唯「……えへへ」
澪「じゃ、じゃあ、そういうわけで私達の関係はこのまま、ということで」
唯「うん…!」
澪「そ、そうだ、そういうわけだから、まだ私達の関係を明かしていない梓達にも電話して言っておいていいかな!?」
唯「あ、そうだね。りっちゃん達には言ったんだし、あずにゃん達にも言わないとね」
澪「うん。あと憂ちゃん――は知ってるんだっけ。他には和とか」
唯「和ちゃんはいま留学してるよ?」
澪「あっ、そ、そうだった」
唐突に、本当に唐突にある日、和から留学するという内容のメールを貰った。
ごく最近のことだけど、あの時は本当に驚いた。驚くばかりで、それどころか少し引き留めかけたりもしてしまって、慰められながらパソコンのメールアドレスを教えてもらった。
パソコンのアドレスということは、携帯電話は使わない、あるいは使えないということ。出来ればメールじゃなくて電話で伝えたかったんだけど……仕方ないかな。
唯「そういえばね澪ちゃん、憂がお詫びにって秘密を教えてくれたんだけど」
澪「お詫び? 何の?」
唯「私達が付き合ってることを知っちゃったお詫び」
澪「あ、ああ、あの時にか。律儀だな憂ちゃん……」
唯「自慢の妹ですから。でね、なんと憂はあずにゃんと最近いい感じらしいよ?」
澪「えっ、それって、その、そういうことか?」
唯「そういうことらしいよ」
澪「そ、そうか……びっくりだ。っていうか私に教えてよかったのか、それ……」
唯「憂のやることだから大丈夫だよぉ。きっとそのうち皆に言うつもりなんじゃないかな」
澪「うーん……とりあえず、おめでとうって言っておくよ」
唯「そうしてあげて。憂も喜ぶよー」
澪「お姉ちゃんみたいだな」
唯「お姉ちゃんだよ!?」
澪「ふふ、冗談だよ」
……唯のツッコミ、好きかもしれない。
澪「っと、じゃあそういうわけだから……電話したほうがいいかな? 梓と憂ちゃんに」
唯「そうだねぇ、電話にするなら早めにしたほうがいいかも。特に憂は早寝早起きだから」
澪「少なくとも唯より?」
唯「少なくとも私より」
澪「じゃあ、今から電話するよ」
そう言い、立ち上がって唯の部屋を出ようとした時。唯の微妙な表情が目に入った。
澪「……どうかした?」
唯「ううん。憂とあずにゃんによろしくね」
澪「う、うん……あ、二人一緒に報告するか?」
唯「うーん、それは帰省の時に取っておこうよ」
澪「そ、そうか。じゃあ……」
唯「うん、また明日ね、澪ちゃん」
ひっかかりを感じつつ、部屋を後にした。
……唯の表情の意味に気づくのが就寝直前になってからで、翌日また今日とは別の勇気を出して唯の部屋を訪ねることになるとは、この時の私は知る由もなかった。
【透明な輪】
憂ちゃんは素直に祝福してくれた。
宇宙人であることも知った、と告げると少しだけ不安そうな声を出したけど、すぐに「それでも唯のことが好きだから」と言ったら安堵してくれた。
たとえ宇宙人でも何も変わらず、素敵な姉妹だと思う。
梓も祝福してくれたが、その直後に梓のほうから憂と付き合っているということも明かされた。
「憂から聞いてますか?」と言われたので同意した後、せっかくだから根掘り葉掘り聞いておいた。まあ、あまり教えてくれなかったが。
梓が明かしたがっていたから、憂ちゃんも私と唯にすんなり明かしたんだろうか。
そしてもうひとつ。嬉しいことに、憂ちゃんがパソコンで通話して和と連絡を取り合っていることも知れた。
しかも私が晶に教えられたあのソフトで。というわけで、晴れて私のアカウントに憂ちゃんと和の連絡先が追加された。
チャットでもいいけど、遠くにいる人との会話なんだしせっかくだから声も聞きたい。というわけで同時に自分の電話番号も追加しておいた。けどプロフィールを変えるのを忘れてたので二人にものすごくツッコまれた。
唯もパソコン買えばいいのに、と思ったものだが、
澪「唯は憂ちゃんと和が話してることとか知らなそうな感じだったけど?」
