【純白の夜】


唯「澪ちゃん……」

澪「うん……」

唯「……愛してるよ」

澪「……知ってる。わかってるから」

唯「ありがと……じゃあ、するよ?」

澪「ん、うん……っ」



――その夜、私と唯は心だけでなく身体でも結ばれた。

まだ20年も生きてない身だけど、少なくともそれまでの何よりも幸せな時間だったと、心から思った。





【秋の朝】


晶「――こらー、唯ー! 起きろぉおー!!」バァァァン

唯「わああっ!?」
澪「うわああ!?」


……そんな幸せな時間からの目覚めは、慣れたとはいえまだ寝起きに聴くには恐ろしい声によるものだった。


晶「……えっ、なんで澪もいるんだ? 唯の部屋だよなここ」

澪「え、あ、えーっと、わ、私は今日は午前中は講義ないから……」

晶「ああ、幸もそう言ってたけど……それでなんで唯の部屋に? お前らが集まるときって大体澪の部屋だよな?」


はいその通りでございますよくご存知で!
……実際、皆で集まる時は私の部屋、唯と二人きりで会う時は唯の部屋…と、私と唯はそう使い分けてきた。
そして、今日までは唯の部屋で夜を越すことはなかった。つまり晶と万が一にも鉢合わせする要素は無かったんだ。
今日という日までは……


澪「え、えーと、唯に勉強教えてて、うん。そう」

晶「ふーん? 私に唯の世話を押し付けたくせに?」

澪「そ、それは学部が一緒だからで! だからこそ、こうして何も無い日には学部に関係ないところは私が教えておこうと、な?」

晶「ふーん…? まあ、助かるけど」


ご、誤魔化せたかな? 
唯と一緒に寝てたのは怪しまれても仕方ないけど、よくある「裸で一緒に寝てた」みたいな致命的ミスだけは犯してないから大丈夫…なはず!
……今が夏だったらやらかしてた可能性高いけど。その、………か、身体を重ねることがこんなに疲れることだったなんて知らなかったし。
夜がそこそこ冷える今の季節じゃなけりゃ、間違いなくそのまま寝てたよな……


晶「どうだ唯、私と澪のどっちが教え方上手い?」

唯「え、えーっと、ど、どっちも…?」

晶「そうかそうか。まあ得意ジャンルはそれぞれ違うだろうしな」

唯「そ、そうだねーそうだよねー」

晶「夜の保健体育は澪先生のほうがお上手ってとこか」

唯「そうだねぇ……って、あっ」

澪「ちょっ唯いぃぃぃぃぃぃい!?!?」

晶「あ、やっぱり?」

澪「誤魔化せてなかった!? うわぁぁぁぁあ!!!」


は、恥ずかしい!
やめて!そんな目で私を見ないで!!!


晶「き、気にするな澪、確信はなかったし。それに深く聞いたり言いふらしたりするつもりもないからさ」

澪「ほ、本当…?」ウルウル

晶「かわいいなお前」

澪「え?」

唯「だ、ダメだよ晶ちゃん! 澪ちゃんは私と添い遂げるんだから!」

晶「妙に凝った言い方するなよ……」

澪「添い遂げ…///」

晶「乙女かっ!ご馳走様だよチクショウ! っていうかよくわからんけどそういうことした後ならシャワー浴びてこい唯!遅刻するぞ!」

唯「ひゃいっ!!!」




唯が適当に着替えを引っ掴んで浴場へと駆け出す。
よって、唯の部屋なのに晶と二人きりという妙な空間が出来上がった。
とりあえず、今のうちにこれだけは言っておきたい……主に私のために。


