「ようこそ澪ちゃん、恋の願いを叶える夢の世界へ!」
急にそんな事を言われた私は、しばらく呆けていたと思う。
呆けても仕方ないと思う。だって急だったんだから。
いや、いやいや、落ち着け。落ち着け私。まずは状況を把握しよう。
周囲を見渡してみる。見慣れた風景だ。いつもの部室。桜高の音楽準備室だ。・・・パッと見は。
よくよく見てみると色々おかしい。真っ先に目に付いたのは入り口の側に律のドラムが無い事。そしてその隣にあるはずのムギのキーボードも無い。
そのまま時計回りに視線を動かし、窓の外に目をやればいつもの景色は見えず、何故か闇夜の中に見渡す限りの草原が広がっている。
ソファはその上に一人の女の子を乗せてはいるが相変わらず部屋の中央あたりに鎮座してて、奥に机と椅子も4人分ちゃんとある。オルガンや食器棚もある。この辺りはいつも通りか。
ホワイトボードにも変なところは見当たらず、側には私のベースと唯のギターが立てかけてある。
・・・あっ、違う、ホワイトボードに何か変な事が書いてあった。『目指せ武道館!』じゃなくて、これは・・・
澪「『目指せ恋愛成就!』!? なんだこれ!?」
?「だからさっきも言ったじゃん、恋の願いを叶える夢だって」
ソファに座ったままの女の子が、入り口から数歩歩いた所に立つ私に言う。結構近い距離で向き合う形だ。
その女の子は・・・唯の顔をしている。
平沢唯の顔を。でも、私の知る唯とは違う点もある。
黒いのだ。
具体的には髪の色が黒い。たぶん、私と同じくらい黒い。
髪型自体は変わっておらず、似合ってない事はないが見慣れた私からすれば違和感がある。
まあ、見慣れたと言ってもまだ出会ってから半年程度しか経ってないわけだけど。それでも違和感は確かにある。
さて、これらの状況から考えるに、結論はひとつだ。
澪「そうか、これは夢か」
唯?「だからさっきから夢だって言ってるじゃん・・・私の話聞いてないの?」
あっ、この唯性格も黒いかもしれない。
結構当たりがキツいこの黒い唯の事を、私は心の中で黒唯と呼ぶ事にした。
黒唯「というわけで、私との恋愛成就目指して頑張ろうね、澪ちゃん」
澪「私と、って・・・ちょっと待って、質問していいか?」
黒唯「いいよー」
目の前で笑顔を見せる、唯のようで唯ではなさそうな黒唯に対し、聞きたい事はいくつもある。
ここはどこ? お前は誰だ? 恋愛成就って何の事だ? などなど。
いくつもあるからこそ、まず何から聞くかが大切だ。幸いにも、目の前にある笑顔のおかげで頭は冷えている。わからない事だらけなのにも関わらず。
澪「・・・ええと、この夢は、唯が・・・いや、『あなた』が私に見せている、ということ?」
黒唯「おおっ、優等生な質問だねぇ。よくできましたー」
澪「・・・」
黒唯「話の取っ掛かりとしても満点だし、それでいて真理を突いてるからね。本当にいい質問の仕方だと思うよ。そしてその質問に対する答えはイエスです」
黒い唯の姿をした、唯じゃない『あなた』。
唯を演じているだけの人格、あるいは意識が存在すると踏んで尋ねたのだが、正解だったようだ。
私が自分勝手に見ている夢にしては明瞭すぎるし、明瞭すぎる割にはわからない事だらけすぎる。なら、誰かの意思が介在していると考えないと説明がつかない。
もっとも、頭の中に誰かの意思が入ってきているだなんて考えるだけで恐ろしい事のはずだ。でもその相手が唯の姿をしているからか、そこまで恐怖はない。
まあ、今はまだ半信半疑なだけかもしれないけど。というわけで、もっと質問を重ねていこう。
澪「じゃあ、もう一ついいかな」
黒唯「ん? いいけど・・・このまま私が話を進めてもいいんだよ?」
澪「話を進めるなら尚更だよ。ややこしくなりそうだから、唯と『あなた』は区別して喋って欲しいんだけど・・・それは出来る?」
きょとん、と。目を丸くして、鳩が豆鉄砲を食らった顔をして、黒唯は黙り込んだ。
