【部室】
梓「こんにちは」ガチャッ
澪「お、梓か。お疲れ」
梓「澪先輩…、お疲れ様です」
澪「おいおい、先輩はよしてくれよ。今週は同級生だろ?」
梓「あ…そうだったね」
梓「えっと…他のみんなは?」
澪「みんなは日直とか掃除当番とか用事があってさ、ちょっと遅れてくるよ」
梓「そうなんだ…」
梓「…」
澪「…」フッ
澪「どう梓?1週間、同級生ってことでやっていけそう?」
梓「えっ?ああ…、えっと」
梓「いきなり先輩方と同級生って言われても…」
梓「ちょっとまだ、慣れない、かな…」
澪「ふふっ、まぁそうだろうな」
梓「…」
梓「…前にも一度、こんなことあったよね」
澪「?」
梓「私が軽音部に入ったばかりの頃」
梓「最初はここののんびりした雰囲気になかなか慣れなくて…私、いっそ部活を辞めて、外バンに入ろうかとか悩んでて」
梓「そんなときに、浮かれてた他のみんなと違って澪せんぱ…、じゃなくて、澪だけは気にかけて、今みたいに声かけてくれたよね」
澪「…そうだったっけ」
梓「うん。だから私、澪…先輩には、その、一番タメ口が使いづらい、です…」
梓「もちろん他の先輩方も尊敬してますけど、入部したばかりの私の不安を唯一わかってくれた人ですし」
梓「先輩らしさという意味で、一番頼りにしてる先輩ですから…」
澪「…なんか、改まってそう言われると照れるな」
梓「ごめんなさい…」
澪「…まぁ確かに梓の立場としては、急に私たちにタメ口なんて難しいかもしれないけどさ」
澪「今回のことを、いい機会だって考えてみないか?」
梓「いい機会?」
澪「私たち、今までずーっと先輩と後輩の立場として付き合ってきただろ?」
梓「はい」
澪「だからさ、お互いをその視点からしか見てこられなかったんじゃないかって感じるんだ」
梓「…?」
澪「つまり、私たちは先輩の視点からしか梓を見たことがないし、梓も後輩の視点からしか私たちを見たことがないってこと」
梓「ああ…なるほど」
澪「だからさ、お互いに同級生っていう風に視点を変えてみれば、普段は見えなかったものも見つかるんじゃないかって思うんだよ」
梓「そういうものなのかな…」
澪「現に私は、改めて梓に頼りにしてるなんて言われて嬉しかったしさ」
梓「…///」
澪「それも、こういう機会があったからこそ聞けたわけだろ?」
梓「…そう、かも」
澪「だから梓、もうちょっとこの状況を楽しんでみてもいいんじゃないか?」
澪「私たちが好きでやってるんだから、タメ口は失礼だとか気にしなくていいしさ。色々おもしろいものが見つかるかもしれないぞ」
梓(普段見えなかったもの、か…)
梓「…わかった。澪、私やってみるよ」
澪「ふふっ、それでこそ梓だよ」
ガチャッ
律「わりー澪、待たせて…って、梓も来てたのか」
唯「あずにゃーん♪昨日ぶり〜」トタトタ
梓「二人とも、遅いよ!」
唯「なんとっ!」ビクッ
律「梓がナチュラルなタメ口を…」
梓「何言ってるの?私たち、同級生なんでしょ?」
梓「ほら、ムギちゃんが来てないからまだお茶はできないよ。それまで練習しよ?」
澪「…ふふっ」
澪「そうだぞ、梓の言うとおり、たまには先に練習を…?」
唯「…!」プルプル
澪「唯…?」
梓「…どうしたの?」
唯「…あずにゃーん!」ダキッ
梓「うわっちょっと…、唯、いきなり抱きつくのはやめてってば!」
唯(恥ずかしがらずに普通に唯って呼んでくれたよ…!)
