和「そういえば、みんなはお昼は食べてきたの?」

澪「うん。今日はしばらく唯と和とご両親の邪魔はしないって予定だったから」

父「邪魔ではないけどね。でもありがとう、みんな」

母「梓ちゃんもね」

梓「あ、いえ、大丈夫です。それよりおばさん達のお昼ご飯は……」

父「うん、昨日言った通り、今日は外に出てくるよ。だからしばらく唯をよろしくね、梓ちゃん」

梓「は、はい、お任せください!」

唯「いつの間にそんな打ち合わせを……。いつごろ帰ってくるの?」

母「夕方には戻るわよ。たまには若い子だけで水入らずの話をしなさいな。和ちゃんもいることだし」

和「お気遣いすいません、おばさん」

父「でも、もし唯の身に何か起きたら呼んでくれると助かるな」

梓「それはもう当然です! 私がちゃんとずっとそばにいますから!」

父「そうだね、今更だったかな。じゃあ行ってくるよ」


それだけ言って、お父さんとお母さんは病室を出た。皆も頭を下げていた。
二人の気遣いは私にも伝わってきたから何も不安はない。ううん、二人の気遣いもだけど、梓ちゃんのまっすぐな気持ちも、だ。

あの日梓ちゃんは「そばにいる」って言ってくれた。実際、私が目覚めるまでもずっとそばにいてくれたらしい。
でも今朝はちゃんと和ちゃんに譲った。私の為を思って自分は身を引いた。そして今また「そばにいる」と言ってくれた。
……この子はなんて優しいんだろう。


唯「梓ちゃん梓ちゃん」

梓「はい?」


手招きすると、ちょこちょこと歩いてきてくれる。
……かわいい。


唯「隣、座らない?」ポンポン

梓「えっ……あ、はい、じゃあ失礼します……よいしょ」

紬「うふふっ、微笑ましい」

梓「む、ムギ先輩、もぅ……」

唯「………」


こうして肩を並べてみると、やっぱり梓ちゃんは小さい。
……こうも小さいと抱きしめたくなる衝動に駆られるけど、記憶がない以上は失礼かもしれないので今のままで我慢しよう。


紬「唯ちゃん、抱き締めてもいいのよ!」

唯「えっ、良かったの!?」

梓「ちょっ、ムギ先輩!!」


まるで心を読んだかのようなタイミングで紬さんが言ってくれた。
でも、梓ちゃんの反応を見た感じだと良いのか悪いのか……よくわからない。


梓「あ、いえ、あのですね唯先輩、ダメとは言いませんが、っていうかこの前は私から抱きついてしまいましたしダメなんて到底言えませんが、っていうかもしかしたらそれで記憶が戻ったりするかもしれないしダメって事はないんですけど、決して嫌ではないんですけど、えっと――」

唯「――い、いいよいいよ、なんかタイミング悪いもんね、うん」

梓「そ、そうですタイミングです! 別に嫌ではないんですけど、タイミングがね!」

紬「そう? 残念……」


……紬さんはしょんぼりしていたけど、私は少し嬉しかった。
ふと沸いてきた抱きしめたいという衝動が、梓ちゃんに一応拒まれなかったということが。
この衝動はきっと『平沢 唯』のものだから。それが私の中にあった事も嬉しいし、紬さんも梓ちゃんもその衝動を否定しなかったのも嬉しかった。
衝動のままに抱きつけなかった私はやっぱりまだ『平沢 唯』ではないのだろうけど、それでもまたひとつ光が見えた。


澪「……そういえば和、なんで急に昼食の話を?」

和「唯に何かあげようと思って持ってきたんだけど、勝手に食べ物あげちゃダメって言われて」

律「私も昨日澪に怒られたよ」

和「唯のためにもなると思ったんだけどね。というわけで律、これあげるわ」

律「こ、これは…!」

澪「……頭脳パン?」

律「これを唯のためにって……今から頭良くなってどうするんだよ!しかもこれ食べるだけで頭が良くなるわけじゃねーよ!そしてこれを私にくれるってつまりそういうことかー!!!」