別に鳩に豆鉄砲をぶつけた経験は無いんだけどね。それはそれ。
しばらくそうしていた黒唯だったが、次には私に訝しむような視線を向けて、言った。
黒唯「・・・澪ちゃん、冷静すぎない? 怖いんだけど」
澪「怖いって何だよ・・・怖がりは私の専売特許なんだけど」
黒唯「だから私も怖いんだよ。それとも・・・澪ちゃんは私のこと、好きじゃないの?」
澪「ふぇあっ!?」
黒唯「ふふふー、知ってるよ? 私は唯であり、私でもあるけど、澪ちゃんでもあるんだからね」
澪「そ、それってどうい、う、いや、私は唯のことをそんな風には別に!」
黒唯「落ち着いて落ち着いて。大丈夫、こわくないこわくない。ね?」
別に怖がっていたわけではないけれど、まあ、唯に大丈夫と言われたんだ、落ち着かないわけにはいかない。
深呼吸深呼吸。ここは夢の中らしいけど深呼吸。ふう。
・・・さて、ええと、何だったっけ。ああそうだ、私が唯のことを、す、好きだとか、あと目の前の黒唯は私でもあるとか・・・?
そんな事急に言われても思考が追いつかないけど、考えるだけ考えてみようか。ええっと・・・
黒唯「・・・私から全部説明しようか? 希望通り、『唯』じゃなくて、『私』から」
澪「えっ、いいのか?」
黒唯「基本的にはしないけど、別にダメと言われてる訳でもないからね」
澪「・・・じゃあ、お願い」
私の希望が通った形になるんだ、断る理由はなかった。
実際は黒唯の状態で説明してもらっても大筋は同じになるんだろうし、落ち着いて考えればある程度なら私自身でも答えを導き出せるかもしれないけど。
それでも、黒唯ではなく『中の子』――あえて呼ぶなら『彼女』か――に語ってもらった方がきっと理解しやすいんじゃないか。そう思う。
ついでに今のやり取りからも、彼女に指示を出している、あるいはルールのようなものを教えた存在がいる可能性が見えてくるけれど、それは今はいいか。
「・・・こほん」
咳払いと共に、彼女の纏う『黒唯』は消え去った。
姿形が変わったわけじゃない。それでも私はもう彼女を唯とは――黒唯とさえも――呼べなかった。それほどまでに彼女は無表情・・・いや、無そのものになった。上手く言えないけど。
じゃあ何と呼べばいいのか、と考えるも、やっぱり『彼女』と呼ぶのが関の山だ。
初対面なのだから当然といえば当然なんだけど、同時に私は彼女の名前を呼べる時が来ないような気もしていた。
彼女を彼女としか呼べないような気がしていた。どうしてか、それも当然の事のように思えたんだ。
彼女「最初に申し上げた通り、この夢は私が貴女に見せている夢です。貴女の夢という舞台を借り、演目だけ私が決めている状態ですね」
澪「け、敬語なんだな」
彼女「はい、その方が個性が出難いので。私は私ではありますが、ひとつの集合意識でもあります。そして演者でなくてはならない。個としての個性は持つべきではないのです」
澪「集合意識・・・?」
彼女「一つの共通目的の為にのみ存在する、とお考えください。その目的の為に誰かを演じている個体が、私以外にも存在するのです」
澪「・・・その共通目的というのは、やっぱり・・・」
彼女「はい、恋愛成就です。主に同性間での縁結びを取り扱っております」
澪「なるほど・・・」
納得するほどの素材は揃っていないけど、理解はした。
理解すると同時に、彼女の存在がどういうものか、わかりやすいイメージが頭の中に描き出される。
恋愛を成就させるために存在し、個人に個性が無いため区別はつかず、そしておそらく上からの指示で動いている。
それはまるで・・・
彼女「我々は人の幸せを願う者。説話における恋のキューピッドのようなものとお考えください」
うん、まさにその通りだ。ハートの矢を持ち、射る事で縁を結ぶ天使。
でもキューピッド自体も本来は愛の神であるはずなのに、私の中にある『カミサマの命令で縁結びを行う、言わば実行部隊の天使』みたいなイメージは一体どこで培われたものなんだろう?
