睨まれた。現実と何ら変わらない唯の顔なのにありえないくらい睨まれた。
怖い・・・けど、なんだかんだで黒い要素は残ってるのか。なら引き続き黒唯と呼んでも大丈夫なのかな。外見は唯そのものだけど。


黒唯「なんだかんだで、じゃないでしょ。せっかく本物と何ら変わらない唯と接することが出来る機会なのになんで私が出てきて澪ちゃんに説教しなきゃいけないわけ?」

澪「・・・うん、ごめんなさい・・・」

黒唯「なんで自分の世界に入っちゃってるわけ? 現実でもこんな感じなの?」

澪「いや、その、急すぎて混乱しちゃって・・・」

黒唯「ちなみに先勝で凶とされる午後はだいたい14時から18時を指すらしいから覚えておいてね。現実でそんな風に混乱しないためにも」

澪「はい・・・」

黒唯「・・・念の為聞くけど、嬉しくないの? 私がこういう姿になれるくらい、澪ちゃんは好かれてるんだよ?」


嬉しくないわけはない。好かれたいと思ってしまったのだから、嬉しくないわけがない。
そして、黒唯がそれをわかっていないはずもない。念の為なんて言ってはいるが、念なんて入れる必要もないんだ、私達の間には。
なら、この質問の真意は一つだ。
大きく深呼吸して、黒唯の目を見て宣言する。


澪「・・・嬉しいよ。私は唯のことが好きなんだから、嬉しくないわけがない」


そう言葉にして、覚悟を決める事。それが求められているんだ。
事実、その私の答えに対して黒唯は唯の顔をして笑った。


黒唯「良かった。嫌われたかと思っちゃった」


黒唯は――彼女は、もう唯になっている。
なら私は、唯に伝えたい言葉を伝えなければ。これは彼女の言っていた通り、練習なんだから。
現実で伝えられなくなる事が無いように、この場で伝えておかないといけない。どんな歯の浮くような恥ずかしい言葉であっても、だ。


澪「・・・嫌うわけないよ。私は唯をずっと想い続けてきたんだから」

黒唯「ずっと? ずっとっていつから?」

澪「・・・きっかけは色々あったけど、結局は最初からずっとなのかもしれない。いつも唯のことを気にしてた。初めてだったんだ、唯みたいなタイプの友達は」

黒唯「それって、私の性格がちょっとでも違ったら好きになってなかったってこと?」

澪「そうかも。だから考えようによっては本当に『運命の出会い』なんだ、私にとっては」

黒唯「澪ちゃん・・・」


やや熱の篭った唯の視線から思わず目を逸らす。
別にそれが嫌だったわけではなく、恥ずかしい言葉のオンパレードで自ら招いた事態に私自身が耐えられなくなっただけだ。
もうこれ以上は恥ずかしい言葉も言えそうにない。話を変えよう。


澪「ゆ、唯はどうなんだ? なんで私のことを気にしてくれるようになったんだ?」

黒唯「私も最初からだったのかも。正確には会った次の日からかな。澪ちゃんの外見と中身とのギャップは、すごく可愛いって思ってた。私も澪ちゃんみたいな子と会ったのは初めてだった」

澪「そ、そっか」


聞く方も聞く方で案外恥ずかしいな、これ。


黒唯「でも、学園祭からかな、特に意識し始めたのは。あの時の澪ちゃんはとってもかっこよくて、輝いてた。一緒に歌えることが嬉しくて、もっともっと一緒にバンドしたいって思った」

