澪「いっしょう、って何のことだよ」

唯「へへ~、何のことでしょう? ヒントは『ごはん』!」

澪「ああ、なんだ。お米の単位か。一升ね」

唯「えー! そんなに早くわかっちゃったら面白くないじゃん! 少しは悩んでよ!」

澪「いや、悩めって言われても……」

律「ホント、澪は空気読まない奴だなあ。嘘でもいいから『わからない』って言えよ。
  そして何か面白いことを言え」

澪「おい、私ムチャクチャ言われてるぞ」

梓「唯先輩も大概ですけどね」

紬「それで唯ちゃん、お米一升がどうしたの?」

唯「なんかねー、他のクラスで調理実習があったんだけど、お米を炊きすぎて余っちゃった
  んだって」

澪「一升分もか?」

唯「うん」

律「どうやったらそんなに余るんだよ……」

梓「私のクラスも今日の調理実習で料理が少し余りましたけど、そこまでは…… ていうか、
  お米を研いでる段階で先生も生徒も誰も気づいてなかったっていうのが怖いです」

唯「でね、せっかくのご飯がもったいないなーって思ったから、軽音部のみんなで食べようと
  思ってさ、放課後にここへ持ってきてもらえるように声かけといたんだ」

紬「ええっ!?」

澪「五人で一升なんて無理に決まってるじゃないか!」

律「お前、一升がどれくらいあるか、絶対わかってないだろ! 十合が一升! 大きめの茶碗
  二杯分のご飯が一合! 二十杯もあるんだぞ!」

唯「え、一升ってそんなにあるの……?」

澪「ダメだ、こいつ……」

律「一升のご飯なんてどうすんだよ……」

唯「ごめんなさい……」

梓「いや、諦めるのは早いかもしれません」

澪「何かいい考えでもあるのか?」

梓「ええ。幸い我々軽音部には“バキューム琴吹”ことムギ先輩がいます」

紬「そんなあだ名を付けられた覚えは無いのだけど」

梓「ムギ先輩だけでおそらく四合は堅いでしょうから、残り六合を一人一合ずつ食べるとして……
  あと二人、出来れば三人ほど助っ人を集めれば、食べられなくはないかと」

紬「え、もしかして私が知らないだけで、みんなそう呼んでいるの?」

澪「なるほど。助っ人を足して八人として、ムギのバキュームっぷりを考慮に入れれば不可能
  ではないかな……」

紬「澪ちゃんは私をそういう目で見てたの?」

律「しょうがないなあ。食べ物を粗末にしたらバチが当たるし、やるだけやってみるか。
  唯と澪は何かおかずになるものを探してくれ。私とムギと梓は助っ人を集めてみる」