澪「あの、晶、図々しいお願いかもしれないけど、他の皆には黙ってて欲しいんだ……」

晶「ん? ああ、大丈夫、言わないっての」

澪「あ、ありがとう!」

晶「お前らは人の過去を面白おかしく掘り返してくれたけどな……」

澪「ご、ごめん! そ、その、好きな人がいる身としても興味があって、つい……」

晶「……まあいいよ、澪はあの場で一番マトモだったし。それに、先輩に断られた時、慰めてくれたのも怒ってくれたのもお前らだったし、さ」

澪「……あ、晶はまだ諦めてないんだよな? 応援するから!」

晶「おぅおぅ、一夜を共にした経験者ゆえの上から目線ですかァア?」ギロリ

澪「ち、違う! 本心だよ本心!」ガクブル

晶「ジョーダンだよジョーダン。ありがとな」

澪「う、うん……」

晶「とりあえず澪、応援するならその綺麗で長い髪を全部くれ」

澪「やっぱり怒ってる!?」

晶「ジョーダンジョーダン」ケラケラ

澪「………」


目が本気だったぞ、とは言わなかった。っていうか晶のボケとかギャグとかあまり聞かないからノリがよくわからない……
そういえば晶ってなんかツッコミってイメージだな、と思ったけど、単に唯に振り回されてるだけか。
でもそう考えると、唯に振り回されてる者同士としていろいろ話せることはあるのかもしれないな。いつかもっと深い話をしてみるのもいいのかも。


晶「で、話は戻るが、誰に黙ってりゃいいんだ? 逆に言えばお前らの関係は誰なら知ってるんだ?」

澪「えっ、皆に黙っててほしいんだけど……」

晶「皆って…律にもか? 幼馴染なんだろ、恋愛相談の一つくらいしなかったのか?」

澪「……恥ずかしくて……」

晶「………」


なんかすごい呆れられた目で見られた。
本当はそれだけの理由じゃないけど、でも半々くらいなのでその視線に対して何も返せません。



晶「もしかして、皆に黙ってて欲しいって理由も?」

澪「……付き合いの長い律にさえ言えないのに……」

晶「それもそうだが、だからってお前………いや、お前らしいといえばそうなのかもな」

澪「まだ出会って一年も経ってない相手にそう言われるなんて……」

晶「唯からいろいろ聞かされてるからな、お前の武勇伝。……講義中に」

澪「二重に唯を叱っておく理由が出来た」

晶「いきなりケンカ別れとかやめてくれよ?」

澪「別れるもんか!!好きだから!!!」

晶「あっコイツめんどくさそう」

澪「えっ、唯にもそう思われてるかなあ…?」ウルウル

晶「い、いや、そんなことないぞ! 唯の話も今思えば惚気みたいだったしな!」

澪「そ、そうかな? ありがとう晶!」パアッ

晶「ハハハ……気にするな……」


入学式でも軽音部でも晶とは(唯絡みで)いろいろあったけど、今となってはいい友達を持ったと思う。
……晶の唇が「めんどくせぇ」の形に動いたような気がしたのは気のせいだ。


唯「ただいま戻りました!」ガチャ

晶「時間は…ギリギリか? 急ぐぞ唯!」

唯「うん! じゃあね澪ちゃん、またあとで!」

澪「あ、ああ。また後で」

晶「澪。黙っといてやる代わりに、今度馴れ初めとか聞かせろよ?」

澪「ええっ!?」

晶「ハハ、じゃあな!」

澪「あっ、あ、ありがとうな、晶!」


私の言葉に対し、晶は口角を吊り上げるだけの爽やかな笑みで応え、ドアを閉めて去っていった。
内面はともかくとして晶の外見は怖いばかりだと思っていたけど、こういうことするとカッコよく見えるんだな。新発見だ。


澪「……っと、一人で唯の部屋にいても仕方ないか」


一人。
そう口にしてしまうと、妙な寂しさが胸の内からこみ上げてきた。
かといって昨夜のことを思い出すのもそれはそれで妙なキモチになるので早々に部屋を出るとしよう。
誰にも見つからないように出て、私もシャワーでも浴びて、お昼過ぎたら講義だ。