澪「お、落ち着け律!」




澪「――と、ところで和、私達が来るまで唯とどんな事を話してたんだ?」

和「そうねぇ……昔話ばかりだったわね」

紬「幼馴染だから話題には事欠かなそうね?」

和「ええ。ただ、それでも唯の記憶が戻る、とまでは行かなかったけど」

唯「なんとなく懐かしいような感じはしたんだけど……ごめんね、和ちゃん……」


懐かしい感じがしたということ自体は、私にとっては嬉しい事だった。
ただ問題は、和ちゃんの話のせいぜい半分くらいでしかその懐かしさを感じられなかったということ。
和ちゃんは私との思い出を語ってくれてるのに、その半分くらいには私は何も感じなかったんだ。
それがどうしても申し訳なくて、皆に希望を持たせるような言い方なんて到底出来なかった。
……もちろん、この懐かしさを記憶という形で取り戻したい想いは強まったんだけどね。


和「まあいいのよ別に。一気に記憶が戻っても混乱しそうだしね、唯の事だから」

律「そうだなぁ、唯は頭は良くなかったからなー」

澪「お前が言うな」


なるほど、やっぱり私はお馬鹿キャラだったらしい。ついでに律さんも。
まあ以前もそんな感じの話をしていたし、別に自分がお馬鹿キャラなことに不満はない。ないんだけど、


唯「でも、いろいろ忘れてる今なら逆になんでも詰め込めるかも?」


……なんてことを思いついてしまった。
ただ、この思いつきは胸の内だけに留めておくべきだった。口に出すべきじゃなかった。
口に出した事によって、こんなにも気まずい沈黙が訪れるのなら。


唯「……た、試しに何かやってみようかなぁー? なーんて」

和「……問題集ならあるわよ」

唯「あるの!?」

和「まあ一応、ね。問題を見て何か思い出すかもしれないと思って。はい」

唯「あ、ありがと。うーんと……」


『高校三年生の数学』と書かれた問題集に目を落とす。
話を聞いた限りだと私は高校三年生で、今の季節は春。体感でもせいぜい初夏。
というわけだから、この問題集の後ろのほうの問題は絶対解けない、はず。前から順に解いていこう。解ければ。


和「………」

紬「………」

梓「………」

律「……唯が問題集と真面目に向き合ってるのは不思議な光景だな」

澪「茶化すな。唯は真剣なんだから」


そうです秋山澪さん、私は真剣なのです。
だって……もう少しで解けそうだから!


唯「わかった!これだ! ……どう?」

和「あら、正解だわ。よく解けたわね」

律「マジで!? 私には問題文が何語なのかすらわからなかったぞ!」

澪「いや問題文自体は日本語だろ」

律「いや、しかし、唯が解けるのか、これ……マジか……」

和「……まあ、唯はやれば出来る子だから」

澪「律だってマジメにやれば良い点取れるんだから、気持ちはわかるだろ?」

律「……むぅ……」

唯「……あの、私、解けたの結構嬉しかったんだけど……お馬鹿キャラとしては解けない方が良かったのかな?」

紬「ま、まぁまぁまぁ。気にしないで唯ちゃん。唯ちゃんが真剣に向き合ってくれたのは嬉しいから」

唯「そう? ならいいのかな……ありがと、紬さん」

紬「うん、どういたしまして」


問題は解けた。でも記憶は戻らなかった。そんな私にこうして紬さんが笑顔を向けてくれるのは、「焦らなくていい」という言葉の裏付けなんだろう。
本当にありがたい事だと思う。絶対その気持ちに応えるからね。待ってて。

ひとまず、三年生の問題が解けたって事は私は確かに三年生だって事だよね。自信だけはついたかも。
……問題の解き方をひらめいた時みたいに、記憶もポロッと戻ってくれないかなぁ。


