バレるまでの経緯は私にとって黒歴史であり忘れたい記憶なので、
 細かい描写は割愛して手短に説明させていただきますが。

 その日は先輩方は誰も部活に来れないということで、
 トンちゃんにエサをあげた後、一人で軽く練習してから帰ろうかな、なんて思い部室に向かいました。
 どうせ誰も来ないのならと、想い人である唯先輩の席に座って練習しているうちに、
 なんというか……ムラムラしてしまいまして……
 弦から指を離して別の部分を奏でている時に、忘れ物を取りに来た澪先輩登場、
 というわけです。

 それだけならば部室でいかがわしい事をしていた変態後輩、というだけで済んだのでしょうが、
 唯先輩の名前を連呼していた事もしっかり聞かれてしまっていまして。

 もうだめだ。

 全部バレてしまった。
 同性愛者であることも、唯先輩が好きだということも、
 部室で欲求不満を解消するような変態だということも全部バレてしまった。

 もう軽音部には居られない、と思うと涙が溢れてきた。

澪「だ、大丈夫だ梓!絶対に誰にも言わないから!」アタフタ

梓「でも、軽蔑しますよね……部室であんなこと……」グスッ

澪「そ、そんなことないよ!……そ、その………私も、前に部室でしちゃったことあるからっ!!///」

梓「………えっ!?」

澪「う、うぅ……/////////」カァァァァ

梓「澪先輩も、ですか?」

澪「あ、あぁ……///だから、女の子を好きになっちゃうことも、その子を想って変な気分に

  なっちゃうことも、私にはよくわかるから………」

梓「もしかして……律先輩、ですか?」

澪「うっ………ウン………/////////」


 ………………………………


 なんてことがありまして。


 それから私と澪先輩はお互いに悩みの相談をするようになった。
 二人の境遇はよく似ていたので共感する部分が多かったんだと思う。
 今まで男の人を好きになったことは無いということ。
 高校生になってから自分が同性愛者であると自覚したこと。
 想い人は恋愛沙汰には疎く、私達の気持ちなど欠片も気づいていないということ。
 そして………おそらく想い人は私達のこの異常な感情を受け止めてくれる事は
 ないだろう、ということ———

 互いに叶わない恋の相談をし、悩み、愚痴り、泣き、わめき散らすうちに、
 いつしか私と澪先輩は心と体を慰めあう関係になっていった。
 身近な所にいた同じ同性愛者の女性、ということでお互いに都合が良かったのかもしれない。

 澪先輩と体を重ねる時、私はいつも唯先輩に抱かれている事を想像している。
 失礼だとは思いますが、それは澪先輩も同じ事だ。
 私を抱きながら頭の中では律先輩との情事を思い巡らせているのでしょう。
 その証拠に行為の最中は頻繁に律先輩の名前を呼んでいる。
 つまり言い方は悪いがお互いがお互いを利用しているのだ。
 想い人に決して届かない気持ちを仮初めの相手にぶつけ、欲求不満を解消する関係。

 そんな関係が数週間続いたある日。


 ご両親の帰りが遅いという事で、その日は澪先輩の家にお邪魔して
 いつものようにお互いを慰めあった。
 そして事が終わった後、

澪「梓……私達、いつまでもこのままじゃいけないと思うんだ……」

 下着を身に着けながら澪先輩はそう切り出した。

澪「私、律に告白しようと思う」

梓「えっ!?で、でも……」

澪「うん、上手くいくなんて思ってないよ。でもやっぱりこのままじゃ駄目だよ。

  とにかく私の気持ちを律に伝えることにする。恋人同士になりたいとかじゃなくってさ……

  私が律のことを好きなんだって、律には知っててもらいたんだよ。

  い、いやホントの事を言えばもちろん付き合いたいけど……」

梓「澪先輩……」

澪「だからその……こういう関係も、今日で終わりにしよう」

梓「……そうですね……やっぱり良くないですよね、こんなの」

澪「ああ……やっぱり、こういうことは好きな人としないとな……」

 好きな人、という意味では私は澪先輩のことももちろん好きだ。
 でもそれはやっぱり部活の先輩として、憧れの人として、という意味であって
 恋愛感情的な意味ではない。

