見た限り、梓が謝られることを望んでいたとは思えなかったけれど。憂ちゃんも決断を急ぎたかっただけのはずだけれど。
それでもお互いに謝り合う結果になってしまった。そして、私はその結果を招いた一人なんだ。もっと二人に向き合わないといけない。


憂「……梓ちゃんは多分、お姉ちゃんにはっきりダメって言われたらすんなり引き下がったんじゃないかなって思うんです」

澪「……うん、そうかもしれないな」


私は先輩と後輩として接することが多かったから、憂ちゃんの見てきた梓とはイメージが違うかもしれない。
でも、大切な人の忠告を無視し、悩み続ける恋人をも無視して自分の望みを叶えたがるタイプではない。
きっと梓は、今日ダメと言われれば諦めたし、それ以降でも憂ちゃんが嫌と言うなら行かなかっただろう。
それを「その程度の熱意」だなんて言うつもりはない。「その程度の熱意」なら自身の退路は断たないし、憂ちゃんをここまで悩ませもしない。
自身の望みと、憂ちゃんへの気遣い。両方を前面に押し出しただけなのだと思う。


澪「……梓は、偉いな」

憂「……はい。私のことを気にかけながらも、自分の意思で、やりたいと思ったことに真っ直ぐに進んでいます。私もそうありたかった……」


……これは私の勝手な想像だから本人には言わないけど、憂ちゃんの今の状態は、やはりどちらにも動けない状態だと思う。
梓と一緒に居たいけど、この星を離れたいわけではない。つまり、どちらかを切り捨てるという前提だとどちらも選ぶことができない。
梓のやりたいことを邪魔したくはないけど、梓のやりたいこと自体にはあまり賛同できない。でも祖星を見たいという気持ちは理解しているし、自分もそういう気持ちはある。
梓の足を引っ張りたくはないけど、それでも梓のようにはなれない。かといって梓の考えを変える、なんてのも望んではいない。

……参ったな、まるで解決策が見えないぞ?


憂「……お父さんとお母さん、夕方には戻るそうです」

澪「そっか。じゃあ……そうだな、普通にだらだらと喋って待ってていいかな? 梓と唯も一緒にさ」

憂「……はい。じゃあまたリビングに行きましょうか。お茶とお菓子、用意しますね」

澪「手伝うよ」

憂「いえ、これくらいはさせてください。相談に乗ってもらってるんですから……」




――その後の4人での会話の中で、私だけが知らなかった事実がまた少し出てきた。
特に大きいのは、私が焦って告白する切っ掛けのひとつでもあった、唯が梓にべったりしてた(ように私には見えた)件について、だ。
何でも当時から平沢姉妹は梓が祖星を同じとする人じゃないかと疑っていたらしい。よって部活では唯が、教室では憂ちゃんがよく近くにいたというわけだ。


憂「なんとなく、でしたけどね、なんとなく他の子と違う感じがして」

梓「私は全然わからなかったなぁ……なんとなく、唯先輩や憂の近くは、その、安心する感じはありましたけど……」

唯「えへへ、かわいいこと言ってくれるねぇ仔猫ちゃん」

梓「む、むぅ……」


まあ見ての通り、疑っていたと言っても相手があんな出会い方をした梓なので警戒していたというわけではなく、むしろ宇宙人だとわかってもお互い地球生まれなので何も変わらず、最終的にはやはり普通に人間として仲良くなったらしい。
ちなみにその件が解決してからもずっと憂ちゃんは梓の近くにいてくれて、意識してしまった梓と意識された憂ちゃんの距離は恋愛的な意味で近づくことになり、今に至るとのこと。
密かにミステリーサークルを使った宇宙語の知識も三人で共有しており、それがたまたま今回活用できたということになる。


