「先輩」

帰りの電車を待つ間、憂がお手洗いに行って二人だけの時間。

空高く登った太陽なギンギンギラギラ、世界中を焼け尽くす勢いで光線を放っている。

「暑くないんですか」

「え?」

「ほら、パーカー」

「ああ、着たままだったね」

栗色の髪が、汗で額に張り付いている。

「電車の中は冷房効いてるからちょうどいいと思いますけど。今は暑いでしょ」

「そっかな?ちょっと寒くない?」

「そんなことないですよ。今日はとくに暑いです」

「そお?でももうすぐ電車、来るし。せっかく憂が持ってきてくれたんだし。このまま着ておくよ」

そう言って梓の方を向いてにっこり笑った。

二の腕はパーカーの中に隠されたままだ。

ボタンが二つ開けられたポロシャツの胸元からは、唯の鎖骨が見えている。
そのすぐ下の肉付きのよさとは反対に、そこだけが妙に骨ばっておかしく見えた。

首筋からつーっと滴が垂れてゆく。
それは鎖骨を通り、胸元へ流れていく。ある種の粘性を持って、ゆっくりと。そう、蜜のように。

暑さのせいか日に焼けたせいか、少し蒸気したような桜色の肌。
流れる蜜を存分に吸い込んだポロシャツの白は、さっきよりも濁って見える。
ふたつが混じり合って実る果実。
まだ誰も味わったことはない果実の味なんて知りようのないはずなのに、
間違いなく甘美であることを裏付けるかのように甘い香りを漂わせて、果実はそこに存在している。




「おまたせ。電車、もうそろそろかな」


はっとして梓が声の方を振り向いた。
足音に気がつかなかった。

真夏の日差しを背に、憂の影が伸びている。
逆光気味に太陽を背にした憂の表情は暗くて読み取れない。

その影は長く長く伸びて、
いつの間にか唯と梓はその影の中だった。

唯が立ち上がって憂に駆け寄る。
長く伸びた影がふたつ重なり、大きく黒い塊になった。

『もうすぐ電車、くるよ」

そう言って梓に手を伸ばしたのは、唯だったのか、憂だったのか。

梓にはわからなかった。


やがて電車がホームに入ってくる。
それを一本やり過ごし、三人は次にやってくるはずの快速列車を待つ。

「普通と快速と新快速と特急って…別にどれでもいーじゃん。来た電車に乗ればいいのに」

「早く帰れるほうがいいでしょう」

「じゃあ特急に乗れば」

「そもそもこの駅には止まってくれません」

「乗りたいなあ。特急に乗ったらどこにいけるの?」

「海の方まで行っちゃいます」

線路の先は陽炎がゆらゆら揺れている。
この先に海がある。もっとも随分永い時間、電車に乗っていないといけないけれど。

「いいじゃん。海」

「今から行っちゃう?」

「いいねぇ〜!あ、でも水着…」

「海まで行けば近くに売ってるから、心配いらないよ!」

「これから不動産屋行くんでしょ。憂も悪ノリしないの。
 だいたい近々海行く計画立ててるじゃないですか。それまで待てばいいでしょ」

えへへ、と笑う唯。
少し頬があかい。日焼けしたのか。それとも。


「ま、そうだね。じゃあ快速と新快速は何が違うの?」

「ほとんど一緒です。
 ただ新快速だとわたし達の最寄駅には止まってくれません。
 快速はある一定の期間だけ各駅停車になります。
 だからわたし達の駅にも止まってくれるんです」