唯「ふふ〜、ありがとね、あずにゃん♪」スリスリ
梓「まったく、もう…」
澪「同級生になってもこの関係は変わらず、か」
律「…で、なんでムギは扉の陰からこっそりうっとりしてるんだ」
紬「先輩後輩の関係を取り払った唯ちゃんと梓ちゃんのやり取り…新しいわ…」ウットリ
唯「あっムギちゃん!」
唯「ムギちゃんも来たことだし、先にお茶してもいいよね〜」
梓「ダメだよ、今日は絶対先に練習するんだから!」
唯「え〜、あずにゃんのケチケチ」
梓「なんと言われようとこれだけは譲れないもんね!」
〜〜〜
唯「結局先に練習することになりました」
律「先輩の立場を使えなくなった唯が梓に勝てるわけないもんな」
唯「無念…」ガックリ
唯「あずにゃ〜ん、練習のあとはゼッタイお茶の時間にしようねぇ、ゼッタイだよぉ?」シクシク
梓「はいはい、きちんと練習頑張ったらね?」ナデナデ
唯「うん…頑張る」グスッ
澪「なんだか同級生っていうより…」
律「梓が先輩で、唯が後輩みたいになってるな…」
紬「それはそれでいいわねぇ♪」
律「ムギはさっきから何を言ってるんだ…?」
梓「それじゃ!気合入れていくよ!」
唯律澪紬「おー!」
♪〜〜〜演奏中〜〜〜♪
ジャカジャーン♪
律「…なんというか」
紬「すごく、一体感のある演奏だったね」
澪「唯と梓のギターの絡みも、いつもよりずっと滑らかだったよ」
唯「えへへ、そうかなぁ」
梓「私もすっごく良かったと思う、けどなんでだろう…」
澪「推測だけど…」
澪「梓のことだから、いつもは演奏中も先輩を立てないとって、無意識のうちに控えめに弾いてたのかもしれないな」
紬「今の演奏では同級生として弾けたから、いつもよりもっと自由に演奏できたっていうことかしら」
梓「うーん…今まで特に気にしたことはなかったけど…そうなのかな」
律「まぁ唯がリードギターで梓がリズムギター担当してるのも、元はといえば梓が唯を立ててくれたおかげだしな」
唯「そ、そんなことないよぉ!?ちゃんとわたしにだって実力あるもん!」
梓「そ、そうだよ!唯はすっごく才能あるよ!」
唯「あずにゃん…」
澪「同級生でもきちんと唯を立ててるな…」
梓「だから唯、もっとまじめに練習すれば、きっともっと上手になるよ」
唯「そ、そうかなぁ…よ〜し!練習や〜るぞ〜!」フンスッ
梓「うんうん、その意気だよ!」
律「そしてうまいこと唯を手なずけてるな…」
〜〜〜
澪「今日はなかなか実のある練習ができたな」
律「確かに、久々に練習したー!って日だったな〜」
梓「毎日こうだったらいいんだけどね…」
唯「えんしゅうおあおのケーヒおあうえうらねぇ〜」モグモグ
律「飲み込んでから喋ろうな、唯」
澪「今なんて言ったんだ…」
梓「練習の後のケーキも…?続きがわからないけど…」
唯「ごくん…、惜しいあずにゃん!練習の後のケーキも格別だねぇ、って言ったんだよ!」
澪「梓よくわかったな…」
律「さすが恋女房」
梓「ば、ばかっ!そんなんじゃないもん!」
澪「梓、遠慮なくバカ律って呼んでいいんだぞ」
律「うぉーい!」
梓「…バカ律」
律「お前も容赦ねぇな!」
紬「ふふふ、この感じ…新鮮でいいわね〜」ニコニコ
唯「ほんとだねぇ、いつもより賑やかな気がするよぉ」ニコニコ
梓「あ…唯、ほっぺにケーキ付いてるよ?」
唯「え?ほんと?あずにゃん拭いて〜」
梓「自分で拭きなよ…子どもじゃないんだから」
唯「え〜いいじゃん、練習頑張ったんだからさぁ」
梓「意味わからないし…もう、仕方ないなぁ」フキフキ
唯「んぐんぐ…ありがと〜あずにゃん」
澪「やっぱり…」
律「梓先輩と、後輩の唯だな…」
紬「いい光景だわぁ…」ニコニコ
【帰り道】
唯「じゃあまた明日ね〜」
澪「うん、また明日」
律「じゃあな恋女房、帰り道もきちんと唯の面倒見てやれよ〜」
梓「もうっ、だから違うってば!」
律「あれー?誰も梓ちゃんが恋女房だなんて言ってないぞー?」
梓「ううう…バカ律ー!」
律「へへっ、じゃなー、気をつけて帰れよ〜」
紬「今日は新鮮な光景ばかりだわぁ」ニコニコ
テクテク…
唯「うふふ〜、今日は楽しかったねぇ♪」
紬「ほんとに。昨日から眼福シーンの連続で目が疲れちゃったわ…」
梓「眼福…?」
唯「がんぷく?」
梓「そんなシーンあったかな…」
紬「うん♪それはもうたくさんね♪」
梓(相変わらずムギ先輩の感覚はわからない…)
唯「ねぇムギちゃ〜ん、がんぷくってどういう意味〜?」
唯「目に優しいって意味よ〜」
唯「目に優しいのに目が疲れちゃうの?変なの〜」
ピリリリリ…ピリリリリ…
唯「ほ」
唯「誰からだろう…」ゴソゴソ
