‐音楽準備室‐


梓「……えーと、その」

梓「ごめんね、わざわざパーティーなんて開いてもらっちゃって」

菫「いえいえ、せっかくの誕生日ですし」

純「いえいえ、ケーキ食べたかったですし」

直「先輩こそ受験で忙しいのにすみません」

梓「大丈夫」

梓「わたしも息抜きはしたいなって、ちょうど思ってたところ」

純「わたしも糖分の補給をしたいなって、ちょうど思ってたところ」

憂「梓ちゃん普段から勉強頑張ってるもんね〜」

梓「憂ほどでは……」

純「わたしよりは……」

憂「ううん。だって梓ちゃんには、ずっと前から目標があるんだもん」

梓「……うん」

純「……」


  *  *  *


菫「それじゃ、ケーキ開けますよー」

梓「おぉー……!」

憂「立派だね!」

菫「梓先輩のお祝いをするってことで、はりきっちゃいました」

菫「琴吹家専属のパティシエが」

梓「パティシエが!?」

憂「もう琴吹家では梓ちゃんの名前が知れ渡ってるんだね」

菫「お嬢様の話でも、よく出てきていましたからね」

梓「それは喜ばしいことなのか……」

純「……はぁ〜」

憂「どうしたの純ちゃん?」

純「いやね。梓は琴吹家でも反応を見せられるほど、著名人だというのに」

純「わたしはさっきから軽音部の中ですら反応されないんだな……、って」

梓「あえてスルーしてたことぐらい察してよ」

梓「……それに著名人ってわけじゃないし」

純「甘いよ、梓!
 あの巨大な琴吹グループのことだ、裏でなにやってるかわからない——」

純「その世界有数の巨大グループを味方につけたってことは、
 もはや“世界の中野梓”になったも同然!」

憂「グローバルな梓ちゃん!?」

梓「なんじゃそりゃ……」

梓「というか、琴吹グループがそんな黒い仕事してるわけないじゃん。
 ねえ、菫?」

菫「あっ……」

菫「はい、そうですね!」

梓「今の間はなんだ」

直「……梓先輩、明日から背後に気を付けた方が」

梓「せっかくの誕生日に暗殺予告!?」

菫「もう! そこまでのことはしないって!」

直「そこまでのこと“は”……?」



 「…………」



憂「……じゃ、じゃあ仕切り直してこのケーキ食べようか?」

純「う、うん、それがいい。それがいいね」

菫「なんで二人とも少し本気にしてるんですかー!」


  *  *  *


純「あー、そうだ梓。忘れる前に渡しとくね」

梓「これなに?」

純「プレゼント。開けてごらん」

梓「……純が一番目にプレゼントを渡すなんて、嫌な予感がするんだけど」

純「いやいや今回は本気で考えたんだ」

純「梓が一番欲しいものはなんだろう、ってね」

梓「怪しい」

純「ま、開けてみ」

梓「ふぅん……」

梓「……」

純「梓?」

梓「……純、これはなに?」

純「梓の一番欲しいもん」

梓「その名を?」

純「シークレットシューズ」

梓「いるかっ!!」

純「えぇ!?」

梓「誰がこんなもん履くか! むしろ自分の小ささを認めたみたいで嫌だわ!」

純「でも梓、この前の健康診断で」

純「“はあ、1センチしか伸びてなかった。澪先輩ぐらいの長身があればなあ”」

純「って言ってたじゃん!」

梓「それとこれとは話が別!」

純「頑張ってプラス9センチのものを探してあげたっていうのに!?」

梓「知らんわっ!!」

菫「……あ、あの梓先輩! わたしたちもプレゼントがあるんです!」

梓「たち?」

直「わたしたちは二人で選んだんです」

梓「そうなんだ。ありがと、二人とも」

直「いえ」

直「最初は悩みましたが、純先輩のアドバイスを聞いてピンときました」

梓「んっ?」

梓「誰のアドバイスを聞いたって?」

直「純先輩です!」

梓「嫌な予感しかしねえ!」

菫「わ、わたしはどうかなーって思うんです」

菫「でも梓先輩が喜んでくれるなら!」

梓「ワー、ウレシイナー」

梓「……」

菫「い、いかがでしょう?」

梓「菫」

菫「はい」

梓「これの名前を言ってみて」

菫「胸パッドです」

梓「いるかっ!!」

菫「えぇ!?」

梓「誰がいるかっ! 余計悲しくなるわっ!」

菫「一応、純先輩のアドバイスに従って、大きめのものを選んだんですけど……」

梓「余計なお世話じゃ!!」

菫「ひぇ〜……」

梓「……でもね。二人は悪くないよ」

梓「悪いのは純だからね。二人の気持ちはわかってるつもり」

梓「ありがとね!」

直「ちなみにこの大きさをチョイスした上で、
 “本当にこれで足りるかな?”と呟いてたのも、菫です」

梓「菫ぇっ!?」

菫「な、直ちゃんなんてことを!」

直「事実でしょ?」

菫「そんなこと言ったら直ちゃんだって、
 ノリノリで純先輩と話し合ってたでしょ!」

直「なんのことやら」

梓「直もそっち側かー……!」

梓「う、憂……」

憂「わたしのプレゼント、受け取ってくれる?」

梓「う、うん! わたしは信じてるよ、憂のこと!」

憂「大丈夫。わたしは純ちゃんとも相談してないし、
 このプレゼントはわたし一人で選んだんだ」

梓「それなら良かった……」

憂「凄く考えた。今の梓ちゃんに一番必要なものってなにか。
