そして。


紬「まあ!まあまあまあ!やっぱりそうだったのね!ううん、自信はなかったからりっちゃんにももちろん当事者の澪ちゃん唯ちゃんにも聞けなくて一人で悶々してたんだけど!もぉーそういうことなら早く言ってくれればよかったのにぃ!いつから?お互いのどこに惚れたの?告白はどっちから?デートは何回?新婚旅行はどこへ?もうキスとかしちゃったの?今度私の別荘貸すね!」


とまあ、ムギはある意味では私の危惧した通りの反応をしてくれた。
けど律に続き、隠してたことを責めたりは全くしなかった。
心広すぎるよ、二人とも……


澪「ありがとう、ムギ。ホントにありがとう……」

紬「ど、どうしたの澪ちゃん、そんなに畏まって……」

澪「だって私、ずっと律やムギに隠してて……」

紬「……辛かった? ごめんね、気づいてあげられなくて」

澪「そ、そうじゃない! そうじゃなくて! 悪いのは隠してた私だ! だからムギは……私に怒ってもいいと思う……」


なんで律もムギも、同じことを言うんだろう。
私が悪いはずなのに、私に謝るんだろう。


紬「だって……澪ちゃんだし」

澪「え…?」

紬「澪ちゃんだから、隠してても自然っていうか……むしろ隠さず言えってほうが無理があるっていうか……」

澪「え、えぇー…?」

紬「唯ちゃんが誰にも言わなかったのも、相手が澪ちゃんだからでしょ?」

唯「う、うん……澪ちゃんのことだから恥ずかしがるだろうな、って思って。私も言うべきかどうかはわからなかったし、晶ちゃんにも口止めしてたらしいし」

澪「あ、晶のは――」

紬「え~!? 晶ちゃんも知ってたの!? それはなんか悔しい!」

唯「晶ちゃんには、ついうっかりイチャイチャしてるところを見られちゃって」

澪「う、うん、あれは事故のようなもので……とはいえ、ごめん、ムギ」

紬「まあ、後になったのは残念だけど澪ちゃんが勇気を出して自分から言ってくれたのは私の中ではとっても大きいから良しとしましょ」


律には唯が流れで言ったようなものだし、そう考えると私が頑張ったのは今だけ、これが初めて、か。
ムギは喜んでくれてるけど、私個人としてはちょっと情けないような気もするような……


唯「うんうん、その気持ちわかるよムギちゃん。私も澪ちゃんに告白された時そう思ったもん」


あっ、そういえばそうか、告白も私からだった。
忘れてたわけじゃないんだけど。思い出すだけで身悶える記憶ではあるけど……


紬「ええ~、澪ちゃんからだったの!? いいなぁ唯ちゃん、女の子として最高の幸せよね!」

唯「うんうん! その時の澪ちゃんの言葉がねぇ――」

澪「だああああ! 唯ストップ!」



身悶える記憶なので、唯の口を後ろから手で塞ぎ、会話を止める。
そのまま唯を引きずって、


澪「そ、そういうわけで。今日はありがとう、ムギ。また明日……」

紬「あぁん、もっと聞かせてほしいのにぃ」

澪「で、でも……」

紬「ふふっ、冗談よ。これからもいくらでも時間はあるんだし、のんびり聞かせてもらうから」


さりげないその言葉は、私達が付き合っていても等しく友達であるということを表していて。
根掘り葉掘り聞かれるのは恥ずかしいけど、私にとってその言葉はかけがえのないものであり。


澪「……ありがとう、本当に」

唯「むーむーっ」


結局、律の時と同じように何度もお礼を告げ、部屋を後にすることとなった。




唯「二人ともぜんぜん気にしてなかったねぇ」

澪「そうだな……ありがたいことだよ、本当に」


寮の廊下を歩きながら、唯が口を開く。
厳密には律とムギでちょっとだけ認識は違うものの、私達が隠し事をしてたことを責めなかったという点では一緒だ。
二人とも、とても人間が出来ていると思う。私もそうありたいと思う。
……そうありたいと思い、憧れるということは、私はその域に達していない小さな人間ということだ。
今回の私の判断はきっと間違っていた。いや、恥ずかしいから、という理由が含まれる時点でこれは判断なんて高尚なものではなく、ただのワガママだったんだ。
ワガママというものは相手が受け入れてくれるか、あるいはそもそも自分の内に留めておくかの二つしか良い解決法はない。
今回は前者だったけど、後者も選べるようにならないと、きっと私はいつか唯を傷つける。
後者を選べるようになること、それが大人になるということなのかもしれない。

