唯「…あー、おほん」
唯「みなさんはじめまして、わたくし平畑唯三郎です!」
唯「えー…みなさんにも恥ずかし~い経験はあると思います」
唯「たとえばぁ…ステージで転んで、観客のみんなにパンツを見せちゃったりとか~」
唯「猫耳のカチューシャを付けて、つい『にゃ~』って言っちゃったりとか」
唯「でも、人生には進んで恥ずかしいことをしないといけないときもあるんです」
唯「う~ん、たとえば…」
ガチャッ
憂「…お姉ちゃん?部屋真っ暗にして懐中電灯ぶら下げて、なにしてるの?」
唯「ああ~憂っ!ダメだよ勝手に入ってきちゃ~」
さわ子「はー…疲れたー…」ゲッソリ
さわ子(でも…やっと解放されたわ!あの書類の山から!)
さわ子(いや…正しくは『今日が期限の』書類の山ね)ゲッソリ
さわ子(このあと吹奏楽部の練習も見に行かなきゃいけないけど…)
さわ子(その前に部室で久々のティータイムを楽しもうっと♪)
さわ子「今週は部室に行けてなかったから楽しみね~」
…タカナ~ナガーレヨ~♪
さわ子「ん?」
モルダーウノ~♪
さわ子(隣の音楽室から…)
ヒローキミナーモハイマーモーナオ~…♪
さわ子(ああ、今日はここで合唱部が練習してるんだっけ)
さわ子「さて、今日のおやつは何かしら~♪」ガチャッ
さわ子「あら…?」
澪「あ…先生」
さわ子「澪ちゃんだけなの?」
澪「はい、ムギは日直で。唯と律は掃除当番です」
さわ子「な~んだ、そうだったっけ。じゃあティータイムはまだね」
澪「先生、部室に来るの久々ですね」
さわ子「クラス担任ともなると扱う書類が多くって」
さわ子「りっちゃんと唯ちゃんにも早く進路希望表出すように言っとかないと」
さわ子「澪ちゃんは弦交換してるの?」
澪「はい。大事なベースですから、手入れしとかないとって思って」
さわ子「唯ちゃんもだけど…あなたもかなり自分の楽器を愛してるわよね」
澪「べ、別に唯ほどべたべたしてるわけじゃ…」
さわ子「名前付けちゃったりしてるんじゃなぁい?」
澪「そ、そんなわけないじゃないですか!」
さわ子「やぁねぇ、ムキになることないでしょ」
澪「うぅ…」
さわ子「いいじゃない、自分の楽器は大事にしてあげなきゃ」
澪「…はい」
さわ子「まぁ自分の楽器をかわいがるのもいいけど…こっちもかわいがってあげなさいよ」
澪「え?」
トンちゃん「……」スーイスーイ
澪「あっ…」
さわ子「もうエサあげたの?」
澪「…まだです」
さわ子「もう、ちゃんと面倒見てあげないと…梓ちゃんだけじゃなくてあなたたちの後輩でもあるんだから」
澪「はい…」
さわ子「まったく」パラパラ
ギシッ
さわ子「ああっ!このいすに座るのも久々!…ってあら?こんなとこに紙が落ちてる…」
ピラッ
さわ子「『ああ、愛しのエリザベス。』」
澪「えっ」
さわ子「『あなたの奏でる低い音色はわたしの心を虜にするの』…」
さわ子「…なにこれ?」
さわ子「…?澪ちゃんどうしたのよ青ざめちゃって」
澪「うわあああああああ!見ないでください!」
さわ子「わっ…どうしたのよ」
澪「そ、それは!」バッ
さわ子「おっと」ヒョイ
さわ子「なになに?『エリザベス、あなたは縁の下の力持ち。決して目立ちはしないけれど、あなたがいないと始まらない…』」
さわ子「…まさか澪ちゃん、エリザベスって」
さわ子「そのベースのこと?」
澪「…!///」カァ…
さわ子「なんだぁ、あなたもやっぱり唯ちゃんと同じじゃない」
澪「や…!わ、私は別に…///」
さわ子「それこそ『愛しのエリザベス』って、エリザベスへの愛情を詰め込んだラブソングでも作ればいいじゃない」
澪「…///」カアァ
さわ子「それを…そうねぇ、バニーの格好でもして弾き語り風に歌えば…」
澪「バニー…弾き語り…はは…///」プシュー…
さわ子「あら?」
パタリ
さわ子「…ちょっと…澪ちゃん?秋山さん?」
澪「」
さわ子「まさか…この子気絶しちゃうなんて…デリケートすぎるわよ」
さわ子(マズいわね…この部屋には澪ちゃんと私の二人っきり)
さわ子(この状況で気絶するまで何かしたと思われたら、あらぬ誤解を受けかねないわ)
さわ子(と、とにかくわたしは知らなかったってことでここを離れよう)タタタ
ガチャッ
さわ子「…ん?」
ギシッギシッギシッ
さわ子(まずい、誰か来る!)