澪「それでさ、梓も唯に告白したらどうだ?」

梓「え……えぇっ!?」

澪「あっ、べ、別に強制はしないよ?ただ、梓もちゃんと想いを伝えたほうが

  後悔しないで済むんじゃないかって思って……」

 やらずに後悔するよりやって後悔したほうがいい、というやつだろうか。

 ……確かに私は唯先輩のことが大好きだ。恋愛感情的な意味で。
 できることならお付き合いしたい。キスもしたい。
 ついさっきまでベッドの上で澪先輩としていたようなことも、ホントは唯先輩としたい。
 その夢は確かに告白をしないと絶対に叶わないものではありますが……
 唯先輩に受け入れられなかった場合、今までどおり仲の良い先輩後輩でいられるのだろうか?
 いや、それどころか同じ部活を続けていくことも難しくなるかもしれない。
 今の唯先輩との関係を失う事は私にとって死活問題だ。

梓「……考えておきます……」 

 ここで即答できる問題ではない。

澪「あ、それと……もし告白するとしても、私と梓の……その、こういう関係は

  律や唯には内緒にしておこうな?」

 それは当然でしょう。

 唯先輩と私は恋人同士でもなんでもないただの部活の先輩後輩ですが、
 それでもやはり他の人と体の関係を持っている、という事は
 唯先輩に対する罪悪感として常に心の片隅にあった。
 それはきっと澪先輩も同じだろう。
 仮に澪先輩が律先輩と、私が唯先輩とそれぞれお付き合いするような事態になったとしても、
 私と澪先輩の体の関係は、それこそ墓場まで持っていくレベルの秘密にしなければならない。 

梓「それで、澪先輩はいつ告白するんですか?」

澪「……そうだな。明日……い、いやそれはちょっと急過ぎるか……まだ心の準備が……

  明後日……いや、三、四日後ぐらいには………」

 ………一週間ぐらいは先になりそうだ。
 私もその期間中に唯先輩に告白するかどうかを真剣に考えてみよう。



 _________



 澪先輩が『律に告白する!』と、奮い立ったあの日から、今日で二週間が経っていた。
 結局、澪先輩はまだ告白していない。
 ……一週間後になるかな、なんて思っていた私の見積もりは甘かったようです。
 澪先輩は私にとって憧れの先輩であり、もちろん尊敬しておりますが
 このへタレっぷりはどうかと思います。
 しかし二週間というこの時間は私にとって考える時間としては充分なものだった。

 決めました……!私も唯先輩に告白します!

 私は澪先輩に『今日の下校の時にお互い告白しましょう』と提案した。
 こうやって背中を押してあげないと澪先輩はなかなか動けそうにないし、
 私自身もそれぐらい自分を追い詰めないと決心が揺らいでしまう。
 下校時、私達は五人で一緒に帰っていますが、最終的には
 澪先輩は律先輩と、私は唯先輩と二人っきりになる。
 そこでそれぞれ告白するのだ。

律「じゃあ、また明日なー」

紬「うん。バイバイ。りっちゃん、澪ちゃん♪」

唯「またねー♪」

 いつもの横断歩道。ここが澪先輩、律先輩と別れるポイントだ。
 皆さんが挨拶を交わす中、私は澪先輩を見つめていた。
 私の視線に気づいた澪先輩は、コクリと頷く。少し表情は強張ってはいますが。
 ………どうやら覚悟を決めたようです。
 澪先輩の武運を祈りながら、唯先輩、ムギ先輩と三人で歩く。
 次は駅でムギ先輩とお別れだ。
 ここから私と唯先輩は二人っきりになる。
 いよいよ告白の時がやってきた。

 どうやって切り出そうか、なんて考えているうちに唯先輩に先手を取られる。

唯「………あずにゃん、大丈夫?」

梓「えっ!?な、なにがですか?」

唯「今日の部活の時、なんだか元気なかったみたいだから……」

 ………元気がなかったわけじゃありません。
 告白のことで頭がいっぱいだっただけです。
 ただ、出来るだけ誰にも気づかれないように自然に振舞っていたつもりだったんですが……

梓「そんなことないですよ、私は元気です」

唯「………そぉ?だったらいいんだけど……元気がないならいつでも言ってね?」

梓「クスッ……私に元気がなかったら、どうしてくれるんですか?」

 ギュッ

 突然、唯先輩に抱きしめられた。

唯「えへへー……唯ちゃん分を補給してあげるよ〜♪」ギュウ

梓「ゆ、唯先輩分を補給すると元気になるんですか……?///」

唯「えぇー?ならない?私はあずにゃん分でいつも元気いっぱいになるけどなぁ?」

梓「……そうですね、元気になってきたかもしれません」

唯「でしょでしょ〜♪」

 ………ホントにいつも私に元気をくれるんだ。この人は。
 私はきっと、この人のこういうところを好きになったんだと思う。

 大好きです。唯先輩。

 ………なんて、今日はいつものように心の中で呟いていちゃダメなんだ。
 伝えるって決めたんだから。

 ………………ふんす!!