澪「ぁ・・・」


驚いて、咄嗟に言葉が出なかった。
その気持ちは、私が抱いているものと同じだったから。一緒に居たいという気持ちが、確かに同じだったから。


黒唯「それに昨日だって、「つまずいた時には支えて欲しい」なんて言われちゃって。そんなこと言われたら、ねえ?」

澪「ねえ?って・・・そんなに変なセリフだったかなぁ?」


黒唯「私にとってはね、つまずいた時のことを持ち出されるのは大きかったんだよ。あの時、私は澪ちゃんに見惚れてたんだから。言ったよね、澪ちゃんのほう見てた、って」

澪「あ、あれはそういう意味だったのか。唯もつまずいたって言ってたし、てっきり私がつまずくことを予測していたのかとばかり」

黒唯「予測してたならもっと先に言うよ。私もつまずいたから澪ちゃんがつまずいた時に反応できたっていうのはあるかもしれないけど」

澪「どっちにしろ私のほうを見てなければ無理だった、ってことか」

黒唯「そゆこと。澪ちゃんに目を奪われてなければ、ね」

澪「て、照れるな・・・全然気付かなかったよ」

黒唯「それは私もだよ。この世界で会うまで、澪ちゃんに好かれてるなんて思いもしなかった」

澪「お互い様、ってことか」

黒唯「うん、お互い様。私の視線に気付かなかった澪ちゃんもだけど、私自身も案外にぶちんなんだよね」

澪「うーん、唯は鈍いというより、ライクとラブの違いもわかってなさそうだなって思ってた」

黒唯「失礼だなぁ、それくらいはわかってるよぉ」

澪「確かに、この世界に来てるってことは、そういうことなんだよな」


私の中の唯の像が反映されているだけならば、こんな事は起こり得ない。私の知らない唯の姿を黒唯が見せてくれるなんて事は。
目の前の唯がちゃんと本物の唯の思考と繋がっているんだという事を実感する。

・・・そして同時に、これが練習に過ぎないんだという事実が頭の中に蘇る。
さっき覚悟を決めて、必死になった瞬間に頭の中から抜け落ちた事実が。本物の唯に接するように本気で練習を頑張ったせいで抜け落ちた事実が蘇ってくる。
本気で練習をしていたせいで練習である事を忘れるなんてなかなか皮肉が効いていると思う。

つい一瞬前まで照れて赤くなっていたであろう顔が、冷えていくのを感じる。
そうだ、目の前にいるのは本物の唯じゃない。赤くなってどうするんだ。確かに本物の唯のようにストレートな言葉をぶつけてくるけど・・・
いや、違う。本物の唯と何ら変わらない存在なんだと言っていた。シンクロしている存在なんだと。ならばそれは唯の言葉と同じ。

そう結論を出した瞬間、また一つの疑問が浮かぶ。

唯のような子は、言葉に感情を乗せる。心や魂を乗せてくる。私に感情的な反応をさせるくらいに、だ。
そんな重みのある言葉を、私はここで、夢の中で聞いてしまっていいのだろうか? 現実より先に、フライングして聞いてしまっていいのだろうか?
現実の唯が言葉として発する前に私が知ってしまうという事は、すなわち唯の心の中を覗いてしまっているのと同じではないのだろうか。
相手があの唯だからこそ。言葉に感情を乗せる唯だからこそ、だ。


黒唯「・・・なるほど、そういう考え方もあるのか」


私の考えを読んで言葉を発した彼女は、丸くかわいいいつもの唯の目ではなく、若干座ったような目つきをした『黒唯』だった。
黒唯は少し思案した後、私に確認を取るように尋ねる。


黒唯「ここでの唯の言葉は、限りなく似せてあるけど所詮は私という偽者の言葉だよ。私はそう認識してる。けど澪ちゃんにはそういう考え方が出来ない、ってことだね?」

澪「唯という人間自体は底が知れないけど、言葉はほとんどそのまま受け取っていいタイプだから」


唯とて、絶対に嘘を吐かない人間というわけではない。見栄くらいは張る。だから「ほとんど」ではある。
けれど、底の知れない人間性に反して嘘や見栄は目に見えて薄っぺらい。例外としてもほとんど考慮しなくていいくらいに。


澪「だからその底が知れない部分をシンクロしたあなたが再現してしまったなら、それはもう唯だ」

黒唯「うーん・・・確かに、ここまで裏表のない子は初めてなんだよねぇ、私も」


黒唯も・・・いや、正確に言うなら中の『彼女』も困惑しているようだ。
しまったな、彼女を追い詰めるつもりで言ったわけではないのに。私に親身になって協力してくれている彼女を。


澪「あ、いや、あの、助けてもらってる側だからあまり偉そうなことは言えないんだけど・・・」

黒唯「気を遣わなくていいよ、澪ちゃん。唯のことも澪ちゃんのことも理解して二人をくっつける、それが私の仕事なんだから」

澪「・・・ご、ごめん」

黒唯「謝らないでよ。私だって誇りを持ってこの仕事をやってるんだから。恋愛成就に導く集合意識として、システムとして、そして元人間としての誇りを」

澪「えっ・・・元人間?」


若干怒ったような物言いの中の聞き過ごせない言葉をオウム返しに問い返すと、いかにも「失敗した」といった感じの顔をされた。
これは黒唯の、彼女の素の失言ということか。まるで私がわざと怒らせて失言を引き出したみたいな形になってしまったけど。