唯「あっ、そういえばあずにゃん、ムギちゃん家の別荘のあれは不法侵入でしょ。そんないけない子に育てた覚えはありません!」

梓「育てられてないですけどあれはちゃんと許可取ってます」

唯「あ、そうなの。ちぇっ、ごめんね」

梓「「ちぇっ」って何ですか……ちゃんと菫に――あ、えっと、ムギ先輩の家に一緒に住んでるお手伝いの家系の子に許可を取りました」

澪「うん、その子のことはムギから聞いたことあるよ。ドラムの子だよな」

梓「はい。憂と純はスミーレって呼んでますね。良い子ですよ」



唯「……あれ? ということはそのスッミーレちゃんはあずにゃんが宇宙人だってことを知ってるの?」

梓「スッミーレって何ですか……まあ、大学を辞退した時点で隠しきれませんからね、部員全員にはその時明かしました」

唯「そっか……」

梓「……はい」

憂「………」


やはり、空気は少し重かった。問題は何も解決していないんだから当然といえば当然だ。
他ならぬ私が問題を先送りにした身だから、その空気を責められるはずもない。

その後も何度か唯のおかげで明るい空気になりかけたが、やはり些細なところから当面の問題に話が戻ってきてしまったり、そうでなくても妙な沈黙が挟まれたりして、この空気を払拭することは出来なかった。
問題は先送りしたんだから今払拭してもしょうがないんだけど、それでも、居心地の悪い空気だ、と思った。



【黒を語る】


唯父「――やあ、久しぶり。唯の父です」

唯母「母です」


前に会ってから一年も経っていないから当然かもしれないが、二人の姿はあまり変わっていなかった。
今回の話は建前上は宇宙人として今まで何があったのかを聞きたい、ということになっている。梓と憂ちゃんの件は伏せたまま話を進めないといけない。気をつけよう。


澪「お邪魔してます、秋山澪です。えっと、急な話で申し訳ありません」

唯父「ううん、いいんだ。むしろ待たせてしまってすまないね、せっかく唯のことを――いや、僕達一家のことを理解してくれる人が現れたというのに」

唯母「梓ちゃんのことも、かしら?」

梓「あっ、はい。大丈夫です」


確かに、この場に梓がいるということは、私が梓も宇宙人だということまで知っている。という前提になる。
ついさっき知ったばかりなんだけど、そんなことまで言う必要はないか。


唯父「そういえば中野さんのご両親ともお話したことがあってね。いくつか交えて話すよ。もちろん、中野さんが宇宙人だというのは二人と中野さんが打ち解けてから知ったんだけど」

澪「あ、そうなんですね。よろしくお願いします」

唯父「うーん、どこから話そうか。唯から大体のことは聞いてるとは思うけど」

唯「……あの、お父さん、澪ちゃん、その前に。私達も一緒に聞いてていい?」


私達、と言う唯の隣には、もちろん憂ちゃんと梓も並んでいる。
おじさんは「僕は何も構わないけど」とだけ言い、私に視線を向けた。三人の視線も私に向かう。
とはいえ私としても、


澪「う、うん、別に不都合はないと思うし、むしろ一応一緒にいて欲しいかな」

唯「……ありがと」

唯父「……よし、じゃあ最初から全部話そうか。気になることがあったら何でも聞いてくれ、一切の隠し事はしないよ」

澪「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします」

唯父「一応、唯や中野さんからの質問も受け付けるけど?」

唯「……まあ、何かあったら、ね」

梓「そうですね、その時はお願いします」

唯父「わかった。じゃあ話そうか。ええと、そもそもの切っ掛けは――……」




――おじさんは話上手で、わかりやすく短く話をまとめてくれた。
まず、自分達の星は徹底された管理社会で、それを嫌って星を捨てる人は結構いた、ということ。


唯父「『モダン・ディストピア・ワールド』って映画を見たことはあるかい? あんな感じさ、生きる理由も目的も手段も、全てがあらかじめ定められ管理され、僕達に自由は一切無い。娯楽も無く、愛する相手も選べない」

    「しかしそのくせ、自由という言葉を知る機会はあったし、星を捨てて逃げ出すことに成功した人は割といた。半数くらいかな。移住する先は地球がいいという噂まで流れてくる始末だ」