梓「あ、あのっ!唯先輩!だ、大事なお話がありますっ!」



 _________




唯「う、うん……いいよ、あずにゃんなら……///」




 唯先輩の発した言葉に、私は耳を疑った。

 自分から告白しておいてなんですが、一瞬唯先輩が何を言っているのかわからなかった。

 ………………………

 頭の中が真っ白になる。

梓「あ、あの、唯先輩?」

唯「なに?」

梓「私いま、『好きです。お付き合いしてください』って言ったんですよ?」

唯「?……う、うん。そうだね」

梓「それで、唯先輩はなんと言いました?」

唯「……いいよ、あずにゃんなら、って……///」

梓「な、なんでですかっ!?」

唯「なんでって……私もあずにゃん好きだもん」

梓「唯先輩の『好き』と私の『好き』は多分違うと思います……わ、私は……

  どっ、同性愛者……なんですよ?そういう意味で唯先輩のことが好きなんです」

 唯先輩はみんなのことが好きなんだ。
 私はきっとその中の一人に過ぎない。 

唯「うーん……同姓愛とかよくわかんないけど……私、あずにゃんとずっと一緒にいたいって思うよ?

  二人でデートとかも行きたいし……その、キ、キスとかそういう事もしたいし……///

  これってあずにゃんの『好き』と違うのかなぁ?」

梓「それは………お、同じ、ですよね………///」

 唯先輩もそんな風に思ってくれていたことに私は驚いた。
 ……ただ、私や澪先輩のように同性愛者であるか、というとちょっと違う気がする。
 唯先輩の場合、好きになったら性別とか気にしない、といった感じでしょうか。
 もしかしたらバイセクシャルの気があるのかも……
 いや、まあ今はそんなことはどうでもいいんですが。

唯「うん!えへへ……じゃあ、今からあずにゃんと私は恋人同士だね!」

梓「そ、そうですね……その、よろしくお願いします……///」


 そこから唯先輩とお別れする交差点まで、私達は手を繋いで帰った。
 ほんの短い距離でしたが。
 唯先輩と手を繋ぐのはこれが初めてというわけではありませんでしたが。
 部活の先輩から恋人に変わったというだけで、
 手を繋ぐことがこんなに嬉しくなるんだと、私は初めて知ったのでした。


 名残惜しかったですが唯先輩と別れ、家に向かい歩く。
 ………ダメだ。どうしても顔がニヤけてしまう。
 ニヤニヤしながら歩いているとすれ違う人達に変な子だと思われちゃう。

 ………………………

 そうだ!澪先輩に報告しなくちゃ!
 携帯を取り出して澪先輩に電話を掛ける。


 この時の私は少しどうかしていたんだ。
 自分の気持ちが唯先輩に受け入れられた事に浮かれて、
 澪先輩も上手くいったものと勝手に思い込んでしまっていて。
 同性への告白なんて受け入れられないことがまず当たり前なんだということを
 すっかり失念してしまっていた。


澪『そうか……おめでとう、梓。………私はダメだったよ』


 携帯から聞こえてくる澪先輩の声はいつもどおりのものだった。

澪『でも、律はやっぱりいい奴だよ。さすがは私が惚れた女だよな。

  付き合うことはできないけど、今までどおり一番の親友でいてくれるって。

  普通、気持ち悪がって距離を置かれたり……縁を切られても文句言えないよな』

梓「あの、澪先輩………」

澪『いいんだ、梓。私のことは心配しないでくれ。

  最初から上手くいくなんて思ってなかったんだから。お前は唯と幸せにな?』

梓「……はい。ありがとうございます……」




 家に帰ってからも私は複雑な心境だった。
 唯先輩と恋人同士になれたことはもちろん嬉しい。それはもう天にも昇るほどに。
 でも澪先輩のことを考えると素直には喜べない。
 明日からの部活どうすればいいんだろう………
 澪先輩の前で唯先輩といちゃついたりなんて、そんな見せつけるようなことをするわけにいかない。
 ……はっ!唯先輩にその事を伝えておかないと……!
 あの人のことだから明日からはいつも以上にベタベタ引っ付いてくるに違いない。
 それは私にとっては嬉しい事だけど澪先輩の気持ちを考えると……

 携帯を取り出して唯先輩にメールを打つ。

 『唯センパイ。私達がお付き合いを始めた事、まだ誰にも内緒にしておきましょうね?