黒唯「・・・親身になるには、それなりの理由があるってこと。本物かと見紛うほど上手く真似れるのにも、ね」


・・・元人間だから親身になってくれて、元人間だからシンクロして思考回路さえ理解してしまえば完璧に真似られる、という事か。
納得はしたけれど、彼女が元人間だったという事の衝撃は大きい。
彼女を天使か何かと思い込んでいた時と同様、元人間だなんて可能性は最初から頭の中に無かったからだ。
過去を想像もしなかった。彼女と仲良くなりたいと思ったくせに、私は彼女の根本的なトコロに目を向けていなかった。


黒唯「・・・これ以上の質問はNOだからね」


後悔に浸るまもなく、ピシャリと言い切られる。
まさに取り付く島もない。私は何も言えずにいる。悪いのは私なのに・・・


黒唯「・・・澪ちゃんが後悔してるのも、私に対して悪いと思ってるのもちゃんと伝わってるから大丈夫だよ。気にしないで、話を戻そう?」

澪「・・・うん、ありがと」


彼女のためを思うなら話を戻し、進めるべきだ。
私が招いた後悔で彼女の足を引っ張るなど、私自身も望んでいない。


澪「えっと。あなたは今まで、唯のような人間を見たことは無かった、ってこと?」

黒唯「ついでに澪ちゃんみたいな子もね。正確に言えば澪ちゃんみたいに臆病な子はいたし、唯みたいに天真爛漫な子もいた」

澪「あ、一応いたんだ」

黒唯「でも唯は突き抜けすぎている、一種の才能のように。澪ちゃんは臆病なくせに変なところで意地っ張りで強情で、そして誠実だから難しい。こんなタイプの組み合わせは初めてだよ」


そう、唯の突き抜けた天真爛漫さはまさに才能なのだろう。だから底が見えないし、だから輝いて見える。
でも私の評価はよくわからない。自分の事は自分が一番わかるなんて言うけどあれ嘘だよ絶対。


黒唯「・・・ふうん。じゃあ、また確認だけど、澪ちゃんは今やってることが唯の心の中を覗くような真似に思えて抵抗を覚えてるんだよね?」

澪「うん、罪悪感がある」


そうだ、罪悪感だ。そう呼ぶのがしっくりくる。
唯がその口で伝えてくれるはずだった物事を、私は先に知ってしまっているという罪悪感。
予め習う『予習』であるが故の罪悪感。そういうものがある。


黒唯「うん、そうだね。じゃあ予習って何のためにすると思う?」

澪「えっ?えっと、予め学んでおくことで理解しやすくするため・・・?」

黒唯「それもあるけど、この世界の場合はそっちじゃないね。当日に間違わないように、失敗しないようにするため、の方だね」

澪「あっ、それもそうか」

黒唯「そうだよ、だから大事なの。恋愛成就のために。でもたぶん罪悪感を抱いてる澪ちゃんはそれでも予習に抵抗を感じるよね」

澪「・・・うん。あなた達がしてくれることを否定するつもりじゃないんだけど・・・」

黒唯「それは気にしなくていいから。そもそも前提が違うんだからさ」

澪「前提?」

黒唯「そもそも今までにいた子は罪悪感を抱くくらい開けっ広げな子じゃなかったり、とかね。ちゃんと隠すところは隠す子。私もそれを正確に再現する」

澪「だから罪悪感を抱く余地はない、と」


黒唯「未来を知る、ということ自体に罪悪感を抱く子はいるよ。でも相手が開けっ広げな子じゃないから、その子の喜ぶ正解を知りたいという気持ちの方が強くなるわけ」

澪「相手を理解し、喜ばせたいという気持ちから、か。それは正しいような気もするな」


例えば誕生日プレゼントを選ぶ時とかは、相手の心が読めたらいいなと思う時があるだろう。
私が貰う側ならどんな物でも喜ぶけれど、選ぶ側はやっぱり最善を尽くしたくて悩むものだから。
全ては相手の喜ぶ顔が見たいから、だ。


