昔からそうだったな。
昔から、ずーっと悩んでた。
そんで、高校、大学、各時期に1、2回ぐらいずつ、ゴネて迷惑かけた気がする。
私の……ドラムの腕のことでさ。
放課後ティータイムがデビューしてから、もう5年ぐらいになるのか。
あのころは、本当にプロになれるなんて考えてなかったよな。
口では武道館とは言ってたけれど。
なんだか知らないけど、いつの間にかデビューしてた。
がむしゃらにやってたら、私達はいつの間にか結構なレベルに達していたらしい。
デビュー曲から今まで、いい曲に恵まれてきたし、毎回ヒットもしてた。
音楽家として申し分ないぐらい、私達は輝いてたんだ。
私のドラムにも、たくさんファンがついてくれた。
こんな適当な自己流ドラムだけどさ。
すぐ走るけどさ。昔に比べたら、そりゃマシになったけど……
「りーつ。また何か考え込んでるな」
……え? ああごめん澪。もう行かなきゃな。
「律……」
やっべ、こりゃ見透かされてる。
そりゃそうだよな、もう何度目だよって感じだし。その度に澪には迷惑かけたり、慰めてもらってたし……
ダメだ、考えるな私っ! 私のドラムは最強だいっ!
「……いい顔になったな。じゃ、行こう」
……この話題のときの澪はいつもキザなこと言うよな。
「う、うるさい! レコーディング、失敗するなよ」
はーいはい。
ということで今は、この次の冬に出す新曲のレコーディングをしてる。
その後には全国ツアーも控えてる。
どう? 順調っしょ?
いやー自分で言うのもなんだけど、今放課後ティータイムはかなりアツいんだぜ〜。
デビュー時はそりゃ騒がれたさ。
アイドルみたいな扱いだった。ガールズバンドだからってのもあるかな。
曲も一風変わったのばかりだしさ、主に澪の詩のせいで。
でも演奏面でバカにされたくないから、みんなでかなり練習したな。
澪とか梓とか、すんごい張り切ってた。
女だから売れたって言われたくないですー! ってな。
どっかで聞いたセリフだな……あ、そういえば同じ理由で髪バッサリ切った奴がいたっけ。
まぁそれはいいとして、デビューからしばらくしたらまぁ人気は少し落ち気味になってきた。
別に落ちぶれたってほどじゃないけどな。ファンもついてくれてたし、十分人気なほうではあったけど。
そのころはムギ曰く「充電期間」だった。
ムギ以外が作曲してみたり、澪と唯以外が作曲してみたり、ボーカルも変えてみたりして。私はドラムしかやらなかったけどな。
いろいろ模索してた頃だ。
その結果、渾身のアルバムが出来た。
放課後ティータイムの完成形ともいえるやつが。
アイドルじゃなくて、実力で勝負ってやつだ。
それがまたヒットして、今私達はノリにノってるってわけよ。
「りっちゃーん、遅いよ〜!」
おっす唯。ごめんごめん。
「また律がうじうじしてたからな、遅くなった」
うっせー、もうこの通り元気なんだからいいだろっ!
「りっちゃんの代わりはいませんっ♪」
……ムギにもバレてるな。
まったく……さ、やろうぜ。新曲レコーディング開始だっ!
「はい! 律先輩、今回はアップテンポの曲ですから……」
走っちゃダメですよ〜、ってか?
生意気なー、中野めっ! 私はもはやそれは克服した! このこの〜!
「うわわ、ちょっと先輩っ! やめてくださいよもう……」
……………………
……そんなこんなで新曲も出来上がった。
うん、いい感じだ。
なんだ、結構ドラム上手いじゃん、私。
ま、さすがに頑張って練習してきたもんな。もう10年以上か……
「お疲れ、律。帰ろうか」
おう、送ってくよ、澪。
ってなわけで、割といい気分のまま高速を飛ばしてる。
帰ったら飲もーっと。最近集中して練習してたから禁酒気味だったしな。
「最近……充実してるよな」
そだな。ついに完成形になったって感じだ、放課後ティータイムが。
……と、自分で言っておいて、ふと思う。
完成ってことは、これからどうすんの?