って、そんな事はどうでもいいか。恋のキューピッド、それ自体はロマンチックでいいと思うし。
澪「要するに、そのキューピッドさん達のうち一人が私の恋を叶えるためにここにいる、と」
彼女「そういうことです」
澪「・・・一応聞いておきたいんだけど、個別に名前とかは・・・」
彼女「ありません。個性は持つべきではないのです」
澪「やっぱりか・・・」
私の中では彼女は彼女のままであり、名無しの存在のままのようだ。
彼女の中にそういうルールがある以上は流石に勝手に名前をつけるわけにもいかないし・・・これはどうしようもなさそう。
そのことをどこか哀しく思う私のこの気持ちも、彼女には一切向けるべきじゃないんだろうな。
澪「・・・それで、あなたは私の恋愛成就のために唯を演じてくれる、と。夢の中であなたを相手に練習しろと」
彼女「理解が早くて助かります」
澪「でもそれなら、さっき言った、唯でもあり、私でもあり・・・そして私でもある、というのは?」
『唯』でもあり『彼女(中の人)』でもあり『澪』でもある、と彼女がさっき言った件についての話だ。
ちょっとわかりにくい言い方になってしまったため、指差しを駆使して意思の疎通を試みたが、彼女はすぐに理解した。
彼女「我々のユリームシステムは、今はまだ平沢唯の夢と同調出来ていません。よって彼女を完全に演じる事が不可能なのです」
澪「・・・今、なんて?」
彼女「? 何処の話でしょうか?」
無表情で首を傾げられると若干怖い。
澪「・・・ゆりーむしすてむ?って何?」
彼女「百合ドリームシステム、略してユリームシステムです」
澪「あ、あぁ、そう・・・」
さっき主に同性間での縁結びって言ってたけど、そのネーミングだと女の子同士しかサポートされてなさそうじゃないか?
彼女「ユリームシステムは同性に恋愛感情を抱いた人の夢を捕捉し、同調します」
澪「・・・じゃあ、私と同調出来て唯と出来ていないってことは」
彼女「はい。お察しの通り、平沢唯は同性に恋愛感情を抱いていない、という事と同義です」
澪「そ、そうなのか・・・」
あの天真爛漫で誰にも笑顔の唯が誰かを特別に見てる可能性が低いことなんて、わかりきっていたことだ。
なのに・・・私はどうして、少しだけ落ち込んでいるんだろう。
いや、っていうかそもそも私のこの感情だって恋心と言うにはきっと早計だよ。ユリームシステムとやらは恋だと判断したようだけど、私から見ればこれは憧れとか親愛とかそんな感じの――
彼女「いいえ。落ち込んだという事は、貴女の中にあるその感情は歴とした恋心なのですよ。いくら表面上で否定しようとも」
澪「・・・私の考えてることがわかるのか? これが私の夢だから?」
彼女「いいえ。先程の話の続きになりますが、我々はまだ平沢唯を完全に演じる事が出来ません。今は貴女の中の平沢唯像を寄せ集めて形作っているのです」
澪「なるほど、私を通しての唯だから、逆にその唯の一部は私とも言える、と。だから私の考えもわかる、と」
黒唯の髪が黒いのは、私の要素が含まれているからだろうか。
でも、そうだとしてもちょっと再現性低くないか? 唯はあんなに性格悪くないぞ?
