澪の家に行くのが嫌だと思う事なんて未だかつてなかった。
いつも楽しみ…?…いや、習慣と言ったほうがいいか。
とにかく私にとって澪の家に行くなんてよくある事。
澪も何だかんだ受け入れちゃってるしさ。
しっかしさ………

律「今日だけは憂鬱だなぁ…」

きっと笑われるに違いない。
律のキャラじゃない!って?唯じゃあるまいし…ああ、もうやだ。
でも、ここまで来たら引き返せない。
お婆ちゃんに何て言われるか…。

律「えーい!女は度胸!」

グッと拳を握りしめ、チャイムをプッシュ!
笑われたら恨むぜ!お婆ちゃん!

??「は〜い」

こ、この声は………………


おばさん?!


え?ちょっと待て!おばさんはお昼から出掛けるって澪が!
え?この姿をおばさんに見られ?え?

時、すでに遅し。

澪母「おまたせしま…………」

律「…………」

いやぁぁああああああああああああああ!

澪母「りっ…ちゃん…?」

律「どうも。へへへっ」



どうもって何だよ!


へへへって何だよ!

終わった私の人生終わった。


澪母「きゃぁあああ!りっちゃ〜ん!」

律「おぶっ」

抱きつかれた。

澪母「りっちゃん!今すぐ私の娘になりなさい!ねっ?!」

あの…苦しいんですけど…。

澪父「母さん?そろそろ出ないと…」

澪父「何…してるの?」

わぁお☆パパまでいるなんて☆
りっちゃん困っちゃう☆

澪母「あなた!見て!りっちゃんが!」

離れてくれたのは嬉しいけど、やめてくださいしんでしまいます。

澪父「…………よし!今すぐ養子縁組みの手続きを…」

律「何で?!」

澪母「え?うちに嫁入りする決心が付いたんじゃないの?」

律「誰が嫁だよっ!つーか誰の嫁だ?!」

澪父「そりゃもちろん…」

澪「ちょっとうるさいよ。パパ、マ…マ…」

律「あ…」

澪「………………え?」










いやいや、確か事前に連絡したよね?
おじさんとおばさんは出掛けるって言ってなかったっけなー?
いやいや、澪を攻めてるわけじゃなくてね?
「律、何だかいつもと違うな」なーんて言ってたからさー、こう、長年の付き合いで、ほら、あれだよ、えーっと、言わずもがな?ってやつ?
なーんか察してくれてるのかなー?とか期待しちゃうじゃん?
あたしらしくないかもしれないけど、ウジウジしてようやく決心がついてここまで来たんだよね?
そしたら、おじさんおばさんいるんだからそりゃあビックリだよ。




律「はっ!」

いかん。現実逃避してた。

わお☆いつの間にか秋山家のリビングだぜ☆

澪母「それでそれで?りっちゃんどうしてそんな格好を?」

澪父「その姿を澪に御披露目に来たのかい?」

もうやだこのニ人。

澪「う〜ん、やっぱりこの角度から…」

何で写真撮ってんだよ。
お前は私をさらし者にするつもりか?!そうなのか?

澪母「ねぇ、りっちゃん?」

澪父「そろそろ聞きたいな」

澪母・父「何でそんなに可愛らしい着物着てるの?」

はーい。今りっちゃんの心にすっごいダメージがきましたー。

律「に、似合わないよねー?いやー、自分でもわかってるよ〜。おじさんとおばさんもそう思うでしょ?」

澪母「なんて事言うの!りっちゃんいつもにも増して可愛らしいわよ」

澪父「髪型だってバッチリじゃないか。誰かに結ってもらったのかな?」

澪母「似合わないなんて輩がいたら、車に縄括りつけて引きずりまわしてやるわ」

ぷんすか、ってかわいい怒り方なのに言ってること怖いんですが、この人。

澪父「ははは。僕のドライビングテクニックが唸りをあげるね!」

あんたも参加するんかい!