このまま惰性で続けんのか?
……それとも、解散すんのか?
放課後ティータイムは、音楽性の違いで解散とかはありえないけどさ。
みんな仲良しだし。
でも、いつまでもこのバンドだけでやっていく必要はあるのかなと、たまに思う。
なんたって、澪も唯も、ムギも、梓も、他に音楽活動をしてるからさ。
みんな、マルチな才能を持ってるんだ。
解散したら、私はどうすんの?
どこでドラム叩けばいい?
「……、……つ、おい……りつ!」
どこにも、居場所がなくなるのかな。
澪の詩じゃないけどさ、カミサマにお願いしたくもなるよ。
今のこの楽しい時間を終わらせないでくれ、ってさ……
「……律! 前、前!!」
……え?
って、おおおおおおおおいっっっっ!!!!!
…………………………
「……つ、律っ!!」
……う……何があった……?
……!!!
やっべ、やっちまった!! 事故った!
澪、大丈夫か!?
「律、大丈夫か!? 馬鹿、律の馬鹿っ!!」
……澪は無傷らしい。パニクってる。
そりゃそうだ。
よく見てみると、車の前のほうがグシャグシャに潰れてる。
よく生きてたもんだ。
なんでこんな冷静なんだ、私。
んで、向こうの車は……
これまたグシャグシャになってるが、運転手は無傷っぽくて、もう車の外に出て何やら電話してる。
最悪の事態は避けられたってか……
よくよく思い出してみると、私がぼーっとしてたせいでぶつかった。
100%こっちが悪い。
……これ、私、逮捕される?
……。
……そこから先のことは、あまり覚えてない。
ただ、右腕が地味に痛かったことだけは覚えてる……
…………………………
何日かたった気がする。
事故については、向こうも澪も無傷だったし、私の過失の物損事故ってことで、
示談になった。
逮捕やら書類送検されなくてよかったとか、そういう問題じゃないけどさ。
放課後ティータイムのメンバーには、土下座して謝った。
みんな、オロオロしてた。
なんとなく家でネットを開いてみたら、
もうトップ記事に載ってた。
HTTドラマーが交通事故、ってね。
新曲発売は、延期になった。
……何日か経って、だんだん、自分のしたことの重大さがわかってきた。
相手の命、澪の命、
放課後ティータイムの運命、
私達の家族の運命、
いろんなものを失ったり、めちゃくちゃにしかけたんだ。
何やってんだ、私……
何でぼーっとしてた?
何考えてた、あの時?
放課後ティータイムが解散したら、私は落ちぶれるんじゃないか、って……
そんなチンケなこと考えてたせいで、取り返しのつかない事態になりかけたんだぞ……
……リーダーのくせに、
ドラムでも足引っ張って、
事故って更に足引っ張って、
私なんてーー
「律、律!!」
……澪の声がする。
あ、着信来てた。気づかなかった。
そういやインターホンみたいなのも鳴ってた気がする。
……いよいよヤバイんじゃないか、私。
とにかく、澪を入れなきゃ。玄関へと急ぐ。
「……律……いるなら返事しろ」
すいません……
平謝りしかできなかった。
みじめだな。
…………………………
結局あれから、放課後ティータイムのみんなに、あの時なぜぼーっとしていたかを説明することはできなかった。
澪には感づかれてると思うけど。
正直死にたくなるような日々だった。
でも、死ぬわけにはいかない。
頑張らなきゃいけない。
新曲の発売と、全国ツアーが控えてるんだしな。
割と、すぐに前向きになれたと思う。
もう今までの私とは違うんだ、うじうじしないでがむしゃらにやってやるっ。
私の気合が伝わったのか、みんなもすぐに元の感じに戻ったと思う。
事故のことを気まずく思う雰囲気はなくなった。
リーダーとして引っ張っていかなきゃな。悩んでる暇なんかないんだ。
「律、やっとリーダーらしくなってきたな」
はいはい。まぁいつまでも事故のこと気にしててもしょーがないからな。
今まで通りやるしかないだろってことよ!