憂『私は教えてもいいと思うんですけど、和さんがダメって』
澪「へえ……変な話だな、あの和が唯に教えたがらないなんて」
憂『和さんいわく、「唯にパソコンなんて使いこなせないだろうし、仮に使いこなせてしまったらますます勉強しなくなるわ。きっと毎晩話に付き合わされるわよ」だそうで』
澪「あ、ああー……唯も毎日頑張ってはいるんだけど、否定しきれないな……」
憂『ですよね……』
……とのこと。
付き合いの浅い私やついつい甘やかしてしまう憂ちゃんとは違い、唯のことをよくわかっているクールな意見だった。
そんな話をパソコンを通して和にしてみると、
和『……私だって、唯と話したくないわけじゃないのよ。来年くらいになれば教えるつもりでいるわ』
来年度ではなく来年となると、最短だと一ヶ月後くらいか。
最短なら、だけど、要するに和もそんなに長い間『唯断ち』が出来るわけではないようだ。
澪「……和がデレた」
和『何よデレって。唯と付き合っているなら、そこは同意してくれないと困るわ』
澪「そ、それもそうだな。わかるよ、うん」
和『そもそもメールは続けてるしね』
澪「あっ、そうなんだ」
話を聞いたところ、和の携帯電話だと海外での使用に多少の設定が必要らしく、面倒なので家に置いてきたとのこと。よって連絡方法はパソコンに限られているとのこと。
パソコンに限られること自体は予想通りだけど、その理由が「面倒なので置いてきた」って……和も唯に負けず劣らず時に予想外なことをするから困る。
……もしかして、和も宇宙人だったりするんだろうか? と一瞬思うけど、さすがにそこまで誰彼構わず疑うのは自分を嫌いになりそうなのでやめる。もっとも仮に宇宙人だとしても接し方を変えるつもりもないけど。
あっ、そういえば、和は唯が宇宙人だということを知ってるんだろうか? 付き合いは長いから知ってそうでもあるけど……どうだろう?
知らないなら勿論黙っておく。唯の秘密をバラすわけにはいかないから。でももし知ってるなら何か貴重な話が聞けるかもしれない。
どうにかそのあたりを探れないだろうか。わかる人にだけ伝わるような、そんな言い方はないかな……
澪「そ、そういえば和。話は変わるけど、宇宙人っていると思う?」
悩んだ結果、こうやって世間話から軽くジャブを入れていく感じで探る方法を考えた。
とりあえずこれで和の出方を伺えば、少しは見えてくるはず――
和『……ああ、唯のこと聞いたのね? 良かった、言うべきか悩んでたのよ』
澪「え、ええー!? こっちが見抜かれた!?」
和『そんなに驚かれても……久しぶりの電話で振る世間話にしては澪らしくないし、相手が唯の恋人だし、そして何より澪、声が上擦ってるわ』
澪「そ、そんな冷静に分析されても……」
和『澪はわかりやすいのよ。まあ軽音部全員わかりやすい良い子達ばかりだけどね』
澪「うぅ……」
散々唯をわかりやすいやつとか言ってきたけど、他の人から見れば私も同レベルだったのか……
律に関係を見抜かれてたという前科もあったけど、電話でまでそう言われるとなんというか、身悶える恥ずかしさがある。
和『それで? 唯が宇宙人だと知っても恋人として付き合うって決めてるのよね? だから私に報告したんでしょ?』
澪「う、うん、その通りです……。和はどうだった? 唯が宇宙人だって知って、何か変わった?」
和『別に何も』
うん、その返答はなんとなく予想してた。だって和だし。
和『澪も何も変わってないんでしょう? だったらいいじゃない』
澪「そうなんだけど……唯に関して知っておけることがあるなら知っておきたい、って思う。もっと唯のことを理解したい」
和『唯を理解、ねぇ………………無理じゃない?』
澪「そ、そんな!」
和『澪には無理、という意味ではなくてね。私から見ても唯は本能のままに好きなことして破天荒に生きてるから時に行動が読めなくて、私からできるアドバイスは何もないのよ』
澪「破天荒って」
和『宇宙人だって言う割には、私達より人間らしい欲望に忠実よねぇ』
