HAPPY BIRTHDAY AZUSA




梓「……ふう」

梓「んんー終わったぁー……ふわぁぁ」

梓「ねむぃ……けどお風呂入らなきゃ」

ホテルの部屋に戻った途端眠くなってきた。
長かったライブツアーも今日で終わり。
今後の課題も見つかったけれどそれでも成功と言えるツアーだった。
楽しかったなあ。

ライブの後はツアー完遂の記念に盛大な打ち上げが行われた。
メンバーもスタッフも友達も入り乱れて大いに盛り上がった。
それもそのはず。
何せ私達のバンド史上最大規模のライブツアーだった、と言うと大げさだけど初めて行く地方や大きめのハコで演奏が出来た。
ここまでこれたのはやっぱり地道な活動とみんなの頑張りの結果だと思う。
私だってやれる事はやってきた。
険しい道のりだったけど、その分このツアーをやり遂げた達成感は今までに味わった事のないものだ。
と言ってもここがゴールって訳じゃないし目標はまだまだいっぱいあるけどね。

……それより今は寝る準備しなきゃ。
のろのろ服脱いでたらいつまでたっても眠れないよ。
打ち上げも終わって後はお風呂に入って寝るだけなんだけど今までの疲れが出て来たのかな。
さっき騒ぎ過ぎたのもあるかもしれないけど。
あっお湯はってない……もう服脱いじゃったのに。
とにかくねむい。

梓「もうシャワーだけでいいや」

梓「でもちょっとさむいかも……暖房つけてシャワーあびよう」

梓「あっ歯みがかなきゃ……」

ねむい――




























――――――――――――

――――――――

――――


梓「……」

カーテン越しに朝の光を感じた。
目覚めたくなくて、続きを見たくてもう一度目を瞑って情景を思い返す。
けれど夢の続きを見る事は出来なかった。

唯先輩と出掛ける夢を見た。
思い返すとめちゃくちゃな夢だったけど、とても楽しくて幸せな気分にさせてくれた。
場面がコロコロ変わっていたけど私達は豪華客船に乗っていたんだと思う。
それも良かったけど一番は唯先輩と二人で旅行をしていた事。
先輩と二人で豪華客船の旅か……すっごくいいな。
海で泳いで……あれ、プールだったっけ?
その後はレストランで、ええとそれから私は唯先輩と……。
目が覚めてまだちょっとしか経っていないのにもう夢の事を忘れてきてる。
やだ。忘れたくない。
記憶に留めようとしているのにうまくいかない。

そうしてベッドの中で瞑想していたけどすればするほど情景は薄れていった。
後に残ったのはものすごくいい夢だったという感覚と、豪華客船、海等のキーワードと心にぽっかり空いた穴。
昨日までのプレッシャーからくる嫌な夢も大概だったけどまさかいい夢の方が堪えるなんて。
唯先輩との素敵な時間を与えられて、疑うことなくそれを満喫していたと思ったら実は夢で、あっさり取り上げられてしまった。

梓「はぁ……」

へこむ……いい夢見たはずなのに。
あの夢の中の私達は付き合っていた。なんかそんな感じがする。
だから二人きりで豪華客船に乗って旅行とかしてたんだよ。
だからあんなに楽しかったんだよ。
おまけに唯先輩とキスまでしてた……気もする。
余計に寂しく感じるのも多分その所為だ。
あんな事現実じゃありえないもんなぁ。
ていうか欲望丸出しな夢じゃん……。