「似てるけど、違うんだ」

「使う人によっては同じようなものだったりするんですけどね。
 いまのわたしたちにとっては違う存在です」

「んーじゃあ各駅停車は?」

「各停は快速の倍、時間がかかります」

「なるほどでも各駅停車は各駅停車の味があるじゃん。知らない駅で降りてみたり。旅番組みたいにさ」

「それはまた、いつかね」

「いつにしようか。あした?」

「せっかちですねぇ。いつだっていいじゃないですか。時間はたっぷりあるんだし」

「ぶらり旅してみたいなぁ。あと特急にも乗ってみたい。海にも行きたいな」

「また、今度ね」

そう、また今度。


やってきた快速電車の扉が開くと、心地よい冷気が吹き出した。
三人は電車の中に足を踏み入れる。

車内は随分空いていて、7人掛けシートに腰掛けたのは3人だけだった。
憂と梓の間に、挟まれるようにして唯。

座席が空いているけれど、3人はシートの真ん中あたりに距離をつめて座った。

快速列車は速く走るけれど、ときどき大きく揺れるのが難点だ。
唯の身体がグラグラと揺れて、ふざけるようにして梓にぶつかってじゃれる。
ふたりは笑った。

やっぱり1LDKは広すぎるかもしれない、
梓はそんな風に思った。

憂は窓から進行方向をずっと見ていた。
あっちの方には海がある。ここからは見えるはずもないけれど、海がある。

しばらく電車が走っていくつかの駅を過ぎ去った頃、
すっかり寝入った唯の首が、左右にグラグラと揺れはじめた。

ずっと外を見ていた憂が振り返ると、その拍子に揺れていた唯の首がこてん、と傾いて
最後は梓の方の肩にもたれかかった。
やれやれ、という表情を浮かべながらも、梓は唯をそのままにしていた。

ふと唯の首元を見ると、何かが止まっているのが目に入った。


蚊だ。


本人に気付かれることもなく、ちゅうちゅうと蜜を吸っている。


ああ。

襟を立てていたら、吸われることもなかったのかな。
うつらうつらとしながら、梓はぼんやりと考えた。

そういえば、新居は海に近いところだった。
窓を開ければ潮の匂いが漂ってくるんだろうか。

ちいさな駅に電車が止まり、扉が開く。

潮の香りをつれて、ひとりの女性が乗り込んでくる。

麦わら帽子をかぶった女性は、ちらっと三人の方に視線を向けて、
そのまま立ち去った。

電車はふたたびはしりだす。
がたんがたんという規則的なリズムといっしょに、果実がゆらゆら揺れている。


『で、それって結局誰だったのさ』

ゆらゆらと揺れるように、歩く。

トンネルの中で声がわんわんと反響して、前を歩くあずにゃんの声が、後ろからも聞こえてきて、目の前にいるあずにゃんだけじゃなくて、後ろにもあずにゃんがいて、あれ?あずにゃんふたり?じゃあどっちがほんもののあずにゃんなの?もしかしてあずにゃんってふたごだったの?そんな錯覚に陥りそう。

『ブラット・ピット…でもなくて…ジョニー・デップ…でもなくて…うーんとねぇ……』

カッカッ、と響くのは純ちゃんの履いているヒールの音。
トンネルの中には雪が積もっていない。乾いたコンクリートに、靴の音が鳴っている。

『もういいよ。だいたい主演俳優も覚えてないような映画、ホントに面白かったの?』

けっこう暗くなってきたけど、いま何時だっけ?
ケータイを開くと”圏外”の文字が浮かんでいる。あー、そうだった。
こんなみじかいちいさなトンネルなのに、なぜだかここを通るときだけ圏外になる。
この街でここを通るときだけ圏外になる。
まるでこのトンネルの中だけ別の世界みたい。

『いやぁ〜面白かった…面白かったよねぇ?ね??』

『ごめん純ちゃん。わたしぜんぜんわかんないや』

『そもそも純の説明がいい加減すぎるんだよ。ちゃんと映画の内容説明してよ』

上の方で電車がガタンガタンと走っている。
純ちゃんは一生懸命映画の内容を説明してくれているけれど、半分も聞こえない。


『…………で、………が、……になって、…で…、……って話』

ぜんぜんわかんない。

『…それって』

あずにゃんには聞こえてたみたい。

『インド映画じゃない?』

あ、聞こえた。
思えば映画なんてずっと観てない。
ハリウッド映画も、邦画も、ましてやインド映画なんて。
そういや、最後に観た映画って、なんだったかな。

『あーそうだったかも。聞きなれない名前だから主演のひとの名前が覚えられなくて…
 マジシャンの双子が主人公だったのは間違いないんだけど』

『双子の役者さんなの?』

『ううん。ひとり二役』

『どうやって撮影したんだろー!ってすごい映像ばっかりでね…マジックも迫力あって圧倒されちゃった。
 DVDじゃなくて映画館で観たかったなー…』

『ふぅん』

あずにゃんって映画好きなんだっけ。
純ちゃんのざっくりとした説明でインド映画だって当てちゃうくらいだから、案外わたしよりは詳しいのかもしれない。
でも、その気の無い返事は、映画への関心のうすさのようにも思える。わかんない。