黒唯「私も願ってるんだよ。未来を教えることで想い合う二人の涙がなくなり、笑顔が溢れてくれればいいなって」

澪「・・・ありがとう」

黒唯「でも、澪ちゃんはそれに罪悪感を抱いてる。理由としては前述の通り、唯が隠し事をしない子だから。言葉がそのまま心を映し出している子だから」

澪「うん」

黒唯「でもそれは半分。もう半分は澪ちゃんの誠実さから来てる。そうでしょ?」

澪「えっ? そう言われてもよくわかんないんだけど・・・」


確かに何かを見落としているような気はする。
相手を喜ばせたいから未来を知る。その気持ちには私も共感できる。なのに心の中から罪悪感は消えない。唯に対する申し訳なさが消えない。何故だろう?
他の子達は、未来を知れば相手を喜ばせられると判断したということだろう。でも私はそうならなかった。相手を喜ばせたい気持ちはわかるのに、だ。
私は、未来を知るだけでは唯が喜ぶには足りないと思っているのだろうか? それとも逆に、未来を知ったら喜ばせられないと思っているのだろうか?


黒唯「澪ちゃんは理屈っぽく考えちゃうタイプだよね。実際それが上手くて、今回もいい線行ってるんだけど。もうちょっと自分の感情を見てもいいと思うよ?」

澪「感情・・・?」

黒唯「上がり症で臆病だからこそ感情は意外と豊かなんだけど、そういう人って自分を客観視するのって苦手だったりするよね」

澪「うっ・・・」


そう言われるとそうかもしれない。というか客観視できないからこそ上がり症なのではないかと疑ってさえいる。
黒唯がそのあたりに詳しいのは、多くの人を演じてきた経験からだろうか。


黒唯「仕方ないなぁ、答えを言おうか。澪ちゃん、さっき、『唯』の言葉を聞いて顔を赤くしてたでしょ?」

澪「う、うん。自分の顔が見えるわけじゃないしあまり認めたいことでもないけど」

黒唯「言い訳はいいから。で、その後、これが練習だと気付いてその頬の熱も冷めた」

澪「うん」

黒唯「どうして?」

澪「えっ? どうしてって・・・練習で赤くなってもしょうがないし」

黒唯「練習で赤くなってもしょうがない。本番で赤くなるべきだ。そう思ったんでしょ」


そう言われるとなんかすごく恥ずかしい奴に思えてくる。
まるで自分の赤面に価値があると思っているような・・・


黒唯「価値じゃないけど、そこに意味があるって澪ちゃんは思ってるんだよ。正直な唯に対して、自分も正直な反応を返さないと意味が無いって思ってる」

澪「あっ・・・」

黒唯「そんなフシあるでしょ?だから予習することでその反応が鈍ってしまうことを恐れている。素直な反応を返せない可能性が出てくること自体が、唯への罪悪感になってる」

澪「・・・それが、誠実だってこと?」

黒唯「素直な子に対して素直でありたい。それは誠実さって呼べるんじゃないかな」

澪「・・・そっか」

黒唯「澪ちゃんは自身の客観視が苦手なのに加え、変なところで意地っ張りだったり見栄っ張りだったりするから自覚しにくいんだろうね」

澪「褒められてるのか何なのか・・・」

黒唯「事実を言ったまでだよ、鏡は嘘を吐けないからね。唯はそういうところもかわいいと思ってるみたいだけど」

澪「そ、そういうフォローはいらないです・・・」


黒唯「あ、そっか、これも未来を知ってしまったうちに入るのか。ごめんごめん」


そういうわけではなく単に恥ずかしいからだったんだけど、言われてみればそうとも取れる。
黒唯モードで喋る内容にまで注文をつけてしまうのはますます本意じゃないんだけど・・・


黒唯「あー・・・」

澪「・・・?」

黒唯「そうだねぇ、じゃ、今までのやり方に戻そうか?」

澪「今までの、って、今まで通りの?」

黒唯「うん。『私』は唯とはシンクロしないで、向こうも澪ちゃんとはシンクロしないようにして。ついでに姿も、こう」


言った瞬間、スッ、と一瞬で黒唯の髪の毛が黒に染まる。私の感覚としては染まるというか戻ると言ったほうがいいか。こちらのほうが見慣れている。
見慣れているし、こちらのほうが黒唯って感じがしてしっくりくる。


黒唯「遮断完了。一応いつでもシンクロ状態には戻せるからそこは心配しないでね」

澪「あ、うん、ありがとう・・・いや、でも良かったのか? ありがたいけど」

黒唯「マニュアルも大事だけど、当人達の意思が一番大事だからね。そこを尊重しないと必ずどこかで歪みに変わるよ」


要するに黒唯自身もこれが最善と思っての判断らしい。本当にありがたい。
ただ、それとは別にさっきから気になっている事がある。
一瞬何かを考え込んだような黒唯の態度。私の前の黒唯だけではなく、本物の唯の前にいる私の方もシンクロを遮断したらしき事。「当人達」という言葉。これらの意味するところは?