彼女「そうですね、今のは理由としては半分以下程度のものです。貴女の思考が読める最も大きな理由は、私が貴女に後悔と反省を促す存在でもあるから、ですね」
澪「え、えっ? 恋のキューピッドじゃなかったの・・・?」
彼女「そうですよ?」
だから無表情で首を傾げないで。
澪「だ、だったらおかしくない・・・? 恋愛成就の為に導いてくれるんじゃ・・・?」
彼女「導きますよ? 貴女の間違いを正す事によって」
澪「え、えぇ? ちょっと意味が・・・」
彼女「人は失敗を糧に成長する生き物です。人付き合いともなれば多くの間違いを犯すでしょう」
澪「あっ、それはちょっとわかるかも」
私は人付き合いがそこまで得意ではない。失敗も数多くしてきた。
律という親友を持てたのは数少ない成功例で、最近でさえ最初の頃はムギとの接し方にも戸惑っていた。
だからこそ唯に憧れたのかもしれないけれど。
彼女「失敗に気付くのは自分です。向き合って糧に出来るのも自分だけです。であれば、自分自身と向き合える場所は多くあるに越した事は無いでしょう?」
澪「な、なるほど、つまりあなたは・・・」
彼女「はい、私は平沢唯を投影するスクリーンであると同時に、
秋山澪を映す鏡でもある。唯の性格がややキツいのは貴女が自己を省みる為です」
だから私の考えも読める、と。確かにこちらのほうが説得力がある。遥かにありすぎる。
そして、考えようによってはこのやり方のほうが健全にも思える。夢の中で自身と向き合い、反省しつつ唯の顔をした子と話して備え、次の日に私自身が頑張る、そんなやり方。
この方が、何も考えず悩まず後悔せずキューピッドに導かれるまま結ばれる恋よりは、きっと健全で悔いのないものになるだろう。
とはいえ結局は自分の足で歩むことになるのだから、恋愛テクに自信の無い私としては不安が多分に残るのも事実ではあるけれど。
それに・・・初恋は実らないものだって言うし。怖くないと言えば嘘になる。
彼女「ご安心ください。共に未来を見据え、不安を和らげる為に我々は存在するのですから」
澪「・・・ありがとう」
ここまで説明を受けて、私は全てを疑う事なく受け入れていた。
想像だにしなかった非現実的な出来事ではあるけれど、同様に非現実である夢の中での出来事だからだろうか。
それはわからないが、確かなのは・・・目の前の子は無個性だけど、悪い子ではなさそうだという事。
協力してくれるのならお礼を言いたくなるし、信じたくもなる。その程度には良い子に見える、という事だ。
彼女「余談ですが、もしも平沢唯の再現度に不満があるならば、彼女に恋愛感情を抱かせれば解決します。システムが同調出来れば性格の正確な投影も出来るようになりますから」
澪「・・・それ、一見耳寄り情報に見えるけど、それが一番難しいんじゃないかなぁ・・・」
彼女「難しくても、最終的に目指す場所から考えれば通過点です」
澪「通過点、か・・・最終的に目指す場所っていうのは、つまり、そういうことだよな」
彼女「はい。では、今日は説明だけで終わってしまいましたが・・・これから頑張ってくださいね。我々は貴女の恋を応援しています」
澪「えっ? 終わりって・・・」
と、問い返すまでもない。彼女が終わりと言ったということは、夢の終わりということ。
部室の窓から明るい光が差し込んできて、全てを白に染めていく。
その光景が眩しすぎて私は目を閉じ・・・そして、目を覚ました。
***
確かに、初めて会った時から、どことなく放っておけない子だとは思っていた。
よく喋り、よく笑い、見ていて飽きない子であると同時に、集中力があまり無かったりギターについて何も知らなかったり勉強が不得意であったりと危なっかしくもあった。
そんな良くも悪くも目が離せない子なんだ、唯は。
そして私はよくそんな唯の世話を焼いていた。
誰かを助けるのは嫌いじゃない。人を引っ張っていくことは苦手だけど、誰かを支えることは嫌いじゃない。