うん、いつもの毎日だ。少なくとも、唯と一緒にいない間は。



【あの子の事とあの子の事】


――晶に取引として馴れ初めの話とかを聞かせろと言われたものの、実は私と晶が二人きりになることはほとんどない。学部の同じ唯と晶なら結構あるだろうけど。
ちなみに先日のことで唯を一応叱ってはおいた。どれだけ効くかはわからないが。
でも仮に効いてなくて唯が口を滑らせても晶が気を配ってくれるんじゃないか、とも思う。晶は見た目は怖いけどいいやつだから。見た目は怖いけど。
私でさえわかっているそれを、もっと知っているのが付き合いの長い菖と幸。講義中以外、晶の周りには常にあの二人がいる。
まあ、私の周りにもありがたいことにいつも3人いてくれるんだけど。だからこそ、晶と二人きりになることはほとんどない。
よって、話はあまり進まない。

話は少し変わるけど、いつも周囲に誰かがいるという意味では唯の右に出るものはいない。
律ならいい勝負が出来そうだけど、それでも僅かに及びそうに無いと私は思う。
律が劣っているという意味ではない。律のコミュニケーション能力はなんだかんだで私も評価している。でも、それでも届かない気がするんだ。
なんというか、一言で言ってしまえば、唯の愛され方は人間のそれとは一線を画しているとさえ思う。
いや、唯という人物の内面、人間性が、良い意味で『普通の人間』らしくないのかもしれない。
人によっては放っておけなく映るのかもしれない。人によっては物珍しく映るのかもしれない。
人によっては面白可笑しい奴と映るのかもしれない。人によっては性的に映るのかもしれない。
私にとっては……考えはわかりやすい奴のはずなのに、何故か捕まえられない、捉えきれない。
そんな奴だった。
ふわふわだった。

想いを伝えるまでは。




【数日後/いつもの毎日】



香奈「澪ちゃん! 例のブツ、持ってきてくれた?」

澪「あ、はい…一応」

菖「えっ、何を密輸してるの澪ちゃん?」

澪「大したものじゃないよ…」


そう言いつつ、その『例のブツ』を広げて部長に見せる。
本当に大したものじゃない。学祭の時に私達が着た、唯がさわ子先生と結託して作り上げたTシャツだ。


香奈「大したものじゃないですって!? 澪ちゃんにはわからないの!? このTシャツの素晴らしさが!!」

澪「え、えっと…?」

菖「かわいくていいなぁとは思うけど」

香奈「菖ちゃんもわかってないわね! このTシャツの!Tシャツの!えっと、この……手触り!たぶんなんかいい生地使ってる!!」

澪「………」

菖「……部長、制服好きキャラのわりに雑ですね」

千代「ほら、香奈はほとんど制服専門で、尚且つ収集家寄りだから」


言って、廣瀬先輩がこっそり私に目配せする。軽く流して欲しい、ってことだろう。
合宿の件などがあって部長の制服好きは唯にまで知られるような事態になってしまっているけど、それでも根っこの真相を知っているのは私だけだ。
変にバレてしまってもよくないと思うし、協力しよう。……部長に脅されている身でもあるし。




澪「な、なるほど、制服以外の服とか、ましてや作ったりとかは専門外ってことですね!」

菖「澪ちゃんもそこまで服に詳しくないもんね?」

澪「う、うるさいな」

香奈「作ってみたいとは思うんだけどねー。そういえばこのTシャツ、誰が作ったの? ムギちゃん?」

澪「えっと、高校時代の先生です」

香奈「家庭科の?」

澪「いえ、音楽の……」

香奈「おんがく…?」

澪「……軽音楽部の顧問だった人です。あと合唱部も」

香奈「……なんで服作れるの?」

澪「さ、さあ……?」


今更だけど、実に今更だけど、なんでだろう。
裁縫できる・簡単な服を作れる、くらいなら大人だからでいいけど……以前見せてもらった衣装の数々(軽音部負の遺産)の懲り様・出来栄えと言ったら……大人だからの一言では済ませられない気がする。


