姫子「………」

私は二つの罪を背負いながら、この学校に通う。

一つは、過去に犯した過ち。

決して許されない事をしてしまった。


もう一つは…


唯の事が好き、という罪

〜〜〜〜

「おはよー」

「おはよう!」

「ねぇ、昨日のあれ見た?」

「見た見た!ちょうヤバイ!」

姫子「………」

和「おはよう、姫子」

姫子「あ、おはよ」

唯「おはよう、姫子ちゃん!」

姫子「おはよう、唯」

毎朝、唯の笑顔で今日が始まる。

ここ最近、ずっと唯の事ばかりを見ている。

授業中も、休み時間も…ずっと唯の事だけを見ている。

唯はいつまで見ていても飽きない。

見る度に新たな発見をいくつもする。

真剣に授業を受ける唯。

友達と会話を弾ませている唯。

先生に問題を当てられてもビクともせずに寝ている唯。

お弁当を食べている時の幸せそうな唯。

たまに私と目が合ったら、ニッコリと微笑んでくれる唯。

私は唯が好き。

姫子「………」

唯「うーん…」

姫子「?」

姫子「どうしたの唯?」

唯「ん…なんでもないよ」

和「唯、顔赤くない?」

唯「うぅ…ん…」

先生「おいそこー、なんだ?どうしたー?」

姫子「唯が少し具合悪いみたいで」

唯「はぁ…はぁ…」

和「唯、大丈夫?」

唯「ごめん、和ちゃん…なんかしんどい」

和「少し熱があるわね」

先生「風邪か平沢ー?」

唯「うぅ…」

和「保健室、行く?」

唯「…」コクコク

先生「大丈夫かー?保健室で少し休め」

先生「おい、保健係は誰だ?」

姫子「私です」

先生「おぅ、立花。ちょっと平沢を保健室まで連れて行ってやれ」

姫子「はい」

唯「大丈夫だよ、姫子ちゃん」

唯「ひとりで大丈夫だから…」

クラッ

和「ちょっと唯、全然大丈夫じゃない!」

和「先生、私も一緒に」

先生「あぁ、気をつけてなー」

和「行きましょう」

姫子「うん」

唯「ごめんね、和ちゃん、姫子ちゃん…」

姫子「唯が風邪って珍しい?」

和「ううん、そうでもない」

和「油断してるとすぐにひいちゃうわ」

唯「えへへ…」

〜〜〜〜

保健室には誰もいなかった。
私と和は唯をベッドに寝かせ、保健の先生を呼んでくることにする。

和「姫子は唯を見ててくれる?」

姫子「おっけー」

和は唯に大人しくしておくように言うと、職員室へ向かった。

保健室には、私と唯の二人だけ。

姫子「………」

姫子「制服、ここにかけておくね」

唯「ありがと、姫子ちゃん」

姫子「いいのよ。それにしても、夏に風邪なんて」

唯「えへへ…なんでだろね」

姫子「冷たい物の食べ過ぎとか?」

唯「ギクリ…」

姫子「なにがギクリよ」

唯の額に手を当ててみる。
確かに熱い。
汗で濡れて、少し湿っぽい。

姫子「やっぱり、結構熱あるね」

姫子「なにか冷やす物持ってくるわね」

唯「うん…」

次第に唯の声が弱々しくなっていくのが分かる。
そんな唯の覇気の無い声を聞いて、私は少し涙が出そうになる。

いつもなら笑顔をふりまいている唯がこんなになるのは見ていて辛い。

でも和はあまり心配していないように見えた。
きっと、年季が違うんだ。

私は、こんなに弱々しい唯はほとんど見たことが無いから、少し動揺してしまっている。

姫子「ごめん、なにも見つからなかった。濡れタオルで我慢してね」

唯「………」

姫子「唯?」

姫子「寝ちゃった?」

唯は布団も被らず、そのまま寝てしまった。
やはり寝ていても少し辛そうな顔をしている。

姫子「ゆっくり休んでね」

唯に布団を被せ、濡れタオルを額にそっと置く。

唯は顔じゅう汗だらけにしながら、辛そうに寝息を立てている。

姫子「………」

できることなら、私が代わってあげたい。
このままこっそり、唯にキスして、風邪を貰うことができれば…。

気がつくと吐息が私の顔に当たるくらい、唯の顔が目の前にあって…

どこか切なそうな表情を浮かべている唯の顔が。

唯ってやっぱりすごくかわいい。

唯がこんなに辛そうにしてる所なんて見たくない。
私が守ってあげたい。

姫子「唯…好き…」

和「姫子?」

姫子「っ…!?」

姫子「あ…の、和」

和「先生、すぐに来るそうよ」

姫子「そ、そっか。ならよかった…」

和「あら、濡れタオルしてくれたんだ」

姫子「うん…でももう温くなっちゃってる」

和「ありがとうね。後は先生に任せましょう。授業に戻らないと」

姫子「……うん」



姫子(むかつく)