    「管理しつつも選別するのが目的だったのかもしれないが、まあ、今となってはどうでもいいことだね。あの惑星に未練はない」


移住先に地球が選ばれていた理由は『人の外見が瓜二つだから』ということ。一時期流行ったタコみたいな異星人というのもどこかに実在するらしい。
そして平沢家が祖星を捨てた理由は『愛する相手を選びたい』というところにあり、同様に中野家のほうの理由は『娯楽という文化に憧れた』かららしい。特に私達が熱中しているような『音楽』という娯楽は斬新に映ったとのこと。
納得は出来る。目の前の夫婦はどこに行くにも一緒なラブラブ夫婦だし、梓のご両親も共にジャズ奏者だと聞いた。そのようなバックボーンがあるとすればごく自然な成り行きだ。
そして同様に、ラブラブ夫婦の娘である唯が皆に愛を振り撒き、誰からも愛される存在であることも。それでいて私との恋愛には臆病すぎるほど真剣になってくれていることも。
幼いころから音楽に触れていた梓が、その道に対して非常に真摯で一途であることも。その理由を知り、逆に祖星に持ち込みたいとまで思うほどに音楽を愛していることさえも。
全て、自然な成り行きだ。

……唯が梓を引き止める理由が、両親から聞かされた祖星の環境の話だった。なら、それを聞けば私も唯の心境が理解できるのではないか……
そう思って話を聞きたいと申し出たはずだった。
いや、実際理解は出来る。でも同時に今の話は、梓が祖星に音楽を持ち込みたいと思うほどにそれを好きな理由の裏付けでもあった。皮肉にも。
憂ちゃんや唯が梓を引き止めたい理由も、しかし強く引き止められない理由も、両方がわかってしまった。今の説明だけで充分すぎるほどに。


唯父「生憎、あの惑星の状態を写真に撮ったりは出来なかったから証明は出来ないけど。そのあたりはしっかり見張られていたからね、こう聞くと都合のいい話のようだけど」

澪「……いえ、疑うつもりはありません。ちなみにおじさんの目から見て、今は少しはマシになっている可能性とかは…?」


唯の意見の根拠も梓の意見の根拠も、どちらも痛いほど理解できた。なら、もしその根拠が全てひっくり返れば……?
当時はそうでも、今はわからない。もし今はもっと良い環境になっていれば、唯が引き止める理由もなくなる、あるいは梓が娯楽を広める必要もなくなる。どっちに転ぶかはわからないけど、前提が変われば全てひっくり返る。
……でも、逆に言えばこの程度の発想しか浮かばなかった。もしかしたら、という前提でしか意見できなかった。もしかしたら当時よりもっと酷い環境になっているかもしれないというのに。


唯父「無いと思うけどね。興味があるなら見に行ってみるかい?」

澪「え、えっ? そんな簡単に行けるんですか?」

唯父「もちろん簡単ではないよ。でも僕達や中野さんが乗ってきた宇宙船、いやUFOかな? まあどちらでもいいけど、それがちゃんと都心の奥深くに隠してあるから不可能ではないよ、という話」


ということは、梓や憂ちゃんも許可を得てそれを使う算段なのだろうか。思わぬところから仮説が出来てしまった。
でもまあ、そこは今は問題じゃない。というか、問題だったところはもう語ってもらってしまったのだけれど。


唯父「ただ、あまり望ましいことではないね。僕達は地球人として永住したいと政府に許可を得て居座っている。ありがたいことにすんなり許可は出た。そして僕達はそれに報いるため、信頼を得るためにこの星、この国で働いてきた」

   「なのにもう一度この星から出してくれ、と頼むのは、僕達夫婦を同じ職場に置いてくれたり、国外旅行の権利とかも日本人として扱うなど心優しい便宜を図ってくれてるこの国を裏切る行為に若干近いのは確かだね」


その言葉に、梓の表情がやや曇ったのを見た。
「事情を説明すればわかってくれるかもしれないけど」とおじさんの言葉が続いていたが、それを聞いても梓の表情は晴れはしなかった。
梓のことだ、自分の行動が親に迷惑をかけるかもしれないことくらいは想定済みだっただろう。親に止めろと言われれば止めただろうし、むしろ既に親に相談済みの可能性もある。
ただ、その件で平沢家までもを含む宇宙人全体が不利益を被る可能性があるとなれば、仮に親が許してくれていたとしてもなかなか割り切り難い事なんじゃないか、と思う。