香奈「しかもこんなに丁寧に!可愛く! まさに匠の技!」

菖「あ、ホントだ、いい生地使ってる~。作りもしっかりしてるし」サワサワ

千代「いい先生だったんだね」

澪「えっと……そう、ですね。それは確かです」


先生としては良い所もたくさん見せてくれた。生徒に好かれるいい先生だったのは確かだ。
それを帳消しにしそうなほどダメな面も見てきたしいろいろされたけど……でも、私達にとって一番近くの『大人の理解者』だったように思う。
あの先生と過ごした高校時代のことは、きっと一生忘れない。
……いや、うん、忘れたいこともたくさんあるけど……とってもたくさんあるけど……


香奈「……弟子入りしようかな」

千代「今から進路変える?」

香奈「そういうわけにもいかないよねぇ……はあ、あな口惜しや……」

千代「………」

菖「………」


……さわ子先生、あなたは一人の学生の進路を狂わせかけましたよ、今。


【あの頃のこと】


――晶に聞かれた時の為に整理しておこうと思う。
まず、実は私が唯と恋人関係になったのは高校二年の時だ。
一年間一緒にいて、私は自分の気持ちが恋心だと確信を持った。そして2年時に告白した。
こんな性格の私にしては勇気を出したほうだと思う。

……なんて、過去の自分を美化してもしょうがない。
あの時の私は、一人だけクラスが別れてしまったことと、梓という可愛らしい新入部員の存在によって一人で勝手に追い詰められ、焦っていた。
クラス分けについては和がいたんだけど、当時の私にとっては何よりも軽音部の中で私だけが唯と離れてしまったことが大きかったのかもしれない。和の存在がとても大きな助けだったと気付くのはもう少し後のことだ。
梓については、まあ、よくある『唯を取られないか』という嫉妬だ。唯がかわいがっていたから。こちらもすぐ後に梓という人物が皆から愛される可愛らしさとひたむきさを持っているだけだと気付かされるのだけど。
とにかく当時、周囲がまるで見えていなかった私は焦り、混乱し、悩みながら告白の言葉を唯に告げた。
……確か、「宇宙で一番唯が好き」とか言った気がする。うん、コメントは止めてくれ。何も言わないでくれ。
でも、唯はその言葉にとても瞳を輝かせ、涙を流してくれた。要するに感動してくれた。思いっきり抱きついてくれた。だから結果的には良かったんだ、と思いたい。

ただ、その後もいろいろあって、夢の中の恋愛と現実の恋愛は良くも悪くもまるで違うんだということも私は知った。

まず、前述の告白の流れで一つ。告白された側が「私も好きだったの!」なんて答えることは稀なケースだということ。
後に聞いてみてわかったんだけど、唯は恋愛というものをしたことがなく、故に恋愛感情というものを知ってこそいたものの身をもって理解してはいなかった。皆を好きだった。
でも私に告白されて、唯曰く「嬉しくて、胸がウズウズして、何がなんだかわからなくなって、とにかく澪ちゃんを逃がしたくなかった」という気持ちが芽生えたらしい(狩人かお前は)。
私だって女の子だ、ずっと前から両想いだった、という恋愛に憧れを持っていた。でもこの場合に限っては、相手が唯だからそこまでショックでもなかった。
あんなに天然な唯なら恋愛感情というものをわかってなくてもあまり不思議じゃなさそうだし、逆にそんな唯に初めての恋愛感情を芽生えさせたのが私だと考えれば誇らしくもある。
一番悪い考え方をあえてしてみて、恋愛感情をわかっていない唯が、告白を受けて反射的に相手を好きになっただけ――いわゆる『刷り込み』のような現象――だとしても、だ。それは逆に、私が唯に愛される権利を持つ証明にしかならない。
仮に『告白してきた秋山澪』を唯が好きになったのだとしても、それだって他ならぬ『私』だ。私がそれを一番わかってるし、一番信じてるから、そこは揺らがない。
それが、当時一晩悩んで出した私の結論だった。