〜〜〜〜

姫子「…………」

なにが『ありがとうね』

保護者ぶっちゃって。
私は和のためにやってるんじゃない。

ああいうの、ちょっとイラっとくる。

姫子「………」

姫子「あぁ…もう」

姫子「私って最低…」

ダメだ。
私、全然なおってない。

もう人を悪いように言うのはやめようって心に決めたのに。

こんな事じゃ、また誰かを傷つけてしまう。

姫子「………」

私って最低。

〜〜〜〜

「バイバーイ」

「またねー」

「部活頑張ってねー」

今日も一日が終わる。

いつもなら、唯にさよならしてから教室を出るのだけど。

唯は早退してしまい、もうここにはいない。

早くこの教室を出よう。

和「ねぇ、姫子」

姫子「!?」

姫子「なに?」

和「ちょっといいかしら?」

姫子「………?」

〜〜〜〜

姫子「どうしたの、和?」

放課後の教室。
窓際の席で、私と和だけ。

和「姫子、あなた…今日保健室でなにしてたの?」

姫子「え…」

和「今日、保健室で唯に…」

姫子「え、なにしてたって…普通に唯の看病してただけだけど」

和「そうじゃなくて…」

和「あなた、唯に…その…」

和「キス、しようとしてなかった?」

姫子「は……?」

姫子「…っあははは!」

和「………」

姫子「ちょっと、和!ふふふ!」

姫子「キスだなんて…ふふ」

和「違ったかしら」

姫子「私は唯の熱をみてただけで、キスなんか」

和「本当?」

姫子「早とちりしすぎよ」

本当はキスしようとしていた。

和「あら、でも確かに聞こえたんだけど」

和「『唯、好き』って」

姫子「え……?」

和「ごめんなさい、聞き違いだったかしら…」

姫子「………」

和「そうよね、そんな事しないわよね…普通」

姫子「………よ」

和「?」

姫子「言ったらどうなのよ…」

和「え…?」

姫子「私が唯にそう言って、私が唯にキスしようとして…」

和「姫子…」

姫子「なにか文句でもあるの…?」

和「いや、姫子…そういう事じゃなくて…」

姫子「じゃあどういう事?」

姫子「いきなり話があるとか言って…」

姫子「おちょくってんの!?」

和「違うわよ……」

姫子「そういうのむかつくんだよね…」

姫子「唯の保護者面して、なんでもかんでも首を突っ込んでくる…!」

姫子「キスしようとしたからなに!?」

和「ひ、姫子…」

姫子「あんた唯のなんなの…ほっといてよ…」

和「姫子、ごめんなさい私…」

姫子「………」

和「………」

姫子「………」


やっぱり私、最低だ。


和「別に姫子が唯に何をしたからどうこうってわけじゃないわ」

姫子「………」

和「ただ、どうしても気になって」

和「ごめんなさい、普通こんな事直接聞かないわよね」

和「関係ないよね……私は」

姫子「………」

和「本当にごめんなさい」

姫子「………」

姫子「ううん…」

和「?」

姫子「和はずっと、小さい頃から唯の親友なんだもんね」

和「………」

姫子「気にならないほうがおかしいよ」

和「………」

姫子「怒鳴っちゃってごめん…」

和「…ううん、いいの」

姫子「………」

和「じゃあ私、生徒会…」

姫子「ねぇ、和」

和「なに?」

姫子「この後、暇かな」

和「?」

私は仲直りにと、和をファミレスに誘った。
初め和は断ったけど、なんとか説得して了承を得た。

私は、和と話をしたかった。
これがいい機会だと思っていたのかもしれない。
和には以前から聞きたい事がたくさんあった。

唯の事。

〜〜〜〜

ファミレスで和と色々話し込んだ。
ほとんどは唯の話ばかり。

幼い頃、よく一緒に遊んだ事。

風呂桶がザリガニでいっぱいになった事。

遠足の時、唯が迷子になり、1人で探しに行った和も一緒に迷子になってしまった事。

和は私が聞かなくても、唯について色々話してくれた。

姫子「あはは、だから唯はいつもあのヘアピンなんだ」

和「そうなの。特別な時以外はずっと」

姫子「はぁ」

姫子「………」

和と話すのがこんなに楽しいなんて思わなかった。

初めて話した時こそ、嫌悪感を抱いたりはしなかったが…

幼馴染ってだけでいちいち唯に付きまとってくる和は正直気に入らなかった。

でも、今日こうやって面と向かって話す事で、そんな思いはどこかに消えた。

唯があんなふうに和に懐くのも納得だ。
和は優しくて、面倒見が良くて、いろんな事に気配りできる。

それ以上に、一緒にいるとなんだか安心する。

そのおかげで話さなくてもいい事とか、色々和に教えてしまった。

唯の事をどう思っているのかも、全部。

和「でも、姫子が唯の事そういう風に思ってるなんて、驚いたわ」

姫子「う、うん…」

姫子「あーあ、なにもかも洗いざらい聞き出されちゃったな」

和「そう?かなり嬉しそうに教えてくれたじゃない」

姫子「ま、まぁね…」

こんなに唯についていろいろ話せる人ができて、私は嬉しい。

でも、本当はこんな事許されない。

和「告白はしないの?」

姫子「えっ…!?」

和の口からその言葉が出てくるとは。
「告白」の二文字を聞いた途端、私の内蔵が真っ逆さまに落ちていく。

姫子「告白…」

和「しないの?」

姫子「………」

姫子「それは…無理」

和「どうして?」

和「唯が姫子の事どう思っているかは分からないけど、女の子に告白されても、あの子なら別に…」

姫子「そういう事じゃなくて…」

和「?」

姫子「私だって、唯に告白したい」

姫子「唯にちゃんと伝えたい」

姫子「毎日唯を見るたび、そう思うわ…」

和「なにか理由があるの?」

姫子「ダメなの」

姫子「私には、そんな事許されない…」

姫子「あんなに人を傷つけておいて…」

和「………」

姫子「………」

和「よかったら聞かせてくれない?」

姫子「………」

和「少しでも姫子の力になりたい」

姫子「………」

姫子「………」

姫子「…うん」

姫子「中学の時の話なんだけどね」

姫子「“葵”って女の子に、私酷い事しちゃったんだ…」



〜〜〜〜



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最終更新:2014年09月07日 10:03