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【とある日のりっちゃん】
律「うっす、唯」
唯「やほー」
週末が近くなると、部室にはだいたいりっちゃんが一番乗りしてる。
週の頭のほうにまとめて講義を取ってるせいで、後の方になるとヒマだから、らしい。
そう聞いて最初のうちは羨ましかったんだけど、りっちゃんは結局レポートとかで毎回毎回澪ちゃんに迷惑かけてて、とうとうこの前「次からはあんなバカな取り方するな!」ってハッキリ言われちゃってた。
それを見て、私は次からも普通に取ろう、って思いました。しっかり下調べしてる澪ちゃんムギちゃんや、決断力のある晶ちゃんを参考にしてれば間違いないよね。
律「そういえば唯、晶から聞いたか?」
唯「今日は恩那組は来れないって話?」
律「それそれ」
唯「晶ちゃんがロザリーの部品を取りにいくから、とか言ってたけど」
律「あいつのギター、いろいろ細かいところ凝ってそうだからなー」
唯「ペグを決まった順番で回すと変形するとか?」
律「ばっか、それくらいジョーシキだろ」
唯「そうなの!? じゃあギー太も!?」
律「ギー太は……残念だが……せいぜい眼からビームが出るくらいだな……」
唯「そ、そんなぁ……ごめんねギー太、持ち主の私がふがいないばっかりに……」
律「………」
唯「………」
律「……ツッコミがいねぇ」
唯「ビームが出れば充分だよね……」
律「っていうか眼ってどこだよっての……」
唯「この前サングラスかけてあげた時の感じだとこのへんかな……」
律「お前、服だけじゃなくてグラサンまで……」
唯「晶ちゃんが持ってたからつい……」
律「晶か……ならしょうがないな……」
唯「だよね……」
律「ああ……」
唯「………」
律「………」
今日はどことなく空気が寒い気がするよ。
唯「もう冬かなぁ?」
律「どした急に。もう少ししたらじゃね?」
唯「冬といえばさー」
律「んあー?」
唯「りっちゃんって澪ちゃん怒らせちゃった時ってどうしてる?」
律「冬全然関係なくね?」
唯「澪ちゃんって氷属性っぽくない?」
律「でもお前のほうが手冷たいじゃん」
唯「………」
律「………」
唯「で、どうしてるの?」
律「無視かよ」
唯「で、どうしてるの?」
律「あー……何、なんか怒らせるようなことでもしたん?」
唯「してないけどさ、しちゃった時のために参考にしたくて」
正確には「してないと思う」だけど。
律「うーん……私から見れば澪はお前には結構気を遣ってると思うから、そもそもそんなに怒ることがないと思うけど」
唯「……私、気を遣われてるの?」
律「だって殴られてないじゃん」
唯「殴られてるのがまずりっちゃんだけだよ」
殴られたがってる人ならいたけど。
律「そうだっけ」
唯「そうだよ。その理屈だと澪ちゃんはスーパー気遣いガールマンになっちゃうよ」
律「よく考えたら唯も私と同じボケ体質なのに殴られないのは不公平だよな」
唯「ちっちっち、少しくらいの不公平は受け入れないとオトナになれないぜ、ボーイ」
律「でも唯って殴られるの好きだろ?」
唯「自分のことのはずなのに初耳だよ!?」
律「菖が言ってたぞ、唯はマゾっぽいって」
唯「えぇー……いつも殴られて喜んでるのはりっちゃんじゃん」
律「あれはほら、ボケとツッコミだから」
唯「でも喜んでるじゃん」
律「ツッコミの大事さはさっき思い知ったばかりだろ、私達」
唯「それもそうだね」
それにしても、マゾ、かぁ。
マゾってあれだよね、だいたいの意味しか知らないけど、する方じゃなくてされる方、ってことだよね。
だったらこの前は私じゃなくて澪ちゃんだったし。あ、もしかして澪ちゃん、される方は嫌だったのかな。
……澪ちゃんとはそういう話はしないから、よくわからないんだよね。でも確かに日頃ツッコミ係やってる澪ちゃんならする方が合ってるのかも?