楽器も迷わずベースを選んだくらいだ、私はきっと根っからのサポート体質、縁の下の力持ちタイプなのだろう。少なくとも性格的には間違いないはず。
だから唯の世話を焼くことも苦じゃなかった。唯はいつも笑顔を返してくれるから世話の焼き甲斐もあった。
最初から居心地のいい関係だったことは疑いようが無かった。
でも、そんな唯があの日、私の目に眩しく映ったんだ。
光の中でギターをかき鳴らす唯。
その姿はまばたきすら許さないほどの眩しさで、そこに私は光り輝く未来と、夢と幻を見た。そして魅せられた。遠い未来に立つ唯に。
そして光が消え、未来から現在に戻ってきてからも、唯は可能性を私に見せ続けてくれた。
未来の唯は、私を魅了する憧れの存在だったと言って差し支えない。
反して現在の唯は憧れるほどではない・・・けど、未来に向かって共に歩みたい、ずっと共に高め合いたいと心から思える存在になった。
要するに、この時から唯を見る目がちょっとだけ変わった、ということだ。
だから、その日の終わりの露天風呂で楽しかったと言われ、手を取られて私のおかげだと言ってもらえた時、許しをもらえた気がした。唯の隣にいることの許しを。
隣にいていいよって言われた気がした。いてほしいとまでは言われていなくとも、少なくとも自分に資格はあるのだと、そう思えた。
・・・きっとこの時が始まりだったのだろう。今にして思えば。
**
そんな夢を見た翌日の事。
今日は律がやらかしたせいで軽音部が部活として認められていないことが明らかになったが、唯の幼馴染である和さんが助け舟を出してくれて事なきを得た。
・・・かと思いきや、そもそもうちの部に顧問がいなかったことが判明。顧問がいないと部とは認められないとのこと。
言われてみればそうだよなぁ・・・何故誰も気付かなかったのか。
幸い、唯の慧眼(?)と律の脅迫により、顧問は音楽担当の
山中さわ子先生が引き受けてくれることになったけど・・・その夜に、少し気になることがあった。
学園祭で演奏する曲の為に歌詞を書いていた私の元へ届いた、一通のメール。
『
From 紬
sub (non title)
添付ファイルなし
===========
こんばんは。
紬です。
さわ子先生が顧問に
なってくれて、
なんだかドキドキし
ています。
歌詞作り頑張って。
』
冒頭にある通り、差出人はムギだ。
そこは問題ではなく、私が気にしたのは本文の方。本文中の、とある単語。
澪「ドキドキ・・・?」
部活中、先生と律に熱い視線を向けていたムギが思い出される。
ドキドキするという感情自体は、私も理解する。唯にドキドキし、心奪われたばかりだから。っていうか丁度それを思い出しながら歌詞を書いていたところだから。
でも、メールの文面から察するに、その相手はさわ子先生・・・? 先生に一目惚れ? そうなら応援したいけど、噂では校則で禁止してる学校もあるとか。桜が丘はどうだっけ――
いやいや、待って、冷静になろう。あの聡明で育ちのいいムギの事だ、仮に一目惚れしたとしたら校則や法律などの私の思いつく範囲の事は調べるはずだ。そして自分で結論を出すはずだ。
『なんだかドキドキしています』なんてフワッとした内容で恋愛感情を打ち明けては来ないはずだ。たぶん。
そうだ、私自身が女の子に恋愛感情を持ってるからといって、ムギまでそうだと決め付けるのは早計だ。うん、きっとそうだ。
そんな結論に達した私は、頭の中に浮かんだ想像を切り捨てるためにわざと声を出して「まさかな」と呟いた。
*
澪「――それにしても、細かい所までちゃんと再現されてるんだな」
夢の世界で、舞台である部室を見回しながら呟く。
律とムギの楽器やホワイトボードなどの意図的に手を加えられたと思しき点を除けば、この部室の再現度は相当なものだと思う。
もしも窓から見える光景まで再現されていたなら、これが夢の中だという事を忘れてしまうのではないかと思うほどだ。