と、思い知ることが多かった今回の一件だけど、純粋に学んだこともある。
ひとつは、私はやっぱり全然ダメなやつだということ。
そして、ダメなやつだからこそ……


澪「ねぇ、唯――」
唯「澪ちゃん、あの――」


不意に発したはずの声が被った。


澪「あっ、えっと、何?」

唯「あ、私からでいい?」

澪「い、嫌なら私から言うけど」

唯「ううん、私からがいい」

澪「そ、そっか」

唯「……あのね澪ちゃん、私達、もっと話し合ったほうがいいんじゃないかなって、思った」


ちょっと驚いた後、頷いた。
驚いたのはもちろん、同じことを考えていたからだ。

唯「私、澪ちゃんに甘えてたよ。何も出来ない臆病な私を、澪ちゃんがちゃんとわかってくれることに甘えてた」

澪「その言葉はそのまま私も返すよ。甘えてたし、唯に私と同じようなところがあるのは嬉しかった。ちょっと意外だったけど」

唯「……あのね、多分だけどね、そのあたりは私の『隠し事』も影響してると思うんだ。だから、そのあたりも含めて、いろいろ話し合って決めたほうがいい、と思う……」

澪「……隠し事、か」


そうだ、そもそもそういう話だった。
途中で私の大きな間違いのほうに話がシフトしていったけど、そもそもは唯が後ろめたいっていう話だったはずだ。
……後ろめたいから、嫌いになられても、別れるって言われても仕方ない、って話だったはずだ。
ということは……


唯「私の隠し事も、ちゃんと話すから。話して、話し合って、澪ちゃんがこんな私がイヤだって言うなら――」

澪「わ、別れたくはないからなっ!? 唯の秘密がどんなものなのか想像はつかないけど、ずっと好きだったんだから余程のことじゃないと嫌いになんてならないからな!?」

唯「……よっぽどのこと、かもしれないよ」

澪「………」


そりゃそうだ。
唯が「怖い」と言い、「胸が痛い」と言い、泣きそうな顔で明かそうとしてるんだ。
余程のことであるという覚悟を、明かされる側の私はしないといけない。そうでなきゃ失礼だ。
だから、唯の秘密は余程のことであり、私がそれにショックを受ける、という前提で考えないといけないはずだ。


澪「…………」


私は考えた。
唯は何も言わず、私の返事を待ってくれた。
そして、私が考え、至った答えは。


澪「……ごめん。どうなるか、聞いてみないとわからない」


そんな情けないものだった。
他に何も思いつきやしなかった。
つくづく私はダメなやつだった。


唯「……だよね、えへへ」

澪「……でもっ!」


でも、困ったように笑う唯に、先に言っておきたいことくらいはある。


澪「私は、明かすのが怖いっていう唯の気持ちは、よくわかるつもりだ」

唯「………」

澪「だから今すぐ明かせなんて言わない。明かさなかったせいでひどいことになった私だから、それが正しいなんて絶対言い切れないけど……」

唯「……あはは」

澪「そして、これはただの私の理想だけど。どんな秘密だったとしても、笑って受け入れたいって思ってる。律やムギみたいに」

唯「…………」

澪「でも、それを信じろ、なんて言えないのもわかってる。相手を信じていても、一歩を踏み出すのは結局自分の意思だから、勇気を出せるかどうかなんだよな。ほら、例えるならバンジージャンプみたいに」

唯「う、うん」


相変わらず困ったように笑う唯に、私の言葉は届いているだろうか。


澪「バンジージャンプで背中を押されたりしたら私なら怒るから、私は唯の背中を押すようなことは言わない」

唯「……うん」

澪「でも、私は唯が勇気を出して行動したら、それを受け入れたいと思ってる」

唯「うん」

澪「だから……えっと……そうだ、バンジージャンプで例えるなら唯の次の人が私で、唯が跳んだら私もすぐに跳ばなきゃいけないような立場なんだ!」

唯「……澪ちゃん?」ジト

澪「うん、ごめん、何言ってるかわかんなくなった……」

唯「そもそも無理してバンジーに例え続けなくても……」

澪「そうだな……」


こんな言葉で何が届くというのだろうか……
と思ってたけど、意外にも唯は笑っていた。


唯「……あはは。澪ちゃん面白いよね、やっぱり」

澪「嬉しくない……」

唯「ううん、私は澪ちゃんのそういうところ好きだし、かわいいって思うよ」

澪「そ、そう思ってくれるのは…嬉しいけど……」

唯「……でもごめん、澪ちゃん。私、澪ちゃんのこと好きだから、やっぱり隠し続けるのは耐えられない。引っ張れば引っ張るほど、もし澪ちゃんに嫌われた時、澪ちゃんの傷が深くなると思うから」