もっとも、ここには若干の話の食い違いがある。おじさんの言う話はおじさんが頼んで私を連れて行く場合、の話だ。
梓や憂ちゃんが祖星を見たい、という場合はそれこそ「事情を説明すればわかってくれるかもしれない」。第二の故郷を見たいという気持ちは理解できる範囲のはずだ。
だが、梓という人間にとっては自分以外の人に迷惑をかける可能性を前にして、「かもしれない」程度の根拠では動けないのもまた事実なのだろう。



唯父「本題に戻ろうか。とは言っても、もうほとんど語ることもないかな? この星に辿り着いて、今言ったように許可を貰い、いろいろ学んだ上で僕達は普通の地球人と変わらない暮らしをしている」

    「させてもらえている、と言った方がいいかな。一方、唯達は地球で生まれたわけだから普通の地球人として扱ってもらえるように頼んである。これも許可は貰えているね」

唯「私にも忘れて生きろって言ってたもんね」

唯父「僕達としても、一応唯と憂に伝えるかは悩んだんだ。受け継いで誇りとするような事柄では絶対にないしね。いっそ一生知らないほうが幸せかもしれない、とも思った」

    「でもやっぱり、自分のことを自分が知らないっていうのは哀しいじゃないか。知ったことでこの子達が悩み苦しむとしても、哀しみよりはマシだと思ったんだ」

    「……もっとも、実際に悩む二人の姿を見て、それが独り善がりな感情だったということは思い知ったんだけどね」


独り善がりと言い切るということは、伝えたことを後悔しているのだろう。
実際、宇宙人であるということを伝えなければ中学時代に唯は悩みはしなかっただろうし、私と付き合うことになってからも私に隠し事をしている罪悪感に苛まれ続けることもなかった、と言える。
でもそれ以外にも言えることはある。私の口から言えることがひとつだけある。


澪「……独り善がりだったかどうかはわかりませんが、そうして全部を受け止めて育った今の唯のこと、私は好きですよ」

唯父「……そうか。ありがとう、秋山さん」

澪「いえ…………」


……あっ、い、今のセリフ、唯を愛してますって意味で取られたのかな!? 実際そんな関係ではあるけど、そんな意味で言ったんじゃないよ!?
っていうかもしかしたら既に私と唯の関係も知ってるかも!? 唯のご両親との対面は二回目だから私の口からは言ってないけど、唯が言ってないとも限らない――


唯「お父さんお母さん、今ので察したかもしれないけど、前に言ってた恋人っていうのは澪ちゃんのことなんだよ」


言ってなかったーーー!


唯父「なるほど、それで宇宙人について聞きに来てくれたんだね。そこまでの関係なら安心して唯を任せられるよ」

唯母「そうねー。こんな娘ですが、よろしくお願いします、澪ちゃん」

澪「えっ、いや、あの、その、こちらこそふつつかものですが……よろしくお願いします」

唯母「ええ、もちろん」


ずっと笑顔で黙って話を聞いていたおばさんだったけど、この時は三割増で笑顔だった。
何故か梓からの視線を感じる気がするけど気のせいだと思う。


唯父「……唯。せっかくだから今言っておくけど、もし子供ができた時は、宇宙人だと伝えるかは真剣に考えなさい」

唯「……うん、わかった」

澪「………」


……こんなギャグめいた展開でも、すぐに現実的な問題に持っていかれてしまう。宇宙人だということは、やはり当事者達の中で大きな問題なんだ。
唯を好きになり、事情も知った私も既に無関係ではいられない。そして今は別の問題も抱えている。梓と憂ちゃんの件も。
……それぞれが抱えている事情の裏は取れた。後は……考えるだけだ。




唯父「……さて、多分大体話し終えたと思うけど、何か質問はあるかい?」

澪「いえ……多分、特にないと思います」

唯父「そうか。いつでも何でも聞いてくれていいよ。今日でなくても、必要な時は唯に番号を聞いて電話してくれてもいいし」

唯母「あっ、そうだ、澪ちゃん今夜泊まっていったらどうかしら? 梓ちゃんも、せっかくだから」

澪「えっ、えーと……」


ど、どうしよう。そう言ってもらえるのはありがたいし、聞きたいことがまだ出てくるかもしれないから合理的ではあるんだけど、急にそう言われても決めにくい。
梓にも視線で問いかけてみるも、同じように戸惑った顔をしていた。