ガチャッカチッ
さわ子「……」
ギシッギシッ…ガチャガチャ
紬「あら?鍵が…」
さわ子(ムギちゃんか…)
紬「おかしいなぁ…澪ちゃんがもう来てるはずなんだけど」
コンコン
紬「澪ちゃん?いないの?」
コンコン
さわ子(マズい…逃げないといけないのに、これじゃあ逃げようが…)
さわ子(そうだ!音楽室の方から…)
さわ子(…ってそうよ!音楽室は合唱部が練習中じゃない!)
コンコン
紬「うーん…鍵は澪ちゃんが持って行っちゃったし、澪ちゃんが来るまで待っていようかしら」
さわ子(くっ…この場を切り抜ける方法は…考えるのよ!さわ子!)
さわ子(なにか…)ハッ
さわ子(そうだわ!倉庫に確か…!)ソロ~
さわ子(あった…時間がないわ、もうこの方法で行くしかないわね)
さわ子(よし、じゃあまず澪ちゃんを倉庫に運んで…)
紬「遅いなぁ…澪ちゃんどこに行ってるのかしら…」
キャー!
紬「え?音楽室から悲鳴…」
ガチャッ
キャーキャー
ドタバタドタ…
紬「ど、どうしたの?」
合唱部「と、隣の倉庫の中から気味の悪いおっきな音が聞こえてきて…」
合唱部「『お前らが来るのを待っていた~!』とかなんとか言ってて」
合唱部「今もまだ鳴ってるの」
紬「ええ?」
ヴォオオオオオオオオ…!ズンズンズンズン
紬「こ、この音ってまさか…」タタタ
紬「うっ…凄い音」
ガチャッ
澪「」
紬「澪ちゃん!」
ラジカセ「ヴォオオオオオオオオ!」
紬「とりあえずこっちを止めないと…」カチッ
ラジカセ「ヴォオオ…」ピタッ
紬「澪ちゃんしっかりして、澪ちゃん!」ユッサユッサ
澪「」
【部室の前】
唯「てれってーれてって♪てれってーれてって♪」
律「あ、やっと来た…遅いぞ!」
唯「えへへ、掃除当番で遅れましたぁ」
律「あたしと同じ時間に終わっただろ」
唯「いやぁ~、それにしても教室からここまで遠いよぉ。わたし疲れちゃった」
律「なに言ってんだ唯」
ぺちん
律「いてっ」
唯「こらピカ泉くん、わたしのことは平畑さんと呼びなさい」
律「はぁ?」
唯「今日のわたしは平畑唯三郎なんだからね!」
律「…まさか唯、お前…」
唯「だから平畑さんだってば~」
唯「あ、そうだピカ泉くん、ギー太をどこかに置いといてよ。大切なギターなんだからね、誰にも盗まれないようにね」
【部室】
ガチャッ
梓「あ、唯先輩」
唯「おお、わが優秀な部下あずにゃん寺くんよ」
梓「へ?」
唯「今日のわたしは平畑唯三郎だからね、ちゃんと平畑さんって呼んでね!」
梓「…律先輩、律先輩」
梓「唯先輩、どうしちゃったんですか?」
律「あー…実はな」
【回想・放課後の掃除時間】
ザアアァ…!