【数日後/ネットの海にて】


晶『マジで? 結構前から付き合ってたんだな』

澪『一応、今が3年目になるかな』


結局、「二人きりで会う時なんてまず無ぇじゃんか!」という晶の意見により、パソコンのチャットソフトを使って会話することになった。
現状、友達との会話は会って話すかメールで事足りるからこういうのはあまり詳しくない。ので、晶に言われるがまま『この為だけに作る適当なプロフィールの捨てアカウント』を作って会話している。
通話もできるらしいが電話番号のところは空白にしてあるし、メールアドレスもデタラメ。登録情報だけ見れば職業さえ不明な30歳男性同士が恋バナをしている光景、となる。
あっ、違う、晶のやつは職業『ホスト』ってなってた。そこはバンドマンじゃないのか!? っていうか30歳のホストってどうなんだ!? セーフなのか!?


晶『にしても全然気づかなかったな。お前らみんな仲いいし』

澪『まあ、あまり二人きりの時間とか取ってたわけでもないしな』


律やムギにもバレてないはずだから、付き合いの浅い晶達にバレないのはむしろ当然と言える。
ちなみに、バレてないのは徹底的に隠そうとしていたから……ではない。
晶には言わないでくれと頼んだけど、唯には頼んでいない。唯が明かしたいと言い出したら明かすつもりだった。もちろん恥ずかしくはあるけど、それが唯の望みならそうするつもりだった。
もし唯がベタベタしてきた結果、皆にバレる……ということになっても唯を怒るつもりもなかった。だから唯の行動を制限するような真似はしなかったし、そもそも元からしたくもなかった。
要するに、私か唯の口から言うか、あるいは自然に感付かれるか。そのどれかなら構わないと思っていた。
でも唯は何も言わなかった。何も言わないし、付き合ったからといって過剰にベタベタしてくることもなく。むしろ片想いの時期の私のように、たまに赤い顔で私を見つめるくらい。
そう、その行動はまるで、『私自身』を見ているようだった。誰かから見た私自身を。
そんなわけだから、関係はなかなか進展しなかった。まあ正直、関係が進むということはいろいろと恥ずかしいことも多いだろうから私としては助かってたんだけど……


晶『うーん』

  『余計なお世話かもしれないが、お前らそれで良かったのか?』

  『あっ、良かったからこの前あんなことになってたんだな、スマン』

  『本当に余計なお世話だった』

澪『いや、いいけど……「あんなこと」とかあまり言わないで……』

晶『おー、スマンスマン』


晶の言うとおり、なかなか進まずとも着実に進んではいたので、これでいいと思う。

それにしても不思議なもので、このソフトを使うのは初めてだけど意外と現実に顔を突き合わせているのと大差ない会話が出来ている。
まあ、私の周囲にいる人達はメールでも現実とあまり変わらないし(ムギが多少丁寧なくらい)、こういうものなのかもしれないな。


晶『でも本当に上手く隠してきてんだな。唯って隠し事なんて出来そうにないタイプだと思ってたが』

澪『私もそう思ってたよ、付き合うまでは』



【あの頃のあの子は今私の隣に居ます】


唯はわかりやすいやつのはずなのに、どこかふわふわしていて捉えどころのないやつ。
私はそう思っていた。
簡単に言えば、『自分に正直すぎで、それ故に時々私の理解や想像の上を行くやつ』だ、と。
そう思っていたんだ、想いを伝えるまでは。

今ではこう思う。
多分、ふわふわばかりの唯の中にもとても小さく細く、でも揺るがない一本線みたいなのがあって、私にはそれが見えていないだけなんだ、と。
私はその唯の周囲のふわふわが好きになったと同時に、その一本線に触れてみたくなったのかもしれない。
相手の深いところを、あるいは全部を知りたい、そんな感情も恋と呼べるなら。

