてみぃおぉ」

昼休みが、もうすぐおわる。

音の様子を計らい、2人が出て行ったことを確認して、私は扉を開けた。

身体はほんのりと熱を帯びている。我慢できるかな。授業中は…ゼッタイダメ。放課後、部活が始まる前は…待たせちゃうから、ダメ。みんな、お茶の時間を楽しみにしてるし。ちょっと途中で抜ける?それとも下校前に…

こういう生殺しの状態がいちばんよくない。あたまのなかは、ぐるぐると、そればかりがめぐる。

ぐるぐる。ぐるぐる。ぐちゃぐちゃ。



きっかけはなんだったのだろう。
三年生になってから、ということ以外、はっきりとした記憶はない。ただ気がついたら、覚えてしまっていた。

こういった行為について、全く知識がないわけではなかったけれど、はじめのうちは、自分が何をしているのか、よくわかっていなかった。

それでもよくないことをしているのではないか、という後ろめたさを感じてはいた。ただ、罪悪感に苛まれながらも、はじめて知る快感にあらがうことができず、回数を重ねた。

こんなことをしていてはいけない。
こんなことを続けたら自分はダメになる。

そう思いながら、私は下半身に手を伸ばす。

少しだけ。少しだけなら。すぐにやめるから。達することがなければ。

(あっ……あ。う、くぅ……)

そうして始めてしまってから、途中でやめられたことは、ない。

…一回だけ。一日に一回だけだから。

…明日はやめる。明日はもう、しないから。今日だけ。今だけ。

…無理をするのはかえって身体に悪いわ。

次第に下がるハードル。理性が制御能力を失っていくと共に増える回数。

朝、目覚めたベットの中で。お昼休みのトイレ。帰宅してすぐの自室。お風呂。夜のベット。

なんども。なんどでも。
とまれない、とまらない。昼に夜に朝に。
やめられない。

お昼休みが近づくと、授業中も無意識に、そのことばっかり考えてる。
さすがに学校でするのは…マズいと思う。
けれど、だから「いい」のだとわかっている。
「やってはいけないことをやっていけないところでやっている」という疚しさが私を夢中にさせていた。

罪の意識は頂点が近づくについて消えてなくなり、目先の欲求を満たすことだけしか考えられなくなっていく。思う存分に快楽に溺れ、めいっぱい堪能する。

夢中になって行為にのめり込み、絶頂に達した瞬間。生きているしあわせを全身で感じて、震える。
この一瞬を得ることができるなら、ほかのことなんて何もかもどうだっていい。捨ててしまっていい。ダメになってしまっていい。すべてを失い、裸になって、どこまでも堕ちてしまいたい。そう思える。

お昼ごはんの量を減らしてまで行為のための時間を捻出する自分を、我ながらいかがなものかと思うけれど、キモチイイことはやめられない。
やめなきゃいけないとわかっていても、やめられない。できるわけがない。