 結局答えは出せなかったけど、一つだけ道が見えたんだ」

憂「原点に立ち返れば、また景色は変わるんじゃないかって」

梓「う、うん……?」

憂「だからはい、梓ちゃん!」

梓「これは……!?」

憂「そう、梓ちゃんの原点にして最高のパートナー……」

梓「その名を?」

憂「猫耳」

梓「いるかっ!!」

憂「えー?」

梓「なにか語りだしたかと思えばこれだよ!」

憂「とっても似合うと思うのに」

梓「問題はそういうことじゃないんだよ!!」

梓「……ああもう、折角一人で考えたっていうのに、
 憂も結局あっち側の人間だったなんて……!」

純「あっち側ってどっち側?」

梓「あんた側だよ!!」

憂「梓ちゃん、お願い! いまこそ原点に立ち返るときなの!」

梓「憂もお願いだから真面目キャラに立ち返って!
 軽音部に入ったせいで絶対毒されてるから!」

純「えー、わたしってば、そんなに毒されてるかねー?」

梓「あんたは元々だよ!!」

菫「梓先輩、お願いします。ぜひ身につけてください!」

直「お願いします」

梓「もう、いい加減にしてよ! わたし帰る!」

純「あ、待って梓!」

憂「梓ちゃーん!」


  *  *  *


梓「——勢い余ってバッグを忘れてしまった」

梓(ちょっと怒りすぎたかな……。でも、みんなもみんなだよね……)

梓「……ってあれ、誰もいない?」

梓(わたしが怒っちゃったから、解散になったのかな……?)

梓(悪いことしちゃった?)

梓「……」

梓「……とりあえず今日は帰るとしようか」


 ‐外‐


梓(とりあえず明日皆に会ったら、ちょっと言い過ぎたって謝って……)


 「待ちなさい、そこのお嬢さん!」


梓「っ!?」

?「ふっふっふっ……」

梓「そ、その声は……」

覆面T「わたしは、そうね。覆面Tとでも呼んでもらおうかしら!」

梓「ムギ先輩ですね」

T「……」

梓「……」

T「それはともかく」

梓(図星だったか)

T「これを見なさい!」

菫「た、助けてください梓先輩!」

梓「なっ!?」

T「ふっふっふっ……この子はあなたの大切な後輩だそうね。
 いまから彼女をさらって、酷いことをしようと思うの」

梓「はあ、そうですか……」

T「ただし、わたしにも弱点の一つや二つがあってね」

梓「えっ?」

T「そうね、例えば“身長160センチ台でツインテールの少女”なんかが
 目の前に現れた日には、ひとたまりもないと思うの!」

梓「……」



梓(現在の身長151センチ)

梓(純から貰ったシークレットシューズ。プラス9センチ)

梓(足し算すると、ぴったり身長160センチ! わあ素敵な計算式!)



梓「どうぞご勝手にさようなら」

菫「梓先輩!?」

T「……」

菫「行っちゃったね……」

T「……そうね。そういうことなら」

菫「え、ちょっとお姉ちゃん? なんか役にのめり込みすぎてない?
 いや、あ、待っ……」


  *  *  *


梓(酷い悪夢を見た)

梓(……んっ?)

直「た、助けてー」

覆面「ふははは!」

梓「また出た」

直「こいつわたしにひどいことをしようとー」

梓「しかも直は棒読みが酷い!」

覆面R「わたしは覆面R! 今からこの後輩に——」

梓「酷いことをしようというんですよね、律先輩」

R「……」

梓「……」

R「さて、それはそれとしてだ」

梓「律先輩も誤魔化し下手だなあ」

R「普段のわたしならお前みたいなチンチクリンには負けない」

梓「誰がチンチクリンじゃ」

R「だが、今日はどうもコンディションが良くないようでな」

R「“豊満なバストでツインテールの少女”を見せられては、さしものわたしも大打撃だろう」

梓「うわぁ」

R「なにドン引きしてんだよ……」

梓「別に」



梓(……今日のプレゼントにあったアイテムその二)

梓(胸パッド〜!(しかも大きめ))

梓(この大きさなら、わたしでも豊満なバストが実現可能に!? 夢みたーい!)



梓「誰がその手に乗るか」

R「あ、おい、逃げるのか!」

R「……行っちまった」

直「タスケテー」


  *  *  *


梓(はあ、もういい加減にしてほしいよ)

梓(……でも、この流れだと恐らく)

覆面Y「わたしの名前は覆面Y!」

梓「言わんこっちゃない」

憂「助けて、梓ちゃん! 知らない覆面の人がわたしに酷いことをしようとしてるの!」

梓「レパートリー無いなあ」

Y「うぇっへっへっ、覚悟ぉ〜」

梓「わたし先を急ぎますので」

Y「あ、ちょっと待ってあずにゃん! ええと……」

Y「“猫耳をつけてニャンと甘ったるい声で鳴かれない限り”、
 わたしは無敵なんだよ〜」

梓「隠す気ゼロかっ!」

Y「なんのことやらー?」

梓「しかもいま台本確認してましたよね?」

Y「……」

Y「無敵なんだよっ!」

梓「もう“敵”が一人も“無”い状態で“無敵”を誇っててください」

Y「ああん、いけずぅ〜!」



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最終更新:2014年11月11日 19:33