『……って言ってもCGなんだけどね。ビルを走って駆け下りるとか実際絶対無理だし』

『それはさすがにね』

『ありえない!って思えるものは、たいてい種も仕掛けもあるに決まってるからね』


高架下のトンネルは一日中、いつだって夕方だ。
昼でもなければ夜でもない、夕方。
オレンジ色の古めかしい電灯に照らされたここは一日中いつだって夕方で、昼の世界と夜の世界を繋いでいるんだ。なーんちゃって。みおちゃんみたい?

『あ』

『どうしたの?』

『靴の紐が…』

『あー切れちゃってますね』

『家にあったのテキトーに選んで履いてきたからなぁ。古かったのかな、これ?』

左足片足ケンケン立ちになって、ヒモの切れた靴をひょいとつかんだ。

『いつ買ったのかも、忘れちゃったの?』

『家にある靴をテキトーに履いてきたんだもん、いつ買ったかなんていちいち覚えてないよ』

『ま、それもそうか』

『つーか純。アンタ敬語使いなさいよ』

あずにゃんが持ち前の猫みたいな瞳でギロッと純ちゃんを睨む。

『あ、ごめん。つい、さ。…スミマセン』

『いいよいいよ。だってわたしと純ちゃんの仲じゃない?気を遣わなくてもいいよぉ』

『ほら?』

『ほら、じゃないし。わたしがダメって言ってる間はダメ』


あずにゃんは頑なだ。

あずにゃんとは出会ったときから先輩後輩で、純ちゃんとも先輩後輩で。いまも変わらず先輩後輩で、
それはとっても自然なことだし、心の壁なんてなかったつもりだった。
それにこの”敬語”っていうルールは、出会ったときからのわたし達の関係を繋ぎとめておくために、
欠かすことのできない大事なものだって思ってた。
けれどもしかしたらそれは単なる自分の思い込みで、そのルールをやめちゃったら、わたし達の距離をもっと縮めることができるのかもしれない。

それなら。

『あずにゃんや』

『…なんです』

『タメ口で…話してもいいよ』

『は?』

『ほら。わたし達付き合い長いんだし。先輩後輩だけど、もう敬語じゃなくてもいいかな、って』

『ダメですよ』

『いいよ』

『ダメですって。だって先輩後輩じゃないですか』

『いいってば。ほら。試しにタメ口で喋ってみて』

『…』

『どうぞ!』フンス!

『………本当にいいんですか?』

『もちろん!』

『…梓。もうそろそろ、いいんじゃないの』

『…』

『タメ口で喋ってみなよ』

オレンジの灯りがジジっと点滅して、消えた。
突然、トンネルの中を真夜中が襲った。


















『                   』


















まただ。

電車がトンネルの上を走る音が響き渡る。
真っ暗な空間に電車の音だけが響いて、上から、下から、前から、後ろから、どこからも同じ音が鳴り続ける。
走っているのは、快速列車かな?各駅停車かな?どっちもおんなじだよ。音だけ聞いたら、さ。わたしには違いがわからない。
だけどふたつはちがうんだ。あはは。へんなの。


『…あ』

『スミマセン……やっぱりなんか、しっくりきませんね…アハハ』

あずにゃんの声は届かなかった。なんにも聞こえやしなかった。
電車のせいだ。いや、もしかしてあずにゃんはなにも言わなかったかもしれない。

灯りが再び点灯した。
時計の針がぐるぐると逆を周り、太陽は西から登って、月は沈む。夕方がやってきた。

『エヘヘ……。うん、わたしもやっぱり敬語の方がいいかな?
 なんていうか…こそばゆいっていうか慣れないっていうか…
 わたしとあずにゃんらしくないっていうか…』

『…』

『…』


『…で、どうします?裸足で帰るわけにはいかないですよ』

電車が過ぎた後のトンネルに、純ちゃんの声が響く。
ちりんちりんとベルを鳴らして、チャリンコが走ってきた。
わたしは片足でぴょんぴょん飛びながら、はしっこに避ける。
奥の方から風がびゅうっと吹いて、あずにゃんの髪がふわっと揺れた。
チャリンコは三人の間を縫って走って行った。