なんだか寝過ぎたかも。
目が覚めてからもベッドで物思いにふけっちゃったし。
そろそろ起きなきゃ。

唯「あっ起きた」

梓「ふぁい………………なんでいるんですか!?」

唯「え?」

梓「……」

唯「あずにゃんが中々起きてこないから様子を見に来たんだよ」

梓「何で勝手に部屋入って来てるんですか。どうやって」

唯「えーっと……」

梓「……」

唯「あっ、珍しくお寝坊さんだねー」

もういいや。

梓「疲れてましたから」

梓「それより部屋入って来たなら声かけて下さいよ。私起きてたのに音も立てないから気付きませんでしたよ」

変な事口走らなくてよかった。

唯「気持ちよさそうに寝てたから起こし辛くてつい……えへへ」

梓「うっ……」

何だかすごく見られたくない所を見られた気がする。

唯「あれ?」

梓「はい?」

唯「あずにゃん……気持ちよくなかった?」

梓「え、は!?」

唯「寝てる時と違ってなんていうか……んー……元気ない? あれ、寝てる人は元気じゃないか」

梓「あ、ああ、気持ちよく寝てたっていう意味ですか」

先輩に即気付かれる程がっかりした顔してるのかな私。

梓「……ちょっと夢を見まして」

唯「もしかしてよく見るっていうあの夢?」

梓「それではなかったんですけど……」

ライブが近付いて来た時なんかによく見る夢がある。
ライブでいきなり知らない曲をやる事になってあたふたするような夢だ。
嫌な夢なのに無駄にバリエーションがあってギターの弦がやたら太くて弾き辛かったり、
唯先輩が私の知らない曲を歌い出したり、唯先輩がライブに遅刻したり。
とにかくライブでミスするっていう嫌な夢なんだけど唯先輩はそういうライブ関係の嫌な夢を見た事がないらしい。
むしろライブを楽しんでいる夢をよく見るとか。
ちなみにうちのバンドでこの夢の事を共感してくれたのは一人だけだった。