唯「それにしても、律さんにとってはそんなにショックなのかな……ね、梓ちゃん?」

梓「……あ、すいません、聞いてませんでした」

唯「と、隣にいたのに……?」


……梓ちゃんも内心、律さんと同じ反応してたのかな……




唯「ね、ね、他には何かないの?」

和「記憶の切っ掛けになりそうなもの?」

唯「うん!」


問題が解けて自信だけはついたから、こっちから尋ねてみる。
……ちょっと図々しかったかな?と思ったけど、皆は笑顔で応えてくれた。


律「お? やる気だな唯! そんなお前にピッタリのものがある! これだ!」


そう言って律さんが何かを取り出した……のではなく、私の隣の梓ちゃんに何かを指示した。
それを受けて梓ちゃんが立ち上がる。


梓「すいません唯先輩、少し待っててくださいね」


言って、梓ちゃんは部屋を出て行った。
そして僅かな時間の後に戻ってきた時、その手には大きな黒いケースを持っていた。
そのケースの形は……


唯「もしかして……」

梓「はい、唯先輩のギターです。どうぞ」

唯「……かわいい」


チャックを開け、取り出された私のものらしきギターを見ての第一声がそれだった。
別に、ギターにかわいい絵が描いてあるとか装飾が施してあるとかそういうわけではないけど、かわいいって思ったんだ。
ギターにかわいいってどういうことだ、とツッコミ入れられるかと思ったけど、意外にも皆は微笑んでいた。


梓「唯先輩らしいです」

唯「そ、そう? 良かった」

律「へへっ、ここで装備していくかい? お嬢ちゃん」

澪「誰だよ……」

紬「でもそうね、唯ちゃん、持って見せてほしいな」

唯「うん、わかった。えーっと」

梓「こうですよ、先輩」


さすがにギターの持ち方くらいはなんとなくわかるけど、せっかくだから梓ちゃんに手取り足取り教えてもらおう。
……あっ、梓ちゃんの手、ちっちゃくて可愛い。


唯「じゃーん、どう?」

紬「ふふっ、似合ってる似合ってる」

唯「えへへー。ところでこれ、どこから持ってきたの?」

梓「唯先輩の家からですよ?」

唯「あ、そうじゃなくってね」

梓「あっ、はい、ええと、まずおじさんに唯先輩の家から持ってきてもらって、さっきまでナースステーションで預かってもらってたんです」

澪「私と梓も学校帰りの時は預かってもらってるんだ」

唯「なるほど……」


えっと、担当楽器は私と梓ちゃんがギターで、澪さんがベース、紬さんがキーボードで律さんがドラム、だったっけ。
つまり持ち運びやすいギターとベースは毎日持ち歩いているんだろう。きっと記憶のあった頃の私も同じように、ギター……ギー太、を。
それにしても、皆はいつでも話し合う時間はあっただろうけど、お父さんまで一枚噛んでたなんて、いつの間に。あ、もしかして昨日梓ちゃんと帰った時かな?


澪「どうだ唯、せっかくだから何か弾いてみるか?」

唯「いいの? 弾いてみたい!」

澪「じゃあ……ふわふわでいいかな。はい」

唯「ふわふわ?」


何がふわふわしてるんだろ、と思いながら手渡された楽譜を見たら曲名がふわふわしてた。


唯「………」

律「澪のセンスです」

梓「です」


よく見ると歌詞もふわふわしてた。
でも、なんだろう、今までと同じように、どことなく懐かしい感じはちゃんとする。
それに……


澪「……へ、変かな?」

唯「個性的だとは思うけど……私はこういうの好きだったような気がする。なんとなく」

澪「そ、そうか? 良かった……」

律「……演奏してみるか?」

唯「うん。えっと、楽譜ってどう読むの?」

梓「えっとですね――」


一応聞いてはみたけど、一目見てなんとなく予想がついていた。
予想が当たっていることを確認してから、フレットに指を乗せる。
そして、右手のピックで弦を――

―――

――


和「――唯、唯ってば!」

唯「あっ……和ちゃん。ごめん、集中してた……」

和「でしょうね。もう三回目よ、この曲」

唯「……えへへ、楽しくって、つい」

和「……で、どう? 何か思い出した?」

唯「……それは………」


ギターを弾くのは楽しかった。記憶のあった頃の私もすっごく楽しんで演奏してたんだと思う。
でも……思い出せた事は無かった。


唯「なんとなく、この曲に懐かしさを感じはしたけど……」


懐かしさを感じた。演奏していて楽しさも感じた。それに、楽譜の読み方も予想がついたし演奏中も指がよく動いた。
これらの事から、記憶を失う前の私がギターを弾いていた、という確信が持てた。
けど……確信は、記憶じゃない。記憶はまだ私の中にはない。
……見渡してみると、どことなく皆の表情も曇っているような気がした。