『大丈夫だよ。片足ケンケンで帰るから』

『無理しないでください。わたしがオンブしますから』

そう言ってあずにゃんは腰をかがめた。
自転車の姿はもう見えない。

『そっちの方が無理だよ。だってあずにゃんちっちゃいし』

『失礼です、大丈夫ですよ。ここから家くらいまでなら』

『しかたないなーわたしも手伝うよ』

純ちゃんまで一緒になって腰をかがめた。

『あわわ…いいよー悪いよ。ほら、大丈夫だから、さ。立って?二人とも』

『そうだよ、いいよ、純は。今日はヒール履いてるでしょ。無理しないで』

『大丈夫だって、それくらい。久しぶりに会ったんだし、最後まで付き合うよ』

『あずにゃんもいいってばぁ…』

『…わかった。じゃあ最初はわたしがオンブするから、途中で変わって。それでいい?』

『おっけ。ま、ヘバリそうになったらいつでも変わるから。遠慮なく言ってよ』

『ちょっとちょっと、二人とも勝手に…』

『さっさとしてください。でないと日が暮れちゃいますよ…ていうかもう暮れてますね…』


トンネルの向こうは日が落ちていて、すっかり夜だった。
わたしが背中に体重を預けると、あずにゃんは少しよろめいた。
けれどそれは最初だけで、グッと力を入れて踏ん張ると、想像した以上に力強い足取りで歩み始めた。あずにゃん、すっごーい。
わたしが褒めるとあずにゃんは、ライブの度に機材を運んでれば、これくらい鍛えられるんですよ、ってちょっぴりドヤ顔してた。

トンネルの中の小さな夕日は背中に消えていく。
外の世界に出ると、大きなお月さまが空に浮かんでいた。
あれ?月ってこんなに大きかったっけ?

なんだ、パラボラアンテナか…。

『ねぇ、あずにゃん』

『なんですか』

『あした、海に行こっか』

『…』

月は見えない。
でも、数え切れないくらいたくさんの星が夜空にまたたき、夜の道を照らしていた。



「きゃっ」

雷鳴と共に一瞬明かりが消えて、家中が真っ暗になった。
憂が驚いてちいさく可愛らしい悲鳴をあげた。

停電…しかし真っ暗なのはちょっとの間だけで明かりはすぐに復旧する。

ほっと胸をなでおろし、今の内に懐中電灯を手元に置いておこうと決心した。

ガタガタ…

激しい雨と風が雨戸を吹きつけている。
しっかり締めたはずだけど…何があるかわからない。
念には念を入れて、と、憂はなんども家中を確認して回った。

”そっちは台風、大丈夫?”安否を気にする母のメールに返事を済ますと、憂はみどり色のケータイをテーブルに置いて、TVのスイッチを入れた。台風の進路は、勢力はどうなっているだろう。

TV画面では強風と豪雨にさらされながら、アナウンサーが必死に何かを叫んでいる。
家を叩く雨の音が大きいせいで、うまく聞き取ることができない。

あれ?これ、結構近所じゃない?

この夏最大、という触れ込みでやってきた台風15号は勢力を弱めることなく、この街の上を今夜通過するらしい。

TV画面に映っているのは…もしかして近所の山?