律「うっへ~…ほんとによく降るなぁ」
唯「りっちゃ~ん」
律「ん、どしたー唯」
唯「進路調査票のことなんだけどさ~」
律「あー、そーいやこの前そんなの配られてたっけ…」
唯「わたし、進路決めたよ」
律「えっ、唯もう決めたのかよ!あたしまだなのに…」
唯「うんっ」
律「で、どうすんだ?」
唯「ふっふっふ、それはね~」
唯「名探偵!」
律「…は?」
唯「昨日、ギー太を学校に置きっぱなしだったでしょ~」
律「昨日も雨だったもんな」
唯「それでね、気を紛らわせるために憂とドラマ見てたんだ~」
律「そんで?」
唯「そのドラマって言うのがねぇ、完全犯罪を目指す犯人を頭のいい主人公がどんどん追い詰めていくドラマでさぁ」
律「ほう」
唯「カッコイイ!って思って!」
律「はぁ」
唯「どーかなぁ!?」キラキラ
律「いや…それって進路って言うよりただの夢じゃ…」
唯「卒業したらすぐに名探偵になるよ!」
律(そもそも『名探偵』って職業じゃねーし…)
唯「ね~ね~ど~思う~りっちゃん隊員~」ユッサユッサ
律「揺すんなって」
律「おまえなぁ…(いや待てよ…ここで頭ごなしに否定するのもおもしろくないな…)」
律「(ここは…)いーんじゃね?」
唯「ほんと!?」
律「うん。唯って目の付け所が独特だしさ~」
唯「うんうん!」
律「それにいつでもマイペースを崩さずに物事を進められるし」
唯「えへへ」
律「ライブでもテストでも、集中したときの唯ってすっげぇ力発揮するしさ。案外向いてるかもよ?」
唯「そ、そうかなぁ…ありがとうりっちゃん!なんだかわたし自信出てきたよ!」
唯「早く何か事件起きないかなぁ~」
律「いやいや、そんなに都合良く起きるわけ…」
唯「えーっと、わたしが名探偵なら~、りっちゃんはデコさんかなぁ」
律「誰がデコさんだよ」
唯「それでそれでぇ、あずにゃんがちっちゃいけど優秀な部下でぇ」
律「まーいいや、先行っとくぞ~」テクテク
唯「あっ!『あずにゃん寺くん』なんていいなぁ!」
~~~~~~~
律「…ってわけ」
梓「…なんだか唯先輩から見た私のポジションにちょっとした悪意を感じるんですけど」
律「奇遇だな梓、あたしもだ」
梓「というか、唯先輩がその気になった原因は律先輩じゃないですか!」
律「いや~まさか本気にするなんて思わねーじゃん」
唯「あずにゃん寺くん、とりあえずのことはピカ泉くんにメールで聞いたけどさ。詳しい状況を説明してくれる?」
梓「……」チラッ
律「まぁ、付き合ってやってよ」
梓「はぁ…えっと、倒れていたのは澪先輩です」
唯「フルネームでお願いします」
梓「…秋山澪さんです。軽音楽部の部員です」
唯「ふむふむ。現場の状況は?」
梓「澪先輩は倉庫に倒れていました」
梓「部室の扉には鍵がかかっていて、鍵は澪先輩が持っていたそうです。つまりこの部屋は密室だったってことになりますね」
唯「はっ!じゃあ、まさかこれは…」
唯「密室殺人!?」
律「勝手に殺すなー」シラー
唯「澪ちゃん殺人事件だよ…!」
梓「はいはい」
唯「あしらわれた…」ショボン
梓「一人で盛り上がってるとこ悪いんですけど、これは事故ですね」
梓「澪先輩が倒れているのが見つかったとき、すぐ側に置かれていたラジカセから大音量で音楽が流れていたそうですから」
唯「なにが流れてたの?」
梓「えっと…律先輩」
律「ん」
カチッ
ラジカセ「ヴォオオオオオオオオ!」
唯「ひゃああ!」ビクッ
