10月終わり頃

律「おい唯、またミスかよ」

唯「ご、ごめ〜ん、えへへ…」

梓「全く、真面目にやって下さい」

澪「どうしたんだよ、この頃調子悪いぞ」

紬「なんだか元気ないし…何か悩みでもあるの?」

唯「な、何でもないよ何でもない」

律「そうか?まあ、唯がこんな調子だし、ここら辺でやめるか!」

澪「お前は単に練習したくないだけだろ!」

律「あは、ばれたか」

澪「それに、私達は今年受験生なんだから、練習の次は勉強だぞ。特に律、唯。お前らヤバいだろ」

律「ちぇー、いーじゃんかほっといてくれよ」

澪「ダメだ。このままだと一緒の大学に行けなくなるだろ」

唯「一緒の大学…」

澪「わかったら勉強するんだ」

梓「あ、私も静かに…」

紬「梓ちゃんは、気にしないで練習してて。音楽がある方が私は好きだから」

勉強している時も、唯はやる気がなさ気だった。
怠けているというより、何か上の空のような…。

部室のドアが開いた。

唯「憂!和ちゃん!」

憂「いきなりすみません。梓ちゃん、教科書忘れてたよ」

梓「あ、ごめんね憂」

和「律、また講堂の使用届出し忘れてたわよ」

澪「お前は…」

律「てへ、面目ない。あーそれより、82ページの問題終わったぞ」

澪「じゃ、丸つけするか。1、2、3、4…」

唯「あ…」

澪「7、8、9、10…」

憂「うっ…」

澪「13、14、15、16、17」

澪「18」

憂「い、いやああああああああっ!!!」

唯「ういっ!」

憂「こわい!!」

唯「ひいいいいいいいいいいっ!!」

二人は頭を抱えて絶叫した。

梓「唯先輩!?憂!?」

和「落ち着きなさい、二人とも!」

唯「ああ、和ちゃん、私、私たち…」

和「二人とも取り乱しているみたいだから、家まで送っていくわ」

澪「あ、ああ。頼むよ和」

和は二人を連れて部室を出て行った。

紬「どうしちゃったのかしら、二人とも」

梓「澪先輩が18まで数えた途端、何かを恐れているように叫び出しました」

律「18に何か秘密が?うーん…」

梓「それにしても、律先輩が18個も正答するとは思いませんでしたよ」

律「おまっ、中野お!」

澪「それは違うぞ梓。私は誤答の数を数えたんだ」

梓「ああ、納得です」

澪「というわけで、みっちり勉強だな」

律「そんなぁ…」


平沢家

憂「ごめんね和ちゃん…」

和「いいの。それより落ち着いた?」

唯「…」

和「私、水くんでくるね」

憂「あっ和ちゃん!二階の奥の部屋入っちゃダメだよ。その…生き物飼ってて」

和「わかった」

和(生き物…トンちゃんみたいなのじゃなさそうね)

水を汲んできた和は、こっそり部屋の外から姉妹の様子を伺った。

憂「ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんの方が先に18歳になるのに、私の方が取り乱しちゃって…」

唯「憂だって同じだよ。平沢家の女は18歳になったら……醜くなっちゃうんだもん!」

唯「お母さんもおばあちゃんもひいおばあちゃんも、皆18歳になったら化け物みたいに醜くなった!」

唯「私達だってそうなるんだ、憂、今はこんなに可愛いのに…」

憂「お姉ちゃんだって!ねえ、私達どうしてこんな家に生まれちゃったんだろう…」

唯「そんなの知らないよ!後一ヶ月で私の誕生日…えぐっ、怖いよ、ういい…」

憂「私がついてるよ、お姉ちゃん。来年私が18歳になったら…私たち、二人で家から出ずに朽ち果てるしかないんだよ…」

和(なんですって…醜くなる?そんな)

信じられない話だ。だが二人の様子は嘘だとは思えなかった。和には思い当たることがあった。和は、姉妹の母親を見たことがなかった。
それだけではない。いつかを境に、姉妹は誕生日を喜ばなくなった。それどころか、誕生日の話を強く拒否さえした。そのただならぬ様子に和も姉妹の誕生日の話題を出すのをやめていた。