唯父「こら、急に言っても迷惑だろ。親御さんの許可もいるだろうし、秋山さんに至っては今日こっちに帰ってきたばかりなんだろう? ご家族だって会いたがっているはずだ」

澪「あ、いえ、親には言ってみないとわかりませんけど、私自身は迷惑だなんてことは……むしろ嬉しいです」

唯父「そうかい? 秋山さんに問題がなければ、僕としても大歓迎だけど」

唯母「梓ちゃんは?」

梓「……そうですね、じゃあ、お世話になります」


さっきは戸惑っていたのに、この短時間で決めたのか、梓は。
……いや、昔からハッキリするべきところはハッキリする子だったな、梓は。


澪「私は一度帰って、親に聞いてみていいですか? 泊まるなら着替えも持ってこないといけませんし」

唯父「わかった」

憂「……あ、あの、澪さん」

澪「……ダメって言われても、ちゃんと結論は出して伝えるよ、憂ちゃん」


……そうだ、憂ちゃんの悩みを預かった責任はある。
解決策は見えないけど、そこから逃げるつもりはない。


梓「あっ、私も着替え取りに戻ります。途中まで一緒に行きましょうか、澪先輩」

澪「え、うん、いいけど」


梓がそう言い出すことと、言ってること自体はそこまで不自然な行動ではない。……ないはずなのに面食らってしまった。
どこかで感づいていたんだろう。それだけで済むわけがない、と。



【彼女の夕暮れ あかね色】


梓「――ズルいです、澪先輩は」


やはりというか、玄関をくぐって外に出た瞬間、梓からそう言われた。


澪「な、何がだ?」

梓「……両親公認の仲なのが、です」

澪「い、いや、あれは……唯が勢いでバラしちゃっただけだし」

梓「その前に澪先輩自身も言ってるじゃないですか」

澪「あれはそんなつもりじゃなかったんだって! 自分でも言い方が悪かったって思ったよ! 本当に!」

梓「……ふふっ、わかってますよ。澪先輩は真面目だから、時々周りが見えなくなるんです。知ってます」

澪「……私は梓にこんなイジワルな一面もあるなんて知らなかったよ」

梓「憂はきっと知ってますよ。逆に私の知らない澪先輩の姿も、きっと唯先輩なら知ってるんでしょうね」

澪「……そうかな」

梓「そうですよ、きっと。人を好きになるって、きっとそういうことです」


「……私も、前まではそう思っていたよ」
唯の秘密を知る前の私なら、きっとそう返しただろう。でも知ってしまった今の私なら、そんなことは到底言えない。
唯の知らなかった面を、告白してからたくさん知った私なら。唯自身がひた隠しにしていた秘密まで知った私なら。
紆余曲折あって、ずいぶん時間もかかったけど、結局は私が唯に告白したからこその結果だ。
だからやっぱり、人を好きになるって、そういうことだと思う。


梓「……私も、澪先輩と唯先輩のカップルみたいに、両親に許しを貰いたいです」

澪「………」

梓「……でも、今の私の場合、そこが終わりじゃないんです。許しを貰って、憂と一緒にこの星を出る。そこがゴールです」

澪「……うん」

梓「そこまで全部ちゃんと伝えないといけません。憂のご両親に」

澪「うん」

梓「……到底、許してもらえそうにはないですよね」

澪「……駆け落ちするとかは、考えないんだな」

梓「当たり前です。誰かを不安や不幸にさせる選択なんて、私も憂も望みません」

澪「うん、梓はそういう子だ。それは知ってた」

梓「……それは、どうも、です」


「でも梓がこの星を出れば、悲しむ人がいるんだよ」
そんな言葉は飲み込んだ。
そんな言葉は承知している梓だからこそ唯に許可を貰いに来たんだし、今もこうしてご両親に全て隠さず伝えようとしている。そして誰か一人にでも反対されたら自らの意見を引っ込めるだろう。
しかし。
そんな言葉を承知している梓のことを、きっと私達は誰一人として止められないんだ。誰かを悲しませたくない梓を、私達は悲しませたくないから。
……それこそ、憂ちゃんの両親が、親として、あるいは大人として止めない限りは、誰一人として。