……一回えっちしたくらいじゃ、まだまだわからないことだらけだね、澪ちゃんのこと。
でも、それを確かめようにも、どうすればいいのかわかんないんだ。
そういう話を切り出そうにも、そもそもそういう話自体、澪ちゃんは苦手そうな感じするし。苦手なら、私から聞けるわけないし。
えっち自体も、もしかしたら澪ちゃんは苦手かもしれないし。一度目は私達の関係が進展したってことで受け入れてくれても、次からはわからないし。
それに、澪ちゃんはあの夜、幸せだって言ってくれたけど……そうやって大きな意味を持つ『初めての夜』と同じくらいの幸せを、今また与えてあげられる自信はないから。
……どうすればいいのかなぁ。まったくわかんないや。
誰かに相談してみるべきなのかなぁ。こういうことを相談できる相手、一人しか知らないけど……
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【翌日/悩みと距離】
……今朝から、唯がちょっと暗い。
「唯のことならなんでもわかる」とまではまだ言えない私だけど、それでもずっと唯のことを見てきた身だし、これくらいはわかる。
一緒に朝ごはんを食べた時点から暗かった。昼間は生憎会えなかったからわからないけど、部活の時間になっても唯の調子は変わっていなかった。
あくまでちょっと暗いという程度で、いつものように元気な顔も見せるんだけど、そろそろ皆も気づいてるんじゃないかな。
唯はわかりやすいやつだから。
……ただ、特に私と話す時に元気が無いような気がするのは、さすがに気のせいであって欲しい……
『唯と何かあったのか?』
たった今届いた、晶からのメールだ。
『なんか唯ちゃん元気ないね。何か知らない?』
10分前に届いた、ムギからのメールだ。
『澪、なんか唯に避けられてね?』
15分前に届いた、律からのメールだ……
どうやら誰から見ても気のせいじゃないらしい。でも、どのメールにも何も返信できずにいた。何と返せばいいかわからずにいた。
私、何かしたかな……と考えるも、すぐに逆の発想に行き着く。
ずっと唯に何もしなかったのが、この結果なんじゃないかと。例の件を、悩むばかりで口にできなかった結果がこれなんじゃないかと。
つまり、唯に愛想を尽かされたのではないか、と。
ずっと一途に愛を囁いてくれた唯の気持ちを疑うという意味じゃない。
私が、愛想を尽かされても仕方ないくらいどうしようもなく不甲斐ない臆病者だということを、今、ようやく自覚したということ。
自覚し、ここまで追い詰められて、ようやく私は動いた。
悩む暇も怯える間もなかった。メールの返信も忘れ、今が部活中だということも頭から抜け落ちて、ただ焦り丸出しで唯に近寄った。
澪「唯っ! あの、あ、後で話があるんだけど!」
唯「……澪ちゃん。あ、あのね、私も後で話があるから……メールするね、場所とか」
澪「あ、う、うん……」
唯「練習、しよ?」
澪「……うん」
あっさりと全てを先送りにされ、その場には私のやり場のない焦りと、周囲の人達の戸惑いの視線だけが残った。
……今まで唯とのことを先送りにし続けてきた私が、それに対してどうこう言えるはずもなく。
ただ、隣でギターを奏でる唯が、とても遠くにいるような気がしてしょうがなかった。
◇
その夜。唯が指定してきた場所はカラオケボックスだった。
要は個室という環境が欲しかったのだろう。大学や寮のすぐ近くというわけでもないが、歩いて行ける距離だ。
ただ、そこまで一緒に行くのではなく、唯が先に部屋を取って待ってる、ということが私を不安にさせた。
もちろん一緒に行くとなればそれはそれで気まずい空気が流れることは間違いないのだけど、一人で向かうのもそれはそれで道すがら後ろ向きなことばかりを考えてしまう。
そもそも唯のほうから告げられる話、というものに心当たりがない。
別れ話以外には。
告白したのが私からだから、別れを告げるのは自分から……とでも考えて、唯は全てのお膳立てをしたのだろうか。
別れを告げられた私は、どんな行動に出るのだろうか。
悪いのは私の煮え切らなさなんだから、全てを黙って受け入れたい、と今は思っている。でもきっと、いざ告げられたら惨めに泣き付いたりするんだろう、私のことだから。
でも、出来ればその件で皆に心配や迷惑をかけたくはないな。
別れを告げられた後も、私が告白する前のような4人でいたい。そこに晶達や、来年には梓達も加えて、皆で楽しくやれたらいいな。
それが……きっと理想なんだろう、と思うばかり。
私の夢見てきた恋愛にも、読んできた物語にも、こんなシチュエーションは描かれていなかったから、何が正しいのかはわからない。
◇
……後ろ向きな思考の山に埋もれた私が、恐る恐る個室の扉を開いた先。
そこに座る神妙な顔をした唯が、同じように恐る恐る私に言い放った言葉は……
唯「……ごめん澪ちゃん! 憂達にバレちゃった!」
澪「……へ?」
唯「言いふらすつもりはなかったんだけど、「澪はそういうの嫌がるから」って晶ちゃんにも言われてたから、本当にそんなつもりはなかったんだけど、でも、昨日憂にそれとなく相談したらあっさりバレて……」
澪「…………」
唯「憂はもちろん誰にも言わないって言ってくれたけど、やっぱり私のせいだから、私が馬鹿だから、またいつこんなことになるかわからないから、その……」
澪「……………」
唯「その、澪ちゃんが、迷惑だって言うなら、わ、わたしは、嫌われても、別れられてもしょうがないって、おもいます……っ、ぐすっ」
……なんか、唯が泣いてる。
泣きたいのは私のほうなのに。きっと意味は違うだろうけど私も泣きたいのに、唯が先に泣いてる。
えっと……なんだ、こういう時、どうすればいいんだろう……?