そう言って、和が笑う。
和は真面目な人だけど、真面目というだけの枠には収まらない豊かな人間性を持っている。
それにはきっと、唯も影響しているんだろう。
和『……澪。あんな唯だってね、自分の存在に悩んでた時期はあったのよ』
澪「「あんな」って。……でも、うん、それは聞いたことある。中学くらいだったっけ」
和『そうね。そして悩んだ結果、唯は何も変わらなかった。いえ、何も変えないように頑張る、と決めた……ように私には見えたわ』
唯自身は考えることを止めたような言い方をしていたけど、それは周囲から見れば和の言うように映るのかもしれない。
まあ、その結果今の素敵な唯がいるのだから、表現の違いなんて些細なことだ。
和『何も知らなかった頃の唯も、悩んでた頃の唯も、頑張ってる頃の唯も、私は全部見てきたけど……どれも唯なのよ、やっぱり』
澪「………」
和『高校に入ってからは澪のほうが距離が近いかもしれないから、わかるんじゃないかしら』
澪「……うん」
唯の横顔を、高校でずっと見てきた。
和の説明の通りだとすれば、私の見ていた高校の唯はずっと頑張っていたのかもしれない。
何も変わらないように、何も変えないように。
勉強して、部活に入って、遊んで、そして私の告白にもちゃんと向き合ってくれて。
そんな風に。
和『唯を理解したいという澪の気持ちを否定はしないわ。人を好きになるということがそういうことであるなら、それは素敵なことだと思う』
澪「……うん」
和『ただ、唯の全部を理解しているとは到底言えない私から出来るアドバイスはない、というだけ。ごめんね、力になれなくて』
澪「ううん、そんなことはないよ。相談に乗ってくれてありがとう。それに、私より長く唯の隣にいた和でもわからないことがあるって聞いて、焦る必要はないんだってわかったから」
和『ふふっ、そうね。澪なら唯が何かヘンなことやらかしても「だって唯だから」で受け止めてくれそうだし、安心ね』
澪「安心って、なんか、それは……」
和『……唯のこと、よろしくね、澪』
……晶に任せたはずの唯の世話が、今度は和から任せられてしまった。
澪「……学科とかは違うから、一日中ずっとってわけにはいかないけど……一緒にいられる時は、ま、任せて」
和『うん』
……責任重大だけど、唯と一緒にいたいのも本心だから、「任せて」くらいは言える。
さて、次は菖と幸にも言わないと。晶には「黙っててくれてありがとう」って言わないとな……
【数日後/銀盤と黒雲】
――身近に宇宙人というものがいるとわかったせいか、ここ最近はオカルトや超常現象にも少し目が行くようになった気がする。
もちろん怖いのはご免だけど、時に子供の頃のような好奇心を刺激されたり、未知なるものへのワクワク感が沸いてくるようなものもある。
澪「ドッペルゲンガー……は怖いな。身近に現れないことを祈ろう」
律「河童は?」
澪「……かわいい絵で描かれてるものあるからなあ……」
律「でも尻子玉を抜いて殺してくるんだぜ?」
澪「だ、だよなぁ……やっぱりこわい」
菖「徳川の埋蔵金とかは?」
澪「それは何か違うような……」
幸「じゃあネッシー」
律「あれはイタズラだって聞いた時はガッカリしたな~」
紬「ええっ、そうなの!? ショック……」
幸「だよねぇ。あんなに大きいのにどうやって隠れて生きてきたのか興味あったのに」
澪「つ、ツッコミづらいな」
香奈「永遠の若さ!美貌!乙女の生き血!」
千代「香奈は早くレポート終わらせて」
香奈「あ、はい」
部長が唐突に会話に入ってくるのはわりとよくあることだけど、なんとなくいつもより廣瀬先輩のツッコミが厳しい気がする。
部長も部長でおとなしく従ってるし。まあ、さすがに理由がレポートともなれば真剣にもなるか。
あれ? でも、そもそもレポートともなれば本来は自室でやるはず。それをわざわざ部室に持ち込んでいるということは……そうか、もしかしたら私達に対する監督責任があるから、なのかな?
