第6話「旅行の夜に」


……それは修学旅行二日目の夜のことだった。


修学旅行二日目の夜。同じ班になった私たち軽音部4人は旅館の部屋でダラダラとくつろいでいた

トランプをするなり、テレビを見ているなりしているうちに気が付けば すでに時計の針は就寝時間の一時間ほど前を指していた

もう明日は帰るだけか……と思いながら 名残惜しく窓の景色を眺めていると、私に突如いい考えが浮かんだ

その考えを実行すべく、私は体の向きを変え 視線を窓の景色から軽音部の皆の方に移し、1つの提案をしてみたのだった


「……そうだ!みんな今日は徹夜で語り合わないか? こうやってみんなで夜通しで話できる機会も最後かもしれないしな」

「! それはいいね!私も今日はみんなとたくさんお話したい! ナイスアイデアだよりっちゃん!」

「私、徹夜で友達とお話しするの、夢だったのー♪」

「ちょっ……待てよ。帰るだけとはいえ、明日もあるんだからちゃんと寝とかないと体がもたないぞ。それに夜更かしは健康に良くないし……」

「……ふーん、そっかー。じゃあ澪抜きで今夜は語り合おうぜー」

「え!?」


「……や、やっぱり私もお話するー」

「うふふ」ニコニコ


「よーし、決まりだな! 今夜は夜通し語り合うぞー!!」

「「おー!!!」」  「お、おー……」


……と、こんなわけで今夜はみんなで徹夜で語り合うことになったはずだったんだけど…




「zzz」グー

「……ムニャムニャ」スヤスヤ

「……むぎゅ」スピー

「……(なんでみんな電気消したら速攻で寝ちゃうんだよ!!)」パッチリ

しかも私だけ全然眠くならないし。 昨日もそうだったけど、なんかいつもと違う環境だと緊張しちゃって寝づらいんだよなー

(……今何時なんだろ)チラッ


枕元に置いておいた腕時計を拾い上げ、時計の針を見てみると、時刻は11時30分を示していた 

……私の腕時計がこわれていなければ、もう就寝時間から30分ほど経っていることになる

私は力なく、はぁー…… と一つため息をつくと再び腕時計を枕元に戻し 布団に顔をうずめた




「……りっちゃん」

その時だった。突然、私の耳元に聞きなれた声が飛び込んできたのは。


「……! 唯隊員!起きててくれたのか!!」ガバッ

唯の言葉を聞き 私はすぐに体を起きあがらせる

……嬉しかったからだ。唯があの約束をしっかりと覚えてくれていたことが。 ……別に一人で寂しかったわけじゃあないぞ


「唯っ!! ってあれ……?」

「zzz」グー

しかし上体を起こし唯の方を見てみても 私の視界には寝息をたて すやすやと気持ちよさそうに眠る、幸せそうな彼女の寝顔しか入ってこなかった



「……寝言かよ」

唯の言葉はどうやら自分の意思で発せられたものではない、と理解するのにそう時間はかからなかった

唯が寝ていると分かると、先ほどまでの気分の高揚は一瞬にして去り、私は引きずり込まれるように再び力なく自分の布団に倒れ込んだ


「……えへへぇー、もう食べられないよー…」

まったく幸せな奴だ。いつもティータイムの時に人一倍食べてるくせに、夢の中でもたらふく食べてるなんてな……


「りっちゃんもケーキ食べるー……? …あげなーい」

ひどいな、オイ。もう食べられないんじゃなかったのかよ。 …まぁ甘いものは別腹なのかもしれないけど

私が心の中で一人で虚しく突っ込みを入れていると、そんなことにもまるでお構いなしであるかのようにさらに唯の口から強大なボケがかまされた


「……あぁ!りっちゃんが……! 足利尊氏に…首を…!」

「!?」


え!?急に場面変わったの!? てか夢の中とはいえ私何やったんだよ!


