【一日目】
純「朝ですよ、唯先輩」
唯「んー……あと半世紀ー……」
純「そんな人生の無駄遣い許しません」
唯「じゃあオマケして五十年……」
純「変わってません」
唯「ぶー……」
純「いいですか、唯先輩は居候の身なんです。
せめてその自覚ぐらいは持ってもらわないと困りますよ」
唯「……」
純「……聞いてます?」
唯「……」
純「はあ。仏のように優しいわたしですが、
さすがに度が過ぎれば家から追い出しますからね」
唯「……仏って誰のこと言ってるの?」
純「しっかり聞いてるじゃないですか」
唯「あのね、仏のような純ちゃんに神頼みするとね」
純「わたしはどっちなんですか」
唯「神仏混淆ってやつだね」
純「くそう、微妙に頭のよさそうな言葉を使われた……」
唯「ふっふっふ」
純「で、神さま仏さま純さまのわたしにお願いってなんです?」
唯「純ちゃん、さすがにそこまで言われるとひいちゃうなあ」
純「窓の外までぶっとばしますよ」
唯「ちょっと待って純ちゃん、神さまは暴力を振るわないよ」
純「神は悪魔より人を殺したといいますね」
唯「もうこの世界に神さまなんていないんだー!! うわーん!!!」
【三日目】
純「今日は唯先輩に朝ご飯を作ってもらいます。
というか毎日作ってもらいます」
唯「純ちゃん、スバルだ……」
純「それは車の会社です。正しくはスパルタです」
唯「よくわかったね」
純「自分で言わないでください」
唯「すぱーるたー」
純「なんの真似ですか」
唯「すぱるた星人」
純「なにを言ってるんですか」
唯「すぱるた星から来たすぱるた星人は、人々をスパルタ教育の嵐に追い込むのです」
純「はあ」
唯「朝昼晩問わずなのです」
純「なるほど」
唯「だからわたしはバランスをとるために」
純「だらりとするんですか」
唯「その通り」
純「……唯先輩はやっぱり地球上の生物ですね」
唯「もちろんだよ」
純「だってナマケモノですもん」
唯「ん?」
【七日目】
唯「朝ご飯出来たよー」
純「……あの唯先輩。朝ご飯を毎日作ってくれるのは有難いんですけど」
唯「たーんとお食べ」
純「スクランブルエッグしか作ってないじゃないですか」
唯「昨日はたまごかけご飯だったよ?」
純「それは料理といいません。というか結局卵ですし」
唯「あれ?」
純「ここ最近卵の消費だけが異常に激しいんですよ」
唯「なんとかしなくちゃね」
純「本当、なんとかしてくれませんか」
唯「純ちゃん!」
純「先輩がですよ!!」
唯「いやほらー、卵ってあちこちのスーパーでセールやってるじゃん?
だからお買い得じゃない?」
純「わたしの舌が損をしてるんです。
いい加減塩コショウで味付けされたスクランブルエッグ以外のものが朝に欲しいんです」
唯「シンプル イズ ベスト!」
純「シンプルとシングルは同じじゃありません」
唯「お、純ちゃん上手いこと言った?」
純「それほどでも」
唯「それほどでもないね~」
純「明日スクランブルエッグだったら追い出す」
唯「待って! 明日は目玉焼きにするから待って!」
純「卵から離れろ!!!」
【二週間目】
純「えーと、ここ右ですね」
唯「ほほーいっと」
純「唯先輩って意外と車の運転上手いですよね」
唯「えへへ。純ちゃんは微妙だったね!」
純「取ったばかりなので……」
唯「まあわたしも取ったばかりの頃は高速道路とか怖かったよ」
純「一般道でもびくびくしてるわたしへのあてつけですか」
唯「で、次はどこを曲がるの?」
純「あとはまっすぐで、左側に見えてくるはずです」
唯「んー」
純「事故はやめてくださいね。この車は一応わたしのなんですから」
唯「しないよ事故なんてー。純ちゃんじゃあるまいしー」
純「まるでわたしが事故したみたいな言い方ですね」