となれば、なるべく邪魔はしたくない。
澪「……なるべく静かに話そうか」
千代「こっちのことは気にしなくていいよ。全部香奈の自業自得だから」
紬「でも……」
香奈「いいのよ、先輩が後輩の部活動の邪魔をするなんてカッコつかないじゃない」
千代「既にカッコついてないからね」
香奈「はい……」
部長が大人しく頭を垂れたと同時に、部室のドアが開く。
いつものメンバーの中で、今足りない二人がそこにいた。
晶「すいません、遅れました」
唯「失礼しまーす……」
二人は申し訳なさそうな雰囲気ではあるものの、ぶっちゃけ私達は開始時間を厳密に決めているわけではないので誰も責めることはない。
終了時間はきっちり決まってるから練習時間が短くなることに変わりはないんだけど……放課後ティータイムはともかく、恩那組もそのあたりはマイペースなようだった。
唯「何の話してたの?」
澪「ん……」
一瞬、言葉に詰まる。
目の前にいるオカルトじみた存在である唯に対し、それらで盛り上がってた、なんて言うのは少し抵抗があった。
……オカルトは言いすぎかな。宇宙人ってジャンル的には何に分類されるんだろう、SF?
って、そんなことは後で考えるとして――
律「なーんか私達の身の回りにも面白いこと転がってないかねー、って。そもそもの発端はムギなんだけど」
紬「この前、ウチの別荘の浜辺にね、変な図形が描いてあったらしくて。菫が写真を送ってくれたんだけど……」
私が止める間もなく、律とムギが話を進める。
もっとも、私が変に止めてしまうのもそれはそれで不自然だ。唯が宇宙人であるということをまだ二人は知らない。止めてしまえば、その理由を問われてしまう。
唯が律とムギにも自分から伝えたいと言っていたから、こんな形でなし崩し的にバレてしまうのは絶対望ましくない。
そんなこんなでいまだに口を開けない私を置き去りに、ムギが携帯電話の画面を唯に見せ、律が語る。
律「ほら、これ、ミステリーサークルとかナスカの地上絵とか、そんな感じの意味ありげな記号に見えね?」
唯「わぁ、ホントだねぇ」
……内心、とてもホッとした。ミステリーサークルだなんて単語を出されても、唯は自然な反応をした。
……唯の中で積み重ねられた『何も変えない頑張り』の前には、私の心配なんて無意味なようだ。
晶「って、別荘だって!? 今更だけど、マジモンのお嬢様なんだな……」
律「広くて快適ですごいんだぜー」
紬「今度晶ちゃん達も来る? スタジオもあるのよ?」
晶「マジか! それは良い環境だけど……本当にいいのか?」
紬「もちろん。あ、でもどの別荘が取れるかは親に聞いてみないとわからないわ……」
菖「……「どの」って言った? 今」
幸「いくつあるんだろうね、別荘……」
晶「すげぇな……」
唖然とする晶たちを尻目に、私達が思うことは。
澪「……なんか」
律「数年前の私達を見ているようで微笑ましいな」
澪「うん」
くらいである。
当時の私達も相当驚いたけど、大学で立派な庶民へと成長したムギしか見てない人にとっては輪をかけて予想外なんだろうなあ。微笑ましい。
律「とりあえずさ、そんなこんなで「よく聞く不思議な話ってどんなのがあるっけ?」みたいな感じで皆で言い合ってたってワケ」
唯「ふーん……ねぇムギちゃん、お願いがあるんだけど」
紬「ん、なぁに?」
唯「その別荘に描かれてた図形、他にもあったら見せてほしいんだけど……ダメ?」
紬「うーん、唯ちゃんの頼みなら聞いてあげたいのはやまやまなんだけど、他にはないみたいなのよ。これが描かれてたのも今朝みたいだし……」
唯「そっか……」
紬「……また描かれてたら送るように伝えておくね?」
唯「うん、ありがと、ムギちゃん」