黒唯「さすが、するどいね。実は本物の唯も未来を見ることに難色を示したんだよねー」

澪「へぇ、そうなのか・・・」

黒唯「唯がどんなことを言ったのかはこんな会話の後だし言わないでおくけど。澪ちゃんよりシンプルに、澪ちゃんと同じようにこのやり方を嫌った、とは言っておくね」

澪「・・・さすがだな、唯は」


いつだってそうだ、唯は私には想像のつかないようなやり方で正解を導き出す。
いや、正解という言い方は違うか。この未来を予習するシステムが間違ってるとは言わない。きっと私達みたいな二人には合わなかっただけなんだ。
何にせよ、唯と答えが一緒だったという事実はなんだか嬉しくなる。


澪「・・・ん? もしかして、唯が何を言ったかとかまであなたにも瞬時に伝わるシステムなのか?」

黒唯「あ、説明してなかったね。一組のカップルにつき一人がつくようになってるの。澪ちゃんのほうも唯のほうも、相手してるのは私ってこと」

澪「えっ、並列処理ってこと? 大変じゃないのか? それに、身体が二つあるってことか?」

黒唯「大変は大変だけど、他の人に任せたらすれ違いが起きるし。身体については夢の世界だからで説明がつくでしょ。澪ちゃんの身体はそこに『ある』の?」

澪「ああ、そっか・・・。えっと、その、私も頑張るからこれからもよろしくお願いします」


苦労をかけてる相手に対する社交辞令・・・などではなく、やり方に文句をつけた身として、ちゃんとがんばらないと。
そう決意を告げると、黒唯は以前までの黒唯と同じように、若干性格悪そうな顔をして言うのだ。


黒唯「うん、頑張ってね澪ちゃん、期待してるよ」


**


澪「――って、ああああ!? ちょっと待って、まだ覚めないで!!」


目が覚める直前に、とんでもない事に思い至り、私は叫んだ。
が、手遅れだった。私はすでに夢の舞台からは退場していて、私の声は現実世界で響き渡る羽目となる。
マ――お母さんの私を気遣う声に返事をしながら、一人で考える。
まずい、まずい。これはよくない。
考えると言いながらどう見ても今の私は焦っていないか、なんて自分を顧みる余裕も無い。
肝心な事を聞きそびれてしまった。正確に言えば確かめ損ねてしまった。目が覚める瞬間まで疑問を抱けなかった。長々と真面目な話をしていたせいでそこまで頭が回らなかった。

昨夜の夢の世界。あの時私の前に黒唯が立っていたのと同様、唯の前には私と同じ姿をした彼女が立っているはずだ。これは彼女の話からしても確実だ。
そして、私の前に立つ黒唯は完全に唯の姿をしていた。なら同様に唯の前に立つ私も完全な姿をしていたはずだ。
つまり、唯の方から見ても私が恋愛感情を抱いてユリームシステムに捕捉されている、という事は明白。いくら唯でも彼女の説明を聞けば理解するはずだ。
そしてそれは、私が唯に恋愛感情を抱いているという事が筒抜けである事と同義なんじゃ・・・?

・・・いや、一応抜け道はある。説明を聞いた限り、恋愛感情さえ抱いていればシステムは姿を再現する。つまり、自身に向けての恋愛感情である必要はないわけだ。
つまり唯から見れば、『彼女』が私を演じて唯に迫ったりしていない限りは確証は持てない状況のはずだ。
まあそれでも私が恋をしてるという事は筒抜けなわけだが、本人にバレてしまうよりは恥ずかしくない。

もっとも、私は唯を再現した黒唯に迫られたため、唯が私を気にしてくれている事は知ってしまっている。
それなのに唯には隠し通そうというのは、フェアじゃないといえばフェアじゃない。
だから、まあ、バレてしまっていたなら仕方ない。同じラインに並んだだけの事だと受け入れよう。