唯「だって後ろのバンパー、こすった跡があったよ?」
純「うっ……見つけてたんですか」
唯「ふふっ、わたしをごまかせるんだと思ってたら甘いよ」
純「やりますねえ」
唯「わたしの目はなにものをも見逃さない!」
純「あっ、いま目的地通り過ぎました」
【一ヶ月目】
純「今日は掃除をします」
唯「わたしはなにをすればいいの?」
純「唯先輩はあっちから掃除機をかけて行ってください。頃合いを見て、交代します」
唯「部屋ごとに分担するんだね、任せて!」
・・・‥‥……――15分後――……‥‥・・・
唯「掃除終わったー!」
純「お疲れ様でした」
唯「……あれ、純ちゃん?」
純「どうしました?」
唯「わたし、一度も交代してもらってない気がするんだけど」
純「……」
唯「……」
純「……最近の唯先輩って働き者ですよね!」
唯「よーし、じゃあ純ちゃんも一緒に掃除機で吸い取っちゃうぞっ」
純「ご勘弁を!」
唯「ぶー」
純「いやだって、毎日家にいるのは唯先輩じゃないですか。
わたしは仕事で外に出ることが多いですし、家を使ってるのは主に唯先輩じゃないですか」
唯「まあそうなんだけどねえ」
純「いい加減仕事してください。それかうちの専業主婦になってください」
唯「じゅ、純ちゃん……それってもしかしなくてもプロポーズ!」
純「仕事の上の関係だけですけどね」
唯「ああん、いけずぅ」
【三ヶ月目くらい】
唯「海に行こう、海! ねえ純ちゃん、海だよ海!」
純「唐突ですね」
唯「だって海だよ、海なんだよ純ちゃん、純なんだよ海ちゃん!!」
純「誰ですかそれ」
唯「間違えちゃった」
純「今月は予定が詰まってて厳しいので来月でいいですか?」
唯「おお純ちゃんなら乗ってくれるって信じてたよ~」
純「わたしが乗るまで諦めないだろうなって信じてたので」
唯「これって信頼関係?」
純「不信頼由来の信頼関係です」
唯「ぎゃくせつてきだ!」
純「意味わかって使ってるんですか?」
唯「もちろんの逆の反対の反対」
純「それで、なんでまた海に行きたくなったんですか?」
唯「やー、ついに夏が来ちゃったなあって思って。
ここに来た頃は、まだ春が始まったばかりだったじゃん?」
純「季節の変わり目に、なんだか季節を感じたくなったってとこですか」
唯「そうそう」
純「詩人ですね」
唯「そうかな~」
純「で、仕事は?」
唯「……純ちゃんのお嫁さんですので~」
純「わたしは共働きしてくれる相方のほうが有難いんですけどね~」
唯「ひどい! あのときの言葉は嘘だったんだ!」
純「比べたら、ですよ。別に今の唯先輩をすぐ追い出すとかじゃありません。
不満は日々たまっていくと思ってください」
唯「いつか追い出される予感しかしないよ!」
【おおよそ四ヶ月目】
唯「海だー!」
純「海ですねー!」
唯「……」
純「……」
唯「海だよっ」
純「海ですねっ」
唯「……」
純「……」
唯「ふへへ」
純「えへへ」
唯「……」
純「……そういえば唯先輩、バイクの免許も取ってたんですね」
唯「だって純ちゃんの家に来たときもバイク乗ってたじゃない」
純「ああ、そういえば。でも普段は車ばっかり使ってるじゃないですか」
唯「それは純ちゃんがいるからだよ~。一人のときはバイクも使うんだ~」
純「へえ」
唯「うん」
純「……海、眺めるだけなんですね」
唯「うん」
純「入りたいとは思わないんですか?」
唯「水着持ってきてないし」
純「そうですけど、そういうことじゃなくて……うーん……」
唯「……ありがと」
純「なんですかいきなり」
唯「純ちゃんには感謝してもしきれないね!」
純「……だから言いましたよね? 神さま仏さま純さま、ってね」
唯「純ちゃん」
純「はい?」
唯「おもしろいっ」
【六ヶ月とちょっと】
唯「純ちゃんお帰り~」
