紬「もしかしたら、私のせいかも……唯ちゃんが遅いの」
澪「えっ? どういうこと…?」
紬「あの、今日のミステリーサークルの写真見せたらね、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、表情がこわばったように見えて……」
澪「………」
……どうやら、そろそろ核心に触れることが書かれていたらしい。
だとしたら今、唯は悩んでいるのだろうか。考えているのだろうか。
でも、どんなことが書かれていて、どんなに唯が悩んだとしても、きっと唯は私には話してくれる。
宇宙人であることを隠し続け、あれだけ悩み苦しんだ唯だから。最悪でも私にだけは話してくれる。はず。
澪「っていうかそれ、別にムギは悪くないような……」
紬「で、でも、わかんないし……」
律「まあ、唯が来たら聞いてみようぜ。もし私達には言えないことでも、カノジョには言うだろうし」
澪「……茶化すな」
と言いつつも、内心は私もそう信じていた。さっきも言ったけど、唯だから言ってくれると信じていた。
……でも、そうはならなかった。
ほんの数分後に私の部屋を訪れた唯の口から放たれた言葉は、そういうものではなかった。
唯「……ごめん、みんな。私、実は宇宙人なんだ」
律「………」
紬「………」
唯「それでね、ムギちゃんちのミステリーサークルでね、私、呼び出されたから……できるだけ早く帰らなくちゃいけないんだ」
澪「………」
唯「それでね……その……えっと、帰っていい、かな?」
律「……落ちてるものでも食べたか?」
唯「ひどい!」
律「いや、だってそんな一気に言われて信じろっていうのもなあ」
紬「私は……信じたいな。唯ちゃんの言うことだし……」
律「えぇー……私も唯がそんな器用にウソが吐ける奴だとは思ってないけどさ……でもさあ、宇宙人って……なあ澪?」
澪「あ、いや、悪い律、私はそこは信じてる」
律「マジかよ。……じゃあ私もそこは信じるよ」
唯「……ありがと」
そう、そこまではいいんだ。
律達にとっては驚きの事かもしれないけど、私にとっては知ってた事。
律達には悪いけど、私にとっての問題は、その先。
澪「……で、唯、相手は誰だったんだ?」
唯「………」
紬「……家族、とか?」
無言で首を振る唯。
律「じゃあ誰だ?」
唯「…………ごめん、それだけは言えない」
「言えない」と、ハッキリ言われた。
隠し事をされた。
あまりこういう言い方はしたくないけど……裏切られた気持ちになった。
律「おいおい……まあ説明しにくい相手なのかもしれないけど、あまり隠し事をすると澪は心配するぞ?」
唯「……うん、わかってる。澪ちゃんを傷つけてること、わかってるつもり。だからりっちゃん、何かいい方法はないかな」
律「へ? 方法って?」
唯「澪ちゃんを心配させない方法。澪ちゃんを安心させる方法。澪ちゃんに、私を信じて待っててもらえる方法。何かないかな? あるよね? ねぇ、ねぇりっちゃん!」
律「お、おい、落ち着け唯!」
唯「言えないんだ、どうしても。言えないんだけど、でも澪ちゃんに嫌われたくないの!! 澪ちゃんに嫌われたら、私っ……!!!」
律「落ち着けって!つーか痛いわ!離せアホ!離さんかじじい!!」
紬「あ、あわわわ……」
澪「………」
……なんだ、この光景。
慌てふためいてる唯にしがみつかれて揺さぶられてる律と、どうすればいいかわからずオロオロしてるムギと、完全に蚊帳の外の私。
っていうか、蚊帳の外とはいえ私の目の前で私のことについて相談しようとしてる唯は何なんだ。意味ないんじゃないかそれ。私に告げる前に相談すべきじゃないのかそれ。
……なんだろう、唯が隠し事をしているのかしていないのかわからなくなってきたぞ。
いや、少なくとも隠し事をしてはいるんだけど。でも何というか、望んで隠したいわけではないんじゃないか、とぐらいは思える。