・・・ただ、バレてるのかバレてないのかわからない状態自体が拷問にも等しいという事が問題なわけで。


澪「ど、どっちなんだろう・・・うぅ、唯に会うのが怖いな・・・」


会うのは怖いけれど、顔を見たくないわけではない。そんな複雑な乙女心(自分で言うか)を抱えて、私は学校へ向かう。

――そして、唯に会う。
不運にも、校門の所で偶然鉢合わせしてしまった。こういう時に限って不運にも一人で登校していたりする。
もっとも、唯に会える事自体は幸運なのだが。


唯「あっ、澪ちゃん、おはよー」

澪「お、おはよう!」


クラスも違うし、家もほどほどに離れている。会うのは放課後になるだろうと高をくくっていた私は、完全に不意打ちを喰らった形となった。
しかし、唯の振る舞いはわりと普通、いたっていつも通りだ。


唯「あっ、ねぇ澪ちゃん、辞書持ってきてない? 授業で使うんだけど忘れちゃって・・・」

澪「あ、ああ・・・持ってるよ。こっちは使う授業ないし、貸してあげるよ」

唯「わーい、ありがと! でもなんで授業ないのに持ってきてるの? あ、歌詞書くときに?」

澪「うん、そんなとこ」


またいつ歌詞が必要になるかわからないし、学校で何か思いつくかもしれないし、常に備えておきたいと思って持ってきている。
もっとも、本当は学校で歌詞が書けるなんてそこまで期待はしてないんだけど、備えあれば憂い無し。
実際こうして唯の役には立てたわけだし、悪くない。忘れ物をした唯は悪いけど。
そうだな、なんか唯もいつも通りみたいだし、私もいつも通りに接しよう。



澪「ほら。まったく、次からは忘れないようにな?」

唯「はぁい・・・ごめんね、迷惑かけて」

澪「・・・」


いつも通りに怒っただけなのに、私は少しの間、言葉に詰まった。胸の内をぐるぐると考えが巡る。
私が怒らなくても幼馴染の和さんが怒っただろうか。
いくら唯が悪いとはいえ、出過ぎた真似だっただろうか。
それに・・・せっかく唯に好かれつつあるのに、怒ったりなんかして嫌われないだろうか。
いや、でも悪い事は悪いと誰かが言ってあげるのも大切な事のはずだ。部活ではそれは私の役だったはずだ。
出過ぎた真似だったかもしれないけど、間違った事はしていない・・・はずだ。


澪「・・・大丈夫だよ、次からちゃんとしてくれれば。あと今日中にちゃんと返してくれれば」

唯「それはもちろん返すよ!任せといて!」

澪「たったそれだけの事で胸を張るなよ・・・唯らしいと言うか何と言うか。ふふっ」

唯「いやぁ、えへへ・・・」

澪「ほら、行こう、唯」

唯「うん!」


怒りはしても、最終的には唯には笑っていて欲しい。そう思ってしまう私は、どこか甘いのかもしれない。
けど、さっきまで唯に会う事に不安を覚えていた反動だろうか、こんないつものやり取りと唯の笑顔が何よりも尊いものに思えた。
大丈夫だ、きっと私は間違っていない。きっと。




でも、謎は残っている。
唯がいつも通りなのはわかった。ただ、唯にどこまでバレているのかがわからない、という朝からの謎は未だハッキリしていない。
そして、何故唯はいつも通りなのか、という事も謎といえば謎だ。夢の世界で何かしらの説明は受けたはずなのだから。
とはいえ私にはそれを唯に直接尋ねる勇気はない。今日が終わってから黒唯に尋ねるとしよう。
唯としてではなく黒唯として、あるいは彼女として答えてもらおう。ダメだったら・・・まあ、諦めようか。
そんな事を考えながら一時間目の授業を受け、休み時間になった。
授業中は切っている携帯電話の電源を入れる。自動でいくつか受信したメールの中に、唯からのものがあった。


  From 唯
   sub 澪ちゃん!
     添付ファイルなし
  ==========
   ちょっと廊下に来て~!
   (オネガイの絵文字)
                    』

メールの時間を確認するより先に、反射的に廊下に目を向ける。
見慣れた髪が見えた気がして、私はそのまま席を立った。


5
最終更新:2016年09月11日 19:24