唯「おっけー!」

澪「ああ、わかった」

梓「集まりますかねえ」

紬「バキューム……」



~しばらくして~

女生徒「平沢さん、ご飯持って来たよ。本当にありがとうね。助かったわ」

唯「なんのなんの! 私たちにまかせて!」

澪「おひつに一升のご飯…… 大迫力だな……」ゴクリ

唯「だいじょーぶだいじょーぶ! おかずも結構もらえたし!」

澪「あとは律達が何人集めてくれるかだけど……」

律「ただいまー」ガチャッ

唯「おー! おかえりー!」

澪「何人集まった!?」

律「どうにか三人。さ、入って入って」

風子「私、軽音部の部室に入るの初めてかも……」

キミ子「美味しいものが食べられるって聞いて」

和「嫌な予感しかしないんだけど」

澪「本当になりふり構わず集めた、って感じの人選だな……」

律「おっ、もうごはん来てたのか」

梓「これが一升のご飯ですか。圧巻ですね」

唯「よーし、さっそく食べよー!」

紬「和ちゃん、私のあだ名って聞いたことある?」



~食事開始~

唯「じゃあ、まずはルール説明から!」

梓「ルール? 食べるのにルールが必要なんですか?」

紬「お茶碗によそった分は絶対に食べる、とか?」

和「それは当り前のことよ」

唯「まずは食べる順番を決めるの。それから……―― よいしょ!」

澪「何だ? この箱」

唯「中におかずの名前が書いてある紙が入ってるから、それを引いて、紙に書いてあるおかずを
  食べるの。お残しは厳禁!」

風子「何だかちょっとしたゲームみたいだね」

澪「また唯の悪ノリが始まった……」

律「ちょっと人数集まって余裕が出来たからって調子に乗ってんな」

梓「私、知ってます。こういうのを関西弁で『いちびる』って言うんです」

紬「いちびってるのね、唯ちゃん」

唯「順番はくじで決めるよ。ささ、引いて引いて」サッ

律「何だかなー……」


――食べる順番を決めるくじの結果が唯の手で書き出される。

【あずにゃん→キミ子ちゃん→和ちゃん→澪ちゃん→風子ちゃん→私→バキューム琴吹→りっちゃん】


唯「よし! 順番はこのとーり!」バッ

紬「」

律「バキュームwww」

風子(バキューム……w)プルプル

梓「言い出しっぺの私が言うのも何なんですが、バキューム推しやめてくださいwww」

唯「ほいほい、じゃあ先鋒あずにゃん、おかずを引いて」

梓「じゃあ、これを」スッ


【炒めウィンナー】


律「おっ、いいの引いたな」

和「ご飯のおかずとしてはポピュラーな方ね」

唯「はい、ウィンナー」コトッ

紬「はい、ご飯」コトッ

梓「ありがとうございます。いただきます!」パクッ パクパクパク モグモグモグ パクパク モグモグ

澪「おお、最初から飛ばすなあ」

風子「いい食べっぷりね、中野さん」

紬「満腹中枢が働き出す前にどんどん攻めるのよ」

律「玄人っぽいコメントやめろw」


――トップバッター梓、一杯目をなんなく平らげ、二杯目も順調に食べ終わるかに見えたが……


梓「んー、さすがに二杯も食べると結構……」モグモグ グフッ

唯「あまり無理しない方がいいよ? 後にはキミ子ちゃんやムギちゃんが控えてるんだし」

和「そうよ。身体に良くないわよ」

梓「いえ、一人目なのでもう少し頑張って皆さんの負担を減らします! おかわり!」モグモグ ゴクン サッ

澪「やるなあ、梓」

律「後輩の鑑だな」


――梓、三杯目を何とか完食し、二番手キミ子へバトンタッチ。


梓「うう…… さすがに…… 巻上先輩、お願いします……」ゲフゥ

キミ子「私のおかずは、っと」ゴソゴソ スッ


【豚の角煮】


唯「おおー! これまたいいのが来たー!」

梓「これ、最高のおかずじゃないですか」

紬「豚の角煮…… ご飯が進む味付けではあるものの、その脂っこさは胃に真綿で締めあげる
  ような負担を与えていく…… ジレンマね」

律「だから誰なんだよ、お前はw」

風子「巻上さん、頑張れー!」

澪「頼んだぞ!」

梓「次鋒レオパルドン、いけ!」

律「キミ子とムギにかかってるんだからなー!」

キミ子「いただきまーす」パクッ モグモグ

梓「あれ? 静かな滑り出しですね」

澪「そうだな。修学旅行の印象ではもっとガツガツ行くタイプだと思ってたんだけど」

キミ子「うん。角煮、美味しい」パクパク モグモグ

キミ子「冷えてなかったらもっと美味しいのに」パクパク モグモグ

キミ子「ふう、ごちそうさま」カタッ

律「えええええええええええええええ!?」

澪「えええええええええええええええ!?」

唯「えええええええええええええええ!?」

梓「一杯で終わりですか!?」

キミ子「だってお腹いっぱいなんだもん」

律「修学旅行であんだけ食いしん坊キャラを演出しといてこれかよ!」

キミ子「食事してるとこを見て、みんなが勝手に食いしん坊とか大食いとか思ってただけじゃない。
    大体、『イカのお寿司、イカのお寿司』ってみんな言うけど、お寿司一貫くらい一口で
    食べられるでしょ? 普通はさ」