唯「あんなにしやわせそうな寝顔だったのに」

梓「寝顔見ないで下さいよ」

唯「どんな夢だったの?」

梓「え゛っ?」

梓「いやぁ……えっと、何て言うか」

唯「うんうん」

梓「その……すっごく素敵な夢だったんです。夢だったのが哀しくなるくらいに」

唯「そっかぁ」

梓「二度寝して夢の続きを見たいくらいでした」

唯「そんなにいい夢だったんだ。具体的には?」

梓「ぐ、具体的にですか? ええと、結構めちゃくちゃな夢だったんですけど豪華客船に乗って旅行したり泳いだりする夢でした」

一部分はしょった。

唯「豪華客船! うわーいいねーそれはいい夢だねぇ」

梓「ええまあ……それでこれからっていう時に目が覚めちゃって」

私がいいと思った部分は豪華客船だけじゃなくて、むしろ他の部分が大きかったんだけどそんな事言えない。

唯「それは残念だったね。私もその夢見たかったな~豪華客船乗りたいよ」

実は先輩も乗ってたんですけどね。

唯「あ! じゃあ実際に乗ってみるっていうのはどうかな?」

梓「えっ」

唯「ほら、ツアーも終わったから11月は結構ヒマだし!」

梓「ヒマって……まあスケジュールは空いてますけど」

唯「ね? 私達もそこそこ……まずまず稼いでるしたまにはゴージャスな事しちゃってもいいんじゃない?」

梓「……一人で行っても意味ないですから」

一人じゃあの夢は再現できない。
おまけに夢の中の私は唯先輩と付き合っていた。
やっぱり無理。かないっこない。

唯「ん? それって夢の中では誰かと一緒にいたって事?」

しまったああぁぁあぁ……。

梓「いえその……っ」

どうしよどうしよごまかさなきゃ。

唯「うんうん!」

梓「それは……」

……あれ。
付き合ってた事さえ隠せば別に唯先輩だってばれても問題ないじゃん。
そうだよ唯先輩が出てくる夢なんてそこまで珍しくもない。
動揺しちゃってた。
ちょっと恥ずかしい気もするけどそれは夢の中で付き合っていたからだもんね。
そうだ放課後ティータイム全員いた事にすれば……いや待てよ。
それも捨て難いけどここから上手くすれば二人きりで旅行するような流れに出来るかも……?
夢に出て来た人は一人だけだから二人っきりで旅行しないと夢の再現にはならないんです。とか言っちゃう?
唯先輩が出て来たから唯先輩と二人きりで行きたいです……えっこれ言うの恥ずかしいな。
誰かはわからないけど二人きりで旅行してたから実際に旅行する時も二人きりじゃないととか言っておいて、
仕方ないから唯先輩と一緒に行ってあげるんだからねって……なにこれ何様なのよ私。
やっぱり唯先輩の興味を引き出してから、じゃあ一緒に行ってくれますか? って感じで。
とりあえず謎の人物と二人きりだった事から説明を――

唯「もしかして私だったりして! なんちゃってー」

梓「……」

私の言えない事を平然と言ってのけるそこに憧れる。
せっかくのチャンスなんだから言わないと。

梓「唯先輩……だったような気もしますね」

唯「そうなの!? ……ってなんかあやふやだね」

私の意気地なし。

唯「あそうだ! じゃあ豪華客船の旅に行こうよ!」

うそ!
やった――

唯「みんなで!」

梓「っ」

それもすごくいいんだけれど、でも今回だけは。
夢のせいで空いた穴を埋めるには夢の通りにしないと。
あと一歩。
勇気出して言わなきゃ。

梓「あ、あのっ! 夢だと二人旅のクルーズだったっぽいんですよね。だから……一緒に行ってくれませんか?」

唯「私でいいの!? 行きたい行きたい!」

梓「あ……ではお願いします」

唯「やったーあずにゃんと豪華客船の旅だー!」

梓「……」

もしかして大分低いハードルだった……?
意識し過ぎてたのかな。
よく考えたら女同士で旅行なんて全然普通じゃん。
私の気持ちはばれないだろうし他の人に変な目で見られたりもしないはず。
いやそんな事より二人で旅行に行ける!
言ってみてよかったぁ。


唯「えーどこいこっか! 世界一周とか!?」

梓「いやいや流石にそれは……」

唯「じゃあとりあえずあったかい所だね! 泳ぐんだし」

梓「そうですね。とりあえず続きはご飯食べてからでいいですか?」

唯「急いでねあずにゃん。今週中には出発するんだから!」

梓「はやっ!?」

突拍子もない事を言い出すのはいつもの事。
結局私もそれに乗っちゃうんだよなあ。
憎めないというかなんというか。
まあ好きなんだけど。
なんだかんだで私の手を引いてくれたり、そっと後押ししてくれたりして。
そういう先輩だから私は……。


突然決まったクルーズの旅は今の時期でも泳げる地域という事で東カリブ海へ行くことになった。
豪華客船やカリブのリゾート地を調べれば調べる程期待は高まり、東カリブか西カリブかで多少揉めたが11月上旬に出発する事が決定。
成田空港から出発してアメリカはフロリダ州フォートローダーデールへ行きそこから『海のオアシス』と名付けられた巨大客船に乗って10日間のクルーズへと赴く。

そして今私達がいる場所がフォートローダーデールの港。
ここ自体もリゾート地であり、年間を通して暖かい気候は住みやすく海水浴やマリンスポーツに適している。
いたるところにヨットがあったりホテルがあったりとゴージャスな雰囲気を醸し出している。
市内には運河が張り巡らされていて『アメリカのベニス』なんて呼ばれているそうだ。
後から調べてわかった事だけどこの街は自由で開放的らしい。
つまりなんというか私にとって住みやすい街……かも。