澪「……そっか」

唯「……ごめん、偉そうな言い方だった。ホントにそう思ってるなら、告白された時点で言うべきなのに……」

澪「大丈夫、わかってるから」


唯のその臆病さを、当然私はわかってる。
皆といられる楽しい時間を壊したくないから、自分の秘密を言えなかった。
壊したくない。だけどもしどの道壊してしまうとしたら早いほうがいい。
その二つの板挟み。
ただそれだけのこと。


澪「わかってる。だから、聞くよ」

唯「……ありがと。ねぇ、澪ちゃん。夜、私の部屋に来るって言ってくれたよね」

澪「う、うん」

唯「……じゃあ、その時話すね」

澪「……わかった」


勿論、本来は『そういうこと』をするために訪ねるつもりだった。
それはそれで私は緊張しまくっていたと思うけど、唯の秘密を聞くために訪ねることに変わった以上、別の方向で緊張することになりそうだ。



【灰色の秘密】


――そして明かされた秘密は、本当に衝撃的なものだった。


唯「……実は私、宇宙人なんだ」


……え?
……宇宙人?

宇宙人っていうとあの、銀色で背が低くて頭の大きいあれだろうか。
全然そうは見えないけど、でもそうなのだろうか。
よく覚えてないけど、指が3本だったりもしたっけ。
私を触ってくれた、唯の指が……


澪「っ」


寒気がした。

怖かった。


唯「……ごめんね、気持ち悪いよね」

澪「そ、んな、ことは……」


唯の秘密を、受け止めると言った。
疑ってはいない。こんな真剣な唯の言葉を疑えるはずがない。
でも、笑って受け入れるなんてことは、到底出来ていなかった。


唯「……ごめんね」


信じたくなかった。
ちゃんと指も5本ある。ギターも弾ける。歌も歌える。そんな唯が宇宙人だなんて、私と違う存在だなんて、信じたくなかった。

……信じたくなかった、からだろうか。
私は、怖いはずなのに、唯に近づき、その手を握っていた。
厳密には、唯の指を調べ始めていた。


唯「……み、澪ちゃん?」

澪「………」


何も変わらない。
私と何も違わない。
ギターを弾き続け、指先の皮がやや硬くなった、いつもの唯の指がそこにあった。
ぷにぷにしていた。


澪「……何も……」

唯「……え?」

澪「何も! 違わないだろ!!」


なぜか、私は怒っていた。


澪「指も! 顔もっ!!」


唯の頬に、手を添えて。


澪「何もかも!私と変わらないだろ!!全部!!!」


確かめたわけじゃないけど、きっと全部。
……心までも、きっと私達と何も変わらない。


唯「み、澪ちゃん、あのっ」

澪「……何なら、確かめてもいいんだぞ。身体の隅々まで、唯と私のどこが違うか、探してもいいんだぞ…っ」

唯「澪ちゃん……泣いてるの?」


いや、私は怒っている。何にかはわからないけど。
怒っているはずなのに、何故か涙も止まらないけど。


澪「っ、うぅっ……」


私は怒っているのだろうか。それとも悲しんでいるのだろうか。
それはわからないけど、他にわかることはある。

そんな気持ちばかり溢れ出るほど、私は唯のことが好きだ、ということ。
宇宙人だと明かされても、まだ好きだということだ。


澪「唯っ……」ギュッ

唯「み、澪ちゃん……」

澪「怖くない。気持ち悪くなんかない。宇宙人は怖いけど、唯は怖くない」

唯「で、でも……」

澪「わからないよ、私には。唯と私の、何が違うのか……」

唯「………私にも、わからないよ。でも、違うらしいから……だから、私は……」


……ああ、そういうことだったのか。
唯の中心の一本線、私に見えなかったのも当たり前だ。なぜならそれは唯にも明確には見えていなかったんだから。
唯は宇宙人で、私達は地球人。その違いを唯はいつもどこかで意識し、地球人らしくあろうとした。
でもその具体的な違いは何もわかっていなかった。意識して、気にして、隠そうとして……わかりやすく言えば怯えていた。
強いて言うなら、それは『見えないものに対する怯え』だったんだ。
見えないものに怯えているからこそ、見える範囲では誰よりも『人』らしかった。それだけなんだ。
それだけのものが作り上げた『唯』に、私は惹かれたんだ。