澪母「で?誰に着付けてもらったの?」

律「何故頭を撫でる」

澪「律。こっち向いて」

律「お前はいい加減にカメラやめろ」

澪父「おいおい。全然話が進まないじゃないか」

あんたらのせいだよ。

律「え〜と、何で私が着物着てるか、だって?」

無理やりに話を戻す。
じゃないと疲れるし。

律「今さ、お婆ちゃんが家に来てるんだよね」

澪父「ああ!あの小柄で品のいい」

澪母「和服が似合って、穏やかそうな」

澪「若かりし頃はきっと律に似て可愛らしさ満載の」

あ、ダメだ。こいつらに構ったら話進まない。

律「うん。でさ、一緒にテレビを見てたんだけど……………」







アナウンサー『ご覧下さい!年明け早々!この!若者の!長蛇の列!』

アナウンサー『なんと!彼女達は!新成人!着物の買い物に来てるんですよ!』

スタジオ『いや〜、若いっていいですね〜』

アナウンサー『そうですね!それでは!早速インタビューしてみたいと思います!』

律「うわ〜。さっむそ〜」

律祖母「あら、素敵じゃない。若いっていい事よ」

聡「まあ、着物なんて姉ちゃんには縁のない…あでっ」

律「あ〜ん?何だって〜」

律祖母「ほらほら、喧嘩しないで」

律「あたしだっていつか着物くらい着るわ!」

律父「そう言えば、母さんが律の入学祝いに着物を仕立ててくれたよな?あれいいんじゃないか?」

律祖母「そうだったねぇ…。いつ着てくれるかずっと楽しみだったんだけどねぇ」

律「い、いや、あれは成人式にでも…」

律祖母「お着物は着れば着るほどいい物になるんだよ」

律「あー、うん」

律祖母「若いうちにうんとお着物を着れば、素敵なお嫁さんになれるのよ。
律ちゃんはお料理も上手だし、明るくて元気で朗らかで…」

聡「姉ちゃんがお嫁さん?!」

律「かあさーん!聡ご飯いらないってー!」

聡「冗談だよ姉ちゃん!ちょ、ちょっと母さーん!」

律祖母「ねぇ律ちゃん。お着物、着てみない?」


律父「おっ!いいねぇ。三が日は過ぎたけど、華やぎ言うか趣があると言うか」

律「えぇ〜…」

律祖母「あら?お着物嫌い?」

律「嫌いって言うより…。う〜ん…動きにくそう…」

律祖母「ちゃんと着付ければ、動きにくいなんて事ないのよ?」

律「何かガラじゃないし…似合わないかも…」

律祖母「日本人に生まれてきたんだから、お着物が似合わない事がありますか。あっ!せっかくだから髪も可愛く結ってあげましょうね」

律「いいってば〜」

律祖母「簪は何がいいかしらね〜。鼈甲はまだ早いし、扇型はハデすぎるし、梅なんてオツじゃないかしら。あらあら、お婆ちゃん迷っちゃうわ〜」

律「お婆ちゃん!いいって!」

律父「律」

律「父さんもお婆ちゃん止めてよ〜」

律父「お婆ちゃんな、律にいつか着物買っていっぱい着せるんだって張り切ってたんだぞ」

律「え?そなの?」

律父「うん。律が産まれたときから、いつ着物を着せようか、どんな着物を買ってやろうか、って言ってたんだ。七五三の時だって随分張り切ってたし」

律「うぅ…。覚えてましぇん…」

律父「もちろん律が嫌だって言うなら無理強いはしない。
渋々着たって着物は喜ばないって、母さん…お婆ちゃん昔から口癖だったからな」

律「うん…」

律父「それに、お婆ちゃんだって嫌がる律に着て貰ったって喜ばないよ。
ただ…律がいつか着たいと思った時にお婆ちゃんに頼んでごらん?」

律「ん…」

律父「はは。それじゃあ、お婆ちゃんを止めないと。お婆ちゃん張り切ってるからタンスの奥までひっくり返しかねないぞ〜」

律「あ、待って!父さん!」

律父「うん?」

律「その…着物、着てみるよ…うん」

律父「………ははは!そうかそうか!そりゃ楽しみだ!」

そう言って父さんは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

律父「律も…もう高校生になったんだよなぁ…」

律祖母「まぁ〜!律ちゃん…。お人形さんみたいだねぇ」

律「そお…かな?」

律祖母「綺麗だねぇ。ぐっと女の子らしくなったねぇ。苦しくない?」

律「ん…。平気」

律祖母「…こんな風に律ちゃんに着付けできる事が、あとどのくらいあるのかしら…」

律「お婆ちゃん?」

律祖母「さ、座って。髪も可愛く結ってあげましょうね」


変だ。
だって…、だって、さっきまで帯を引っ張るお婆ちゃんの手はあんなに力強かったのに、なんだかちっちゃく見えるんだもん。

櫛で髪を梳かれる。
しゅっ。しゅっ。しゅっしゅっ。
頭を撫でられるみたいでくすぐったい。

律「お婆ちゃん」

律祖母「なあに?」

律「…なんでもない」