唯「……ごめんね、ずっとこればかり言ってるね、私。これしか言えてないんだね……」

紬「だ、大丈夫よ唯ちゃん! 大丈夫だから。ね?」

澪「……そうだよ。何回か弾いてるうちに思い出すかもしれないし」

唯「でも……これだけ夢中になったのに何も思い出せなかったのは……さすがにちょっと……」


そこは皆も同じ気持ちだったんだろうと思う。今まで見た中で一番残念そうな顔をしてるから。
私の事を気遣ってか、見るからに残念そう、というわけではないけれど。それでも悲しそうな感じは伝わってくる。
今回のは私でも結構落ち込む結果なんだから、期待している皆はもっと落ち込んでもおかしくないと思う。もっと表情に出してもいいとさえ思う。いや、私を責めてもいいとさえ。
焦らなくていい、と言ってくれた皆の気持ちを疑うつもりはないけど、それでも今回ばかりは私としても申し訳が立たなくて……


梓「……大丈夫ですよ、唯先輩」

唯「……梓ちゃん?」

梓「みんな、唯先輩が上手くて驚いてるだけですから」

唯「……へ?」

梓「唯先輩は本番以外はあんまり上手くない人でしたから、驚いてるんです。ね、先輩方?」

紬「へっ!? えっ、えっと……」

澪「う、うーん……まあ……」

律「まあ……そうとも言えなくもないような……あるような……」

梓「……ね? 思い出せない事を責めてるわけじゃないですから」


……そう言う梓ちゃんだって、さっきは表情を曇らせていた。私はしっかり見た。
でも今は誰よりも早く立ち直って私を励ましてくれている。
梓ちゃんの言っている事が本当かはわからない。っていうか多分その場限りの出まかせだと思う。あ、私が下手だったのは本当かもしれないけど。
ともかく、梓ちゃんが気を遣ってくれて、皆がそれに乗ってくれたんだ。私だけが落ち込んでいるわけにはいかない。


唯「……ごめん、ありがと、梓ちゃん。まだ何も思い出せてないけど、私、頑張るから」

梓「……いいえ、唯先輩、あなたは一つだけ思い出したはずです」

唯「えっ…?」

梓「演奏するのは楽しい、ってことを。今はそれでいいと思います」

唯「……梓ちゃん…!」

和「偉いわね、梓ちゃんは」

澪「……うん、すごいよ」


律さんと紬さんも、その言葉に頷いていた。




しばらくして今日もさわ子先生が来てくれた。そのまたしばらく後にお父さん達が帰ってきたことで、交代のような感じで皆は魔物探しへと向かった。
さっきは皆の表情を曇らせてしまったし、その後も何の進展もなかったけど、出て行く時の皆の顔はいつも通りに見えた。
梓ちゃんのフォローのおかげか、それとも『魔物』という脅威がそうさせているのか……
……魔物の事も当然気になるけど、今日の一連の出来事を経て、やっぱり記憶の方を優先しないといけないって思い知ったから今は何も聞かないでおこう。


母「梓ちゃんは、今日も残ってくれたのね」

梓「はい。……もしかしてお邪魔でしたか?」

母「もう、私達が梓ちゃんにそんなこと思うわけないでしょ?」

父「そうそう」

梓「す、すいません……ありがとうございます」

母「ふふっ。でも、行きたくなった時は私達に構わずちゃんと行ってね?」

父「もちろん、ちゃんと気をつけて、だけど」

梓「ありがとうございます。でも、きっと私は行かないほうがいいと思います……」

母「そう? なんで?」

梓「……感情的になってしまいそうですから。どんな行動を取るか、自分でも想像できません。先輩方に迷惑をかけます、きっと」

父「後輩だし、それでもいいと思うけどね」


私もそう思う。
後輩にいくら迷惑をかけられても、先輩はきっと後輩を全力で守る。先輩はそれを苦に思わない。先輩はそんな後輩の事が大好きだから。
覚えてないけど、それでも先輩後輩の関係ってきっとそういうものだと思う。