澪「いや、まあ、うん……」

律「それはそうなんだろうけど…… そんなこと言ったらお前、色黒とエラ張ってる以外に
  キャラ立ちの要素無くなっちゃうじゃん」

梓「怒られますよ。マジで」


――期待のキミ子が一杯という結果に終わり、お次は和の登場。


和「美味しいおかずが当たるといいんだけど」ゴソゴソ

律「ところでおかずってどこから持ってきたんだ?」

澪「私は学食の厨房で分けてもらった」

唯「私は他の子や先生のお弁当の残りをもらってきたよ」

風子(聞かなきゃよかった……)

和「じゃあ、これで」スッ


【いちごのショートケーキ】


和「……は?」

律「なんでケーキなんか入ってるんだ? これ間違いだろ。やり直しやり直し」

唯「あ、それ間違いじゃないよ。私が入れたやつだから。ていうか部室にあったからもらったの」

和「どこをどうやったらご飯のおかずにケーキっていう考えに行き着くのよ!」

澪「さっきあれだけ『ご飯のおかずになるもの』って念を押したろ!」

唯「え、えっとね、あんまり澪ちゃんがしつこくそう言うから、何だか脳の中で『ご飯のおかずに
  ならないおかしなもの』に変換されちゃって……」

律「お前は江頭か!」

澪「とにかく、こんな変なものは無効だ。和、引き直しなよ」

和「……いえ、食べるわ」

風子「の、和ちゃん!?」

和「ルールはルールよ。たとえどんなひどいものを引き当てようと、それがルールなら絶対に
  食べなきゃ……!」

律「生徒会長スイッチとか生真面目スイッチとか、なんかそんなのが入ったな」

梓「損な性格ですけど企画としてはおいしい性格ですね」

澪「食べるのは美味しくないものなのにな」

律「いつの間に企画になったんだよ、これ」

唯「さあ、和ちゃん食べて食べて。美味しいいちごのショートケーキだよ? い ち ご の 」

和「あんた、まだ根に持ってるわね……」

梓「和先輩に当たるように細工したんじゃないでしょうね」

和「そ、それじゃ、いただきます…… まずはケーキを一口……」パクリ

風子「ケーキは美味しいんだよね。ケーキは……」

紬「でも、もしかしたら意外と美味しいかも。おはぎだって甘いあんこともち米でしょ?」

律「まあ、確かに」

和「そして、ご飯を一口……」パクリ モグモグ

澪「ど、どうだ……?」

和「……」ガタッ

律「おっ、立ち上がって腰に手を当て出したぞ」

和「……」モグモグ

梓「クールなたたずまいですけど若干涙目ですね」

和「……」ストッ

唯「あっ、座った」

和「……」モグモグ ゴクリ

風子「お、お味のほどは……?」

和「美味しくないわ。少しも美味しくないわ。1nmも美味しくないわ」

律「まあ、そうだろうなw」

和「私もおはぎみたいな奇跡を期待したけど、見事に美味しくなかったわね。特にご飯と
  スポンジケーキと生クリームの組み合わせが絶望的な口当たりを生み出しているわ。
  それに加えて、この甘さが吐き気しか呼ばないのよ」