まあ、とりあえず……
澪「……はあぁぁぁぁ」
とりあえずホッとしたので、ものすごい溜め息と共に唯に抱きついてみた。
唯「み、澪ちゃん!?」
澪「……私のほうが、別れ話を切り出されるとばかり思ってたよ」
唯「な、なんで!? 澪ちゃんは何も嫌なことしてないし……」
澪「でも、するべきこともしてないから。だから唯に嫌われたかなって思ってた」
唯「するべきこと、って…?」
澪「……今夜、唯の部屋に行ってもいい?」
唯「えっ? う、うん……」
澪「そして……その、えっと、あの日みたいな、甘くとろける、チョコレートみたいな時間を、二人で過ごしませんか…?」
唯「………」
澪「………」
唯「…………」
澪「…………」
唯「………ぷっ」
わ、笑われた!?
唯「素敵だよ、澪ちゃん。とっても素敵で、うれしい。……けど、本当にいいの?」
澪「いいって、何が?」
唯「……それは、私を許すってこと、だよね?」
澪「許すも何も、別にそれくらい。いつかは皆に明かさないといけないって思ってたし。うん。いつか。そのうち……きっと……」
唯「………」
澪「うん………」
むしろこんな風にグダグダでバレるほうが私達らしい気さえしてきた。
澪「と、ともかく、いつかは明かさなきゃいけないってのは本心だから、それくらいで唯を嫌いになるなんて絶対ありえないよ」
唯「………あのね、澪ちゃん。もうひとつ」
またしても神妙な面持ちの唯が、口を開く。
じっと、私を見つめながら。
唯「もうひとつ、謝らなきゃいけないことがあるんだ……」
澪「……なに?」
唯「……ずっと、ずっと隠してる秘密が、私にはあるんだ。澪ちゃんにはいつかは明かさなきゃいけないってずっと思ってるんだけど」
澪「……うん」
唯「……でも、明かして澪ちゃんに嫌われたらって思うと、怖いんだ」
澪「………」
それはもしかしたら、唯の奥底、『真ん中』の部分に関係することなのかもしれない。
私がいくら見ようとしてもほとんど見えないところ。
わかりやすいはずの唯の、唯一のわからないところ。
唯自身が、きっと必死にひた隠しにしているところ。
それを隠し続ける理由が「怖いから」であるなら、私はそれを見せてくれなんて言えない。
きっと私だけは、絶対に言っちゃいけない。
唯「私は、澪ちゃんを愛してるって言いながら、ずっと隠し事をしてる……」
澪「………」
唯「……嫌われてもしょうがないって、自分でも思う。打ち明ければ済むだけなのに、その勇気もないんだ」
澪「……その勇気は、私にもないよ。だから私は、それだけじゃ唯を嫌いにはならない」
唯「っ………」
どんなことがあっても、何を隠していても、私は唯のことを嫌いになんてならない。
それが今の私の本心で、私が伝えたい言葉だ。
だけど、きっと唯が求めている言葉は違う。
怯え震える唯に、私が臆病者として言える言葉が、きっとあるはずなんだ。
澪「……黙っていれば、もしかしたら死ぬまで私に隠し通せたかもしれないのに」
唯「……自分のため、だよ。隠し事をしてるってことは信頼を裏切ってるってことだから、とっても胸が痛い」
澪「……うん。わかるよ。私もずっと胸が痛いから」
唯「……りっちゃんやムギちゃん達に?」
澪「うん。特に律に。唯、高校3年の時、律がこっそり曽我部先輩と会ってた時のこと、覚えてる?」
唯「もちろん覚えてるよ。私という彼女がいながら澪ちゃんはりっちゃんが彼氏を作ったことにプンプンしてたからね、面白かったし」
あああああ、そうだ、唯に長時間愚痴電話してたっけ。
「お付き合いは成人してから」「普通友達に相談くらいするだろ」なんて自分を棚に上げて偉そうなことも言っちゃったなあ。
でも、それにはちゃんと理由があるから言い訳させてほしい。
受験前の大事な時期だったっていうのがひとつと、あと……
澪「あのさ、唯。私が唯と付き合ってることを皆に明かしたくない理由だけど。勿論恥ずかしいってのもあるけど、皆で一緒にいられる時間も大事にしたかったからなんだ」