そのあたりは例の、私の中の恋愛における夢と現実の違いの話にも繋がる。
想いが叶って両想いになって、二人の距離がグンと縮まって……その先で、まるで一心同体のごとく、お互いのすべてをわかりあっている二人になれるんだって、そう思ってた。

そんなことはなかった。

私は、いまだに唯の中心の一本線を見つけられていない。

正確には、ちょっとだけなら見つけてはいる。いや、唯が見せてくれた。新たに足された、その一本線の一部を。
「澪ちゃんのことが大好き。愛してる。宇宙で一番」
唯は何度もそう言ってくれた。唯がわかりやすいやつだと言う事を捨て置いても、その言葉と行動は疑いようがない『唯の中心』だった。

私がそう信じたいだけ? ううん、そうじゃない。
私に愛を語る唯の言葉とその時の行動は、私が痛いほど理解できるものだったから。私にも『見える』部分だったから。

私と唯はどこかが似ていて、どこかが正反対で、また別のどこかが似ていて、別のどこかが正反対で……そんな二人だった。
唯の『真ん中』の部分は、一体どっちなんだろう?



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【とある日の晶ちゃん】


ある日、晶ちゃんが珍しく赤い顔で私に尋ねてきた。


晶「な、なあ唯、ちょっと」

唯「ん? どうしたの?」

晶「ちょっとこっち…あんま人のいないとこで」

唯「?」

晶「あ、あのさ、おまえら……お前と澪はさ」


なんだろ。すごく珍しくすごく歯切れが悪い晶ちゃん。めずらしい。


晶「な、何回くらい『した』の?」

唯「ほえ? したって何を?」

晶「だ、だから、その……二人で愛を確かめ合うやつを」

唯「えっち?」

晶「そ、そうとも言う……」

唯「……んふふ」

晶「な、なんだよそのニヤニヤ笑いは」

唯「晶ちゃんもやっぱりそういうの気になるんだねぇ、お年頃だねぇ、華の現役女子大生だもんねぇ」

晶「相変わらずおっさんくせぇ……いいよ、お前に真面目に聞いた私がバカだった」

唯「ああん、冗談だってば」

晶「じゃあ言ってみろやぁ」

唯「実はこの前のが初めてなのです!」


言いながら、ちょっとだけドキドキしてた。
呆れられるんじゃないかとか。怒られるんじゃないかとか。
怒られるは言いすぎかもしれないけど、相手があの晶ちゃんだからねぇ……
とか思ってたけど、そんな反応は返ってこなかった。



晶「……やっぱり澪のやつが嫌がってたのか?」


返ってきたのは考えようによっては結構ひどい反応だった。


唯「ううん、私のせいもあるんだよ。そういう雰囲気に持っていく方法とかわからなかったし」

晶「意外だな、いつもベタベタひっついてくる奴が」

唯「いつものノリで流されるように『しちゃう』のって澪ちゃん怒りそうじゃない? っていうか、私がされる側でもちょっとなぁって思うし」

晶「お前に常識とかデリカシーとかの概念ってあったんだな……」

唯「ひどくない!?」

晶「あっはっは、悪い悪い。でもホッとしたよ、そのへんはちゃんとしてて」

唯「澪ちゃんを幸せにしないといけないからねー……」

晶「また惚気かよ、もういいよそういうのは。ほら行くぞ、引き留めて悪かったな」

唯「うん」


……ううん、半分くらいはノロケじゃないんだよ、晶ちゃん。
自分のことなら思うままにするけど、他の人のこととなると私でも慎重になっちゃうよ。
だから、澪ちゃんとの関係もなかなか進展しなかったんだよ。好きだっていう気持ちを、言葉にして、いつもみたいなくっつきの中で伝え続けることしかできなかったんだよ。
失敗しちゃうのが怖かったし、それに……本当に私でいいのかなって気持ちも、ずっとあったから。