別にいいよね、お願い、許して。だって、こんなにキモチイイんだもん…。


そう、自分に言い訳する。


こんなことばっかりしちゃ、ダメになるってわかってるけど、
いちど覚えたら、もう、忘れられないの。



てくてく…

「ムギちゃん」

「ムギちゃん?」

「…」ボケー

「ねぇムギちゃんってばあ」ユサユサ

「…えっ!なに?」ハッ

「駅着いたよ」

「あれっ、いつの間に??」

「もー、通りすぎちゃうとこだったじゃん」

「ごめんなさい、ボーッとしてて…」

「どうかした?赤いよ、顔。もしかしてホントに具合わるいの??」

「う、ううん…大丈夫…」

「ほんとに?汗もすごいし…」

「あ、わ、わたし体温高いでしょ。だから汗かきで…」

「…そうなの?大丈夫ならいいんだけど…辛かったらムリしちゃダメだよ!ちゃんと言ってね」

「…うん。唯ちゃんありがとう。ホントに大丈夫だから」

「そっか。じゃあ今日はゆっくり休んで!また明日ね!」

「うん。またあした…そうだ、唯ちゃんマカロン食べたいって言ってたよね?」

「え?あ、うん」

「確かおウチに貰い物があったはずだから、明日、持っていくね」

「やったぁ!ありがとう、ムギちゃん!楽しみにしてるから忘れないでね!」

「大丈夫。ちゃんと覚えておくから。任せておいて」

「約束だよ!じゃあね!ばいばーい!」

「ばいばい…」


ちいさく手を振って唯ちゃんと別れる。

唯ちゃんの背中を見送るのが、私は好き。

別れた後、唯ちゃんは必ずくるっとこちらを振り返る。
そうして一点の曇りもなくニコッと無邪気に笑い、大きく手を振り、さっきと同じように、ばいばーい!と叫ぶ。

私は微笑んで小さく手を振る。

そうして私の胸は、きゅっと苦しくなる。
唯ちゃんの笑顔が眩しければ眩しいほど、その明るい光が私の中の汚れた部分を照らし出す。

内側の底に溜まった淀んだ澱は、だんだんと水位が上がり、今の私の内側の中心にドロドロとまとわりついてる。

あたまから離れないの。ずっと。

なんて汚らしいのだろう、私。

澱から発する熱で、外側の身体まであつい。

ひとりになった途端に、奥の方から不穏なわななきが昂ってくる。

あつい。
あついあついあついあついあつい。

昼間に発散できなかったのがマズかった。
なんとか、家まで。なんとか。

いつもは唯ちゃんの姿が見えなくなるまで見送るのだけど、今日はもう、我慢できなかった。
都合よくやってきた電車に、飛び乗る。

車内は適度に込み合っていた。座席に座ることができず、私は壁にもたれかかる。


がたんごとん。


仕事帰りで疲れた様子のサラリーマン、大きいバッグを抱えて談笑する男子高校生、居眠りをするOL、ケータイを凝視している女性。

私の車両に桜高の生徒は誰もいなかった。


がたんごとん。


ふと、対面にいるサラリーマン風の格好をした、痩せ形の男性と目が合う。男性は私の視線に気がつくとすっと目をそらす。

あのひと、あつく、ないのかしら?
わたしは、あついわ。


がたんごとん。


もう6月だというのに男性は生真面目にネクタイを締め、ジャケットを羽織っている。
いくら車内に冷房が効いているとはいえ、その格好は季節にそぐわず、浮いているように見えた。

ヘンなの。あつくないのかしら?
わたしは、あついわ。


がたんごとん。


髪の毛は少し乱れ、眼鏡の奥の小さな瞳は濁っている。頬がこけ、肌の色が悪い。
誰がどう見ても疲れているのがわかるその姿は、他人ながら少し気がかりだ。

男性はポケットからハンカチを取り出すと、額を、首筋を、拭う。

なんだ、やっぱり、あついんじゃない。
わたしも、あついわ。


がたんごとん。


目をそらし、気づかないフリをしながら、気配を探る。
男性は、私の方を、見ている。

顔、胸、二の腕、腰、太もも。

粘っこい視線が私の全身を這いずり回る。

このひと、わたしを、見ている。

腋の下がじめっとして不快だ。
じっとりと汗ばんで、ブラウスに大きく染みを作っている。


あつい、あついわ。もう、げんかい。


がたんごとん。


私は、制服のリボンに手をかけると、するするっと結び目を解いていった。

男性がギョッとした目をしたのがわかった。

しかたないじゃない、だって、あついんだもの。

リボンを解き、ゆっくりとブラウスのボタンを外す。ひとつ、ふたつ。

露わになった鎖骨から、私の体内に溜まった熱気が放出され、空調の効いたひんやりとした空気が肌に触れる。

だんせいは、わたしを、みている。
わたし、あついわ。ちっともすずしくならない。


がたんごとん。


男性の視線は、胸元に釘付けになった。
ちょっと、露骨すぎじゃないかしら、と私が思ってしまうほど。

ああ。

ああ、このひと。もしかして。

わたしと、セックス、したいと、思っているのかしら。

そうよ。きっと、そうだわ。

このひとは、気づいているかしら。
だれか、気づいているかしら。
わたしね、今、ブラジャーしていないの。
だから、余計にあついのよ。
あるくたびに、でんしゃがゆれるたびに、ブラウスに、ちょっとこすれるの。
そうするとね、身体の熱が増すの。すれるたびにあつくなるの。
だからあつい。とってもあついの。

セーターを脱いだら、きっとバレちゃうわね。

どうしよう、脱いじゃおうかしら。
脱いだっていいわよね。だって、あついんだから。
あついから服を脱ぐくらい、普通よね。

わるいのは、夏のせいだ。
ことしのなつは、あつくなるのがはやいから。

あつい。あついわ。
なんで、こんなに、あついの。
たえられない、がまんできない。


ぷしゅう。


聞き慣れているはずの電子音が、やけに遠くで鳴っているように聞こえる。

扉が開く。

電車が終点に着いた。



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最終更新:2014年07月19日 09:36