梓「……先輩達だって、いっぱいいっぱいなはずです。私が甘えるわけにはいきません」

唯「私には甘えていいんだよ、梓ちゃん?」

梓「……そういうのは記憶が戻ってからにしてください」

唯「手厳しい! その通りだけど!」


今の私は「他人の心配より自分の心配」と言われて当然の立場だし、仕方ない。
でも、今の私でも何か梓ちゃんにしてあげられる事はないんだろうか。だいぶ心配してくれたと聞いてるし、いつもそばにいてくれるし、そういう事を考えたくなるのは必然だと思う。
もちろん記憶を戻すのが最優先だし、梓ちゃん意外の皆にも何かしてあげたい気持ちはあるけど。


梓「大丈夫です。ここに残るのは私自身の意思でもありますし、唯先輩の事、頼まれてもいますし」

唯「実際助かってるから何も言えない……」

父「僕らも助かってるから何も言えない」

母「そうねぇ」


頼りがいのある先輩になりたいなぁ。
……入院中、ギターの練習をみっちりやろうかなぁ。


唯「そういえば、私のギター……ギー太を持ってきたのはお父さん?」

父「そうだよ。どうだった?」

唯「思い出せたわけじゃないけど……楽しかった!」

父「……成功なのか失敗なのかわからないな。これ、僕のアイデアだったんだが」

母「まあ、あなたが言わなくてもあの子達なら思いついてたと思うけど」

父「うっ」

梓「ま、まあまあ。唯先輩が笑ってくれたんですから、成功ですよ」

母「……それもそうね。娘の笑顔を喜ばない親はいないものね」

父「そうだね……」


どことなく遠い目で微笑んでくれる二人。
記憶が戻った時には、もっともっと笑ってくれるよね。


唯「ねえ、もうちょっとギター触ってていいかな?」

父「まだ大丈夫じゃないかな。そんなに大きな音ではないとはいえ、夜はやめておいたほうがいいと思うけど」

唯「うん、ありがと」


それからしばらく、澪さんが置いていってくれた『ふわふわ時間』の楽譜を見ながら、手と指を動かした。
……やっぱり、楽しい。


唯「……ふう。ね、梓ちゃんもギターなんだよね? どう? 楽しい?」

梓「はい、もちろんです」

唯「そっか、よかった。なんだか嬉しいよ」

梓「……唯先輩。みんなで合わせると、もっと楽しいですよ」

唯「楽しそうだねえ。あっ、学校がある日なら梓ちゃん達も楽器持ち歩いてるんだよね?」

梓「私と澪先輩は持ってますが……ムギ先輩と律先輩が仲間はずれになります」

唯「あ、そうだった。それは悪い気がするね……」

梓「でしょう。……早く退院できるといいですね」

唯「そうだねえ。……あれ? 私どうなれば退院できるんだっけ?」


初日もチラッと考えた気がするけど、もう一度情報を整理してみよう。
えっと、確かお医者さんの話だと身体にはどこも異常は無くて、記憶だけが無い。
そんな前例の無い事態だから慎重に慎重を重ねた治療をしながら、経過観察をしていく……みたいな話だったはず。
ということは……


唯「……やっぱり記憶が戻らないと退院できないのかな?」

梓「う、う~ん……でも病院から出て、街並みとかを見る事で何か思い出すかもしれませんし……」

唯「う~ん……」

梓「個人的には、魔物が退治されるまではここにいてほしいですけど」

唯「じゃあ、退治された後は?」

梓「………」

唯「………」

父「………」

母「………」

梓「……今度、聞いときますね」

唯「うん、ごめんね……」




今日も梓ちゃんが遅めの時間まで残ってくれたので、帰りはお父さんが送ると言い、病室にはまた私とお母さんの二人だけとなった。
何を話そうか考えていると、不意にお母さんが口を開いた。


母「……唯、今朝はごめんね?」

唯「今朝…? あ、うん、いいよ、気にしてないよ」


一瞬何の事かわからなかった。
それくらい今日はいろんな事があったとも言えるし、そのおかげで今朝の事も今となっては大した事じゃなくなった、とも言える。



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最終更新:2015年09月23日 21:33