私にとってラッキーだったのは、そんな私の臆病な一面を、理由は違うけど同じく臆病な面もある澪ちゃんはちゃんとわかってくれたこと。ちゃんとわかってるってことを勇気を出して伝えてくれたこと。
あと、晶ちゃんの恋愛絡みでいろいろ刺激を受けたのも大きいかな。だから私もやっと勇気を出せた。澪ちゃんに切り出せた。「今夜、しよう」って。
切り出すのは私の役目だって思ってたから、あっ、別にこのあたりは澪ちゃんと話し合ったわけじゃないんだけど、なんとなくキャラ的に?あと告白してくれたのも澪ちゃんだったし?
それに……できれば澪ちゃんに触って、確かめたかったし。まあこんな打算みたいな考え、してる最中にはすっぽり抜け落ちてたんだけどね。澪ちゃんのためにって必死だったから。
とにかく私から言いたいって思ってたから、晶ちゃんには感謝だね。晶ちゃんの行動に背中を押されたところもあるんだし、今度ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
今度、ね。


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【とある日の私と幸】


唯も言っていたけど、大学のキャンパスはとにかく広い。
桜が丘高校も、校舎こそ一棟だけではあるものの敷地自体は結構広く取ってあった…と思う。他所の高校と比較したことがあるわけじゃないけど。
まあ桜が丘高校が他所と比較してどうだったかは置いておいて、ここN女子大は桜が丘高校と比較してはるかに広い。その面積の広大さに比例して教室も多いから最初のうちはとにかく迷った。
そしてついでに、面積が広大だからこそ、遠目に知った顔を見かけることがよくある。目が合ったなら手を振ったりするが、そうでなければわざわざ呼んだりするのも憚られる、そのくらいの距離で。


幸「あっ、あれ、唯ちゃんと晶だよね」

澪「うん。確か二人ともまだ講義あるって言ってたよな?」

幸「そうだね、移動中かな。私達はこれで終わりだけど」

澪「だな……」


「今は忙しそうだな。やめておこう。」
「唯とはまた部活の時に会うし、今じゃなくてもいいか。」
「……明日でもいいか。いつでも会えるんだし」

最近、私がよく使う言い訳はこのあたりだ。使うと言っても脳内でだけど。
何に対する言い訳かというと……その、今度唯と『する』時は私の方から誘おう、と考えているんだけど……それに対する言い訳だ。
何て言って誘えばいいかわからない、という言い訳だけは出来ない。唯もそうだったんだから。それはわかってる。わかってないといけない。
だからホントにタイミングだけのせいにして、勇気の出せない自分をごまかしている。
……うん、全部わかってるんだ。私が一歩踏み出せていないだけなんだって、ちゃんと自分でわかってる。
それでも……


幸「……澪ちゃん、顔赤いよ?」

澪「そ、そう? ちょっと昔の恥ずかしい話を思い出しちゃって」

幸「聞いていい話?」

澪「や、やめてくれると助かるかな……」


……やっぱり、想像すると恥ずかしい。
でも、やっぱりずっとウジウジしてるわけにもいかないよな。唯が勇気を出して言ってくれたのは、私にもちゃんと伝わってるんだから。
わかってるんだからこそ、私も行動しないと。じゃないと唯を悲しませてしまう。
唯を悲しませるために付き合ってるわけじゃない。それは確かなんだ。

でも……でも、やっぱり、恥ずかしいっ……! こんなんじゃダメなのにっ!


澪「……幸」

幸「何?」

澪「……今まで黙ってたけど、実は私、恥ずかしいのとか、すごくダメなんだっ……!」

幸「……うん、そんな気はしてたけど」

澪「何か、何かいい解決法とか知らないか!?」

幸「背を伸ばして注目されるのに慣れるとかどう?」

澪「………」

幸「………」

澪「……ごめん」

幸「冗談だよ?」



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最終更新:2015年05月12日 21:09