紬「唯ちゃん、こういうの好きなの?」
唯「かわいいよね!」
紬「……この写真、唯ちゃんの携帯に送っとくね」
唯「わーい、ムギちゃんありがとー!」
澪「………」
なんとなく。
なんとなく、唯がミステリーサークル(とも取れる)写真を欲した、というのが不安になった。
なったので、部活が終わった後に唯を捕まえて二人きりで聞いてみた。
澪「……唯、どうしてあの図形がそんなに気になるんだ?」
唯「……あれはミステリーサークルだよ、澪ちゃん」
澪「……やっぱりそうなのか」
唯「あの丸っこい図形、かわいいよね」
澪「………」
唯「……って思って勉強した時期があるから、私、ミステリーサークルで書かれてることだけは読めるようになっちゃったんだよね。基本的に宇宙人の文化は知らないんだけど」
澪「読む? あれはやっぱり宇宙人からのメッセージなのか?」
唯「というか宇宙語らしいよ。地球で一番使ってる人が多いのが英語、って感じで、宇宙全体で見ればあの図形が言語として一番使われてるんだって。惑星間の会話に」
澪「へ、へぇ……」
地球人も宇宙に進出して交流を行おうとするなら、あれを覚えなくちゃいけないってことか……和が留学して英語を活用しているように。
英語もコツを掴めば覚えること自体はそこまで難しくないから、宇宙語もそうなのだろうか。
澪「それで、これは何て書いてあるんだ?」
流れでそう聞いたけど、唯の顔は曇った。
澪「………えっ」
唯「日本語で言うならそんな感じの挨拶の言葉と、後のことは続けてまた連絡します、みたいなことも書かれてる」
澪「そ、そうか、だから他にないか聞いたんだな……」
かろうじて自然な受け答えはできたはずだけど、頭の中はだいぶパニックになっていた。
何故、ミステリーサークルで唯が呼ばれているのか。
すなわち、宇宙人として宇宙人に呼ばれているのは、何故なのか。
誰が、何のために…?
澪「ゆ、唯の地球人としての名前を知る宇宙人…? 一体誰……?」
唯「……わたし、いちおう地球生まれ地球育ちなんだけど」
澪「あ、ああ、そっか、他に名前はないんだな、うん。っていうか地球生まれなのに宇宙人っておかしくないか」
唯「澪ちゃん、いまさらそーゆーこと言うの?」
澪「ああ、うん、ごめん、ちょっと混乱してる」
唯「うん、私も混乱してるから気持ちはわかるよ……でも、とりあえず相手の用件がわからないとなんとも言えないね」
澪「……冷静だな、意外と」
唯「なんとなく、悪そうな人じゃないからね」
澪「なんで?」
唯「畑とかじゃなくて浜辺に描いてるから、かな」
そう言われてみれば、ミステリーサークルの定番といえば畑とか草原とか、そのあたりだ。
唯「多分だけど、綺麗に整えられた畑とかは地球の文化を知らない宇宙人にとっては文字の書きやすいキャンバスにしか見えないんだよ」
澪「……なるほど。宇宙人からすればそうでも、地球人からすれば稲とかがダメになるから迷惑なことで……」
唯「それをわかっててあまり被害が出ない砂浜に書いた、ということだとしたら」
澪「地球の文化を知ってて、他人に迷惑をかけないような気遣いもできる人、ということか」
唯「まあそれでもムギちゃん家の別荘に不法侵入しちゃってるんだけどねー!」
澪「ゆ、UFOで空中から書いたのならきっとセーフだよ、うん」
ってなんで私は宇宙人の肩を持ってるんだろう。
ま、唯が悪そうな人じゃないと言ったんだし、肩を持つくらいはいいかもしれないけど。
あ、でも唯が宇宙人と最初に聞いたときは怯えた私だし、さっきの発端のミステリーサークルの話の時だって言葉に詰まったし、この宇宙人の肩だけ持つのは唯から見れば気分のいいものじゃないかも…?