……いや、正確には、もう一人だけいた。


梓「……行くの、やめようかとも思うんです。そうすれば憂は悩まずに済むし、ご両親もきっと認めてくれます」

澪「………」

梓「……でも、それは自分勝手の極みですよね。憂を含む周囲の皆をこれだけ振り回した挙句、やっぱりやめる、なんていうのは」

澪「……でも、さっきのおじさんの話にもあったように、梓が地球を出ることで地球在住の宇宙人が信頼を損なう可能性もあるんだ。それを考えたら、ここで引き下がるのもひとつの冷静な判断だと思う」

梓「……澪先輩は、私を引き止めますか?」

澪「っ……」


頷けなかった。
引き止めることは、出来ない。
おそらく私自身は引き止めたい側だ。でも強制なんて出来やしない。梓の意思を否定なんて出来やしない。
結局、唯と同じ側にいるということになる。いや、唯より下の場所にいる。「寂しい」と気持ちを口にした唯に対し、私はせいぜい理屈を並べ立てただけだ。聞き齧ったに過ぎない理屈を。
こんなことでは憂ちゃんに何も答えられない。こんな私の気持ちを憂ちゃんに強いることなんて絶対に出来やしない。
私には……何も出来ない。


梓「……自分の意見を貫いて誰かを悲しませるか、私自身が諦めるか。その二択しかないんですよね、今となっては。たぶん澪先輩達もだと思いますけど」

澪「……そうかもな」

梓「私がワガママ言ったせいですよね、全ては」

澪「……ワガママじゃないよ。誰かを助けたいって気持ちは、何よりも尊いものだから」

梓「ありがとうございます。でも、その気持ちが皆を悩ませているんですから、やっぱりワガママなんですよ。私の好きなもので誰かが幸せになってくれれば……って思ったんですけどね」

澪「………」

梓「それに、憂を巻き込んだのは間違いなく私のワガママです。実際は憂が自ら名乗り出てくれたんだとしても、そうなること自体がわかっていたんですから、私には。私が憂の立場でもそうしますから」


何か言い返したかった。でも言い返せなかった。
梓は不意に歩を早め、私の手が届かないくらいに離れたところで振り返る。


梓「だから、やっぱり行くのやめます」


その顔は、曇り無き笑顔だった。


梓「澪先輩達をこんなに悩ませてるんだから、私もワガママばかり言ってられません」

澪「ぇ……っ、あ、梓、違うよそれは、そうじゃない。それはダメだよ」


梓「そうですね、今更取り止めたって、失ったものは戻ってきません。憂は、もう第一志望の大学には行けません。私のワガママのせいで」

  「あー、そう考えると既に憂の恋人失格なのかもしれませんね私。あはは……まあ、どうにかして償っていきますよ、一生かけてでも」

澪「っ、あ、梓っ、待って!」


走り、手を伸ばし、梓を捕まえる。
避けられたらどうしようかとも思ったが、そんなことはされなかった。


梓「……澪先輩。私、ずっと間違ってたみたいですね」

澪「梓……違うよ、だって、みんな、誰も梓の意思を否定なんてしてないだろ…!」


梓のやりたいことは、とても尊いものだと私は思う……けど、そんなの関係なく、梓のやりたいことだというなら何だろうと私達はきっと否定しない。悪いこと、間違ったことでない限りは。


澪「………ぁ」


……いや、違う。

違う気がする。

だって、私達は、梓の意志を否定こそしなかったものの、応援もしなかったじゃないか。


梓「……誰にも、憂にさえも、結局一度も全てを肯定してもらえませんでした。だから、間違ってたんですよ、私は」


そうだ。
否定しないというだけで、肯定もしなかった。
結論を出せず、悩んでいた。だから仕方ない? 違う、そういう問題じゃない。
どちらの言い分も理がある。だから仕方ない? 違う、そうじゃなかったんだ。
「気持ちはわかる」とか言いながら、結局は梓を一人で戦わせていたんだ、私は。
理解してくれる人はたくさんいても、あの場で梓の意見を肯定していたのは梓一人だったんだ。

きっと、同じように唯も。
「寂しい」と気持ちを口にしたのは、あの場で唯だけなんだから。

どちらも否定できないから、どちらにも立たない。
結果だけ見れば、その行動はどちらの背も押していない。それどころか、どちらからも距離をとっているようにさえ…!

