第6話「世界の半分を、ください」


腕を組みながら、首をひねり、

うーん…と
考えて、

目を開く。

隅から隅まで、おかしなところがないかどうか、
きれいにデコレーションできていることを確認する。

ん。大丈夫でしょう!ばっちり…バッチリ!ふんす!

この日のために料理の腕前を磨いてきたんだもの…。
形が崩れたりしないように、丁寧にフタをかぶせた。

あ、記念に写真撮っといたほうがいいかな?
ま、いいか。あとで食べるときに撮れば。

澪ちゃん、よろこんでくれるといいな。
たのしみだな、はやくかえってきてくれないかな。わくわく。

主役でもないわたしのほうが緊張して、
そわそわとリビングを行ったり来たりする。

ガチャ、と玄関の扉が開く音が響いて、わたしは跳ねるようにリビングを出た。


「おかえり!おそくまでおつかれさま!きょうも寒かったね。
 ごはんは済ませてきたんだよね?お風呂沸いてるよ。それから…」

「ただいま、悪いけど後にしてもらってもいいかな」

持ち帰りの残業、片付けちゃいたいから。

そう言って澪ちゃんは部屋に入っていった。

バタン、と音を立てて、扉が閉まる。

昨日の夜更け過ぎ頃から降り出した雪は日付をまたいで降り続け、
窓の外では今も変わらず、雪が舞っている。

雪化粧が施された街は、まるで知らない世界になってしまったみたい。

そうだ♪
差し入れ、ということにして澪ちゃんのお部屋に持っていっちゃお♪
わたしはおもむろに立ち上がって箱を手に取った。

「はーい、なに」

コンコン、とノックして、澪ちゃんの返事を確認して扉をあけて…………、






…。




………なんで、


………どうして。

肝心なときにこんなことになっちゃうの?

部屋の入り口すぐのところになんで、コードがあるの?


「…盛大に飛んだなぁ」

そう、まるで、放物線を描いたみたいに。
むかしのつまらないコントみたいに。
延長コードは呪いの蛇みたいにわたしの足に巻きついて、
つんのめったわたしの手から離れた小箱は飛んでった。



「…………グスッ」

うぅ……せっかく……せっかく……。

「い……い…ッしょうゲンめい…ヒック……がんばって…ヅく……った…のに……ヒック」

ベッドにはべったりとクリームが飛び散って、
バラバラになったいちごは、あっちこっちに転がっていた。



「………いちご。いっぱいだな」

「イッパイ…たべて……ヒック…ほしかっ…た…から…グス」

マジパンのくまさんとうさぎさん。首が折れちゃった。

「…ありがと」


ごめんね…ごめんね…せっかくのお誕生日なのに……ごめんなさい。
どうしてわたしこうなんだろうね。頑張ってお祝いしたかったのに。
がんばってケーキつくったのに。
いちごいっぱい、のせたのに…。
澪ちゃんがすきそうな、かわいいくまさんとうさぎさんのマジパンもつくったのに…。
きょうのために、とっておきの紅茶の茶葉も用意してたのに…。
澪ちゃんがよろこぶ顔、見たかったのに。
ふたりでお祝いしたかったのに。
美味しいケーキたべて、たのしくお祝いしたかったのに…。

ごめんね……ごめんね……。


わたしなんて………わたしなんて………、
眉毛は太いし、
クセ毛はヒドイし、
グズでノロマでどんくさくて、
最近また1キロ太っちゃったし、
料理はりっちゃんみたいに上手くできなくて…


こんなんじゃ、
ジュリエットに……なれないね。




「……おいしい」

頭からひっくり返ってベッドに落ちたケーキをちぎって、澪ちゃんは呟いた。

「デコレーションが見られなかったのは残念だけど、

 このケーキ、すっごくおいしいぞ。
 ムギが頑張ってつくってくれたって、わかるよ」

いちごをひょいとつまんで口に入れる。

「…ウソ。
 全然ダメだよ、こんなケーキ。ぐちゃぐちゃだもん…」

「いちご、甘くて美味しい。ほら、ムギも」

もぐもぐといちごを食べながら、わたしに向けていちごを差し出す。
わたしはパクッと食いついた。

「それにローソクに火がついてなくてよかったじゃないか。火事になっちゃうぞ?」

「…そんな問題じゃないもん」

「まぁまぁ…」

笑いながらぎゅっと、わたしを抱きしめて、
頭をやさしくなでてくれた。


「よしよし」

「……わたしのこと…きらいになった…?」

「……ないよ、そんなことない」

「……ほんとに?」

「バカ……あたりまえだろ」

「………グスッ」

いつからだろう、澪ちゃんの手のひらがあったかくなったのは。
手のひらだけじゃない。
澪ちゃんぜんぶぜんぶがとってもとってもあったかい。
いまはもう、わたしよりもあったかいかもしれない。

…。

…あったかい。


…。

「…もう寝た?」

「…ううん」

目の前には見覚えのない景色が広がっている。
ベッドが汚れちゃったから、今日は久しぶりにコタツで寝るのです。
なんだかすこし、わくわくする。


わたしの右側で横になっている澪ちゃんが首だけこちらを向けて言った。

「こたつで寝るの…久しぶりだな」

「なんだか学生っぽいよね♪」

「…そうだな。まぁこたつで寝ると疲れがとれなくて、次の日ちょっとしんどいんだけどな」

「………ごめんなさいわたしのせいで……」ションボリ

「あ、ちがうっ、ごめんごめんそう意味じゃなくて…!」アタフタ


静かな夜だった。
豆球がオレンジ色に染めたこの小さな世界に、
チッチッチッ、と時計の針の音がだけが響いている。

「…きょうの澪ちゃん、やさしい」

「いつもやさしいだろ、わたしは」

「フフ…そうね。そうだったね」

変えたばかりの新品の豆球が、揺れている。

「澪ちゃんはさぁ…」

「うん」

「ひまわりだと思ってた」

「うん?どっちかっていうと、律の方がひまわりっぽくないか?」

「ううん。澪ちゃんがひまわり」

りっちゃんは太陽よ。

「わたしがひまわりかぁ…じゃあムギは…」

「月見草ってことにしておこうかしら?」

「なんだよ…それ」


半分をください。
あなたの世界の半分をください。

半分だけで、いいから。

太陽が沈んでしまった後の、世界をください。

全部だなんて、言わない。

陽の光がないときだけで、いいから。

太陽の代わりでいいから。


「今日が終わっちゃう前に、もう一度伝えておかなくちゃ」

「なに?」

「誕生日おめでとう」

「…ありがとう」

夜のひまわりが見つめる先には、なにがあるんだろう。
そこにもし、わたしがいたのなら。

それはとてもしあわせなこと。

ああ。夢見る気持ちでわたしは瞳を閉じた。

瞳を閉じれば、そこはいつも、夜だから。

いつまでもわたしを、わたしのことだけを、みつめてほしい。

ー第6話 おわりー



7