唯「あ、憂からだ〜」
唯「もしもし憂〜?うん、今ねぇ、あずにゃんとムギちゃんと帰ってるとこ〜。どーしたの?」
唯「ふむふむ…、え〜っ、それは大変だぁ!」
梓「えっ?」
紬「何かあったのかしら…」
唯「うん…うん、わかったよ、じゃあね憂、また後でね」
ピッ
紬「唯ちゃん…、何かあったの?」
唯「うん、それがね…、緊急事態なんだ」
梓「緊急事態?」
唯「うん。実はうちの今日の晩ごはんはお刺身だったんだけどね」
唯「おしょうゆ切らしてたんだって…」
梓「なるほど、それは大変…って、はい?」
紬「そ、それは緊急事態ね…」
梓「いやいや、唯もムギちゃんも大げさだよ…」
唯「全然大げさじゃないよ!?お刺身におしょうゆがないんだよ!?緊急事態だよ!」
梓「いや、しょうゆがなければポン酢でいいんじゃ…」
唯「ちがぁう!ポン酢なんかじゃ代わりにならないよ!?酸っぱいじゃん!」
梓「はぁ…」
唯「ということで、わたし大至急スーパーに寄っておしょうゆ買って帰らなきゃいけないから!じゃあねあずにゃん、ムギちゃん!」
梓「う、うん、また明日…」
紬「じゃあね、唯ちゃん」
唯「おしょうゆ、おしょうゆ、おしょうゆ〜♪」トタトタ
唯「ポン酢じゃダメだよしょうゆだよ〜♪ソースも違うよしょうゆだよ〜♪」トタトタ
梓「行っちゃった…」
紬「…帰ろっか、梓ちゃん」
梓「はい…じゃなかった、うん」
テクテク…
紬「梓ちゃん、昨日と今日とで随分と雰囲気が変わったよね。何かあったの?」
梓「う、うん…正直、今日まで気が進まなかったんだけど、憂や澪が背中を押してくれてね」
梓「こういう状況を楽しんでみてもいいんじゃないかなって思ったんだ」
紬「ふふっ、そうなんだ」
紬「梓ちゃんのその素直に人の言葉を聞き入れられるところ、素敵だと思うな」
梓「え…うーん…」
梓「それって、本当にいいところなのかな…」
紬「どうして?」
梓「それって、言い換えれば人の言葉に流されやすいってことじゃ…」
梓「部活でだって、いつも練習しようって言いながら、結局はみんなとお茶しちゃってるし…」
紬「でも梓ちゃん、本当に必要なところでは自分を曲げてないよ?」
紬「去年、唯ちゃんが学園祭の直前に風邪引いちゃったときのこと、覚えてる?」
梓「はい」
紬「あのときだって梓ちゃん、リードギターの練習もしながら、誰よりも5人でするライブにこだわったじゃない」
紬「素直に人の言うことを受け入れながら、大事なときには自分の意見を通そうとしてる」
紬「そうやってきちんとメリハリをつけてるからこそ、それぞれがいい部分として目立つんだと思うな」
紬「謙虚なのもいいけど、自分にもっと自信を持ってもいいと思う」
梓「…あ、ありがとうございます」
紬「ふふっ、素直でよろしい」ニッコリ
紬「だけど、敬語はダメよ」
梓「あ、そうだったね…ごめん」
紬「そういえば、梓ちゃん」
梓「なに、ムギちゃん?」
紬「昨日から気になってたんだけどね」
紬「どうして私だけ、『ムギちゃん』なの?」
梓「え?」
紬「唯ちゃんは唯、りっちゃんは律、澪ちゃんは澪でしょ?私だけ『ちゃん』が付いてるのは、どうしてなの?」
梓「あ…ごめん」
紬「いや、それが嫌とかいうんじゃなくてね?むしろ嬉しいんだけど」
紬「でも、私だけ呼び方が違うのはなんでかなって気になっちゃって」
梓「うーん…特に深い意味はないんだけどね」
梓「ムギちゃんは、おっとりしてて、美人で、気配り上手で、いつも優しい人だなぁって思ってたんだけど」
紬「まぁ…照れちゃうわ」
梓「でもね。好奇心旺盛で、なんていうのかな…、いい意味でズレてるところが、子どもっぽいっていうか、可愛い人だなって思っててね」
紬「子どもっぽい…?」
梓「えっ?ああっごめん!別に悪い意味で言ったわけじゃなくて…!」アタフタ
紬「嬉しい!」
梓「へっ?」
紬「私、今まで大人っぽいとか落ち着いてるとか言われたことはあるんだけど、子どもっぽいって言われたのは初めて!」
梓「そ、そうなんだ…」
紬「ありがとう梓ちゃん、私を子どもっぽいって言ってくれた人は梓ちゃんが初めてよ」
梓「はぁ…」
紬「あ…もう駅まで着いちゃったね。じゃあまた明日。梓ちゃん」
梓「うん。気をつけてね、ムギちゃん」
テクテク…
紬「梓ちゃん!」
梓「…?」クルッ
紬「今日はありがとう!また明日ねー!」ブンブン
梓「…」クスッ
梓「こちらこそー!また明日ー!」ブンブン
テクテク…
梓(子どもっぽいって言われただけで、あんなに喜ぶなんて…)
梓(やっぱりムギ先輩の感覚はわからないや)クスッ
最終更新:2015年04月20日 22:18