憂はリモコンを手に取り、音量を上げた。
この豪雨のせいで山崩れを起こしたようだった。ドロドロと土砂が崩れた様子が映されている。

うわぁ…こわい。大丈夫かな。


「あ、おねえちゃん。起きた?」

「ん……」

強すぎる雨の音のせいで、唯が降りてくる様子に全く気がつかなかった。

ボケーっとしたうつろな表情でふらふらとリビングに入ってくる。
昼寝もいいけれどちょっと寝すぎじゃないの?、夜寝られなくなるんじゃ、と憂は心配になる。

唯はゆらゆらとソファーにたどり着くと、ぽてっと身体を横たえた。

「お姉ちゃん、もしかして具合わるい?」

自分の風邪をうつしてしまったんじゃ、気になった憂は体温計を持って、唯の隣に腰掛ける。

顔があかい。視点が定まっていない。

「お熱、自分で測れる?」

「あー、うん」

憂から体温計を受け取ると、唯はよいしょと身体を起こし、自分でポロシャツのボタンを外して胸元から体温計を腋に差し込んだ。

外の雨風は弱まるどころかドンドンと強くなっている。



ピピッピピッ


しばらくして電子音が聞こえたが、唯はぼーっとしたまま体温計を腋に差したままだった。
頬が赤い。憂はちょっと不安になって声をかけた。

「おねえちゃん、今、音鳴ったよ」

「ん……」

唯は胸元から体温計を抜き出した。

「どうだった?」

「ういー……この体温計………」

うつろな目でデジタル表記を目にしている唯。

「これ……やっぱりこわれてるみt……」

言い終わらないうちに唯がソファに倒れ込んだ。



TV画面の中のアナウンサーは、山崩れのニュースを叫び続けている。


『あっ』

車内が大きく揺れたせいで、バランスを崩してオレンジジュースこぼしちゃった。
オレンジ色の液体が通路に飛び散っている。

あずにゃんの方をちらっと見るけれど、窓の方を見ていてこっちに気づいてなかった。
ほっ。怒られるかと思った。ひとあんしん。

でも誰も通路を歩いていなくてよかった。
体感的にはそれほど早く走っているようには思えないのに、
電車の揺れはけっこう大きい。

さっきお手洗いに行ったときだって、行って帰ってくるだけでも手すりに掴まらないと、歩くこともままならなかった。

『山とか谷とか、複雑な地形のところを走るでしょう。きっとそのせいですよ』

『人生山あり谷あり、ってやつですか』

『…さぁ』

電車は特急というだけあって、普段乗っている電車とは内装も違って、少しだけ豪華だった。
広い窓からは山(っていうか近すぎて全体が見えないから森みたいな景色)がいくつもいくつも続いて、線路の下には川が流れてて、わたしのケータイの電波は圏外になったり繋がったりを繰り返して、通り過ぎていく小さな駅は山賊たちの秘密のアジトみたいで…。

『わくわくするね』

『…そうですね』

海に行くって決めてから、あずにゃんの動きは早かった。
特急使えばそんなに時間かからないみたいですね。まぁ今は冬だから海水浴はできませんけど…近くに温泉もありますし、名所もあるみたいです。

手際よくパパッと宿の予約をとって、電車の時間を調べて…
むかしから段取りや計画を立てるのは好きだったもんね。ありがとね。


『窓際…大丈夫ですか?』

『え…?』

『いえ、そのぅ。ああ、あんまりはしゃぐと疲れちゃうんじゃないかと思って。
 まだもう少し時間がかかりますから眠っていてもいいですよ。近くに来たら起こしてあげますから』

『ううん。せっかくの旅行だもん。ちゃんと景色を焼き付けておきたい』

『そうですか』

せっかくの旅行なのに、今日のあずにゃんはなんだか元気がないように見える。
いや元気がない、というよりもあんまりわたしの方を向いてくれない。目を見てしゃべらない。
いっしょに食べようと思って駅のコンビニで買ったオレオには、まだひとつも手をつけてない。
今さらわたし達二人で旅行することに何を緊張することがあるっていうんだろ。

わからない。

そのくせときどき、ちらっちらっとわたしの様子をうかがってる。
でもわたしが振り向くと、さっと目を逸らしちゃう。
そうして本を読んでるフリなんかしちゃって、でもまたこっそりわたしの方見てるし。

ようやく乗務員さんがやってきて、わたしはジュースをこぼしたことを謝った。
乗務員さんは感じのいい人で、気にしないでくださいね、とニコニコ笑っていうと、すぐにモップを持ってきて、たちまちに通路を綺麗に磨き上げた。

ぴかぴか。ジュースをこぼす前よりきれいになったみたい。

ちょっと安心したせいか、似たような風景ばかりの山の景色にだんだん見飽きてきたせいか、ガタンガタンというリズムに揺られて、意識がぼんやりしてきちゃう。

あずにゃんオレオ好きじゃなかったのかなぁ…リッツにしとけばよかった。む、ベタにポテチにすべきだったかな…いっそのこと今度旅行にいくときは、手作りのおかしでも持ってこよう………
ぼんやりとした頭の中を、ガタンガタンというリズムが頭の中を反復していた。

空の向こうに黒い雲が見えたようにも思ったけど、
頭がぼんやりしてきてもうよく、わかんない。



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最終更新:2015年04月14日 07:57