港には大小様々な船が行き来していて、その中でも一際目を引く巨大客船が停泊している。
それが今回私達が乗る豪華客船。

唯「うわー! これ本当に船なの!? どうやって浮いてるの?」

全長361メートルで容積は東京ドームと同じくらい。
一度に5400人もの人が暮らせるというホテルのような客船だ。
まさに壮観。鳥肌が立ってくる。





梓「すごいですね」

唯「これに乗って旅するのかぁ」

客船を見上げて、強く暑い日射しに目を細めた。
これからの事を考えて期待に胸が膨らむ。

梓「それじゃあチェックインしに行きましょうか」

唯「チェックインかー本当にホテルみたい」

梓「プールもついてますし映画とかレストランも入ってるんですよ」

唯「うおおーすごいねあずにゃん!」

梓「……」

唯「あずにゃん?」

梓「あっすいません。なんだか夢が現実になって感無量と言いますか」

唯「ふふ、よかったねーあずにゃん」

梓「えへへ……」

唯「放課後ティータイムは夢を実現させるバンドだからね!」

梓「初耳なんですけど……それにバンドは関係ないんじゃあ」

唯「んもー細かいよあずにゃん。そこそこ大きなライブとかツアーとかしてさ、少しずつ夢を叶えてきたじゃん?」

唯「だからつまり……うん、ね?」

梓「なんですか」

唯「そ、そう! 放課後ティータイムはみんなの夢を叶えるバンドなんだよ!」

梓「はあ。先輩早くしないと置いて行きますよ」

唯「ああん待ってよー!」

唯「おあっそうだ!」

梓「まだ何かあるんですか」

唯「なんかあずにゃん冷たい……そうそういつかこの船でライブしたいなー」

梓「それは無理な気が……」

唯「夢は諦めたら終わりだよあずにゃん!」

梓「諦めたら終わり……確かにそうですね。さあ行きましょう」

唯「そうだよー夢は自分で掴みとらないとね!」

唯「でもさここでライブしたらすっごくワールドワイドじゃないかな」

唯「なんたって世界中から人が集まってるし!」

唯「ああっ! ねえねえあずにゃんあれ見て……あれ、あずにゃん?」

唯「あずにゃんどこー? おいてかないでよぉー」

こうして私達の豪華客船で行く東カリブ海クルーズの旅が始まった。


梓「着きました。ここが私達が泊まる部屋です」

ホテルの一室にしか見えないこの場所がこれからの海上生活の拠点となる。
ベッドが二つ、テレビとソファーとバルコニーまでついている。

唯「わあぁ……! あずにゃんあずにゃん!」

窓を開けてバルコニーに飛び出した唯先輩が手招きしている。
私もバルコニーへ出てみると煌めく海とフォートローダーデールの街並みが見渡せた。
船の上なのに十数階のビルから見下ろしているような感覚。
唯先輩が目を輝かせているのもわかる。


唯「今から船の中見て回ろうよ!」

梓「そうですね」

出航するまで船の中を散策して明日以降行く場所を二人で決めたりした。
とにかく巨大な船なので今回のクルーズだけでは船内を遊び尽くす事すら難しいのだ。

唯「早速明日行こうよ」

梓「でも明日はナッソーに停泊しますよ。明後日は終日クルージングですからその時にどうですか?」

唯「ナッソー……?」

梓「バハマ諸島のナッソーです」

唯「バハマ諸島……?」

梓「……潜水船に乗って海中が見れたりイルカと触れ合えたり出来ますよ」

唯「えっすごいね! うわー楽しみぃー」

梓「ハハッ」




これから唯先輩と二人で新しい事を体験していく。
そう考えるだけでわくわくする。
私の想いは15の春に出会って以来長い路を辿って大きくなりここまで来た。
きっとこの旅行でも色んな先輩を見て感じて、今日よりももっと……。


初日は船内を探索した後、翌日に備えて早めに寝る。
私達が寝ている間にも船はナッソーへ向かっていて、目が覚めた時には既に南国のビーチへ到着していた。

唯「あずにゃんおはよー」

梓「おはようございます。先輩早いですね」

唯「楽しみであんまり眠れなくて……えへ」

梓「ふふ、唯先輩らしいですね」




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最終更新:2013年01月17日 00:03