「……zzz」グー

それきり唯の寝言は止み、部屋には再び静寂が訪れた

「……まったく、どんな夢見てんだよ」

突っ込みが追い付かないあまりに突拍子な寝言に半ば呆れながらも 私はまぶたを閉じ再び眠りにつこうとした


……しかしいくら目を閉じても、体勢をかえても、全くといっていいほど睡魔は私に襲い掛かってこなかった

数学や古文の授業ならすぐにでも眠れるのに……。

こういう時に限って全く眠れないことは非常にもどかしいことであった


「だー、もう!!」ガバッ

あまりに眠れないことの苛立ちから、私は再び体を起こしてしまう

上体を起こすと ぐっすりと眠っている三人の寝顔がいやでも目に付いてきた

くそっ……。すやすやと眠りやがって。 こいつら私の眠気まで吸い取っちまってんじゃねーか?

そのまましばらく羨望の眼差しで皆の寝顔を見守っていると 私はあることに気がついた


……そういえば私あまりムギに触ったことないなぁ

唯とはいつもじゃれあってるし、澪にもよくちょっかいを出したり、叩かれたりしてるけど、ムギの肌に触れた記憶は私の中ではほとんどなかった


「……」

つまり、これってムギの肌に触れる絶好のチャンスなんじゃないか? うん。きっとそうだな

「とーう!!」シュタッ

そんな適当な理由(?)で自分を納得させて、とりあえず私はムギのそばへ歩み寄り、ほっぺたをつついてみることにした


「うーん、やわらかそうなほっぺですなー、ムギさーん?」

……我ながらおっさんみたいな台詞だなー、と思いながらもムギの頬を人差し指でつつく

ツンツン。


頬をつつくと、想像以上にやわらかい感触が私の人差し指に伝わってきた

「おぉ……。マシュマロみたいにふわふわ……」

ツンツン。

あんまりつっつきすぎるとムギが起きてしまうかもしれないと思ったが、その後しばらく私はムギのほっぺをつつくことをやめることができなかった

別に寂しいからムギに起きてほしかったとかそういうわけではないけれど。うん。


「……あんっ///」

私がほっぺたをつつくのをやめたのは ムギがこの言葉を発したときだった

え? 何この色っぽい声……?

これじゃあ、なんかまるで私がムギといけないことしてるみたいじゃないか



……ん? 

……ムギと…いけないこと……?

ムギと……

「……!!///」カァーッ

私が自分の布団に素早く戻ったのは そんなことを想像して顔に血が上ってからすぐのことであった


ムギと……いけないこと……?

そう考えた途端、私がムギとあんなことやこんなことをする妄想が次から次へと……

「うわぁあああああ!!!」ガバァ

思わず私は布団をかぶり 妄想を払拭するために大声で叫んでしまう 


まさかムギのほっぺをつついただけでこんなにも気分が高揚してしまうとは……。

まったく恐ろしいぜ、ムギのほっぺ。 ある意味世界最強の武器かもしれないな


そんなことを考えながらも、気分を落ち着かせるために とりあえず私は布団から出て深呼吸をしてみることにした

スゥー、ハーッ…… スゥー、ハーッ……

皆が寝静まっている静寂に包まれた部屋に 私の深呼吸の音だけがひびく  …こんな夜中に一人で何やってるんだろう私……



「……『深』夜に『深』呼吸…。 ……なんちゃって」


……うん。思いついたから言ってみたけどひとっつも面白くねぇな。 自分でもそう思うわ。 どうやら私には駄洒落のセンスがないみたいだ

でもそのくだらない言葉のせいで気分が大分落ち着いた気がした …まぁそれだけ駄洒落が寒かったってことなんだろうけど


「……はぁ、とりあえずもう一回横になるか」

眠気はさっきの事件のせいで完全になくなってしまっていたが とりあえずいつでも寝られるような体勢をつくっておくことにした


それから一体どれくらいの時間がたった時だっただろうか

私が相変わらず眠れずに一人唸っていると 突然私の左腕が何かに掴まれる感触がした


「ひっ!? な、なんだ……?」

私は左腕を動かそうとしてみたが、その何かに結構強い力で掴まれ動かすことができなかった

金縛りか……? 私は恐怖を感じながら、恐る恐る視線を左腕の方に向ける

左腕を見てみると 何者かの手が私の腕を掴んでいた

「うわっ!手っ!? ……待てよ、ということは…」チラッ


「……やっぱり。澪の手か」

腕をたどっていくと すぐにその手の持ち主が私の隣で寝ている澪のものであることが分かった



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最終更新:2015年02月10日 23:13