唯「……えーっと、つまり?」
澪「律……はわからないけど、ムギとかは私達が付き合ってるって知ったら変に気を利かせそうじゃないか?」
唯「ことあるごとに二人っきりにしてくれたりとか?」
澪「そんな感じ。そんな風に気を遣わせるのが私は嫌だったし、あとは……唯が律やムギと話す時間を奪っちゃうのも嫌だった」
唯「……よくわかんない。澪ちゃん、私に告白したのに私を独り占めするのが嫌なの?」
澪「嫌ってわけじゃない……けど、皆に好かれてこその唯だって思ってるから」
前も言ったけど、異様なほど皆に好かれる唯に、私も惹かれた。
だから、告白したからってそれを全部奪ってしまうのは何か違う気がしたんだ。
唯「……違うよ、澪ちゃん。私は澪ちゃんになら全部奪われたって構わないよ。だから……だから逆に、私からも全部を見せるべきだって、思って……」
澪「あ、ありがとう……っていうかそういえばそういう話だったな、元々」
話の途中で一周して先の唯の隠し事の話に戻ってきてしまった。狙ったわけじゃないけど。
澪「じゃあこっちは簡潔に済ませるけど、要はそうやって皆の時間を大事にしたかった私と逆に、律は彼氏を作って外で会おうとしたりしてるように見えたから、なんか、こう、考え方の違いが嫌だった」
唯「だから澪ちゃんはプンプンしてた、と」
澪「そういうこと。でもそれが全部私の勘違いで、挙句の果てに律は私に言ってくれたんだ。「これからは澪に隠し事はしない、何でも言う」って。彼氏が出来たら真っ先に報告するって」
唯「……ああ~…さすがに馬鹿な私でもわかるよ、そうやって誠意を見せてくれてるりっちゃんに対して、その時の澪ちゃんは既に隠し事一周年だもんね、気まずいよね」
澪「結局その場は憎まれ口を叩いて話題を逸らすことしか出来なかったよ……」
唯「………あっ。ねえ澪ちゃん、私気づいたんだけどさ……」
澪「ん?」
唯「……あの、ね?「皆との時間を大切にしたいから」ってことで澪ちゃんは隠し事をしてるけど、えと、その時にそこまで言ってくれるようなりっちゃんなら隠し事はされたくないんじゃないかな……」
澪「………」
唯「その、私達のことがバレた時、怒るんじゃないかな……いつか明かしたいって澪ちゃんは言うけど……」
澪「………」
唯「………」
澪「…………」
唯「…………」
その通りだ。
その通りすぎて、私は言葉を失った。
あの時明かすべきだったのか。最初から全部隠さないでおくべきだったのか。……だなんて、一歩引いた目で状況を見る余裕すらなかった。
ただただ消えたかった。
気づかぬうちに、ずっと前から大きな矛盾を抱え、大きな過ちを犯していたんだ、私は。
むしろなんで今まで気づかなかったんだろう。
今から謝って、律は許してくれるだろうか。
きっと無理だ。
あの時が最後のチャンスだったんだ。
なのに私はあろうことか憎まれ口まで叩いてしまった。
救われない。
もう無理だ。
唯「み、澪ちゃん! 今から謝りに行こう! 私も一緒に謝るから! 全部私のせいにしていいから!」
何かを察したのか、唯が全力で私の手を引き、カラオケボックスを飛び出した。
【謝】
寮へ戻って律の部屋に向かうまで、私はずっと泣いていた。
私が愚かだった、自業自得だったという事実が、今まで私が胸の内で重ねてきた律への罪悪感を爆発させた。
本当に、みっともないくらい涙を流すばかりだった。
律「うわっ、どうした澪、唯!?」
唯「りっちゃん! あのね――」
律の部屋に着き、唯が事情を説明する。
唯が罪を被ろうとしたところは、必死で声を振り絞って否定した。
そして、一番言わなくちゃいけない言葉も、どうにか搾り出す。
澪「りづぅ……い、いままでごめん……」
ちゃんと言えた……と思う。
許してもらえないに決まってるけど、ちゃんと言わないといけない。
私は、唯一無二の親友を傷つけ続けたんだから……
律「そ、そんなことでここまで大泣きしてるのか!? 落ち着け澪! そんなのとっくに知ってるから!」
唯「……へ?」
…………へ?