  学校ではいつもどおりに振る舞いましょう』

 送信っと。

 一分と待たずに返信がきた。

 『えぇ〜〜?なんでぇ?せっかく恋人同士になったのにー。いちゃいちゃしたいよー><』

 やっぱり……危ない危ない。
 私もいちゃいちゃしたいのは山々ですが、そんなわけにはいかないんです。
 えーっと、唯先輩にはなんて言えばいいかなぁ?ホントの事を伝えるわけにはいかないし……

 『律先輩に知られたりしたら絶対にからかわれますよ。恥ずかしいです。

  それにしばらくは二人だけの秘密を楽しみましょうよ』

 送信!

 実際にからかわれるのは恥ずかしいし、二人だけの秘密(実際は澪先輩は知ってるけど)を
 楽しみたいという気持ちもある。嘘はついてないよね。うん。

 『おぉ!二人だけの秘密かぁ♪いいね!なんか恋人同士って感じがするよ〜♪

  了解です!学校ではいつもどおりにね^^』

 ふぅ……これでよし。

 そこからも何通か唯先輩とメールのやり取りをした。
 恋人同士としてのラブラブメールだ。
 たぶん私はずっとニヤニヤしていたと思う。

 うわ。どうしよう。私いま、すっごく幸せかも……///


 _________


 ふぅ……少しのぼせ気味で私はベッドに転がる。
 お風呂で唯先輩との今後のお付き合いを色々と妄想しているとつい長風呂になってしまった。
 えへへ……でも唯先輩と私はもう恋人同士なんだから、その妄想も
 近いうちに現実になるんだよね♪
 ………ダメだ、今日は興奮して寝れないかも………
 なんて考えていると携帯電話からメールの着信音が。
 また唯先輩からメールかな?と思ってウキウキ気分で携帯を開く。

 メールは澪先輩からだった。

 『ごめん。今から梓の家に行ってもいい?』

 時計を見ると午後10時を過ぎている。こんな時間に私の家に……?
 今日はうちの両親は仕事で居ないので、来てもらうこと自体は問題ないけど……
 とにかく返信をする。

 『大丈夫です。遅い時間ですから、気をつけて来てくださいね?』



 ピンポーン

 インターホンが鳴る。
 返信のメールを送ってからまだ数分しか経っていない。
 澪先輩の家から私の家まではどう急いでも十数分はかかるはずだ。
 ということはメールを送ってきた時、すでに澪先輩は私の家に向かっていたということだ。

 玄関を開け出迎えた瞬間、澪先輩は私の体をギュっと抱きしめてきた。

梓「み、澪先輩!?」

澪「ゴメンな……電話じゃ強がったこと言ったけど……やっぱり私、ダメだ……」グスッ

梓「………………」 

 家に帰って一人になって、色々と考えてしまったんだろう。
 私が唯先輩とメールをして浮かれていた間、澪先輩は一体どんな気持ちでいたのだろうか。
 そして、この澪先輩の姿は一歩間違えば今の私の姿なんだ。
 唯先輩に気持ちを受け入れてもらえてなかったら、私もこうなっていたに違いない。

澪「……一人でいると、ダメなんだ……グスッ……ゴメン梓………

  今日だけ、今日だけでいいから………一緒にいて……?」

梓「澪先輩………」

澪「うっ……うぅ……律ぅ……やだよぉ……」ポロポロ

 泣きながら私の体に縋り付く澪先輩はあまりにも弱々しくて。
 放っておいたらそのまま消えてしまいそうで。
 私の唇に自分の唇を重ねてくる澪先輩を拒絶することができなかった。

 そして、

 私は唯先輩とお付き合いを始めたその日の夜に、澪先輩と体を重ねてしまった。



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最終更新:2014年07月26日 07:40