……と思っていたが、唯は予想に反して、いや、予想外なほどに満面の笑顔だった。
澪「……どうしたんだ?」
唯「ううん。澪ちゃんとこうして宇宙人について普通に話せるのが、なんか嬉しくて」
澪「そ、そうか……」
そうか、唯は私と普通に話がしたいのか。
……やっぱり、あまり気を遣うのも唯に悪いのかもしれないな。
気遣いが丸出しだと相手に申し訳なさを抱かせてしまうものだし。それでなくても唯の積み重ねてきた頑張りは多少のことでは揺るがないものだってわかったし。
澪「と、とりあえず続きが送られてくるまではこちらからすることは何もない、ってことだな」
唯「そういうことだねぇ。いつも通り過ごすことにするよ。いつも通り澪ちゃんとイチャイチャしとくー」
澪「い、イチャイチャってお前な……」
唯「えへー」
澪「っ……///」
ま、まあ満更でもないんだけど。
◇
――だけど、その満更でもない日々はそう長くは続かなかった。
律「澪ー、帰省の準備は進んでるかー?」
澪「お前こそ早く帰れるように頑張れ」
律「ぐっ、痛いところを……」
澪「日頃からレポートちゃんとやってればいいだけのことだろ。唯だってちゃんとやってるんだから」
律「あれは澪と一緒に帰りたいがために頑張ってるだけだろ。いつも通りなら唯もこっち側だっての」
澪「そ、そうかな……えへへ」
律「けっ。ご馳走様ですよーだ」
ミステリーサークルの話から、ほんの数日後。私達はそれぞれ冬の帰省に向けていろいろと準備をしていた。
もう既にほぼいつでも帰れるような状態にあるのが私。あと僅かなのが唯とムギ。全然ダメで今夜も私の部屋に来てまで必死こいてるのが律、という現状。
『大体の人は』もうすぐ帰省、ということで、部活も今日が最後ということだった。部長達4回生も忙しそうだったので、あの人達を慕う身としてもそれでいいと思う。
現状といえば、唯はまだ宇宙人であるということを明かせていない。一方、ミステリーサークルの写真は毎日送られてきている。
むしろいまだに毎日送られてきているから明かせていないのかもしれないが、何にせよ私は急かしたりはしないようにしている。
というかそもそも私個人としては、唯のご両親が言ったように唯は宇宙人だということは忘れて生きていいとさえ思う。
それほどまでに何も変わらない。私も何も変わらず唯を好きだから。唯もそんな私の姿とご両親の言葉に従うか悩んでいるのかもしれない。
ミステリーサークルに込められたメッセージの内容についてもそろそろ結論が出てもいい頃だと思うけど、こちらも唯が自ら口にするまでは急かしたりしないようにしていた。
もちろん、唯が相談してくれたら喜んで飛びつくけど。でも自分で決められる限りは唯が決めるべきだと思った。……これも気遣いになってしまうのだろうか。
澪「……唯、遅いな」
紬「……あの、澪ちゃん」
ムギが恐る恐るといった感じで口を開く。
今夜のムギは口数が少ないと思ってはいたけど……
最終更新:2015年05月12日 21:11