律「――いや、スマン、自分から言い出すまで待ってようと思って……。あとバレてないつもりのおまえら見てるの楽しかったし」
唯「そ、そんな……」
ほら、と律がペットボトルのジュースを手渡してくれる。
久しぶりに入った律の部屋は思ったより片付いてて、床に三人座ってもまだ余裕があった。
私がジュースに口をつけたのを見て、律が続きを語りだす。
律「でも……澪がそんなに自分を追い詰めてるなんて気づかなかった。去年のアレもいつものやり取りに思えたしな……ごめんな澪、気づいてやれなくて」
律いわく、私達が付き合い始めたのはすぐに察したらしく。
去年、曽我部先輩と会うのをごまかすためにどうするか、となった時に「彼氏」という案を真っ先に採用したのも私達がいたからだという。
澪「じゃ、じゃあ律、怒ってないの……?」
律「怒るも何も、私は見て楽しんでたからなー。私に隠してる理由も、もしかしたら日頃の仕返しじゃないかって思ったくらいだし……」
唯「りっちゃん……業が深いよ……」
律「うん……むしろ澪が私達のことを思って隠そうとしてたなんてな。自分の小ささが嫌になるぜ……」
澪「そんな……褒められるようなことじゃないよ……」
律「二人の仲がなかなか進展しないのも、私達に気を遣ってたからだったんだな」
唯「それは普通に私も澪ちゃんもぴゅあぴゅあはーとだったからだね」
律「座布団没収」
唯「あーん」
澪「……ぷっ」
律「お、やっと笑った」
澪「……あのさ、律――」
律「「ごめん」は無しだぞ? さっきも言ったけど、私は何も傷ついてない!全部澪の勘違い! だからな」
澪「……ありがとう、友達でいてくれて」
律「お、おお? そう来たか……ま、いつぞやのお礼ってことで。それでいいだろ?」
澪「……うん」
律「あと、バラすのが恥ずかしいのは澪の性格上仕方ないけど、私達に気を遣ったりはしなくていいからな。さっきも言ったけど見てて楽しいし」
澪「そう、かな」
律「っていうか! そんなに私達のことが大事なら後ろに下がるんじゃなくて前に出て努力しろよ!友達との時間と恋人との時間の両方を大事にしてやるってくらいの漢気を見せてみろよ!!」
唯「おおっ! 熱い、アツいよりっちゃん!」
律「うおおおお! 唯! あの夕日に向かって走れぇぇぇぇえ!」
唯「コーチ! 私、どこまでもついていきます!!」
澪「いや、どこ行くつもりだよお前ら」
律「甲子園?」
唯「重いコンダラごと私を連れてって~」
律「ってくらいの漢気を澪にも持ってもらおうと思って」
唯「ジャンケンで負けたら奢ってもらえるのかなぁ」
ダメだ、この二人が揃うと手に負えない……会話がすぐに迷子になる……
「私は女だ!」ってツッコミを入れるタイミングも逃してしまった感じさえある。
律「というわけで漢気を見せる第一弾として、このままムギにもバラしに行ってこい!」
澪「えっ……」
と、反射的に戸惑うような態度を取ったけど、すぐに思い直す。
確かにこれ以上の絶好の機会はない。というかむしろ、律と同じように隠し通してきたんだから、明かすタイミングも律と同じ時以外にない。
そして、さっきは唯に言わせてしまったから、今度は私が。
澪「……そうだな。漢気はどうでもいいけど、ムギにもちゃんと私の口から言っておかないと。唯、いい?」
唯「……うん、もちろんっ!」
律に背中を押され、唯の笑顔に励まされ、どうにか立ち上がる。
去り際にもう一度律にハッキリお礼を言い、唯と共に部屋を出た。
最終更新:2015年05月12日 21:10