カチッ
唯「うう…今のは?」キーン
梓「昔の軽音部のデモテープみたいです」
律「たぶんこれ、さわちゃんが学生時代のだよ」
梓「先生…こんなワイルドな演奏してたんですね…」
律「なかなかの黒歴史だろ」
唯「今のが大音量で流れてたんだ」
梓「はい。だからおそらくこういうことですよ」
梓「澪先輩は倉庫で何か捜し物でもしてて、自分でやったのかたまたま押しちゃったのかはわかんないですけどラジカセのスイッチを入れたんです」
律「それで大音量のデスボイスが流れたんで、驚いて気絶しちゃったってわけ」
唯「なぁんだ、つまんない」
梓「つまんないって…」
唯「…ん?」
唯「ああっ!」
律「どーしたんだ?」
唯「エ、エリザベスの弦が切られてるよ!」
唯「かわいそうに、こんなあられもない姿に…」ワナワナ
律「おい」
唯「ま、まさか!誰かが澪ちゃんを襲って、エリザベスにまで手をかけたんじゃ…」
梓「なに言ってるんですか…。ここ見てくださいよ、ペグ緩めてあるじゃないですか」
唯「ペグが…?なんで?」
梓「…一昨日教えましたよね」ジト
唯「あ、あーあーそういうことね!そっか~ペグが緩めてあるねぇ~…」
唯「…で?」チラッ
梓「はぁ…だから、きっと弦交換してる途中だったんですよ」
唯「な~んだ、そういうことかぁ」
梓「平畑さん、弦切るときいつもペグ緩めてないんですか?」
唯「うん、あの弦がピンって跳ねてくる感じが好きなんだよねぇ」
唯「ギー太とスキンシップ取ってる感じでさぁ」
梓「もう…ペグ緩めてから切らないとネック痛んじゃいますよ」
唯「えっ!?そうなの?知らなかった…」
唯「ギー太~、いままでごめんねぇ」スリスリ
梓「またギー太ギー太って…」
律「まぁた三角関係か、妬けますなぁ」ニヤニヤ
梓「なっ…そんなんじゃないです!」
唯「そういえば澪ちゃんは?」
梓「澪先輩なら気を失ったままだったので、ムギ先輩が保健室に運びました」
唯「ムギ先輩って言うのは?」
梓「…第一発見者の琴吹紬さんです」
唯「とりあえず戻ってきたら詳しい話を聞いてみよっか~」
唯「あ…でもね、その前に話を聞いとかないといけない目撃者がいるんだよ」
律「目撃者ぁ?」
唯「彼は間違いなく事件の一部始終を見ていたはず…」
梓「えっ…そんな人がどこにいるんですか?」
唯「むっふっふ、どこにいるかって?それはねぇ…」
唯「ズバリ、あの水槽の中なのです!」ビシッ
律梓「……」
コポコポコポコポ…
トンちゃん「……」スーイスーイ
唯律梓「……」ジー
唯「トンちゃん、何か見てないかな~…」
律「確かに、常に部室の中にいるトンちゃんは信頼できる目撃者…」
律「…って、トンちゃんが話せるわけないだろ」
唯「うーん、やっぱりダメかぁ」
梓「当たり前ですよ」
梓「あっ…もうこんな時間!トンちゃんにエサあげないと!」
ポロポロ
律「愛してるなぁ梓」
梓「もう、からかわないでください」
トンちゃん「……」スーイスイ…パク、パク
梓「あれ…二粒しか食べない」
唯「いつもは五粒すぐに食べちゃうのにね」
梓「どこか具合でも悪いのかな…」
律「ムギがもうあげちゃったんじゃないの?」
梓「そうなんですかね…」
トンちゃん「……」スーイスイ
唯「はっ!まさか事件を目撃したショックで、食事がのどを通らないんじゃ…」
梓「はいはい」
唯「またあしらわれた…」ショボン
最終更新:2015年03月19日 07:42