第0話「白熱灯は、寿命が短いらしいよ」


「大丈夫?」

「うん、大丈夫…」

「埃が入ったのか?」

「うん、大丈夫…」

「あんまり目を擦るのはよくないんだぞ」

「うん、大丈夫…」

「無理するなよ」

「うん、大丈夫…」

ごしごしと目をこすり、ぎゅっぎゅっと強く目を瞑ると少し涙が出た。
埃もいっしょに、流れたかしら。
ぱちぱちと軽く瞬きをして、もう大丈夫なのを確かめるようにして、

瞳を開いた。



目の前で電灯がぶらぶらと揺れている。

「目薬、いる?」

「ううん。平気。もうとれた」

ちょっと前から、部屋の電球の調子が悪くなってきていた。
そろそろ取り替えなくちゃね、と言いながらしばらくほったらかしだったけれど、
昨日夜帰ってきてスイッチを入れてみると、ついに灯りがつかなくなった。
そうしてやっと重い腰を上げたわたしたちは今日、新しいものを買いに出かけた。

今、その取り替え作業中。わたしはつま先を伸ばしている。
ちょっとお行儀が悪いな、と自覚しながらもコタツの上に足を乗せて。
カバーを外し、電球を掴み、捻りながら取り外す。

役目を終えて古ぼけた電球を手渡し、新しいものを左手に受け取る。
すこし触れた指は、いつものようにちょっと冷たい。

落としたりしないように気をつけながら、カチッとしっかりハマるのを確認してきゅっきゅっとひねって取り付けた。

「ちゃんと付くかな?」

「試してみようか」

スイッチ入れると、時間をおいてオレンジめいた光が輝き、部屋を照らした。
まだお昼頃だったから、それがどれくらい明るさなのか、あまり実感はなかった。



人口の光じゃ 真昼の太陽の光には かなわない



それでもわたしたちの部屋を照らす新しい光が嬉しくて、わたしはひとりで笑った。
大丈夫。もうすぐ日が沈んで夜がくる。
今はなくてもいい灯りも、夜になれば、必要になる。

「オレンジ色の灯りって、なんだか落ち着くよな」

「LEDに比べると寿命も短いし、電気代もかかるらしいけど」

「いいじゃないか、別に」

「また買い替えにいかないといけないよ」

「いいじゃないか、買い換えれば」

「そう」

オレンジ色のやさしい灯り。
ふたりの太陽。
やわやわとわたしたちを照らしている。

この灯りはいつまでわたしたちを照らしてくれるのだろう。

灯りが消えた。
あのひとが、スイッチを切ったのだった。

テーブルの上には旬を過ぎたいちご。

天井を見上げたままだったわたしは、灯りが消えるのといっしょに
そっと瞳を閉じた。

ー第0話 おわりー



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最終更新:2015年01月15日 07:37