澪「……聞きたい」

唯「えっ?」

澪「唯の生い立ち。知らないことだらけだから、聞きたいよ」

唯「……そうだね、答える義務があるよね、私には」

澪「そんな堅苦しいものじゃないよ。好きな人のことを、ちゃんと知りたいだけ」

唯「澪ちゃん……!」


この時ようやく、唯が私のことを抱きしめ返してくれた。




唯「私が宇宙人だって知ったのは、だいぶ小さい頃だったよ。お父さんとお母さんが教えてくれた」

澪「ということは、ご両親も?」

唯「うん。お父さん達が自分の星を捨てて地球に来て、それから私と憂が産まれたんだって」

澪「あ、そうか、唯もご両親も宇宙人ということは憂ちゃんもなのか」


とはいえ、不思議と納得はできる。
人という枠に収まらないほどの魅力を持つ点は、唯も憂ちゃんも共通しているから。


唯「でもね、だいぶ小さい頃だったからお父さんお母さんも詳しくは教えてくれなかった。「唯は他の子とは違うけど、それは内緒にして、忘れて、普通に皆と一緒に楽しく生きなさい」だったかな? そんな風に」


普通に、か。
今更だけど、宇宙人と聞くと『地球を侵略しに来た』みたいなイメージがある。
でも少なくとも平沢家にはそんな目的は無い様だ。
唯のことを信じると言った私にとって、その事実はホッとする…というよりは嬉しい事実だった。



唯「詳しく教えてくれたのは、中学生の頃だったかな。「宇宙人」ってハッキリ言われて、証拠も見せられて、私の疑問にも全部答えてくれた」

澪「……証拠って?」

唯「……うちの家系がどう探しても遡れないこととか、親戚付き合いがないこととか、かな」

澪「……身体的な違いとか、そういうのじゃないんだ?」


宇宙から移住してきた、という前提があるから、確かにご両親の提示した証拠も説得力はあるけど。
それよりも自身が体感しやすい相違点を証拠として提示するほうが唯自身にも(ついでに私にも)わかりやすい、と思う。


唯「うん、なるべく身体的に自分達と近い星を探した、って言ってた」

澪「へえ……」

唯「実際、私にも違いはわからないんだ。見た目も違わないし、身体のなかのほうも澪ちゃんと変わらなかったし」

澪「なか?」

唯「……きもちいいところとか?」

澪「なっ!? そ、それはっ///」

唯「あはは。………あのね、そういうところで違いがバレるのも、ホントはすごく怖かった。だから私達の関係をなかなか進められなかったっていうのもあったんだ。ごめん」


唯の笑顔が、一瞬で引っ込んでしまう。
それはとても悲しいことに思えた。


澪「……謝らないで、唯。あまり早く進まない関係に甘えてた面もあるから、私も」

唯「……よかった。えっと、それでね、やっぱりどう見ても私と他の人の身体の違いはわからなかった。でも、お父さん達の言うことを信じない、なんてことも出来なかった」

澪「そう、だな。私からすれば荒唐無稽な話だけど、だからって唯をうそつき呼ばわりして嫌いになるなんて出来そうにないし、それと一緒か」

唯「……ありがと」

澪「……信じたくない気持ちも確かにあったんだから、お礼を言われるようなことじゃないよ」

唯「ううん。澪ちゃんに嫌われるのだけが私は怖かったから。いっそ信じてもらえなくてもよかったくらい。だから、嫌われてないってことだけでとっても嬉しい」


……まだ、唯のことは好きだ。それは胸を張って言える。
言えるけど、それを口にするよりは唯のことを理解したい、って思う。
唯が背負い続けてきたものを全部聞きたいって思う。
全部知って、その上でもう一度ちゃんと唯を好きだと伝えたいって思う。


唯「それでね、実際私も他の人達と何が違うのかなんてわからなかったけど、わからないなりにずっと考えてた。悩んでた。それで周りの人にはだいぶ心配かけたと思う」

  「そんな中学時代を過ごしたから、高校では逆になるべく考えないようにした。やっぱり私は頭が良くないから、難しいこと考えないで思うままに生きよう、って」

  「忘れて普通に生きていいって言われてたしね。実際、そうして生きているのは楽しかった。みんなに会えて、毎日がとっても楽しかった。でも……」

澪「……そこに、私が告白しちゃったわけか」

唯「とっても嬉しかったんだ、人に愛されるってことが。言われた通りに普通に生きてて良かったってホントに思った。だからこのまま普通に生き続けるべきなんだって思った。……ううん、思ってた」