さっきから、梓の満面の笑みが、とても寂しそうなものに見えてしょうがない。
唯は今日はどんな顔で笑っていただろうか。どうしても思い出せない。


澪「………偽善者か、私はっ……!」


悔しかった。
情けなかった。
だから、きっとまた私は怒りながら泣いていた。


梓「み、澪先輩…?」

澪「ごめん……ごめんね、梓……」

梓「い、いいんですって、私が決めたことです、澪先輩には何も責任は――」

澪「そうじゃないっ……辛い思いをさせてごめん、って……」

梓「そ、そんなことは……」

澪「……それと……やっぱり、諦めちゃダメだ、と思う、から」

梓「えっ……?」

澪「尊いって、言ったから。私は、梓の言い分を応援しないと、いけないっ」

梓「で、でも……」

澪「もちろん、唯の言い分もわかるから。だから、そのままは応援できない、けど、梓が諦めるのは、やっぱり違うっ…!」


どちらの言い分もわかるし、尊重したい。言ってる事自体はさっきまでと何も変わらない。
けど、違う。今の私は違う。とにかく行動したくてたまらない。
情けない自分は、もう嫌だ。
ダメでも構わない。ダメで元々。ダメなら誰かが止めてくれるよ。だから進もう。
何もしない自分も、何も出来ない自分も、もう嫌だから。


澪「梓、結論を出すのは、もう少しだけ待って。それと、やっぱり私は今日は泊まれないっておじさんとおばさんに伝えておいて。すいませんって」

梓「は、はい……」

澪「……じゃあ、また明日」



【白夜】


――梓と別れてから、私は奔走した。
といっても、文字通りに走ったのは家への帰路だけ。
息を荒げて帰宅した私を見てパパとママは驚いていたけれど、切羽詰っていることを真相は伏せてどうにか伝えたら納得してくれた。

それから、まずは憂ちゃんに連絡した。
「やることが決まったから、協力してほしい」と。
元々私に流されることを選んだ憂ちゃんだったけど、さっきの出来事と私のこれからの考えを聞いたら一も二もなく同意してくれた。

それから私は、携帯電話とパソコンと自分の頭を駆使し、下準備に奔走した。
そしてやるべきことを全て終え、最後に唯に電話をかけた。泊まれなかったことを謝ろうと思った。


唯『……もしもし、みおちゃん?』

澪「あ、唯。えっと、もう寝るところ?」

唯『うん。みおちゃんが来てくれないからギー太と不倫するもんねー』

澪「……ごめん、行けなくて」

唯『じょーだんだってば。憂から聞いたよ、頑張ってくれてるって。あとあずにゃんがすごく申し訳なさそうにしてた』

澪「……梓は何か言ってた?」

唯『んーん、何も。何かあったのかなぁとは思ったけど』

澪「……明日言うよ。待ってて」

唯『……うん、わかった』

澪「……ごめん、隠し事みたいになって」

唯『うん』

澪「でも、梓と唯の意見の間にいる私だから、今はどっちかにだけ言うってことは出来ないんだ、ごめん……」


後ろめたさはやっぱりある。唯を不快にさせてしまうんじゃないかという怖さもある。でも梓にも明かしていない以上、やっぱりここは譲れなかった。
そんな私に、今までとはうって変わってトーンの低い唯の声が襲い掛かった。


唯『……ねぇ澪ちゃん。澪ちゃんはまだ、私のこと好きだよね?』

澪「あ、当たり前だろ! なんでそんな――って、あ、そっか」

唯『えへへ。澪ちゃんみたいに言ってみたくて。大丈夫だよ澪ちゃん、信じてるから』

澪「あ、ありがとう……」


自分のセリフをそのまま返されるというのは、とても恥ずかしいものでした。



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最終更新:2015年05月12日 21:11