……そりゃそうか。あれだけ隠し事をして苦しんだ唯なんだ。私にも少しはわかる苦しみをずっと背負ってきた唯なんだ、隠し事をしたいわけがない。あの苦しみをもう一度味わいたいわけがない。
それなら。
それでも隠さないといけない理由があるとしたら。
澪「……唯」
唯「ひっ!」ビクッ
澪「だ、大丈夫だって、唯。信じる、信じてるから」
そうだ、信じることだ。私にできることはきっとそれだけだ。
とはいえ、『唯が隠し事をしない』と信じるのは、きっと間違いだ。
だって、たぶん、今回の場合は、
澪「……相手が誰か言えないのは、相手のためを思ってのことだろ?」
唯「! そう! そう、なんだけど……」
澪「……唯は優しいな。そういうことなら聞かないよ、私も」
逆に考えてみれば、すぐに可能性のひとつとして出てくることだ。
『地球人として生きる宇宙人の唯を宇宙人として呼んだ』相手が、唯と同じように『地球人として生きている宇宙人』である可能性は。
だから、相手が誰かと聞かれて特定の誰かと答えれば、その人が宇宙人であると明かしていることと同じ。
宇宙人であることを隠してきた唯なら、同じように隠して生きている相手の秘密を明かすような真似はしない。できないはずだ。
もっとも、これが100点満点の正解かはわからない。
でも、こんな感じの理由で唯が隠し事をする可能性は充分にある。
あるいは、同じように私も唯に隠し事をしてしまう可能性も。
だから、私が信じるべきは、『唯が隠し事をしない』というところ、ではなくて。
澪「……唯は、まだ私のこと、好きだよね?」
唯「っあ、当たり前だよ! まだっていうか、ずっとずっと、澪ちゃんだけが大好きだよっ!!」
その気持ちを、信じること。
……悪く言えば、常に自分が好かれていると思い上がること、だけど。
でもこれもこれで結構な勇気がないと出来ないから、臆病な私が掲げる命題としては結構いい感じなんじゃないかな。
……唯は隠し事はしても、私のことは裏切らない。ずっと好きでいてくれる、私が唯をずっと好きなように。
ちょっとでも唯を疑ってしまった自分に対する戒めとして、胸に刻みながら……唯を抱きしめる。
澪「……行っておいで。でも、絶対帰ってきて、私のところに」
唯「澪ちゃんっ……うん、うんっ!」
私を抱きしめ返す腕の強さが、そのまま唯の想いの強さな気がした。
だから、何も不安なんてない。
律「…………あ、解決した?」
紬「しっ!りっちゃん、お邪魔虫は退散しましょ」
澪「そういうのいいから!」
◇
……明日、唯は発つそうだ。
私も帰ろうと思えば明日帰れるんだけど、唯を信じて送り出す立場を選んだわけだし、帰るのは明後日にしよう。
……そう思っていた。
寝る前に届いた一通のメールを読むまでは。
この時の私には、このメールの差出人の意図も、そして唯があのタイミングで皆に秘密を明かした本当の理由も、全く見えていなかった。
【白色に埋もれた桜の街にて】
――結論から言うと、結局私は唯の少し後に桜が丘に帰省する形になった。
といっても、唯の件は関係ない。メールの差出人が私に会いたいと言い、時間まで指定してきただけのこと。
……一応、出来れば唯には内緒で、とは言われているが。
内緒にしてほしそうではあるがそれを強制するわけでもない、という姿勢は端から見れば不自然かもしれないが、相手が相手なのでそこまで私は不自然には思わなかった。
だって相手は。
憂「……お待ちしてました、澪さん」
「家の前に着いたら、普通に呼び鈴を鳴らしてください」
憂ちゃんに指示されたのはそこまでだった。
そんな普通のことまで指示するのもおかしな話ではあるが、特に気にせず玄関をくぐる。
そこで気づいたが、玄関にどこかで見たような靴があった。
澪「……唯、帰ってきてる?」
その疑問に憂ちゃんは答えず、唇の前に人差し指を立てた。
静かに、ということだ。