澪「………」


……私のせい、か。
どうにか言葉にする寸前で思い留まったけど、要はそういうことになるんだろう。
唯から見ればそんなことはなくても、私から見ればそういうことになるんだろう。


唯「澪ちゃんを好きになればなるほど、隠し事をしてるのが申し訳なくなっちゃって。普通に生きるって決めたんだから言わなくてもいい事にも思えるけど、それを決めるのはきっと私じゃないと思った」

澪「……私、なのかな」

唯「たぶん。でも、それを決めるにも聞かなくちゃいけないから意味ないよね」

澪「そうだな……」

唯「……聞いて澪ちゃんが傷つくなら、隠し通さないといけない。でも隠し通してたら、もしバレた時に隠し事をしてたことそのものに澪ちゃんが傷つくかもしれない」

  「どっちが正解かわからないまま、ずっと時間が過ぎてった。正解は見えないのに、隠し事をしてるってこと自体の罪悪感はどんどん大きくなってた」

  「隠し事をしてるって時点で負い目があって、その上にさらに失敗を重ねて信用を失うのが怖かったから、澪ちゃんとの関係を進める勇気もぜんぜん出なかった」




原因が宇宙人であることにあるとはいえ、信用を失うのが怖いから踏み出せない、という気持ちはわかる。
でも、やはり唯らしくはない。「普通に生きる」と言ってた唯にとって、そんな自分らしくない自分を見ることがどれほどの苦しみだったか……私にはわからない。
……唯に私と同じ臆病なところがあることを喜んでいたさっきの自分を殴ってやりたい。


澪「……ごめん、唯。気づいてあげられなくて。好きだって、ずっと見てたって言いながら、全然気づいてあげられなくて、ごめん」

唯「……必死に隠してたからね。だって、気づかれたら宇宙人だってことまで言わなきゃいけないし。なかなかの演技力でしょ? まあ結局言っちゃったんだけどね」

澪「……唯のことは、わかりやすいやつだって思ってたんだ、私、ずっと。わかりやすいけど、時々想像もつかないすごいことをする。そんな唯が好きだった」

唯「澪ちゃん……」

澪「ある意味では、そんな私の思い描く唯そのままなんだけど。でも、唯の一番の秘密を知ってしまったからには、私も考え方を変えたい」


変えたいというか、私が変わりたいのかもしれない。
気づいてあげられず、唯を苦しめたのは事実なんだから。


澪「私は、唯のことを全部理解して、悩みに気づいて、隣に立って大切にしたい。そんな私になりたい……」


きっとそんなこと、到底無理なんだろう。
でも、そうありたい。そうなりたい。
唯が宇宙人だろうと何だろうと関係なく。


澪「そう思うくらいには、唯が好きだ」

唯「……私だって、頑張って隠そうと思えば頑張れるんだよ、澪ちゃん」

澪「………」


そう言われると返す言葉がない。実際、さっきまで隠し通されていたんだから。
私からは、これから頑張る、としか言えない。


唯「……でも、もう澪ちゃんに隠し事はしたくない……もうこれ以上は耐えられない。そう思うくらいには、澪ちゃんが好き」

澪「……そうか。そうかあ。そう言ってくれるかあ……」

唯「ほ、本心だよ!」

澪「うん、私も本心だよ。唯の秘密の内容自体は、何も関係なかったみたいだ」

唯「そ、そっか……よかったぁ……」


宇宙人という存在は未知のもので怖いけど、どこか未知なところもある唯を私は好きになったんだ。
そして、唯の存在は怖いなんて言葉とは程遠い。
大体、自分でも違いがわかっていないような宇宙人を、違うからという理由で拒絶なんて筋も通らない話だし。
そもそもどこかが同じでどこかが違う、そんな唯に惹かれた私が違いを理由に嫌いになんてなれなかったんだ。嫌いになりたかったわけじゃないけど。

……ああ、そっか。
嫌いになんてなりたくないなら、嫌いになんてなるはずないか。


澪「……唯」

唯「……澪ちゃん」

澪「……い、いい?」

唯「……うん」


それだけで、唯は察してくれた。
目を閉じる唯に近づき…………キスをした。




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最終更新:2015年05月12日 21:10