黒唯「ここは澪ちゃんの記憶を元に再現してるからね。ちゃんと再現できるほど、澪ちゃんが部室を――部活の時間を大事に思ってるってことじゃない?」
澪「そ、そうなのか・・・」
それは嬉し恥ずかしだが、それなら対照的に外の風景が適当なのは、もしかして私は・・・
黒唯「あっ、外は私の判断で作ったからね。必要ないかなぁと思って、夜っぽく、かつ夢の中っぽい風景にしました」
澪「あ、そうなのか。良かった」
黒唯「もちろんりっちゃんとムギちゃんの楽器が置かれてないのも私の判断だけど、もし澪ちゃんが欲しいって言うなら元に戻すよ?」
澪「いつもの部室、という意味では欲しいけど・・・」
黒唯「でも、ここですることは『いつもの部活』じゃないんだよ。それはわかるよね?」
澪「う、うん・・・」
そう、私と唯の楽器だけがここに存在する理由。寄り添うようにして立てかけられている理由は、つまりはそういう、えぇと、暗喩みたいなものなのだろう。
彼女の望み、そして私の望みの暗喩。同時に、この夢の中には二人以外の人間は必要ないという事の暗喩。メタファーだ。
でも・・・そうだな、私は唯の事が好きなのかもしれないけど、それでも、他の二人のいない部室は、なんか嫌だ。
黒唯「・・・うん、じゃあ明日からは戻しておくね」
澪「よ、読まれた?」
黒唯「心を読むっていうか、なんとなくわかっちゃうんだってば。この場で考えていることは、ね」
澪「あれ、この場でだけ?」
黒唯「うん。ユリームシステムによってシンクロしてる夢の中でだけ、ね」
その名前が出てくるたびになんか物申したい気持ちになるんだけど、この気持ちも伝わってるんだろうか。
伝わっててなおスルーしてるのだとしたら、彼女ら自身も思うところがあるのか、それとも既に何度も言われ続けて辟易してるのか。
まあ、どちらでもいいか。
澪「じゃあ、現実にあった出来事まで見えてるわけじゃないんだ?」
黒唯「一応建前上は、ね。でも、この場ですることは反省と予習復習が主だから」
澪「そっか、どのみち私が思い出さないと意味がないし、私が思い出せばく・・・唯にも伝わるってことか」
黒唯「そゆこと」
黒唯って言いかけたの、バレてるんだろうなあ。ニヤニヤしてらっしゃるし。くそぅ。
澪「えっと、あー、じゃあ思い出そうか・・・今日あったことは・・・――」
黒唯「――・・・ふむふむ。なるほど。澪ちゃんの歌詞、楽しみだなー」
そういえば歌詞作りの途中で寝たんだっけ、という所まで一通り思い出し終えたタイミングで、黒唯が言う。
本当にシンクロしてるんだなあ、便利だなあと漠然と思った。
黒唯「じゃあ今日はここでその歌詞の続きを考えよっか」
澪「えっ、反省と予習復習をするんじゃないのか?」
黒唯「そうだよ、そのために、だよ」
澪「どういうこと?」
黒唯「トボけないでよ澪ちゃん。どんな想いを乗せた歌詞を書こうとしてたの? 言ってみてよ」
澪「うっ、それは・・・」
ムギからのメールで早合点してしまうくらいに、あの時私が歌詞を書きながら考えていた事。
言うまでもなく、書こうとしていた歌詞は恋愛絡みだ。
もっと言うなら・・・
黒唯「ほらほら~」
澪「・・・せ、切ないラブソングにしようかと、思ってる」
黒唯「へぇ~。いいんじゃない?」
意味深な笑みを浮かべる黒唯。
唯の事を思い浮かべて歌詞を書いていたのだから、夢の中で歌詞を考えるという事はすなわち唯の事を想うという事。
そういう意味ではこれも予習復習だよ、と、その笑みはまるでそう語っているかのようだ。
黒唯「じゃあ一緒に考えていこっか! どこまで書いたの? さぁ思い出して!」
澪「うっ、うん・・・」
は、恥ずかしい・・・けど、仕方ない。
というか、そもそもそんなに進んでないし、一緒に考えてくれるなら助かる面があるのも確かだし、うん。
というわけで、一文字一文字正確に頭の中で思い出していく。
すると・・・
最終更新:2016年09月11日 19:07