憂「今日は澪さんとお話がしたいんですが、まずはその前に、今来ているお客さんのお話を盗み聞きして欲しいんです」
優しく小声で語りかけてくる。内容はあまり優しくない気もするけど。
それに倣い、私も小声で返す。
澪「ぬ、盗み聞きって……良くないよそんなこと」
憂「大丈夫です、いつかは澪さんも知ることですから。ただ、私は今すぐに知ってほしいんです。知った上で、私の相談に乗ってほしいんです」
澪「で、でも……」
憂「……お願いします、助けてください。澪さんの意見が欲しいんです。責任は私が負いますから」
憂ちゃんがこんなにも私に縋るのは初めてのことで、逆に私が負い目を感じそうなほどだった。
責任の所在はどうでもいいけど、ここまで弱々しい姿を見せられては……さすがに断れなかった。
憂ちゃんの力になりたいと思う気持ちのほうが上回ってしまった。
澪「……わかった、どうすればいい?」
憂「……ありがとうございます。お客さんは二階のリビングにいるので、見えないところで聞き耳を立てといてもらえれば。あとでメールで連絡するので、携帯はマナーモードにしておいてください」
頷いて、言われるまま携帯電話の設定をいじる。
その後、出来るだけ気配を消して憂ちゃんの後ろについて二階へ向かった。
……といっても気配の消し方なんて知らないので、出来るだけ足音を立てないようにして、呼吸も細く長く小さくするようにする、くらいだけど。
……二階への階段を上りきる寸前で、憂ちゃんは一度私に頭を下げた。よろしくお願いします、ということだろう。
私が頷き返すと、憂ちゃんはそのまま階段を上りきって曲がり、リビングへと入っていった。
確か唯の家のリビングは扉も何もなく、階段のすぐ隣だったはずだ。私はこれ以上前に出ないほうがいいだろう。
その場で息を殺し、意識を耳に集中してみる。するとすぐに会話は聞こえてきた。
唯「誰だったの?」
憂「宅急便屋さん。隣のおばあちゃん家と間違ってたみたいだから少しだけ教えといた」
唯「なーんだ」
……なんだ、やっぱり唯は帰ってたのか。ちゃんと帰れたことにはとりあえず安心だな。
………いや、でも、これはちょっとよろしくないんじゃないか?
だって、唯が今日帰省したのは誰かと会うためで、その相手のことは内緒にしたかったわけで。
憂ちゃんいわくここには「お客さんが来てる」らしくて、そのはずの場に唯もいて。
……ということはもしかしたら唯が隠したがった相手がここにいるのでは?
さっきの、どこかで見たような気がする靴の相手が、すぐ向こうに……
梓「……で、唯先輩、どうでしたか? 私達のライブは」
……梓!?
この声、間違えようがない。そこにいるのは……憂ちゃんの言う「お客さん」は、間違いなく梓だ…!
唯「うん、すごかったね。あずにゃんの軽音部、いい子達ばかりでとても楽しそう」
……梓の率いる『わかばガールズ』の学園祭での公演を、私達は直接見に行くことは出来なかった。不幸にも私達の学園祭と日程が被ってしまったからだ。
梓には前もって謝っておいたが、もちろんそれだけで済ませることなんて出来ない。
『何故か』ムギが持っていた梓達のライブ映像をその日の夜のうちに皆で観て、感想を一気に梓に送りつけた。その日のメールは深夜まで続いたことを覚えている。
私達の誰もが、梓達のその姿に刺激を受けたのは間違いなかった。ゆえに今の唯の言葉はその時の皆の総意でもあった。
……でも、何故? 何故梓が今ここにいて、その話を唯にしているんだ?
梓「ありがとうございます。……ってそれはもうたくさん聞きました!」
憂「でも嬉しいんでしょ? 部長」
梓「嬉しいけどっ! 今言いたいのはそういうことじゃなくて!」
唯「………」
梓「……どうでしたか、唯先輩。私が、いえ、私達がこの星でする最後のライブとして、相応しいと思ってくれましたか?」
……えっ?