「それでこそりっちゃんだよ!!」
ごめんな唯。お前最近あんまり笑ってなかったよな……
「え、そう? そうだったかなぁ」
「……そうですね。唯先輩、笑わないから結構不気味でした」
「ぶ、不気味って!? ひどいよあずにゃん」
……ぷ、いつもの調子を取り戻してきたな。
あ、じゃぁ久々にティータイムにしようぜっ!!
お菓子解禁だ、解禁っ!!
「ま、待って待って! 私もりっちゃんのせいで最近不気味だったんだから!!」
ムギが精一杯膨れてみせる。
あはは……ごめんな。ムギが相当気を使ってくれてたのはわかってるよ。
謝るから……お菓子を……
「ええ♪いいわよ♪」
「ムギ先輩、甘やかしすぎですっ! 律先輩はしばらくお預けでも……」
「梓、そんなことするとまた律がいじけはじめるぞ」
うるさいやい。
もう私は強くなったんだ、事故って吹っ切れたわ。
ドラム一本で放課後ティータイムのために尽くしてやるっ!!
「おお〜、さすがりっちゃんかっこいい!!」
「りっちゃん素敵よ♪♪」
いや〜、どもども。
やっぱいいな、このメンツは。
よーし、ちょっとテンション上がって来たし、もう一曲叩いてからお茶にすっか……つっ!?
「……どうした、律?」
……痛っ、急に動いたら指つったわ。
やっぱお茶にしよーぜ!
「……はぁ、律先輩らしいですね」
「はーい、今淹れまーす♪」
「やったぁ、久々のお菓子だよ〜」
「唯は家でも毎日食べてただろ……」
……みんなの能天気な会話を聞きながら、私は冷や汗を流していた。
指つったとかいうレベルじゃない。
なんだよこれ……右腕が痺れる……
気のせいだよな?
明日には治ってるよな?
…………………………
それから、集中的に練習した日は決まって、練習後に右腕に違和感を覚えるようになった。
うすうす気づいていたけど、やっぱアレだよな……
あえて思い出さないようにしてた、あの事故の記憶を遡ってみる。
ハッキリ覚えてないが、右腕をどっかに強打したのは確かだ。
気が動転してたから、なんか痛えな〜ぐらいにしか思ってなかったけど。
右腕の違和感は日に日に増していく。
それと同時に、みんなの演奏の仕上がりもどんどん増していく。
事故はあったけど、むしろそのおかげでみんなで真剣に話す時間も増えてきた。
私のうじうじも克服できたと思うし、ドラムの腕も上がった気がする。
最高のツアーにできそうな自信はあった。何もかもいい方向に向かっていた。
私の右腕の痺れ以外は……
いけるか……? もつか……最終日まで?
…………………………
「みんな〜、ありがとーーー!! じゃぁ次は、最後の曲っ!!」
ツアー初日。
大歓声だ。唯も、みんなも、お客さんも、超いい顔してる。
私は……汗だくだった。いや、みんな汗だくだけど。
私は半分以上、冷や汗だ。
痛い。痛い。超痛い。もう叩けない。
そりゃそうだ、2時間近くぶっ通しで叩いてんだから。
シンバルの影に隠れて、表情を悟られないようにしながら、ここまでなんとか叩いてきた。
次は最後の曲……っても、アンコールが二曲ある。
あと三曲……くっそぉっ!!
やるしかねえーーっ!!