和はショックのあまりコップを落としてしまった。その音で二人は和が聞いていたことに気が付いた。

唯「和ちゃん!?」

和「ごめんね、唯、憂。何もかも聞いてしまったわ」

唯・憂「…」

和「約束するわ、誰にも言わないって。…今日は、ここに泊めてくれる?」

憂「うん…」

唯「え、えへへ…そういうわけで、私は和ちゃんの言うとおり将来ニート確定なのでしたー」

和「唯…」

唯「だから…だから…私達が醜くなっても、友達でいてくれる…?」ポロポロ

和「…ええ、もちろんよ」ギュッ

たまらず和は二人を抱きしめた。

唯「う、ううっ…のどがぢゃん…」

憂「うぇえええんっ…」


その日から、和はしばしば平沢家を訪ねるようになった。少しでも姉妹の助けになりたかったのだ。
些細なことで取り乱す姉妹の前で、数の話は厳禁だった。

11月11日

和「今日は唯、遅いわね」

憂「今日は梓ちゃんの誕生日だから、軽音部の皆でお祝いするんだって」

和「ふーん」

あの状態の唯が人の誕生日を祝えるのか、和は気が気でなかった。

憂「私もおめでとうって言って、プレゼント渡したよ。友達だもん」

憂「それで精いっぱいだったけどね…お姉ちゃんはもっとずっと辛いと思う…」

和「憂…」

その時、二階から大きな唸り声が聞こえた。

憂「まずい、発作が!」

和「発作?」

憂が駆け出し、和もあとに続く。生き物を飼っていると言っていた奥の部屋から、その声は聞こえた。憂はためらいなくドアを開ける。

憂「お母さん、大丈夫!?」

?「う、憂…?」

部屋が暗く、その人物が顔を隠しているため、和はその顔を見ることができなかった。

母「憂、唯は?」

憂「お姉ちゃんは今いないよっ」

母「そう…憂、私は死ぬ前に二人に話さなきゃならないの。重大な秘密を…」

憂「そんな、死ぬって…」

母「……」

憂「えっ!」

憂「そ、そんな、それじゃあ私は…」

母親が何を言ったのか和には聞こえなかったが、憂は酷く狼狽していた。それっきり母親は動かなくなった。

憂「お母さん、お母さん!?」

憂「うわああああああああ!!!」

泣き叫ぶ憂。和はこっそり母親の顔を見た。

和「っ!」

そこには、人とは思えないほど醜い顔があった。

和(これが、唯と憂のお母さん…二人も、もうすぐこんな風になってしまうなんて!!)

和は改めて二人の置かれた境遇に同情した。


部室

律「ハッピーバースデー梓!」

澪「梓、誕生日おめでとう」

紬「おめでとう〜」

梓「ありがとうございます!」

紬「次は唯ちゃんの誕生日ね」

唯「…」

梓「唯先輩?」

唯(あずにゃんはズルいよ…可愛いままで、安心して歳を取れるんだもん)

唯「みんなごめん。私、今日で軽音部やめる」

一同「えっ」

唯「もうさわちゃんにも退部届出してきたんだ」

律「どういうことだよ唯!」ドンッ

紬「りっちゃん…」

律「約束したじゃないか!一緒に武道館行こうって!」

梓「そうですよ!勝手にやめるなんて許せません!」

澪「私達が悪いのか?唯、軽音部のこと…嫌いになっちゃったのか?」

唯「みんなは悪くないよ!軽音部のことだって大好きだよ!でももう軽音部にはいられないんだ…」

紬「唯ちゃん、最近ずっと様子がおかしかったよね。何か事情があるのなら話して。私たち、友達でしょ?」

律「そうだそうだ、水臭い!」

唯「言えないよ。それに、誕生日が来たら…みんな私のこと嫌いになって、友達でいてくれなくなっちゃうよ!」

梓「!?何言ってるんですか!」

その時、唯の携帯が鳴った。U&Iの着信である。

唯「」ピッ

唯「…ええっ!お母さんが!?」

唯「」ダッ

梓「唯先輩!」


憂「あ、ただいまお姉ちゃん!お母さんが…」

唯「お母さん…」

唯「うわああああああーーん!!!」


唯は泣き疲れて眠ってしまった。憂は姉の寝顔を見つめながら言う。

憂「前、両親がしょっちゅう旅行に出かけてるって言ったよね。あれ嘘なの」

憂「お父さんは平沢家の呪いを知っていて、その上でまだ高校生だったお母さんと結婚したの。醜くなってもお母さんを愛するって言って」

憂「でも実際には、物心ついた時からお父さんは出張と称してほとんど家に寄り付かなくなってた。たまに帰ってきてもほとんど私達としか口を利かなかった。まるで、お母さんを避けているように」

憂「お母さんは私達にも顔を隠してた。外にも出られず、愛したお父さんにも見捨てられて…」ポロポロ

唯「ギー太…」スヤスヤ

憂「お姉ちゃん、可哀想…!」

和「憂…」

憂も同じ境遇なのにひたすら姉を気遣う憂。あれほど不安がっていたのに…。
今思うとそこで違和感に気づくべきだった。だがその時の和は、唯の誕生日が近いから、憂はできた妹だから、と疑問に思わなかった。
和に抱き付いて泣く憂。自然と和の目からも、涙があふれた。


平沢家の母の葬式は、密葬という形で行われた。
参列者は姉妹と和。途中から平沢家の父もやって来た。彼は年齢不相応な美男であった。葬式が済むと彼は和に頭を下げ、またすぐいなくなってしまった。
「私達が醜くなるのを見たくないみたい」と、憂があとでこっそりと言った。

和(なんで、ふたりがこんな…)


その日から唯は学校を休み、部屋にずっと閉じこもるようになった。和とも会おうとしなかったが、時々大声で憂を呼んだ。

唯「う、うぃいいっ!」

憂「お姉ちゃん!」

唯「憂、わたしまだ醜くなってないよね!?まだ誕生日じゃないよね!?」

憂「お姉ちゃん、大丈夫だよ、まだ大丈夫…」

日ごとに怯えが増す唯を憂は一生懸命慰めた。母が死んで以来、憂は一層唯に優しくなった。

和(自分だって同じ運命のはずなのに、憂は本当にできた子だわ…でも何なの、この胸騒ぎは)

ピンポーン

和「はーい」

ガチャ

律「和!」

和「あら、貴女達」

澪「和もここに出入りしてるって本当だったんだな」

紬「唯ちゃんはどうしてるの?お願い、唯ちゃんに会わせて!」

梓「唯先輩、元気にしてますか…?」

和「…」


コンコン
憂「お姉ちゃん、律さんたちが訪ねて来たよ」

唯「みんなが…?会いたくない!」

唯はそう答えたきり、部屋から出てこなかった。

梓「唯先輩…」

律「憂ちゃん、唯はいったいどうしたんだ?」

憂「…今から事情をお話しします」



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最終更新:2015年02月22日 21:28