唯「……本当に、あの星に帰るの? 私は地球生まれだからわからないけど、ひどい星だってお父さん達は言ってたよ?」
梓「私だって地球生まれですし、親から同じように聞いてます。でも、だからこそ一目見てみたいと思いますし、同時にあの星のために何か出来るならやってみたいとも思うんです」
唯「……いいじゃん、このまま地球で暮らそうよ。楽しいでしょ?」
梓「それはもちろんです。いえ、むしろ楽しすぎるから今しかないって思ったんです。このまま先輩達と同じ大学に行ったら、きっともう機会はありません」
唯「……そう、かな。私にはよくわかんないや」
梓「……もう大学も辞退してきました。もう戻れない……ってことはないですけど、でもそのくらいには決意は固いつもりです」
唯「……憂も?」
憂「……わからない。梓ちゃんの、一度母星を見てみたいって気持ちは、わかる。でもお父さんお母さんが捨てたような星を、私達だけで何とかするのは……難しいと思う」
梓「……私も、命をかけてまでやろうって心意気じゃないよ。無理ならすぐに戻ってくるつもり」
「でも、もしも私達が地球で学んだこの『楽しさ』を、ほんの僅かに分けるだけでも苦しむ人が減る、としたら……って思うと、止まらなくて」
唯「ひどい星だからこそ、ってこと?」
梓「はい。だからこそ私みたいな小さな存在でも、小さな小さな波紋にくらいにならなれるんじゃないかって。たとえ全部をひっくり返すのは無理だとしても」
唯「……それが終わったら、帰ってくるの?」
梓「はい。いつになるかはわかりませんが……」
唯「………」
梓「やっぱり、ダメ、ですかね。やめといたほうがいいですかね」
唯「……………」
梓「……憂まで連れて行こうって言うんですから、先輩としては尚更ダメですよね」
唯「それは……憂次第、だよ。そこまでは口は挟めないよ。もちろん、憂がいなくなるのは寂しいけど」
憂「お姉ちゃん……」
唯「でも、好きな人と一緒にいたいって気持ちは、よくわかるから。わかるようになったから」
梓「澪先輩、ですか」
唯「うん。私ももし澪ちゃんがどこかに行くって言うならきっとついていきたいって思うはずだから」
……自分の名前が話に出てきたことで、ようやく頭が回り始める。
えっと、要するに梓も宇宙人で、っていうか平沢家と同じ星出身で、大学には行かず、自分の星に帰ろうとしている?
今はその方向だけど絶対の決定というわけではなく、憂ちゃんや唯の顔色を伺っているのが現状で。
唯としてはあまり認めたくなさそうな感じ、かな? 梓の意思を全部否定したいというわけではないにしても。
憂ちゃんは……半々? あ、いや、そうか、憂ちゃんが相談したいと言ってきたのはこの件に関してなのか。
彼女もいろんなものの板ばさみになっていて、決めかねているのか。
……もしかしたらそれは憂ちゃんだけじゃなく、全員そんな感じなのかもしれないけど……
……と、情報を整理するのにいっぱいいっぱいで気づかなかった。気を配れなかった。
澪「ひいっ!?」
……いつかポケットの携帯電話が振動する、と言われていたのに、備えられなかった。
梓「……今、誰かの声がしなかった?」
唯「っていうか、澪ちゃんの声が……」
憂「あ、あー、え、えっと……猫じゃないかなぁ?」
ね、猫!? 猫の鳴き真似をしろってことか!?
ええい、私のせいには違いないんだし、どうにでもなれ!
澪「に、にゃぁ~お……」
梓「あっ、あずにゃん二号の声に似てる!」
唯「猫がいるならいるで問題だよ!? 出してあげないと!」
憂「あ、ま、まってお姉ちゃん!」
……果たして、私の猫真似は成功したのかしてないのか。
それはわからないが、その結果、めでたく唯とご対面することになった。
唯「澪ちゃん……どうしてここに?」
梓「澪先輩!? い、今の聞いてました?」
澪「え、えっと……」
梓「あ、あの、冗談ですからね!? 宇宙人がどうとかって! 唯先輩は普通の人ですからね!」
憂「あ、梓ちゃん、落ち着いて!」
唯「それは大丈夫だよあずにゃん、澪ちゃんは知ってるから。でも――」
梓「あ、そ、そうなんですか? よ、良かったぁ……」
澪「……? いや、私が驚いたのはむしろ梓が宇宙人だってことなんだけど……そこは隠さないの?」