純「ただいまです」
唯「ご飯にする? お風呂にする? そ、れ、と、も……?」
純「実際にそれやられるとめっちゃ困りますね」
唯「もー純ちゃんロマンがないよー」
純「だって別に唯先輩ですし」
唯「わたしじゃ不満か!」
純「はい」
唯「ばっさりだ!」
純「そんなことよりご飯がいいです」
唯「わたしより?」
純「はい」
唯「ばっさりだ!!」
純「だってお腹空いてるんですもん。唯先輩は食べられませんし」
唯「わ、わたしだってやろうと思えば食べられる、よ……?」
純「ちょっとこんな時間からそーいう話はやめてください。
っていうか、そんな関係でもありませんし」
唯「じゃあわたしたちはどんな関係だっていうのっ」
純「家主と居候」
唯「てきかくだ!!」
【七ヶ月と一週間と三日目】
唯「今日は紅葉狩りに行こうよ」
純「えー、でもわたし、通勤途中に散々見てますし」
唯「純ちゃんと見るからいいんじゃん」
純「え、っと……そ、それどういう意味で言ってるんですか……?」
唯「ところでなんで紅葉“狩り”なんだろ?」
純「わたしのときめき返せ」
唯「えっ?」
純「なんでもありません。昔は本当に狩りでもしてたんじゃないですか?」
唯「なにを狩ってたの?」
純「紅葉に潜む……クマとか?」
唯「がうがう」
純「がうがう」
唯「ところで純ちゃんさ」
純「ところでじゃないですよ、さっきのアレなんなんですか」
唯「純ちゃんは去年誰かと紅葉狩りに行った?」
純「いえ、とくには」
唯「そっかー……」
純「なんですか?」
唯「そんな純ちゃんを、わたしは見つけてあげたよ!」
純「余計なお世話マックスです、がうがう」
【九ヶ月目の一週間前ぐらい】
唯「メリークリスマース!」
純「メリークリスマス!」
唯「どう、わたしからのクリスマスプレゼントは?」
純「凄い豪華ですね」
唯「ふふん、特別なにかモノを用意できなかったからね、
代わりにわたし特製の、スペシャルな料理だよ!」
純「ここに来てからもう少しで九ヶ月でしたっけ?
さすがに料理の腕もかなり上達してますね」
唯「もっと褒めたまえー!」
純「スクランブルエッグしかなかったレパートリーが、
こんなに増えたのも感動的です」
唯「目玉焼きもあったよ!」
純「それもこれも」
唯「うんうん」
純「わたしの指導の賜物ですね」
唯「うん?」
純「唯先輩はやればできると思ってました。がんばりましたね!」
唯「純ちゃんは自分も褒めないと死んじゃう病気なのかな?」
純「そうだ、わたしも先輩にプレゼントがあるんですよ」
唯「おおっ」
純「これです」
唯「……」
純「……」
唯「……これ、なに?」
純「ギターの弦です」
唯「どうして……」
純「……ここに来てからしばらくは、ギターに触りすらしなかったじゃないですか。
持ってきたのは自分だっていうのに」
唯「……」
純「でも、最近また、わたしに見えないところで、ちょっとずつ練習してるんでしょう?
わかりますよ、それくらい。だって明らかに移動してるんですもん」
唯「……」
純「誤魔化すのが下手ですよね、唯先輩は。
あの日、道端でぶっ倒れてる唯先輩を見つけたときはびっくり仰天でしたし、
家に連れてきてみれば、けろっとしてる先輩にはまた唖然としました」
唯「じゅんちゃ……」
純「だからずーっと今まで、色々と考えてみました」
(ぎゅっ)
唯「えっ……」
純「で、考えてみて。気持ちの整理がついたなら、押してやればいいじゃないかって思ったわけですよ」
唯「じゅ、じゅんちゃ……純ちゃん……っ 純ちゃん……っ」
純「はいはい唯先輩唯先輩」
唯「純ちゃん純ちゃん純ちゃん……っ」
純「いいんですよ……明日に笑うことができるのなら、ね」
最終更新:2015年04月08日 08:05