…………………………
……帰宅した。
最後の三曲あたりから撤収するまで記憶がほとんどないけど、どうにか叩ききったらしい。
初日お疲れの打ち上げのときにも、特にみんなから何も言われなかった。澪ですら気づいてる様子はなかった。
練習のたまものだな。さすが私。
まぁ、澪のやつに「シンバルのセッティング変えた方がいいんじゃないか? アイコンタクトが取りにくかった」とか言われたときは焦ったけどな。
……しっかし、絶望しかないわ。
まだ初日だぜ……今もじんじんと痺れてる。2時間強のライブに、ギリギリ耐えられるってとこか。
毎回死にかけるな……でもやるしかない。ツアー中止とか、ありえないし。
……………………
お約束っちゃお約束だが、こういうのはだんだん悪化していくもんでさ。
ライブを重ねる度に、右腕にはダメージが蓄積されていった。
「ギリギリ耐えられる」から、ツアー終盤には「ギリギリ耐えられない」ぐらいには悪化した。
最後のほうは地獄だった。
痛み止めの薬も打った。なるべく右腕に負担をかけないように、アレンジも変えた。
それを梓に褒められたりもした、珍しく。「律先輩……それすごくいいです! ……見直しました」ってな。まったく生意気な後輩だこと。
でもそれは素直に嬉しかったな。死ぬ気でやれば私だってイイもん作れるってことだ。どんなもんだい。
私の頑張りを見て、みんなも刺激を受けてくれてるみたい。最近、ファインプレーが続出してる。唯なんか、神がかってきたよ、ソロのセンスが。
……だからこそ、壊したくなかった。
この最高の放課後ティータイムをさ。
私のアホな事故の後遺症のせいでさ……
……さぁ、最終日だ!
…………………………
「みんな、本当に、本当にありがとーーー!!!」
……う……痛……
「アンコールも本当にありがとう! でもこれで本当に本当に最後の曲だよ! あ、その前にみんなから一言〜」
「えっ、ここでですか!?」
「いいじゃんいいじゃん〜、じゃあずにゃんから!」
……やべ……来る……
「……みなさん、今日は本当にありがとうございました。このツアーは、私たちにとっても、とても大きな意味を持つというか……成長できたと思います。これからも頑張るので、よろしくお願いします!」
……よかった……梓がそう言ってくれると、嬉しいよ……
「おお〜ぱちぱち、あずにゃん真面目だねぇ〜。じゃぁ澪ちゃん!」
「う、あ、あの……ゆ、唯! 急に振るのはやめろって言っただろ……!」
……澪……お前何年経ってもあがり症は治らないな……
「……ごほん! あ、梓も言ってたけど、私たちはこのアルバムとツアーを通して、こう、次のステージに行けたというか……まだまだ曲を生み出していきたいと思うから、また聴いてくれると嬉しいな」
……次のステージ……行けるのかな私……
「澪ちゃんさすが! 次ムギちゃん!!」
「はいっ! 私、今とっても興奮していますっ!! だってだって、もう何もかもすごいんだもん! 唯ちゃんもすごいし、澪ちゃんもすごいし、りっちゃんもすごいし、梓ちゃんもすごいし、お客さんもすごいし、わ、私もすごいし!!?」
……はは、落ち着け……まぁいいけどな、ムギが楽しそうにしてるとこっちまで……楽しく……
「ムギちゃんわけわかんないよ! でもわかるよ〜、何かいいよね、最近! はい、じゃぁ我らがリーダー、りっちゃん!!」
…………えっと……
はは……なんか……ひっく、うぅ……
ちくしょー、わけわかん、ひっく、ねーよ……
「り、りっちゃん!? 何で泣くの!?」
「り、律!? どうした!?」
……う、うるさいやい……しらねーよ……涙が止まんないんだよ……
は、早く、曲に行こうぜ……
「律先輩が……!? 珍しいですね」
「りっちゃん、すっごくすっごく頑張ってたものね! ありがとう、部長♪」
「じゃぁ、本当に本当に最後の曲! ふわふわ時間!!」
…………あと一曲。
…………あと少し。
…………アウトロに入った。
もう右手使ってない。スティック吹っ飛ばしたことにした。感覚もない。
自分でも驚くぐらい器用な動きで、左手だけで両手分の働きをさせる。
……暑い。熱い。
……ラスト……!
最後のシンバルぐらい右手で……!
おりゃーーーっ!!!!
最終更新:2014年11月09日 12:00