梓「まあ、そのうち明かすつもりでしたから。隠したまま星に帰れはしないでしょうし」
唯「あ、なんだ、そうなんだ……」
そういや憂ちゃんも「そのうち知ることになる」って言ってたっけ。
梓が何を計画しているのかそもそも知らなかった唯は気を遣って隠そうとしたけど、今の梓のあっけらかんとした態度を見るに結局それは不要だったようだ。
とはいえ、そんな気遣いが出来る優しい唯を私が好きなのは変わらない。
梓「はあぁ……ヒヤヒヤしましたよ。私が唯先輩を呼び出したせいでとんでもないことになっちゃったかと……」
その発言の意味をちょっと考えて、すぐに思い至る。
唯が気を遣ったように、梓も唯の秘密がバレないように気を遣ってミステリーサークルで唯を呼び出したんだ。
中でも怖がりな私にバレた日には別れ話にまで発展するかもしれない、とまで考えてくれていたんだろう、今の言葉から察するに。
……梓が宇宙人だと知っていれば、私だって梓に伝えてたさ。唯が宇宙人だということは承知の上だ、と。
ということは今のこの事態は、私と唯と梓、それぞれが一部の情報を知らなかったが故に起こったすれ違いなわけだ。
そう考えると面白い……けど、面白い反面、そのすれ違いの外にいながらも事情を知っている人に皆の視線は向かう。
それぞれの事情を知っていてもおかしくない相手だから、必然的に。
唯「……澪ちゃんを呼んだの、憂だよね?」
梓「そこに澪先輩がいるってわかってそうな口ぶりだったし」
憂「……ごめんなさい」
唯「あ、ううん、責めてるわけじゃないよ。結果的にだけど、隠す必要なかったんだし」
梓「……あ、もしかして、むしろ憂は隠す必要がないってわかってたから澪先輩を呼んだの?」
憂「……ううん。隠す必要はないってわかったから呼べただけで、澪先輩を呼びたかったのは別の理由」
俯きながら、憂ちゃんは言葉を吐き出す。
その姿は今にも泣き出しそうで、私は内心ハラハラしていた。
憂「……この場に、澪さんが居て欲しかったんです。梓ちゃんに対する私の立場に相当するのは、お姉ちゃんに対する澪さんですから」
澪「それは……そうかもしれないけど」
梓「でもそういうことなら、こっそり呼ばなくてもいいじゃない? 事情を全部知ってる人を呼ぶってことなら、私達も反対なんてしないよ? ですよね、唯先輩?」
唯「うん、そうだよ憂」
憂「……でも、私の立場に相当するのは澪さんだけ」
梓「う、うん」
憂「そして、そんな澪さんをこの場に普通に呼んだら、澪さんも澪さんとして意見を求められちゃう」
澪「………」
憂「そうなったら……私は、誰にも相談できなくなっちゃう」
俯いたままの憂ちゃんに気づかれないよう、さっき見損ねたメールを見る。
そこには、『澪さんはどう思いますか?』とだけ書かれていた。
ただそれだけ。ただ、私の意見を聞きたかっただけ。何の条件も前提もない、私の思うままの意見を吐き出して欲しがってる一文。
そして、それを梓や唯よりも先に、自分だけにぶつけて欲しがっている。
それらの意味するところは。
澪「………憂ちゃんは……流されたかったんだな」
決められなかった。選べなかった。動けなかった。
言い方はいくつもあるけど、真の意味でそんな状態になった時の解決法はそんなにない。
……一番手っ取り早く確実なのは、外部から作用する力に頼ることだ。
『時間が解決してくれる』とかは典型的な例だ。絶対的な影響力を持つ、自分の意思とは無関係な外部の力。
時にそういうものに頼らなくちゃいけないことがあるのは理解している。ただ、他ならぬ憂ちゃんがそんな状況になっているということが意外すぎた。
私にとっても、もちろん他の二人にとっても。
憂「私は……自分の意見が持てませんでした。梓ちゃんにはちゃんと自分のしたいことがあるのに……」
梓「憂……」
誰よりもしっかりしていると評される憂ちゃんが、自分の全てを誰かの意見に委ねる。
恐らく誰もが初めて見るであろうその姿は、自棄になっているようにさえ映る。
梓「……そんなっ、私は、憂をこんなに追い詰めるつもりなんて…!」
憂「……ううん、ちゃんとしたいことのある梓ちゃんは素敵だと思う。だからこそ、梓ちゃんの足は引っ張りたくなかったんだけど……」