律祖母「ふふ。変な律ちゃん」

くすぐったい…。変なの…。












聡「………!姉ちゃんが女の子だ!」

渾身の一撃。

律「お婆ちゃん。これ動きにくいかも」

律祖母「こらこら」

律父「いやぁ…。驚いたなぁ…」

律母「よく似合うわよ。律」

律「そ、そう?」

聡「馬子にも衣装ってやつだな!」

律「さ〜と〜し〜く〜ん?」

聡「冗談ですよお姉様」

律祖母「とっても素敵でしょう?」

律母「ええ、本当に…。
律、お婆ちゃんにお礼は言った?」

律祖母「いいのよ、私が好きでやったんだから」

お礼…か…。
何でか良く分かんないけど、こっぱずかしい。
うん、でも、うん…。

律「ありがとうね。お婆ちゃん」

お婆ちゃんはすっごく、すっごく、幸せそうに笑った。

みんな写真を撮ろうって張り切っちゃってさ、「お写真なんて恥ずかしいわ」って、いつもお婆ちゃん言ってたのに、何だか少し誇らしげな笑顔で写真を撮ったんだ。









律「ってわけで…」

澪母「うう…。ぐすっ」

律「おばさん?!」

澪父「りっちゃん…。りっちゃん…、あんたぁ、ええ子やぁ…」

律「おじさんまで?!」

澪「りぃ〜づぅ〜」

律「お前もかい!」

澪父「いやぁ、結婚式ふけて話を聞いてよかったよ」

律「行けよ!むしろそっち優先だからおじさん!」

澪母「いいのよ。どうせ、大して仲の良くない会社の上司の結婚式なんだから」

律「生々しいよ!」

澪父「どうせご祝儀目当てなんだから」

律「やめて。大人の事情はやめて」

澪父「結婚式なんてほっといて、どこか食事にでも行こう!」

澪母「そうね!じゃあ早速会場に具合が悪くなったって連絡を…!」

律「こら社会人」

澪父「えぇ〜」

澪母「行かなきゃだめ〜?」

律「当たり前だっつーの!」

はっちゃけすぎだろ、この人達。
いや、いつもこんなキャラだけど。
澪が時々キャラが飛んじゃうのって絶対遺伝だな。

澪「じゃあ、私達と写真だけでも撮ろうよ」

律「だから、式は?」

澪「そ、それはちょっと気が早いんじゃないかな…」

何故顔を赤らめる。

澪「もちろん、いずれはちゃんとしようと思ってるけど、今はまだ根回(ryもとい、準備段階だし…ね?」

律「ね?じゃなくて」

いったい何を言ってるんでしょうね?この人は。

澪母「さて、冗談は程ほどにしないと、ご祝儀目当て野郎の結婚式に遅れちゃうわ」

澪父「そうだね!写真取ったらすぐに行かないと。
色んな人にむやみやたらに声をかけまくった挙げ句、人の休日を潰した金目当て野郎の結婚式に遅れちゃうよ!」

ひ、ひでぇ…。

澪父「そもそも×2男()の結婚式なんて行く気しないよ」

澪母「マザコン()こじらせて離婚なんてねぇ…」

律「うわぁ…」

澪「ブラックすぎるよ…」

澪父「社内のレジェンドになってるよ。彼と彼のお母さんは」

澪母「確か…、初婚の時は…式場選びに文句をつけて、新婚旅行先について行って、新婦さんを荷物持ちにした挙げ句、連絡もなしに新居に週1で乗り込んで上げ膳下げ善させた上に孫の催促までしたらしいわね」

澪父「そうそう。結婚半年で子供が出来ないからって散々なじったらしいよ。金モク野郎は『母さんの気持ちも考えてくれよ!』の一言で終わり。よく会社で不出来な嫁だって愚痴ってたよ」

澪母「そして決定打が金モク野郎のお母さんが…」

澪母・父「クチャラーだった」

律「うぇ…」

澪「そ、そんな人本当にいるの?」

澪父「いるんだな!それが!(このss作者の元バイト先の先輩が就職した会社に)」

澪母「周りから指摘されても、『お前らの常識?ちっ・ちっ・ちっ・俺の世界じゃアウト・ロー()』とか決め台詞言っちゃう人なの〜」

(尚、今は母親が夜の夫婦のアレのやり方に口出しして×3の模様)

澪「私なら、絶対に好きな人を守るのにな」

律「何でこっちを見る?」

澪母「やだ、ママりっちゃんなら大歓迎よ」

律「はい?」

澪父「もちろんパパもさ!」

澪「いやぁ…」

え?何照れてんの?アホなの?

律「だぁー!とにかく!写真撮ったら、おじさんもおばさんも出かけなよ?」

澪母「は〜い」

澪父「了解です」∠(・ω<)

澪「どこで撮ろうか?」

律「もうここでいいから早くして…澪ぉ…」

澪「!!」

澪父「りっちゃん…積極的なのは嬉しいけど…」

澪母「そういった事は人がいない所でね?」

澪「それにせっかくの着物が…」

律「写真な」



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最終更新:2015年01月14日 21:32