梓「冷静な解説ですが、最悪の食べ物じゃないですか」

和「でも、何とか食べてみる……!」パクッ モグモグ グフッ

風子「和ちゃん、頑張れ!」

紬「鼻呼吸を止めたら少し楽になるわよ!」

澪「頑張れ! 和なら出来る!」

唯「食べて食べて! あともう少し!」

梓「むしろ吐け!」

和「ちょっと」ガタッ

梓「小粋なジョークです」


――周囲の応援に押され、和、完食まであとわずか。


和「あ、あと、一口……」プルプル パクッ

律「よしっ! 茶碗もケーキ皿も空だ!」

和「……んぐっ」ゴクリ

唯「やったー! 完食ー!」

風子「頑張ったね! 和ちゃん!」

和「でも、もうダメ…… これ以上は無理…… 澪、頼んだわ……」ウオェップ

澪「ああ、まかせてくれ」


――続く澪は【カニクリームコロッケ】を引き当て、危なげなく二杯を食べ進めていたが……?


澪「うーん、やっぱり油物はお腹に来るなあ。二杯が限界かな……」

梓「ご飯が進むようにソースをかけ過ぎたのも良くなかったですね」

澪「うん。それでお水をいっぱい飲んじゃった。ごめん、風子。タッチ」

風子「お疲れ様、秋山さん。私のおかずは……」ゴソゴソ スッ


【チキンカレー】


律「うおっ! こんなの絶対当たりじゃん!」

梓「私の時にこれを引いてればもっと食べられたのに……!」

唯「いいなぁ~、風子ちゃん。普通に美味しそう」

風子「お茶碗にカレーって変な光景だね…… じゃあ、いただきます!」パクッ モグモグ

律「なんかお上品な食べ方だな」

澪「お上品っていうよりも、ぎこちないというか……」

梓「普通、箸でカレーは食べないですしね」

風子「あと、みんなしてジッと見ているからちょっと食べづらい……」

唯「そりゃ注目するよ!」

紬「四人が終わった時点でまだ七杯だものね。最初の計画より少しペースが遅いかも」

和「キミ子が意外と小食だったのと、どこかのお馬鹿さんがケーキなんて入れたせいね」

唯「うぅ……」

律「って、あれ……? そういえばキミ子は?」

風子「巻上さん、だいぶ前に部屋から出ていったけど、あれから結構経つし、もしかしたら
   帰っちゃったのかも……」モグモグ

律「どんだけマイペースなんだよ……」


――カレー効果か。風子、まさかの善戦。三杯目へ突入。しかし……


和「だ、大丈夫……? 箸が止まってるけど……」

風子「う、うぅ…… 大丈夫……」フウフウ

紬「無理しなくていいのよ? もし辛かったら、そのご飯を私の番に回しても……」

風子「一度よそったご飯は食べ切らなきゃ……」フウフウ

律「いや、そこまですることないぞ。唯が勝手に言い出したルールなんだし」

風子「食べれるもん!」パクパクパク

梓「おお。高橋先輩、復活」

澪「案外、意地っ張りなんだな。風子って」

和「ああ見えて、結構子供っぽいところがあるのよ」

風子「んぐっ…… んむんむ……」グスッ パクパクパク

律「そんなさ、半泣きになってまで食べなくても…… もうやめとけって」

風子「んーん!」ブンブン

澪「ある意味、誰も止められないな……」

梓「でも、すごいですよ。もう三杯目が無くなりそうです」

風子「さ、最後の一口…… んぐっ…… ごちそうさま……」ゼエゼエ

律「よーし! よくやった、風子!」

澪「すごいな! まさか三杯も食べるとは思わなかったぞ!」

和「少しそっちで休んでなさい」

風子「だ、大丈夫、大丈夫」


――そして、満を持していよいよ紬の登場!


紬「私の番ね! みんなが頑張ってくれたんだから、私も頑張らなきゃ!」

梓「お願いします。本当にお願いします。ムギ先輩にかかってるんです」

律「出来れば残り全部、ムギでやっつけてくれ。私、今日はあまりお腹空いてないんだ」

紬「じゃあ、引きまーす。 ……えいっ!」ゴソゴソ スッ



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最終更新:2014年11月24日 19:33