梓「ごめん、ごめんね、憂っ……!」
憂「……私のほうこそ、ごめんね、梓ちゃん……」
唯「っ………」
唯も何も言えずにいた。
唯の口にした「憂次第」という言葉は、憂ちゃんに決断を強いるだけの言葉。
ずっと悩み続けてきてもなお答えの出せない憂ちゃんにとって、そんな言葉は何の意味も無い。
それが憂ちゃんの意見を尊重したいという意味で言ったのだとしても、そもそもその意見が持てないのだから。
自分の意見を持っていた梓。
他人の意見を尊重したかった唯。
その中間にあり、どちらにも動けないのが憂ちゃんだった。
いや、唯だって『他人の意見を尊重したい』という自分の意見を持っている。それに反し憂ちゃんは、なまじどちらの言い分もしっかり理解しているがために……
……決めかねている、なんて言葉で表しちゃいけなかった。憂ちゃんは、悩み苦しみ、焦燥していた。
……力になりたい。そう思った。
澪「……梓、唯」
そう思ったのは、きっとこの二人も一緒だと思うけど。
澪「憂ちゃんに相談されたのは私だ。だから、ちょっとだけ憂ちゃんのこと、任せてくれないか?」
……二人とも、申し訳なさそうな、縋るような、そんな複雑な表情とともに頷いてくれた。
◇
――別に、何か策があったわけじゃない。
ただ、まだ自分の意見を言っていない私だからこそ出来ることがあるんじゃないかと思っただけ。
……というかそもそも私もまだ自分の意見が持てていないんだけど。
というわけで、とりあえず情報の整理がしたかった。故に憂ちゃんの部屋で憂ちゃんと二人で、ひとまず現状を把握しよう、ということに。
梓の意見のほうは簡単だ。優しく前向きな梓が、ひどい状態にあるらしい祖星(とでも言うのだろうか)をなんとかしたい。なんとか出来なくとも一目見てみたい。それだけだ。
それに対し、それら全ては地球人としての普通の生活を捨ててやるほどの価値は無い、と否定したそうなのが唯だ。キツい言い方をするなら。
もっとも梓や憂ちゃんをあんなにも溺愛している唯だから、そんなの建前で単に二人と離れたくないというだけの可能性もある。が、それは今は考えないでおく。前述の理由にどれほどの説得力があるかが今は問題だ。
そしてその理由の元は、祖星を捨ててきたご両親から聞かされた当時の様子によるものが大きいと思われる。梓も似たような感じで両親から聞かされているらしいが……
澪「……私も、憂ちゃんのご両親から当時の話を聞いてみたい。判断の材料にしたい」
憂「……わかりました。メールしてみますね」
澪「うん、ありがとう」
憂「……あの、澪さん。私を責めないんですか…?」
澪「え? なんで??」
憂「……私は、澪さんを利用したと思われても仕方ないと、今なら思えます。梓ちゃんやお姉ちゃんに隠し事をしたのも悪いことだと思ってます」
澪「……うーん、多少の隠し事くらい、してもいいと思うよ。今日の唯だって、梓と会うってことを私に隠してたわけだし。もちろん梓も私に黙って私の彼女と会おうとしてたわけだし」
憂「でも、それは――」
澪「うん、そこにはちゃんと互いを思い遣っての理由がある。憂ちゃんだってさっき言ってたじゃないか、梓の足を引っ張りたくないって。だから自分なりの結論を出そうと急いで、私を呼んだ」
憂「……たとえそれで隠し事のほうは許されても、自分の都合で澪さんを利用したことは許されません」
澪「利用? おかしいな、私は悩みを相談されてるだけなんだけど?」
憂「で、でも……」
澪「こんなもの言い方次第だよ。そして私の感じ方次第。さらにもっと言うなら、今の憂ちゃんになら利用されたって構わないって思う」
憂「………」
澪「……なんて、さっきドジして台無しにした本人が言っていいセリフじゃないか。ごめんね、うまく出来なくて」
憂「い、いえ! あの、今となってはちょっと、バレてよかったなって思える面もあるんです……私から頼んでおいて、勝手な言い分ですけど」
澪「そうなの?」
憂「はい。少なくとも、梓ちゃんに謝る機会がもらえたので、それだけでも良かったです。私の決断も待っててくれた梓ちゃんに……」
澪「………」
最終更新:2015年05月12日 21:11